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第5話 野生動物進化の謎


 惑星Zから地球へと飛び発った環境調査隊のロケットは、離陸の衝撃を潜り抜けて宇宙空間の安定飛行へと段階を移していた。


 「うえぇ、吐き気がするぜ……」


 「はあぁ……死ぬところだったわ……」


 訓練で慣らされていたとは言え、初めてのロケット発射における重力経験に穏やかでは無い神国兄妹。


 「……だらしないですわね!わたくし達がしっかりしないで動物は救えませんわよ!」


 ベッピーンは口先だけは威勢良く、腰から下は脱力して立ち膝のまま摺り足で動物シェルター内のジェニファーの様子を見に向かう。


 安定飛行となったロケット内は惑星Zと同じ重力に保たれている為、各自座席から離れる事が可能となっている。

 撫子とベッピーンは、まずは愛しき相棒のねこキューブの無事を確認してほっと一息をついていた。


 「みゃ〜ちゃんとジェニファーが入っているシェルターは、小動物用だ。この中は酸素は勿論、重力も自由に調節出来る。だからねこキューブは惑星Zの重力に、地球から連れ出した動物は地球の重力に合わせれば、飛行中に重力で死んでしまう事は無いんだよ」


 撫子はホワーンからの説明に感心しながらも、両手でシェルターの壁をまさぐりながら、その大きさには少々心許なさを覗かせている。


 「……大きくはないよな。最先端の技術を詰め込んでいるから、コンパニマル社もそれがコスト的な限界なんだろうよ。ねこキューブなら楽々入れても、地球の野生動物をそんなものに詰め込むのは、お前なら反対するかもな」


 ママードは眼鏡のフレームを指で持ち上げながら、獣医の卵である撫子の心中を見透かした様に呟く。


 「……私は見た事が無いんですけど、地球には犬という動物がいて、人間に懐くし、子どもなら小さいという話を聞いています。ご年配の教授に、若い頃の移住でペットの犬と別れざるを得なかった事を悔やんでいる方がいましたし、きっとコンパニマル社も、また犬と暮らしたい方の要望からニーズを開拓したいんじゃないでしょうか……」


 シェルター内、ロケット内ともに惑星Zの重力に合わせている事もあり、撫子はコンパニマル社の狙いを推測しながら安心してみゃ〜ちゃんをシェルターから出して自らの膝枕に乗せた。


 「みゃはああぁ〜」


 みゃ〜ちゃんは離陸の衝撃が残るほろ酔い気味のステップで撫子の膝枕にしがみつき、やがて安心感からかコテッとひっくり返って眠りに就いた。


 その様子を眺めていたベッピーンも、慌ててジェニファーをシェルターから出し、自らの膝枕で休ませる。


 「……犬か……。絶滅していなければいいがな」


 ママードは苦味走った表情でコンピューターを操作し、前回の調査映像をスクリーンに映し出した。


 「パッチ隊長、これから暫くは安定飛行です。撫子達に詳細を教えましょう」


 ママードの提案にパッチ隊長は無言で頷き、ホワーンは親指を立てて了承した後、ロケットの整備に消えて行った。


 「……よし、皆スクリーンを観てくれ」


 ママードはコンピューターを操作しながら、神国兄妹とベッピーンをスクリーンに集中させる。

 そしてコンピューターに声紋データと地理データを接続し、停止状態の調査映像を動かすのであった。


 「俺達が環境調査を行っているのは、地球の中では東ヨーロッパと言われていた地域で、具体的な名称はポーランドのマズーリ湖水地方だ。この地方は複数の湖が隣立しているから、東ヨーロッパ全体から野生動物が集まる。野生動物のメッカとしては、アフリカのサバンナや南米のアマゾンの方が名は知れているが、俺達が長く滞在できる環境ではない。そして、コンパニマル社のダンゴー・ドーデッシュ社長がポーランド出身という事もあり、この地域の調査と監視を直々に依頼されたんだ」


 マズーリ湖水地方の地理データの後にスクリーンに映し出された調査映像は、湖で水を飲んで休憩する動物が、種族の違いを超えて穏やかな雰囲気を保っている映像。

 熊、鹿、猪……そして人間がいた頃は絶滅危惧種だったヨーロッパ・バイソンの姿も見える。


 「……凄い!図鑑でしか見た事無い動物があんなに沢山……」


 その圧倒的な景色に、獣医学を学ぶ撫子は興奮を隠せない。


 「俺も昔は、熊の様なヘディングって恐れられていたんだぜ!……しかしデカイな。熊ってのは3メートル位あるのか?へへっ」


 大和はおかしな興奮の仕方をしている。まさか戦いたいのか?


 「長い年月が経過しても、場所取りや争いはないんですの?人間がいなくなって、野生動物の進化は目覚ましいですわね」


 「……ああ、人間は色々終わってるからな」


 ベッピーンの疑問に答えるママードの声には、彼の人間観があからさまに刻まれていた。


 「もうひとつ見て欲しいデータがある」


 ママードはコンピューターから声紋データを引き出し、隣同士で湖の水を飲む熊と鹿の映像をアップにし、声紋データと重ね合わせる。


 「耳を澄ましてくれ。熊と鹿、何か言っているだろう」


 映像上の熊と鹿は、鳴き声というよりは会話に近い静かな声を上げており、隣の声紋データも穏やかな波形を保っていた。


 「次はこの映像だ」


 ママードはコンピューターを素早く操作し、熊と鹿、それぞれの家族生活を追った映像を2画面分割でアップする。


 「家族同士のコミュニケーションを見てくれ。湖で熊と鹿が見せていた会話と全く同じ声紋波形だろ。つまり、野生動物は違う種族にも友愛の姿勢を見せる様になっているんだ」


 「……これって……」


 人間が地球を去って30年余り。

 その間の野生動物の進化に撫子は言葉を失う。


 「野生動物の進化はそれだけじゃない。より狂暴な一面も見せる様になっている」


 これまで発言を控えていたパッチ隊長がママードの隣に割り込み、別の調査映像をアップする。

 そこには、木材、煉瓦、コンクリートを問わない瓦礫の山が広がっていた。


 「この瓦礫の山が何だか分かるか?かつての人間の住居だ。別に人間は災害で移住を決めた訳では無い。大気や水質の汚染が人間の手で取り返しのつかない事になったから地球を捨て、惑星Zに移植したんだ。つまりこれは、人類が去った後に野生動物が怒りから人間の住居を破壊した事を意味している」


 「……そんなバカな?これじゃもう、人間は二度と地球に戻れなくなるじゃないか!」


 パッチ隊長の絶望的な推測に、思わず声を上げる大和。


 「俺達が調査したのは湖周辺の動物だけだ。これだけの広い湖が隣立する地方だから、湖の水や魚の汚染が動物の行動に影響した可能性も捨てきれない。つまり、湖に近付けない動物の消息を確認する事も重要だ。人間のペットから野生化した犬や小鳥等が、この環境で生き延びて種族を保てるとは思えないが……」


 ママードの分析を神妙な面持ちで聞いていたベッピーンは、彼女の膝で眠りについたジェニファーを優しく撫でながら、環境調査の意味を改めて噛み締める。

 

 「……わたくしは考え違いをしていましたわ。これは観光気分で挑んではいけない任務ですわね」


 「ロケットは既にマズーリ湖水地方に誘導を済ませている。着陸地点の安全は確保しているつもりだが、多少の誤差はある。例えロケットの窓からでも大型動物は刺激するな。現場の動物の習性から判断して、昼間の行動か夜間の行動かを決める。分かったな!」


 「はいっ!」


 パッチ隊長の命令を了解した調査隊メンバーは、やがて訪れるロケットの大気圏突入に備えて緊張感を新たにしていた。

 

 

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