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第8話 小さな訪問者


 「警戒が必要だ。ママード、小銃を用意しておいてくれ」


 パッチ隊長からの突然の連絡を受け、緊張の面持ちで見つめる撫子とベッピーンを背中に、ママードは小銃を取り出した。


 「大型動物との接触はありましたか?」


 ママードは改めて周囲を見渡し、掌に雨粒を僅かに感じながら眉間に皺を寄せる。


 「……いや、現時点で接触は無いが、俺達の拠点だったふたつの教会の内、手前側の教会の奥に大型動物のものと思われる足跡と爪跡が残されていた。雨風に晒されて特定は出来ないがな。こっちは教会内の機材を運び出した後、奥の教会へと移動する。そこで合流だ」


 「分かりました!」


 連絡を受けたママードは撫子とベッピーンを連れ、雨の勢いが増す前にミコワイキの教会を目指してペースを上げた。


 

 「30年も手付かずだったのに、美しい街並みですわ……」


 生まれて初めて地球の街を目の当たりにしたベッピーンが言葉を失う。


 美しい大自然に囲まれ、騒々しい商業施設等に駆逐されていない教会を中心とした歴史ある観光地には、人類が生きる為の設備を揃えるのに精一杯だった、僅か30年の歴史の惑星Zが到底成し得る事の出来ない重みがあった。


 「……あっ、お兄ちゃん!」


 街並みを見渡していた撫子の目に、奥の教会前で手を振る大和の姿が捉えられる。

 地球の重力にもすっかり慣れた様子で、その長身をジャンプさせて妹に自らの存在をアピールしていた。


 「ホワーン、教会に到着した。ロケットに帰還する時、非常事態発生時にはまた連絡する」


 「オーケー!観光を満喫してくれ」


 ママードはホワーンとの通信を終え、撫子、ベッピーンとともに大和の立つ教会へと到着する。


 幸いにして、未だ雨は本降りになってはいなかった。


 「こっちの教会は無傷だ。3ヶ月分の埃は掃除しておいたぞ」


 任務上単身赴任が多く、意外と家庭的なパッチ隊長が床とメンバー分の椅子、大きな机を綺麗に磨き上げている。


 「いやあ、3ヶ月分の埃って言っても、俺の部屋よりは綺麗だったな」


 撫子がいないと家事のひとつも出来ない大和は照れ笑いで頭を掻き、入口で目印役に立候補せざるを得ない自らの立場を自嘲した。


 「撫子、ベッピーン。地球の重力には慣れたか?慣れたら椅子に、辛かったら床に座れ。雨が落ち着いたらロケットに戻る。早速始めるぞ」


 「大丈夫です、椅子に座れます」


 撫子はベッピーンと互いを確認し、毅然とした態度でパッチ隊長の質問に答える。


 「……よし、映像と音声の確認だ」


 ママードはロケットから持ち込んだ機材を取り出し、大和に手伝わせて準備を整えた。


 「帰りも歩くからな。今の内に食っておけ」


 ママード達が映像と音声の確認準備を整えている間、パッチ隊長はママードの荷物から携帯用の非常食を取り出してメンバーに配布する。

 

 所謂チューブ式の『宇宙食』であり、効率的にバランスの良い栄養を摂取出来るものの、その味気無さに飽き飽きしていた女性陣からは露骨に顔を歪められ、パッチ隊長も不機嫌そうにチューブに食いついた。


 「宇宙飛行士に女性が少ない理由、分かるわぁ〜」


 撫子は訓練中を含めて、もう何度口にしたか覚えていない宇宙食を頬張りながら、この時ばかりは意気投合したベッピーンと笑い合う。


 「……よし、この壁なら解像度の高い映像が見せられる……」


 ママードはひとりで何やらブツブツと呟きながら、教会の壁の中でも傷や日焼けの少ない純白の壁を磨き、映像用の即席スクリーンに仕立て上げた。


 「……よし、皆こっちの壁に注目してくれ。今から見せる映像は、3ヶ月前から手前にあった教会に仕掛けた隠しカメラの映像だ。何が写っているのかは、俺にも分からない。あくまでもこの3ヶ月間、この地に何があったのか、また、野生動物が人間の作った建物で生活する知恵や行動力を持っているかを検証する資料だ」


 ママードがカメラのスイッチを押すと、教会の純白の壁に映像がアップされ、メンバーの視線が集中する。


 「……何だ?地震か?結構揺れてる様に見えるけど……」


 大和の言葉通り、映像は冒頭からカメラの揺れによる上下動を捉えている。

 やがてカメラを支える小さなスタンドが倒れ、カメラが横向きに落下した事を予測させる映像が目の前に広がった。


 「バッテリーは無限ではないからな。振動を感じた時にカメラのスイッチが入り、振動を感じなくなって10分後にスイッチが切れる様にセッティングしているんだ。恐らく、この揺れは地震だろう」


 パッチ隊長は冷静に状況を説明し、スタンドから落ちて床に這いつくばる形になったカメラの映像に神経を集中する。


 「見て!何か沢山来ましたわ!」


 ベッピーンは映像の左側から、何やら小さな動物の様な一団が教会に雪崩れ込む様子を指摘した。

 カメラが床に落ちた為に自然光が足りず、身体の正確な色や毛並みは確認出来ないものの、どうやら小型から中型の哺乳動物の様だ。


 「きゅう〜」


 何やら穏やかな、気の抜けた様な鳴き声に調査隊メンバーは格好を崩し、群れを離れた1匹の動物がカメラに興味を示してレンズを覗き込む。


 「……これは……たぬきだな」


 「たぬき?可愛い〜!」


 何度も地球に来ているママードとは違い、撫子やベッピーンは初めての地球。

 ましてやたぬき等、図鑑の中でしか見たことの無い、それこそファンタジーの様な存在の動物であった。


 「たぬきは臆病な動物だからな。恐らく移動中に突然やって来た地震が恐くて、手近な建物に逃げ込んだんだろう」


 パッチ隊長はたぬきの行動を分析しながら、早速カメラを仕掛けた意義を証明出来て満足気な表情を浮かべている。


 「……それにしてもうるせえな。こりゃ10匹以上はいるよな」


 可愛さよりも格好良さに惹かれる大和は、たぬきの群れには余り興味を示さず、やたらと騒がしい映像に耳を塞いでいた。


 「……それだ。たぬきは元来、単独か夫婦で行動する。群れでは行動しないはずなんだ。いくら臆病な動物で、いくら地震に驚いたとしても、群れがひとつの建物に潜り込む事は考えにくい。何かから逃げているのかも知れない」


 「……逃げるって、大きな動物から?」


 ママードの考察に横から口を出す撫子。

 

 だが、ママードも撫子も理解はしていた。この地域の大型動物、熊や鹿も、自分からたぬきを襲う様な動物では無い事を。


 「グォーッ!」


 凄まじい咆哮とともに、何者かが教会のドアに体当たりする音が映像に残されていた。


 たぬきは冷静さを失い、教会の中を思い思いの方向に別れて散らばる。


 激しい打撃音とともに教会のドアが打ち破られ、カメラは黒い体毛にまみれた図太い足を捉えていた。


 熊だ!


 

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