32.会場にて(ハヤト視点)
「……おやすみなさい」
レアはそう言って手を振り、フィンレール様に車椅子を押されて会場を出て行った。
残ったのは俺達三人、幼馴染のいつメンだ。
「あーあ、行っちゃったか」
「折角のパーティーだし、もう少しレアちゃんの姿を見たかったんだけどなぁ……」
女子二人は残念そうに溜め息を吐き出す。
美香と祐奈は随分とレアのことを気に入ったみたいだ。どんな時も彼女のことが話題に出てきて、とても楽しそうな雰囲気を出す。
そう言いつつ、俺もレアのことは気に入っている。
彼女が側にいると、こう……優しい気持ちになれるんだ。
「レアのドレス姿、すっごく可愛かったわよね。流石はフィンレール様、センスがあるわぁ!」
「本当にね。レアちゃんがお化粧すれば絶対に可愛くなると思ってたけれど、私達の想像以上だったよ。颯斗くんもそう思うでしょう?」
「え? あ、ああ……そうだね」
レアのドレス姿を思い出す。
あれは本当に綺麗で可愛いと思った。まるで御伽噺に出てくるお姫様が現れたのかと思うほどに、彼女は輝いて見えたな。
「……なによ。随分と反応が薄いんじゃない?」
「いやいや! 本当に綺麗だったからさ。なんて言ったらいいのか分からなくて……」
「え、まさか惚れちゃった?」
「──っ、ゲホッ、ゲホッ! 急に何を言い出すんだ!?」
予想外の発言に、口に含んだ飲み物を吹き出しかけた。
レアのことは好ましいと思っているけれど、それは『ライク』での意味だ。自身が持つ信念を捻じ曲げない精神と、誰かを恨むことのない優しい心に憧れることはあっても、恋心を抱いたことはない。
レアのことは恋愛対象というより、妹に近い存在だと思っている。
ついつい甘やかして、可愛がってしまいたくなる不思議な魅力が彼女にはある。俺も他の二人も、そんな彼女に惹かれているのだろう。
「あははっ! そんなに焦っちゃって、図星だった?」
「おまぇええええ!」
「冗談よ冗談。そんなに怒らないでよ。……でもさ。颯斗ってば役得よね」
美香の言っている言葉の意味が分からず、俺は首をかしげる。
「だってさ、これから私達は一緒に旅をするんでしょう? そうなれば男一人に女三人。しかもそのうちの一人は絶世の美少女! これはもうハーレムでしょ、ハーレム」
「いや、ハーレムって……それはないだろ」
あれは女性が男性を好きになって初めて成り立つものだ。
美香と祐奈は小さい頃からの幼馴染で、そういった感情は今更無いし、レアはそもそも恋愛感情を持っているかも分からない。ハーレムとは少し違うだろう。
「まぁ、そうよね……颯斗には三人も娶る度胸は無いわよね」
「おい」
「レアちゃんは誰にも渡したくないよ。たとえ颯斗くんでも私達は許さないと思う」
「二人はレアの何になるつもりなんだ?」
「「お姉ちゃん!」」
「無理だろ」
揃って同じ答えって……本当に仲が良いな。
「……でも、どうしてお姉ちゃんなんだ? そこは母親とか言いそうなものだけど」
「いや、だって……ねぇ?」
「私達じゃ、あの人の母性には勝てないよ」
ああ、なるほど。フィンレール様のことか。
確かにあの人の母性は物凄い。ずっとレアのお世話をしていることも相まって、レアの懐き度が目に見えて他とは違うから、二人もフィンレール様を相手に母親対決をする気にはならないんだろう。
「でもさ、こっちが勝手に姉とか母親とか言っているけど、レアには本当の家族がいるのよね」
「…………うん。そうだね」
母親代わりの人がいるという話は、前に本人から聞いたことがある。
他にも信頼する人達もいると話してくれた時のレアは、珍しく楽しそうに声を弾ませていた。
しかし、レアはその人達と離れ離れになってしまった。
境遇自体は俺達と同じだ。
でも、まだレアは家族の元に帰ることができる。
だから、彼女が望むなら俺達の手で故郷に帰してあげたい。
勇者の使命なんて知ったことか。それを請け負うのは、もう元に戻れない俺達だけで十分だ。
「本当にレアは凄いよ。あの若さで急に家族と引き離されて、周りには亜人を毛嫌う人が沢山いて、それなのに一つも文句を言わない」
「最初のこと覚えてる? 高校生の私達は混乱して何も言えなかったのに、レアだけが冷静だったのよ」
「あれは酷かったね。……うぅ、今思い出しただけで恥ずかしいよ」
祐奈の言う通りだ。あれは自分でも酷いと思う。
大人になる一歩手前の高校生が、ただただ大人達の言葉に流されて、何も深く考えずとんでもないことに協力しようとしていた。それを考え直させてくれたのが、レアだ。
レアには恩がある。
彼女を故郷に帰してあげることが、その恩を返す方法だと俺達は思っている。
「あーあ、レアの話をしていたら会いたくなっちゃった」
「もう挨拶も終わったし、私達も抜け出しちゃう?」
「いいわね、それ。あとはどうせご飯を食べるか、大人達とつまらない会話をするくらいだもの。私達が居なくたって大丈夫でしょ」
と、すでに二人はパーティーから抜け出す算段をつけている。
ちょうど俺も飽きたなと思っていたところだ。ここらでレアやフィンレール様と合流して、時間になるまでゆっくりするのもいいだろう。
でも、何も言わずに抜け出すのは良くないから、最後に王様だけには挨拶しておくか。
そう思って上座に振り向いた瞬間────
「…………え?」
貴族達の会話で賑わっていた会場に、肉を断つ音が二つ、聞こえた。
遅れて届いた、ぼとっ、という鈍い音。
俺の目に映ったのは、国王と王妃の首が──会場の床に転がり落ちる光景だった。
シリアス展開は難産になる確率が高いです。
やっぱり書いてて楽しいのは日常回ですわ(現実から目をそらして)