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第22話 ギゼーン副社長の意地


 「……どうだニッチギン、気分は悪くないか?」


 スイヨーは昇る朝陽に目を細めながら、両手を縛ったままのニッチギンとスズキに、大和がスーパーマーケットから失敬した2本のワインの内の「当たりの方」の残りを振る舞っていた。


 大和が選んだワインの内、白ワインは安いテーブルワインで、30年の経過に耐えられずにただの「酸っぱい液体」と化していたのだが、赤ワインの方は当時から熟成中の高級ワインだと分かり、昨夜は勝利の晩餐で盛り上がっている。


 熊に頬を引き裂かれて負傷したニッチギンには、伝染病防止の為のウイルス抗剤の服用が必要であり、大和はウイルス抗剤を飲ませる条件としてニッチギンとスズキから彼等の目的とギゼーン社長の秘密を吐かせていたのだ。


 「……ギゼーン副社長が復讐に来るって言うけど、あの人にそんな度胸は無いと思うけどなぁ……そらっ!」


 大和はサッカーボールを華麗にリフティングし、ボールの動きに見とれたたぬきが列を成しながら首を左右に振っている。


 「あの人とアタシの付き合いは長いんだ、もう20年だよ。石橋を叩いてから結局渡らない様な人だから臆病に見えるけど、その慎重さがドーデッシュ社長に買われていた理由でもあるね……コラッ!やめなさい!」


 ギゼーン副社長の友人でもあるスズキは彼が自分達を助けに来てくれる事を信じながら、自らのバーコードヘアを執拗にイジりに来る1匹のたぬきを高速首振りで追い払う。


 「……しかし、こうして見るとたぬきってのは可愛いもんだな。熊とは大違いだ。ドーデッシュ社長が研究に没頭する理由も分かるぜ」


 「きゅう〜」


 ニッチギンはスズキに絡んでご機嫌なたぬきを横目に、穏やかな笑みを浮かべていた。


 ピピピッ……ピピピッ……


 突然、見知らぬ発信音がスズキの下半身から聞こえてくる。

 スズキはしてやったりと笑顔を見せ、大和とアイコンタクトした後に自らの宇宙服のポケットを顎で指し示す。


 「通信機が入っているんだ。出てくれ!」


 大和はスズキの懇願に面倒臭そうな表情を浮かべ、ポケットから通信機を取り出した。


 「……ギゼーン副社長?」


 「……ああ、大和君か。私だ。スズキ君とニッチギン君は無事かい?」


 予想通り、声の主はギゼーン社長だった。

 部下を気遣ってまだ湖に残っているだけ、骨のある男だと言うべきか。


 「もうすぐ調査隊のロケットも到着するはずです。スズキとニッチギンは参考人として我々が預かりますから、貴方達は惑星Zに帰ってもいいんですよ」


 彼等が湖畔でうろちょろされると、調査隊のロケットが着水出来なくなる。

 大和はギゼーンを早く惑星Zに帰そうと試みていた。


 「ウチの下請け社員だ。今日の正午に湖畔で引き渡して貰おうか。君達が正午までに姿を現さなかったら、私がパワードスーツで小屋を破壊するからね」


 そう言ってギゼーン副社長からの通信は切れ、大和とスイヨーは未だ見ぬパワードスーツの存在に警戒を巡らせている。


 「……パワードスーツか……まずいな」


 ニッチギンは眉間に皺を寄せてうつむく。


 「……何故だいニッチギン君?あのパワードスーツなら、熊にだって勝てる。この2人だって迂闊に手は出せないさ!」


 スズキの説明によるとパワードスーツとは、惑星Z政府との結び付きをより強固にしたいコンパニマル社が、防衛隊の為にテスト開発した兵器であり、スーツを着用した人間の力を10倍にまで引き上げる性能があるらしい。


 「……だが、パワードスーツは着用した人間の筋肉にかかる負担が並みじゃねえ。俺なら使えるが、大和の筋肉でも着用は難しい。ギゼーン副社長なら、下手をすると四肢を骨折しちまう」


 「……大変だ!止めさせよう!」


 ニッチギンの話を聞いて血相を変えたスズキは慌てて立ち上がろうとしたが、両手を縛られている事を忘れて転倒し、バーコードヘアをたぬきからメチャイジられまくっていた。


 

 朝の眩しい陽射しがまるで嘘の様に、どんよりとした雲に覆われ始めた正午近く、既にパワードスーツを着用して待機していたギゼーン副社長は、一見すると白熊の様な佇まいを見せている。


 「……ほら!約束通り来たぜ!こいつらは返してやる。早く小屋から離れろ!」


 待ち合わせに現れたスイヨーと大和はスズキとニッチギンを解放し、2人は痺れた両手を慣らす為に湖畔に座り込んでしまった。


 「……フッ、この有利な状況で引き下がるなんて、ビジネスマン失格だよ君達。とおっ!」


 ギゼーン副社長は不敵な笑みを浮かべるや否や走り出し、湖畔の小屋へ襲撃を試みる。


 「……おい!何てスピードだ!」


 筋肉への負担に時折顔を歪めながらも、まさに10倍のスピードで小屋へと走り寄るギゼーン副社長。

 その余りのスピードに戦慄したスイヨーと大和は、慌てて彼を止める為に互いに左右の腕を押さえ込み、勢いを利用してパワードスーツを仰向けに転倒させた。


 「……離したまえ!何だこんなもの!」


 ギゼーン副社長は両腕に力を込めて2人を振り払おうとした瞬間、不吉な音とともに彼の動きは停止する。


 「……ぐわあああぁっ!」


 筋肉に負担が掛かりすぎ、元来貧相なギゼーン副社長の肉体が悲鳴を上げ、彼は両腕を骨折してしまったのだ。


 「……まずい……おいマルハン!救命カートを持って来い!ギゼーン副社長が骨折した!」


 ギゼーン副社長のただ事では無い様子を危惧したニッチギンはパイロットのマルハンを呼び出し、スズキとともにギゼーン副社長の救助に当たる。


 「……お前らの証言や映像はいただいた。俺達の興味は弟のけじめの付け方だけなんだ。お前らは大した罪にはならねえから、ギゼーン副社長を治す為に早く惑星Zに帰りな!」


 スイヨーがギゼーン達を一喝して見送る間、大和は救命カートを運転する赤いシャツの女性の姿に目を奪われていた。


 「……あの赤シャツ、レッドベアーズのレプリカユニフォームじゃないのか……?しかも、背番号9って、去年までの俺だよな……?」


 「ギゼーン副社長!大丈夫ですか?早急に惑星Zに帰還しましょう!そこの貴方も手伝って……あああ?」


 赤いシャツの女性、パイロットのマルハンは大和と目が合った瞬間に大声を上げ、その後満面の笑顔を弾けさせる。


 彼女はかつてスタジアムでバイトする程のレッドベアーズサポーターかつ、大和の大ファンだったのだ。


 「……大和って、大和選手だったの〜?やだ、ちょ〜嬉し〜い!」


 若い女性のキンキンキンキン!声は骨折によく響く。

 

 ギゼーン副社長は、自らの軽率な行動と部下の人選を間違えた事を後悔しながら救命カートごとロケットに運ばれ、やがてロケットはスイヨーと大和の存在などお構い無しに、激しい水飛沫を上げて地球から飛び立って行くのであった。


 「スイヨー……行ったな……」


 「大和……行ったな……」


 小屋を守り抜く事は出来たが、裏口の手前に粗大ゴミと化したパワードスーツが転がるせいで、雑草伸びっ放しの表口からしか入居出来なくなった現状は、不便である事この上無い。


 「……教会に帰るか……。パワードスーツは、お前の仲間のホワーンが修理出来るんだろ?」


 スイヨーは大和にそう訊ね、疲れた身体を引きずりながら再び晴れ上がって来た林道を抜け、たぬきの待つ教会を目指す。


 「……そう言えばスイヨー、スズキから爆薬を頂戴していたよな?あれがあれば、たぬきを森に帰せるんじゃないのか?」


 大和は予備も含めて2セット押収した爆薬が、小屋を2軒吹き飛ばせるだけの威力である事を単純計算する。

 

 その力を利用して上流の森の入り口を塞ぐ障害物を吹き飛ばし、たぬきを森に帰すアイディアを思い付いた大和は、そのアイディアをスイヨーに持ち掛け、そして両者の表情には笑顔と活気が蘇っていくのであった。


 

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