29.お互いの本音
色々な準備をした。
その間、私はただただフィル先生と、先生の専属侍女さん数名に囲まれて、されるがままになっていた。
気分は着せ替え人形。
昔、パパが私のおもちゃにって買ってきてくれたことがあったけれど、まさに人形みたいな状態になっている自分自身を見て、あの時のお人形さんも同じ気持ちだったのかなぁ……なんて、変なことまで考えちゃったり。
「とても可愛らしいですよ。レア様」
長時間のドレス選びが終わって、フィル先生が満足気に笑う。
専属侍女の人達も同じようにわーきゃー言ってて、少しむず痒い。
でも、
「…………動きづらい」
ドレスがすっごく可愛くて、すっごく綺麗。
でも、窮屈。体のいろんなところが締め付けられている感じがして、これじゃ満足して眠れない。
今すぐに脱ぎたい、けど……。
「我慢してください。パーティーが終わればすぐに脱ぎ捨てて構いませんから」
「……むぅ」
パーティーが始まるまで、あと二時間くらい?
それまでに最低限の知識だけを教えてもらって、パーティーの簡単な流れを聞く。
「時間が近くなったら会場に移動します。控え室がありますので、出番があるまで勇者様方にはそこで待機してもらいます。お父様……国王陛下の紹介でお姿を披露する。という流れです」
「…………歓迎、してくれるかな」
「今回のパーティーに出席するのは、ほとんどが肯定派の貴族です。……否定派は最低限。エルミリアナの囲いだけです」
それを聞いて、ちょっとだけ安心した。
否定派の人達はいつも私を嫌な目で見てくるから、パーティーでもそうだったら嫌だなって思ってた。
でも、どうして否定派の人達は参加しないんだろう。
……ううん。理由は分かってる。
私を勇者だと認めたくなくて、パーティーで正式に歓迎したくないから、なんだと思う。
「歴代の勇者様は、どれも異世界からやってこられました。レア様だけが違います」
「………………ん……」
改めてそう言われると、何も言えなくなる。
自分でも自分は勇者じゃないって思うし、変な期待を持たれるよりは、まだ気持ちは楽なんだけど……そのせいで嫌悪感を持たれるのは気分が悪い。
「しかし、私はどの勇者様よりもレア様が最も勇者らしいと思います」
「……え?」
「勇者は力だけがあればいいと言うものではありません。どのような状況にも屈しない勇ましい精神。人々を救う優しき心。それら全てが成り立っていなければ、勇者はいつか己の力に呑まれることでしょう。
実際、歴代勇者の中には、力と欲望に支配されて『魔王』に転じた者もいる……との記録があります」
フィル先生の言葉に、びっくりする。
勇者も、魔王になることがあるんだ。それはその人の性格の問題もあったんだと思うけれど、フィル先生が言ったように力だけを持っていたらダメなのかな。
「……まぁレア様の場合、現時点では誰よりも実力があると私は見ています。そういう点では誰よりも勇者らしいと言えるでしょう」
「私、強いの?」
「…………自覚無しですか」
「ん、ごめんなさい」
「ああ、いえ……レア様を責めている訳ではありません」
どこから説明しようかと、フィル先生は悩まし気に呟く。
「ハヤト様はまだ体を鍛えたばかり。基本的な剣術も同時に習っているようですが、歴戦の猛者に比べればまだ毛が生えた程度です。
ミカ様とユウナ様は最近になってようやく魔力を掴めるようになった程度。初級魔法も安定して詠唱できません。無詠唱で魔法を扱い、それに加えて魔弾の改良にまで手を出しているレア様とは大きな差があります」
途端に早口になる先生。
先生のことだから事実を言っているんだろうけれど、褒められているって思うと恥ずかしい。
でも、それ以上に……私のことを認めてくれているんだって分かって、嬉しかった。
「しかし、だからと言って勇者としての責任を感じることはありません。この国に召喚された時、レア様だけが冷静に状況を判断し、勇者に頼りきっている現状に苦言を申されたと聞きました。……本当は嫌だったのでしょう?」
先生は全部知ってたみたい。
その上で私のことを肯定してくれてたんだ。
「正直なところ、私も勇者に頼り切っている現状を良しとは思っていません。この世界の命運を他の世界の、しかも、まだ成人していない子供に託すなど……っと、申し訳ありません。今の発言は勇者様に言うべきではありませんでしたね」
それは多分、一国の王女様が言っちゃいけないことなんだと思う。
でも、フィル先生の本心はきっと──今の言葉に全て詰まっているんだ。
「…………私は、帰りたい。だから勇者の使命なんて、本当は嫌だ」
「……レア様」
「最初はそうだったの。でも、ね? 守りたいって思う人ができたから、お迎えが来るまでは……頑張ろうって思うようになったよ」
帰りたいって気持ちは大きい。
だから、クロ達が迎えに来てくれたら、私はきっと帰ることを選択する。
でも、孤独な私に、先生はいっぱい優しくしてくれた。
そんな先生のために、ちょっとくらい頑張ってもいいのかなって思う。
「レア様……! ありがとうございます」
「ん、こちらこそ。ありがとう」
そう思ったのも全部、先生が私に優しくしてくれたから。
だから、ありがとうって言うのはこっちの台詞。
「それじゃあ、もうお部屋に戻っていい?」
「それとこれとは話が別です。もう時間ですので、パーティーに行きますよ」
…………ちぇっ。