第6話 上陸!シニャルドビイ湖
惑星Zを出発した環境調査隊のロケットは、目的地の地球・東ヨーロッパ、ポーランドはマズーリ湖水地方へ向けた進路微調整を行いながら、着々と大気圏に近付いていた。
ロケットの安定飛行中、惑星Zの重力に調整された快適な環境のもとで、ねこキューブと戯れたり読書やトレーニングに没頭したり、サッカーボールを持ち込んで医者から禁止されていたヘディングを連発したりしながら、隊員達は心の平穏を取り戻す。
ママードと撫子は、就寝前にはいつも動物の調査映像を繰り返し観ながら意見を交換していた。
動物の進化を讃える一方で常に人間への落胆を口にする、そんなママードの心の闇の深さが気になる撫子ではあったが、お互いに動物や生物を愛して学び続ける立場に違いは無い。
ロケット内の時計でも24時間をとうに過ぎた長旅で、窓から見える無限の宇宙の美しさにも慣れてしまった自分を少しばかり戒めながらも、撫子はこれから訪れる地球の光景に胸を踊らせていた。
"大気圏突入まで後2時間、総員、シートに着席して下さい"
既にロケットの周囲には光熱の耐久シールドが張られており、少しずつ細かな揺れを実感出来る様になった隊員達はフル装備を着用した後、みゃ〜ちゃんとジェニファーを小動物用シェルターに収容する。
「シェルターの中は惑星Zの重力のままだし、揺れや衝撃への対策も万全だ。絶対に死にたくなかったら、皆もどうにかしてこの中に入るんだな」
ホワーンの解説に一同が爆笑している間に、パッチ隊長は重力調整のタイマーを入れる。
これから少しずつ時間をかけ、目的地であるマズーリ湖水地方・シニャルドビイ湖に着水した時点で、ロケット内の重力が地球と同じ値になる様に設定されたのだ。
「またイチからやり直しですわね」
ベッピーンは衝撃に備える為にブロンドの長髪をヘルメットに収め、ピアスを外して宇宙服のポケットに仕舞い込む。
一方の撫子はアクセサリーのひとつも持たないショートボブの外見故、既に準備は万端であった。
「これからは着水までシートから離れるな。揺れや熱で気分が悪くなったら、ヘルメットの耳にあるスイッチを押せばミントスプレーが出る。ヘルメットの中に吐いちまったら地獄だぜ、気を付けるんだな!」
ママードからの、少しばかり悪趣味なアドバイスにやや眉をひそめた女性陣とは対照的に、大和は早速ヘルメットの耳のスイッチを押してミントスプレーを味わう。
「あ、ホントだ!うめえうめえ!」
「バカ!今から吸ってたら着水前になくなるぞ!」
大和とママードのやり取りは隊員達を大いにリラックスさせたものの、遮光ゴーグルを降ろした無表情なヘルメット姿の6名の人間が、笑いで一斉に肩を揺らす光景は極めてシュールであった。
ビビーッ!ビビーッ!
"大気圏突入します。絶対にシートから離れないで下さい。大気圏突入します"
「……くっ……!」
離陸の衝撃とはまた違う、強烈な揺れと圧力に百戦錬磨のパッチ隊長さえも顔を歪め、ゴーグル無しには前を見る事もままならない光の中、ロケットは大気圏を突破する。
「着水するぞ!足を着けて、両手は胸で組め!」
パッチ隊長の合図に、急速降下しながらも窓の外を一目見ようと思っていた大和は脇見を諦め、目を力強く瞑って無事を祈った。
バシャアアァッ……
ホワーンによる噴射である程度ショックを削いではいたものの、撫子達は経験した事の無い衝撃に全身を痙攣させる。
ロケットは激しい水飛沫を上げながら余力で前進し、湖の岸辺まで残り50メートルの地点でようやく停止した。
「……ふう。少し危なかったな。計算にミスは無かったはずだが、風が強いのかもな」
ホワーンは額の汗を拭い、シートでぐったりはしているが怪我も無さそうな撫子達を見て安堵の表情を浮かべる。
「ああ……気持ち悪りぃ。だりぃ〜…」
初体験組の3人の中ではいち早く目を覚ました大和だったが、地球の重力と同化したロケット内の居心地は良く無さそうである。
「あっ……凄い!」
続いて目を覚ました撫子がゴーグルを外して見たものは、一面の湖景色とロケットを見張る様に飛び回る野鳥の姿であった。
「綺麗……!湖って、こんなに広いものだったの?」
目の前の光景にすっかり興奮した撫子は、未だシート着席ランプが消えない内から窓にかぶりつき、惑星Zで見慣れていた、養殖の魚を泳がせた人工の湖との違いに圧倒されている。
「この子達にも見せてあげましょうよ!」
ベッピーンはホワーンの手を借りて小動物用シェルターを2個運び出し、シェルターの窓越しではあるが、みゃ〜ちゃんとジェニファーに彼等の本来の故郷である地球の景色を見せた。
「みゃはあぁ〜!みゃはあ〜!」
「みゃっ!みゃ!みゃっ!」
ねこキューブのご両猫も、言葉の意味は分からんがとにかく興奮している。
「ママード、岸辺を確認してくれ。熊なんかがいたんじゃ上陸出来ないからな!」
「オッケー!」
パッチ隊長の指示を快諾したママードはモニターとカメラの無事を確認した後、上陸予定の岸辺をくまなく調べあげ、大型動物の姿は無いと確信してパッチ隊長に親指を立てて見せた。
「よし、前方50メートル先の岸辺に上陸する。ウインチを打ち込むぞ!揺れに注意しろ!」
バシュッ……
パッチ隊長は防衛隊時代に鍛えた射撃の要領で目的地に正確にウインチを打ち込み、ホワーンはゆっくりとエンジンを掛けてロケットの入り口を岸辺に横付けする。
「……流石に皆様、それぞれのプロフェッショナルですわね!」
ベッピーンは、腰に両手を当てた姿勢こそ偉そうだったが、ベテラン隊員隊の手際の良い仕事ぶりを賞賛していた。
「よし、上陸は成功した。だが、まだ全員行動は出来ない。周囲の危険を調べなくてはならないからな。大和、宇宙服を来たまま俺と来い!」
「はいっ!」
単純な体力面、体格面でのスカウトには違いないのだが、危険な任務に自分を選んでくれた事に喜びを感じる大和はパッチ隊長とともに、ロケットの中から搭乗ハッチへと消えて行く。
(お兄ちゃん、気を付けてね……)
敢えて口にはしなかったものの、撫子は大和とパッチ隊長の無事を祈ってこっそりと両手を合わせていた。