20.帰りたい
それから、私とハヤトは夜空を眺めていた。
両者の間に会話はない。
ハヤトはずっと……悩ましげにこっちを見たり、俯いたりしている。
やっぱり、何か悩んでいるみたい。
でも、それは簡単に打ち明けられない悩みで、私に言うか言わまいかの瀬戸際にあるんだと思う。
「…………レア」
「ん?」
「家に、帰りたいか?」
何を聞かれるのかと思ったら、それなんだ。
「帰りたいよ」
帰りたくない、なんて思わない。
あそこが私のお家だから。みんなが必死に作ってくれた、私の居場所だから。
だから絶対……帰りたい。
「……そう、か」
ハヤトは、また俯いちゃった。
それを見てから、気づく。
ハヤト達はこの世界とは違う世界から来た。元の世界に渡る方法はない。……ハヤト達には、帰る場所がないんだ。
「ごめんなさい」
「……え? どうしてレアが謝るんだ?」
「ハヤト達は帰れないのに、私だけ帰りたい、って……わがまま言った」
私は人間達の思惑に、勝手に巻き込まれただけ。
面倒なことになったし、こうなったことが不運だなと何度も思った。
でも、もっと不運なのは────
「確かに、俺達はもう家に帰ることはできないと思う。でも、不思議と悲しいって思わないんだ」
「……帰りたくないの?」
「もちろん帰りたいさ。帰りたい気持ちはあるけれど、帰れないことをいつまでも悲しむより、この世界で必死に生きたいと思っているんだ」
異世界に渡る方法を、人間は知らない。
そう言われて落ち込むところなのに、ハヤトは後ろを向き続けないで前に進もうとしてる。
それは、普通じゃ難しいことだと思う。
ハヤトと逆の立場だったら、私は耐えられない。
折角できた居場所が無くなって、折角仲良くなったみんなと二度と会えなくなって、また独りぼっちになるんだって、考えるだけで…………胸が苦しくなる。
「まぁ、そうやって考えられるのは俺一人じゃないからだ。ミカとユウナもいる。もし召喚されたのが俺だけで、同じように二度と戻れないと言われたら、きっと俺は……この世界を呪っていた」
「…………」
「そんな悲しそうな顔をしないで。これが不幸中の幸い、なのかな。俺は一人じゃない。同じ世界の人間が、幼馴染の二人がいてくれるから耐えられる。……でも、レアは見知らぬ場所で一人だ。そんなの悲しいじゃないか」
一人じゃないってだけで、耐えられる。
でも私は?
私は一人で、ここは知らない場所。
だからハヤトは、私のことを心配してくれたんだ。
「レアが帰りたいって思うなら、俺達は出来る限りそれを手助けするよ。たとえ世界の裏側でも、必ずレアを家に送り届ける」
ハヤトの目は、本気だ。
…………どうして。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
言っちゃえば、私とハヤト達は違う。
私はこの世界の住人で、ハヤト達は異世界の人。
私はたぶん勇者じゃないのに、ハヤト達はれっきとした勇者なんだ。
でも、ハヤト達は私と仲良くしてくれる。
ただの赤の他人なのに、どうしてそこまで優しくしてくれるんだろう?
「レアのおかげで助かったからだよ」
「……私の?」
私、何かしたっけ?
「最初、召喚されたばかりで俺達は混乱していた。あの時、レアが誘いを断ってくれなかったら……きっと俺達は正常な判断ができないまま、大人達の言った通りに動いていたと思う。でも、今は自分達でちゃんと考えて、行動できている」
──君が居てくれたおかげだ。
ハヤトはそう言って、恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「まぁ、その……なんだ! 他の二人と話し合って決めたことだから。恩返しだと思って受け取ってくれると嬉しいよ」
どんな綺麗事を並べても、ハヤト達はもう元の場所に帰れない。
なのに、ハヤト達はどこまでも優しい。
その優しさが、今は……嬉しい。
「ハヤト。ありがとう」
微笑む。
今はとても、胸がぽかぽかしてる。
「っ! ──さ、さぁ! そろそろ寒くなってきたし戻ろう! へ、部屋まで送るよ!」
「え? あ、うん……」
返事を聞くより先に、ハヤトは立ち上がった。
そのまま荷台を押して私の部屋まで運んでくれて、おやすみって言ってから私達は別れた。
最後までハヤトは私と顔を合わせてくれなかった。
でも、嫌われた訳じゃないとは思う。
だって、部屋まで私を運んでくれたハヤトは、すっごく優しかったから。