第七話 決心
翌日以降も神坂さんへの質問に答えて貰う形を取ってはいるが、如何せん情報が多い。全てを覚える必要がないと言ってはいたが、少なくても僕がいる世界の事だ。僕の常識がこちらの常識とは限らないのだからと無理を言って答えてもらっていた。だが同じ質問をするのも彼女の負担になるかもしれないがそこは許してほしい。
そして今日は…
「おはよう、少しはこの生活に慣れたかしら?」
ここ一週間起きれば必ず朝食の準備をしてくれている。手伝うと言っても
「ほら、男の人の胃袋を掴むのがコツって聞いたから、安心して掴まれてね」
と言われてしまった。いやそれって、夫婦の秘訣的なヤツじゃなかったっけ?
「さて、今日は何を答える?」
「早速ですが、神坂さんの目的って何ですか?」
随分と考え込んでいる様子だけど、答えられないのかな?初日に答えられない事もあると言っていたがいつかは話してくれるようなので、取り敢えずは信じてみよう…
「ごめん、今は答えられない。本音を言っちゃうと目的を話したら…きっと嫌われちゃうから…」
そう言われると踏み込んで聞くのも躊躇われる。
「でも、いつかは話してくれる…で良いんですよね?」
「そうね。きっと話すから…」
一息ついて次の質問だ。これはなんとなくではあるが想像はつく。
「では、神坂さんは何でこの世界の事、繋ぐ者の事を知っているんですか?」
「それは簡単よ。私は元々この世界の人間なの。この世界で17歳まで生きてそして死んだ。これは追々話すけどこの世界では死者の蘇生が可能なの」
は?死んでも蘇生が出来る?それこそゲームじゃないか。…でも死んでも生き返るなら何でこっちの世界で復活しなかったのだろう…
「まぁ驚くわよね。誠君が考えている通り通常ならこっちで蘇生するんだけど、私は何故かそちらの世界にいたの。しかも生まれたての赤ん坊として…」
「生まれ変わり…ですか?」
「どうかな?赤ん坊だったけど意識はちゃんとあった、こっちの世界の事も私が死んだ理由も何もかもを覚えていたの。最初は混乱したけど赤ん坊だったことが幸いしたの、だって一から知識をつけるには最適な環境じゃない?だから言葉も、常識も何もかもが新鮮で少し楽しかった」
転生して転移したのか…想像をはるかに超える回答だった。それでも僕に近づいてこっちの世界に戻ってきたってことはそれだけ大事な目的があるんだろうと思う。それはおいそれと言えるモノじゃないかもしれない。
「では、これからの事です。これからどうする予定ですか?」
「そうね…今考えているのは二通り。一つ目…というか両方に共通することなんだけど、誠君にはある程度モンスターと戦える実力をつけてほしいの」
「え!?そんな…無理ですよ!体力だってないし以前も言いましたけど、喧嘩すらした事ないんですよ?それなのに…戦えだなんて…」
思わず立ち上がってしまった。だってこの世界にモンスターと呼ばれる存在がいるのは分ったけど、今まで平和そのものな世界で生きてきたんだ、それをいきなり…
「そうよね…でもね?貴方には二つの選択肢がある。一つは私と一緒に来るという選択肢、さっきも言ったけど、どうしてもやらなきゃならない事があるの、それはこの場所じゃできない事。だから色々なところを旅するのだから当然危険も多いし、勿論全力で守るけど…それが出来ない事もある…だから少しでも戦う力をつけてほしいの」
「取り敢えず、もう一つの選択肢を…」
「もう一つはこの場所で私を待ってくれる事。ただ…住む場所はここでいいし衣服は着替えを着回すしかないけど、食べ物だけは自分で何とかしないと…この場所は比較的安全なの。だからこの辺りで戦える力をつければ一人でもやっていける…と思う…目的を果たせれば必ず迎えに来るから、それまでは待っていてほしいの」
後者の方が圧倒的に安全なのだろう…だがモンスターも出る。無敵とも思える彼女ですら死を迎えたこの世界で僕一人だけで生きて行けるのだろうか…それに…
「この世界ってスマホのような通信機器はないんですか?」
「ないわ。文化だと日本の歴史でいうなら江戸時代ってところかな。世界規模なら中世程の文明だけど魔石があるから近代とは言わないけどそれなりに便利な生活ができるし、遠くと会話ができる魔法はあるけど、どこでも…という訳にはいかないわ」
「目的は良いんですけど、達成までにかかる日数は?」
「判らない。数日にでも終わるかもしれないし、十年経っても終わらないかもしれない。それに…前回のように途中で…ってこともあるから」
連絡の取りようがなければ彼女の安否も判らない訳か…どちらを取るにしても不安が残る…それならば一緒に?戦える自信もないし足手纏いはどの世界だって要らないだろうし…
「神坂さんは僕が戦えるようになると思いますか?この状況ですので変な気は使わないで正直に言ってください」
「そうね…ハッキリ言えば判らない、としか言えない。正直言えば貴方は人を傷つける事に慣れていない、まぁ当然よね。だからそれを言うなら無理でしょうね。だけど可能性が無い訳じゃない。貴方には繋ぐ者の能力がある。それを戦いに使えれば…」
「少し考えさせてください…正直言えば一人で生きていく自信がありません。かといって一緒に行っても足手纏いになるのは分り切っています。神坂さんはこの世界でやるべき事があるんですよね?それなら迷惑を掛けたくありません…すみません、はっきりと言えなくて…」
「そうね…今日はまだ日が高いからデッキにでも行ってみたら?この時期はあっちで言う所の春のような陽気だから…」
提案通りウッドデッキに行きベンチに腰掛ける。確かに春のような陽気と爽やかな風は気持ちを落ち着かせてくれる…だが答えは出ない。どちらを選んでも危険なことには変わりない、少しでも安全な場所から彼女の無事を祈る?普通は逆じゃないかな…
「隣…いい?」
頷くと場所をずらし彼女用のスペースを作る。
「ありがとう。私の希望は一緒に来てほしい、確かに此処にいるより遥かに危険だし戦う機会だってとても多い…言ってなかったけど戦う相手はモンスターとは限らないの、山賊だっているし盗賊なんかの人間を相手することもあるから…それに一人は…寂しいじゃない?私だって挫けそうになることもある、そんな時貴方が側にいてくれたらって思ったの…」
「僕はきっと足手纏いになりますよ?」
「そうね、否定はしないわ」
「神坂さんの負担が倍以上なるかもしれませんよ?」
「そうね、それ以上かもね…」
クスッと笑う彼女につられて僕も笑い出す。こんな時間が長く続けば良いのだろうけどきっと彼女はすぐにでも旅立ちたいのだろう…それを僕に合わせてくれている。全てを話すという約束だからなのかもしれない、この少ない日々を過ごすうちに彼女への想いは徐々に大きくなっていった。いつからか不安は生きていく上でという事から、出来るだろうかへと変わっていった。
「神坂さん…」
「どうしたの?」
「僕は…」
「うん。ちゃんと聞くよ、貴方の出した結論が何より大切なんだから…」
彼女がいないこの空間で僕は一人で生きていけるだろうか、戦って食料を確保して…無理だろうな。だが彼女と一緒にいれば?少なくても、この世界で生きて行けるとは思う…それでもきっと大変な苦労をするだろう…お互いに。だけど…もし…
「僕は…神坂さんがした事を忘れませんよ?彼女いない歴=年齢の僕には衝撃が大きすぎたから」
「うん…わかってる、自覚してるもの…取り返しのつかない事をしたって…」
「僕はいつまでもあなたを待ってる…「そっか、そうだよね?うん、わかった、いつもそうなんだよね?いつも後で後悔しちゃうの…あの時だって…」
僕の言葉を途中で遮り彼女が席を立つ、今は…今だけは漫画やアニメのような主人公になれ!精一杯の勇気を出せ!席を立つ彼女の手を握る…今言わないときっと後悔する…それだけは嫌だ。口を押え瞳から涙を流しているが手を振り解こうとはしてないなら、きっと聞いてくれる。確かに彼女に傷つけれたことは事実だし忘れられる筈がない。
「まだ言い終わっていませんよ?…僕はいつまでもあなたを待ってるなんて出来ない、だから…貴女と一緒に行きます。足手纏いだし、負担は増えるでしょうけど…僕は神坂さんが好きだ、だから貴女と一緒に居たい」
言ってしまった…だけど後悔はしていない。彼女は僕の手に触れ、泣きながらも笑顔をくれた。
「貴方が考えている以上にこの世界は危険だよ?納得できない事だって沢山ある、我慢しなくちゃならない事も山程あるの。戦闘の訓練だって大変だし…戦うって事は相手の命を奪う事なのよ?貴方も、私も…」
口では幾らでも綺麗事が言える。実際にその場になれば躊躇ったりするのだろう、そんな事はわかっている。ゲームなら「倒した」「やっつけた」の文字だけで終わるのだろうが、そうじゃない…今はここが現実なんだ。だから、彼女の言う事は本当の事なのだろう、元いた世界なんだ。僕なんかよりも何倍もそういった事を知っているのだろう。戦って奪った事だって一度や二度じゃないんだ。
「僕は嬉々として戦わない。君と一緒に行く為の術として戦うんです。実際にその場になれば怖くて怖くて逃げ出したくなるんだろうと思いますし、実際そうなると思います。でも神坂さん一人に押し付けたりしません、僕も一緒に背負います。そのくらいしか出来ないですけど…す…好きな人と一緒に居られるのなら…頑張ります」
は…恥ずかしいな…凄く遠回りな告白は神坂さんにも届いたようで、大粒のなみだを流しながら抱き付いてきて、そのまま泣き出した。
「怖かった…怖かったの!また一人になるんじゃないか、また置いて行かれるんじゃないかって…ごめんなさい、ごめんなさい…もう傷つけたりしないから…置いて行かないで!」
彼女はきっと言えないような辛い事があって…死んだ…だからなのかもしない、クラスでもそうだったように誰かしらと一緒にいる事が多かったと思う。きっと一人で僕なんかよりももっと大きな傷を負ったんだろう。だから距離感が近いんだ。一人にならない為に…泣き止むまで待って彼女が顔を上げる。そしてそのまま抱き寄せられ…キスをした…
「こんな私でごめんね…でも、ありがとう」
「僕の方こそ、これからよろしくお願いします」
「…ごめん、そっちじゃなくて…キスしちゃって…」
???
彼女は俯き、そこから何も言わなくなった。そりゃいきなりだったから驚いたけど…
「あ…いや…でも…嬉しいですよ」
「本当に?」
「はい。本当です」
「相手は私だよ?」
「だからですよ、好きな人なんですから」
………?なんだ?何を言っているんだ?
「私…こっちで死んで、向こうで17年生きてきたんだよ?」
「はい。聞きましたけど?」
「こっちで死んだ時…17歳だったの、そして今も同じ17歳…だよ?」
………って事は………
「ごめんね、合わせれば34歳なの……」
あ…そうか、何となく彼女の行動は僕を子供扱いしている様に感じたけど…そういう事か…
「やっぱり気持ち悪いよね?貴方から見ればオバさんの類いだもんね…」
どうなるんだ?え?いや…でも…
「そう…なるんですかね?いや…だけど…え?…でも向こうで17歳なんですよね?なら、心だけって事で…」
「なら他の人に言える?僕の彼女は心が34歳ですって?」
言えるかと聞かれれば…言えないな。何か解決策はないのものだろうか…そうだ!
「ええ、言えますよ。僕の彼女はお母さんっぽいって…」
バンッ!
言い終わると同時に背中を強く叩かれた。
「いてッ!」
何も言わず部屋に入る前に振り返った彼女の笑顔はとても綺麗なものだった。
これは年の差っていうんでしょうか…