第3話 調査の目的は……ビジネス?
今日の訓練を終えた環境調査隊メンバーは、疲れた身体を引きずってシャワーを浴び、服を着替え、最後のミーティングに挑んでいた。
この日は撫子の入隊初日でもある事から、環境調査隊のスポンサーでもある「コンパニマル社」の副社長、ナカヨック・ギゼーン氏が次回の調査についての説明に訪れていたのである。
ちなみにコンパニマル社の語源は、コンパニオンとアニマルから来ており、スポンサー企業は言わば、「ねこキューブ」を柱としたペットビジネス業であった。
「間近で訓練を見させていただいたのは初めてです。流石我々Z星人の代表、頼もしい限りですね!」
ギゼーン氏は当たり障りの無い社交辞令から話を始めたが、神国兄妹以外はこのビジネスマンの本性を熟知している為、生気の無い表情で彼の言葉を聞き流していた。
「初めての方にご説明させていただきます。我が社はねこキューブの開発育成に携わり、惑星Zの歴史に貢献させていただいた自負を持っておりますが、30年の歴史を積み重ねた惑星Zに、新たな仲間を迎えたいと考える様になりました」
ギゼーン氏の話を唯一真面目に聞いていた撫子はやや表情を曇らせ、パッチ隊長に視線を向けるものの、バツの悪い表情を浮かべた隊長に目を逸らされてしまう。
「皆様は誰よりも地球の現状を理解しておられる筈ですが、野生動物が飛躍的な進化を遂げる中、進化に遅れを取った動物は絶滅の危機に瀕しております。そんな動物を救いだし、惑星Zで安全に種族を維持して欲しいと、我々は考えているのです」
「種族を維持って……絶滅しそうならガラガラヘビとか連れて来てもいいんですかっ?」
ヘディングのし過ぎで空気を読めない大和はギゼーン氏に横槍を入れ、ママードは爆笑を必死に堪えながら大和に拍手を送った。
(……色々繕ってはいるけれど、ねこキューブ以外の動物でもお金儲けがしたいのね……。まあ、学術的な理由だけでお金を出してくれる企業なんて無いか)
撫子は心の中では冷静に、コンパニマル社の企業としての在り方に理解を示す。
だが、獣医学を学ぶ者として譲ってはいけないものがある。
「絶滅の危機に瀕している動物には、どうしても弱さが認められます。彼等を惑星Zに連れて来ても、重力に耐えられなければ、私達人間が彼等を滅ぼす事になるのです。ですから、現場での調査隊による判断で、貴方達の希望に添えられない事があると思います。そこは了承していただけますか?」
撫子はギゼーン氏の目を真っ直ぐに見つめ、毅然とした態度で持論を展開した。
その姿に他の調査隊員も確信の笑みを浮かべ、暫し言葉に詰まっていたギゼーン氏に詰め寄ったベッピーンが追い打ちをかける。
「見た目が愛らしくて重力にも耐えられる、でも、人間に懐かない凶暴な動物もいますわ。わたくしのおじいさまが先頭に立ってこの星を守っている以上、調査隊の意見を尊重して下さる証明を提出していただきたいですわね」
女性陣の意外な迫力に押されたギゼーン氏はやや後退りし、そそくさと取り出したタブレットで本社とのメール通信を終えた。
「……承知致しました。大統領を煩わせる様な事態は避けなければなりませんね。次回の調査はあくまで調査。持ち帰ったデータから、調査隊の皆様、政府、そして我が社の三者で検討を重ねる事をお約束します」
「ギゼーン様、ありがとうございます」
パッチ隊長はすかさずギゼーン氏の内心悔しい渋々な誠意を讃え、深々と頭を下げる。
ギゼーン氏は帰り際に、テーブルの上でじゃれ合っていたみゃ〜ちゃんとジェニファーにも苦し紛れに愛想を振りまいたが、二匹からガン無視され、肩を落としてミーティングルームから消えて行くのであった。
「何だか知らんが、やったな!俺達はひとつのチームになったな!」
大和はいきなり立ち上がって熱いガッツポーズを決め、ママードに後頭部を小突かれる。
新人ながらスポンサーに媚びを売らない神国兄妹の姿勢は、一癖も二癖もある環境調査隊メンバーとの距離を縮めるきっかけとなった。
「よし、次回の調査の出発は2週間後だ!大和と撫子にはそれまでに重力適応を間に合わせて貰うぞ!もし間に合わなければ置いて行く!」
パッチ隊長の命令に身を引き締められつつも、二人は自らの覚悟とやり甲斐を再確認して皆と夕食へ向かった。
夕食の席では、ママードを除く隊員達と交流を深める事が出来たが、人間不信のママードはいつも食事は一人で取るという。
調査や分析に於て彼の力は必要不可欠である為、メンバー全員が彼の心の傷を癒す手段を模索しているのだが、普段弱味を見せない彼のプライドの高さが邪魔をしている感も否めない。
「みゃあ〜」
みゃ〜ちゃんを抱えて、ようやく寝室に辿り着いた撫子はベッドに大の字に転がり、自分の下着の洗濯以外の家事から完全に解放された喜びを改めて噛み締めていた。
毎日の家事によっていかに自由を奪われているかは、家事を他人に任せている人間には理解出来ないのである。
「みゃうぅ〜……」
環境の変化にジェニファーとの出会いと、毎日元気一杯なみゃ〜ちゃんも流石に疲れたのか、撫子の腕に抱かれながら手足の力を抜いてサッカーボールの様に丸まった。
「……おやすみ、みゃ〜ちゃん」
撫子はそんなみゃ〜ちゃんにおやすみの頬擦りを交わし、自らの隣で一緒に布団にくるまろうとした、その時……。
ピンポ〜ン……
「!……ま、まさか……?」
不吉な予感を察知した撫子とみゃ〜ちゃんはダブルで顔を青ざめさせながら、おそるおそる寝室のドアを開けると、そこには大和が立っている。
「な、何……お兄ちゃん……?」
強ばった表情で見つめる撫子をよそに、大和は信じられない行動に出ようとしていた。
「俺……洗濯機の使い方分かんなくてさ……。ちょっと俺の下着、洗濯してくれないか……?」
大和はそう言い残すと、その場でそそくさと下着を脱ぎ始める。
「……この汚物があぁ〜!くたばれ〜!」
ビシイイィッ……
撫子の怒りのハイキックが大和の顎にヒットし、その場でK.O.された兄を放置して撫子の寝室の扉は固く閉ざされた。