第4話 いざ地球へ!
地球への調査出発を翌日に控えた環境調査隊は、いよいよ神国兄妹の重力適応を終えて万全の準備を整える。
新入りには特に無愛想な人間不信のエリート学者ママードも、両親を交通事故で失い、一度は頂点を極めたサッカー選手を引退せざるを得なかった大和の人生には特に同情すべき点を見出だしたのか、神国兄妹の適応が進むにつれて無難なコミュニケーションを取る様になっていた。
撫子とベッピーンの間には、置かれた境遇や容姿のコンプレックス等、互いに乗り越えるべき壁がある現実は否めなかったものの、幸いにも両者の相棒であるねこキューブ、みゃ〜ちゃんとジェニファーが仲良しになった事で距離感は縮まっている。
パッチ隊長とメカニックのホワーンは、動物の調査のみならずサンプル収集にも備えた船内の準備に追われており、彼等にママードを加えた三人のベテランが最終準備をしている間に、地球をまだ見た事の無い神国兄妹とベッピーンには惑星Zに暫しの別れを告げる、最後の自由時間が与えられた。
「……凄い、こんな景色初めて!」
ロケットの発射台はトレーニングセンターから程近い距離の高台に建立されており、高台からの眺めは繁華街から大統領官邸まで、惑星Zの営みを一望出来るスケールを持っている。
クラスメートと食事やスポーツを楽しむ以外は、大学とアパートを往復するだけの地味な暮らしをしていた撫子は、改めて眺めるこの星の歴史に感嘆の声を上げていた。
惑星Zは、地球を一度は捨てた人類が希望を込めて開拓した星。
歓楽街の華やかさは、地球の人間が最も豊かだった西暦1980年代の資料から作り上げたものであり、文明の象徴でもあった工業地帯には人類が戦争の愚かさを学んで立ち直った、1950年代の雰囲気を敢えて湛えている。
また、開発や資源の発掘に今後まだまだ繁栄の余地が残されている、惑星Zにおける人々への娯楽施設には、仮想現実テクノロジーが積極的に採用され、中世ヨーロッパを研究した街並みの再現とともに自然と剣術、銃器を共存させていた。
「貴女達は、この程度のものが珍しいんですの?」
大統領の孫として、惑星Zの隅から隅まで知り尽くしたベッピーンにとっては、最早この星の景色に心を動かされる事は無かった。
「つまんねえ人生だなぁ。ベッピーンは一回、暗い部屋に閉じこもって絶食でもしてみたら色んな有り難みが分かるんじゃねえか?」
大和の余りにも安直な例え話に、ベッピーンも撫子も呆れ返ってしまったものの、同じ感情のまま目が合った両者は、互いに少々バツの悪そうな微笑みを浮かべる。
「みゃうっ!みゃうっ!」
三人の足元でじゃれ合っていたみゃ〜ちゃんとジェニファーが、重力とキューブ体型で高くジャンプ出来ない環境の中、出来る限りのジャンプを試みて何かを知らせようとしていた。
「……?みゃ〜ちゃん、どうしたの?」
「ジェニファー……?撫子さん、あれを見て!」
ベッピーンはジェニファーの視線から、小さな林の入り口に目を向けると、折れた木の枝の下に木の実を食べようと悪戦苦闘する、一羽の小鳥の姿を発見する。
見た目は明らかに鳥だが、重力のせいなのか翼が未発達で高く飛べず、地面を歩いて暮らすタイプの鳥の様だ。
撫子が学んだ地球の動物の資料には載っていない、惑星Z固有の種族かも知れない。
「赤い身体に白い斑点……地球の資料では見た事が無い種族ね。身体と翼の構造上、飛べないみたい」
撫子は獣医の卵として、目の前の鳥に興味津々だが、それはあくまで学術的な興味である。
ベッピーンは小鳥の行動から、どうやらあと一歩で届かない、折れた木の枝に付いている赤い木の実を求めている事を確信した。
「赤い木の実を食べるなら、まず折れた木の枝をこの子が飛び越えなければいけませんわね。でも、この子の翼では……」
いたたまれなくなったベッピーンが木の枝に近付き、赤い木の実をもぎ取って小鳥に与えようとしたその時、大和が横から警告する。
「待て、木の実は自分で取らせろ!小さな頃から努力と根性を身に付けなければ、自然では生きていけない!」
大和の警告は間違ってはいないものの、自分の家事は撫子に押し付ける彼が他鳥の甘えを許さないのは、ただの脳筋発言としか理解されす、大和をガン無視したベッピーンは木の実をもぎ取った。
「一度他人に助けて貰った位で生きていけなくなるなら、わたくしはとうの昔に訓練で死んでいますわ!」
ベッピーンは木の実を小鳥の側に転がし、小鳥が美味しそうに木の実をつつき始めるのを確認するとジェニファーを抱き上げ、そそくさとトレーニングセンターへと帰還する。
「わたくし達がすぐにいなくなれば、あの子もこれからの苦労は理解するはず。わたくしもパッチ隊長に出会って思い知らされましたわ」
「……あ、待って!ベッピーンさん」
撫子もみゃ〜ちゃんを抱き抱えてベッピーンの後を追う。
「……おい、ツイてるぞお前」
大和は小鳥に一声かけて微笑み、やがて渋々彼女達の後ろに付いて歩き始める。
撫子はベッピーンのまた違った一面と、この星に眠る未知の可能性を知る事の出来た喜びで、出発への決意を新たに清々しい表情で惑星Zの空気を大きく吸い込んだ。
環境調査出発当日は、あくまで調査を目的とした出発である事から出迎えは簡素なものであった。
孫のベッピーンを溺愛するニクイヨー大統領はお忍びで登場してベッピーンと抱擁を交わしていたが、ド派手なリムジンタイプの車で駆け付けた為に全く忍んでいない。
出発を目前に控え、緊張を隠せない神国兄妹を目の当たりにしたメカニックのホワーンは、穏やかな笑顔で二人に話し掛けた。
「惑星Zの重力基準で作ったロケットだ。大気圏や地球の重力で壊れたりはしないよ。みゃ〜ちゃんとジェニファーも動物用のシェルターに入っているから安全だ」
ホワーンから声を掛けられて安堵感を露にした神国兄妹に、いつもに増して引き締まった表情のパッチ隊長も続ける。
「俺達環境調査隊は24時間毎に通信を入れている。何らかのトラブルで48時間通信が無い時は、救助ロケットも駆け付ける事になっているんだ。お前達はまず地球に慣れる事に集中しろ」
「はい!」
普段は対照的なキャラクターの神国兄妹も、重要なタイミングでは返事が一致する。
血は争えないとはまさにこの事。
「環境調査隊、行って参ります!」
パッチ隊長の軍隊式敬礼は彼に染み付いてしまったものとは言え、何やら命懸けの物々しさを感じさせるが故に、隣のママードの表情を醒めさせてしまっていた。
「大和、撫子、ベッピーン、訓練の通りだ!離陸時の重力にさえ耐えれば、大気圏までは快適な旅だ。気合いを見せろ!」
「はあああぁいっ!!」
カウントダウンを横目に響く、パッチ隊長の気合いというパワーワードに反応した大和の返事だけが異様にデカい。
『……ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワン……テイクオフ!』
ゴオオォッ……
凄まじい轟音と噴煙を巻き上げ、環境調査隊のロケットは地球へ向かって飛び発って行った。
身内の不幸で、更新が暫く遅れます。御了承下さい。
今回はストックに加筆したものを更新させていただきました。