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28.パーティー当日


「レア様! 起きてください!」

「……ん〜〜〜〜、いや、ぁ…………」


 早朝、私はフィル先生を相手に激闘を繰り広げていた。

 私を起こそうとお布団を引っ張る先生と、それを奪われまいと必死に抵抗する私。拮抗しているかのように思われたそれは、たった一つのきっかけによって唐突に崩れることになった。


「……ふ、ぁぁぁ」

「っ、そこです!!!」


 抗えない欠伸。

 その隙を逃さなかったフィル先生。


 私の手からお布団がさよならして、ついでにぬくぬくも何処かに行っちゃった。


「うぅ、ひどい……」

「申し訳ありませ──ハッ! そ、そんな声を出しても返しませんからね! 今日はパーティー当日なのですから、色々と準備をしなければなりません!」


 …………ちぇ。


 今日のフィル先生は優しくない。

 そのパーティー……? で私が恥をかかないようにって、数日前からすごい気合が入ってたっけ。


「……でも、パーティーはお昼からって聞いたよ?」


 今はまだ朝になったばかり。

 準備を始めるには少し早すぎると思うけれど……。


「これでもギリギリなのです。まずはお食事を。その次に湯浴みで体の汚れを洗い流し、寝癖で乱れた髪を整えます。オイルマッサージで体をほぐした後は、パーティーでの衣装選び。レア様に似合うドレスは私直々に選びます。最後にお化粧です。レア様はそのままで大変お綺麗なので必要ないかと思いますが、折角なので最大限まで着飾りま────起きてください!」

「ふあ……」


 予定を聞いただけで気が遠くなりそうだった。

 …………いや、気付いたら眠っていたから、『なりそうだった』じゃないか。


「……面倒くさい」

「我慢してください。どれも必要なことなのです」

「…………パーティー、嫌い」

「普段はこんなものではありませんよ。今回は勇者様が主役なのでマナーや堅苦しい慣例はありませんが、本来ならばもっと動作一つ一つに気をつける必要があります」

「それって、楽しいの?」

「楽しい訳ありません。他派閥の足を引っ張りあうパーティーなど、参加するだけで気が滅入りそうになります」


 その言葉を聞いているだけで、こっちまで嫌な気分になる。

 そんなものに参加したくないのに、フィル先生は王族だから参加しなきゃいけないんだろうな。お姫様っていう立場も楽じゃないんだなって思う。


「逃げたいって、思わないの?」


 そう聞くと、フィル先生は小さく笑った。

 逃げられるなら逃げたい。そう思いながら諦めているって顔だ。


「……ほら、暗い話は終わりにして……早く準備をしてしまいましょう。もうすでに他の勇者様方も起床しています。あとはレア様だけですよ。準備の間、レア様は動かなくても大丈夫です。全て私達のほうで仕上げますので、我慢してください」

「…………ん、わかった……」


 これ以上いやいや言ったら、本当にフィル先生を困らせちゃう。

 そしたら先生からも嫌われるかもしれない。それは嫌だから、今日だけは我慢して言われる通りに動こう。


「…………抱っこ」

「はいはい。わかりました。……失礼します」


 両手を広げると、フィル先生は私のことを抱き上げて車椅子まで運んでくれる。

 最初はこの行為に戸惑っていた先生も、もう慣れたのか当たり前のようにやってくれるようになった。


「ん、先生……いい匂い」

「ちょ、あまり嗅がないでください! 恥ずかしいので……!」


 でも、首元を嗅がれるのはまだ慣れていないみたい。

 シュリはお日様の匂いがして、フィル先生はお花の匂いがする。どっちも好きな匂いだからずっと嗅いでいたいのに、先生はそれが恥ずかしいみたい。


「先生の匂い、好きだよ?」

「それでも、です! 恥ずかしいものは恥ずかしいんです!」


 いつも顔を赤くさせて怒ってくるんだけど、その顔がすごく可愛いから……わざとそうやって先生の反応を楽しんでいる私もいる。

 でも、それを言ったら本気で怒られちゃうから、この心だけは秘密。


「フィル先生。今日のご飯、なに?」

「レア様の好物のお魚料理です。とても美味しいですよ」


 そんな世間話をしながら、私達は廊下を歩く。

 久しぶりに食べるお魚料理に期待をしていると、不意にフィル先生の足が止まった。


 どうしたんだろうって先生から視線を外して前を向くと、そこに立っていたのは────


「あら、ここは空気が悪いわね。汚らわしい亜人でもいるのかしら」


 派手な髪をぐるぐる巻きにした、小柄な女の子。


「ご機嫌麗しゅう。人のなり損ないと戯れる気分はいかがですか? お姉様?」

「…………エルミリアナ」


 フィル先生の声は、とても低い。

 私のことを馬鹿にされて怒ってくれたのかな。いつもは優しくて綺麗な顔も、今だけはちょっと……怖い。


「レア様に無礼ですよ。謝りなさい」

「あら、どうして? 相手は勇者様ならまだしも、それはただの汚らわしい亜人。何かの間違いで巻き込まれただけの異物ですわ」



 第二王女の言っていることは、間違ってないと思う。

 私だって自分のことを勇者だと思ってないし、過去の勇者を知れば知るほど、やっぱり私は何かの間違いで巻き込まれただけなんだと分かるから。


 だから怒れない。

 なにも言わずにみんなを騙しているのは、私だから。


「レア様に謝罪しないのであれば、この件は後ほど、お父様に報告します。よろしいですね?」

「ふんっ! 好きにすればいいですわ! どうせ今日でその亜人も終わりなのですから」

「…………どういう意味です? エルミリアナ。貴女は何を?」

「わたくしは何も。家臣達が『本当の勇者を決める楽しい催しがある』と言っていたのを聞いただけですわ」


 第二王女は何を言っているんだろう?

 フィル先生も困惑したような顔をしているし、それを見た第二王女は勝ち誇ったように笑っている。


 第二王女が何を思ってそう言っているのかは、気になる。

 でも、もっと気になるのは──その後ろ。


 第二王女に付き従う貴族。

 その人達が、ニヤニヤと気味の悪い微笑を浮かべているのを見て、すごく嫌な感じがした。


「……あぁ気分が悪い。これ以上この場に居ると、わたくしまで汚れてしまいそうですわ。折角のハヤト様が主役のパーティーですのに、王族がこのような憂鬱な気分で居ては勇者様に失礼ですわ」


 ──ここで失礼しますわ。

 そう言って、第二王女とその家臣達は廊下を歩いて行った。


「…………レア様」

「ん、ご飯食べに行こ?」


 フィル先生は、私に謝ろうとしていたんだと思う。

 でも、私はそんなの望んでいない。フィル先生が気に病む必要なんて無いんだから。


「……はい。今日は特別に、私の分のデザートも差し上げます。今日はケーキですよ」

「やった。ケーキ」

「ええ、開店前から行列ができるほどに人気のケーキなんですよ」

「ん、楽しみ」


 甘いものは好き。

 それがいっぱい食べられるって考えるだけで、すっごい楽しみだ。


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