第20話 決意新たに
「消耗したパーツは思ったより少ない!燃料補給も含めて、2日で終わらせてみせる!」
惑星Zに帰還した環境調査隊はロケットの整備にメカニックのホワーンを残し、ママードと撫子はたぬきのサンプルを連れてコンパニマル社へ、パッチ隊長とベッピーンはアン・チクショー女史を通じ、ドーデッシュ社長の疑惑をニクイヨー大統領に報告する為に大統領官邸へと進路を取った。
「ご苦労様、待っていたよ!」
コンパニマル社の受付から案内された待合室でママードと撫子を出迎えたのは、他でもないドーデッシュ社長本人である。
白衣にマスクのその姿は、自らが陣頭指揮に当たって準備を整えていた証拠とも言えるが、通常時に社長と来賓の窓口となるギゼーン副社長の姿が無い事に、ママードと撫子は表情を曇らせる。
「……ギゼーンは下請けのトラブル収拾に駆り出されているんだ。ねこキューブの手も借りたい程の忙しさだと言うのに……すまないね」
ドーデッシュ社長の洒落たユーモアに思わず笑いそうになった撫子は口元を押さえ、ママードとのアイコンタクトで地球への刺客派遣の可能性を互いに危惧していた。
「……君達はここまでだ。たぬきを預からせて貰うよ。安心してくれ、作業場は地球の重力に設定してあって、その環境で働けるスタッフを揃えているんだ。たぬきにストレスを与えずに、まずは血液と体毛、皮下組織の一部を採取する。それだけでクローンたぬきのベースは作れるんだ」
「……たったそれだけで……?」
作業場の前で立ち止まるドーデッシュ社長からの言葉に撫子は驚嘆し、ママードは自らの生い立ちから無言で己の複雑な感情と対峙する。
「……君達はまだ、定期報告で私に伝えきれなかった事があるのだろう……?だが、私だって誰よりも動物を愛している。たぬキューブの研究に目処が立つまで、もう少し待ってくれ……」
撫子とママードの胸の内を見透かした様に2人を見下ろすドーデッシュ社長は、たぬきのサンプルを部下に預けて深く頭を下げ、作業場へと姿を消して行くのであった。
その頃、アン・チクショー女史の手引きで大統領官邸に到着したパッチ隊長とベッピーンは、厳重なセキュリティ検査を通過して大統領控室へと辿り着く。
接見に協力してくれたコノツ・ニクイヨー大統領とその後継者、アダマ・キレール副大統領を前に、パッチ隊長は地球での活動報告に加え、ドーデッシュ社長の過去の犯罪歴を裏付ける証拠資料と映像、そして彼の兄、スイヨーの現状を詳細に説明した。
「……まさか、こんな事が……」
有力者の不祥事には慣れている2人ではあったものの、クローン技術の第一人者として惑星Zの政治と経済に太いパイプを持つ、ドーデッシュ社長の疑惑には流石に動揺を隠せない。
「……私はもう、来年には引退の身だ。民に謝罪して表舞台を去る事に未練は無い。だが、キレール君の将来を思うと……」
ニクイヨー大統領はベッピーンに軽く微笑みかけ、自らが嘘や汚職に走る事は無いと強調した。
だが、現職大統領の右腕として、キレール副大統領は次の大統領選に備えた組織票対策を、既にコンパニマル社の拠点を中心に施行してしまっていたのである。
「……大企業の支援が必要ない政治家なんていない……。私がコンパニマル社の支援を拒否した所で、ライバル候補がすり寄れば組織票を確保してしまう……。今から誠意を持った草の根選挙なんて不可能ですよ!」
政治家のキャリアとして千載一遇のチャンスを前に、キレール副大統領は感情を抑える事が出来ない。
(……気持ちは分かりますわ。でも、何だか見苦しい……)
ベッピーンはそんなキレール副大統領の焦燥ぶりと、部下を労う余りアドバイスのひとつもかけられない祖父の姿を横目に、自らももっと政治を学ばなければいけないと、初めて人生の目標を掲げる事となるのであった。
「大統領、ママード隊員と撫子隊員からの連絡によると、ドーデッシュ社長自らが、たぬキューブの研究に目処が立てば疑問に答えると声明を残したそうです!我々は地球に残した、大和隊員とスイヨー氏の安全を保証しなくてはなりません。早急な地球への出発にご協力下さい!」
パッチ隊長は大統領に深く頭を下げ、ロケットの整備に尽力しているホワーンへの協力を要請する。
「パッチ君、それなら心配は要らんよ。コンパニマル社が既に、経験豊富なハンターを連れて2人の救出に向かっている。彼等のロケットは最新式だ。そろそろ地球に到着する頃だよ」
「……何ですって!」
大統領の言葉に驚きの声を上げるベッピーン。
コンパニマル社を公私の良きパートナーと考えている大統領が感じる安心よりも、ママードが証拠隠滅部隊として地球に刺客を送り出す可能性を掲げた、そんな不安の方が彼女には遥かに大きかったのだ。
「パッチ隊長!わたくし達も早く行きませんと!」
「……そうだな。それでは大統領、失礼します。詳しくはまた帰還後にお話致します」
事態がまだ飲み込めていない大統領と副大統領を尻目に、官邸を飛び出すパッチ隊長とベッピーン。
だが、ロケット発射台まで走って行ける距離ではない。
キキーッ……
2人の前を猛スピードで横切り、急ブレーキをかけて停車する高級車。
ドアを開けて微笑んでいるのは、アン・チクショー女史であった。
「……乗って。私も手伝うわ。こう見えても工業大学出身なのよ!」
「全員揃ったか!」
「はいっ!」
パッチ隊長の点呼に声を揃えて応える隊員達。
チクショー女史の尽力もあってロケットの整備は予定よりも早く終了し、慌ただしい出発準備が始まっていた。
「みゃうみゃう〜!」
「みゃぎゃぎゃっ!」
前回の旅で狭い思いをした事に懲りたのか、みゃ〜ちゃんとジェニファーはなかなかシェルターの中に入ろうとしない。
「……今回の任務は危険だわ……ベッピーンさん!」
「……そうね……撫子!」
2人は目を合わせて意気投合し、ひと仕事終えて作業服のまま優雅に紅茶を飲んでいるチクショー女史に頭を下げた。
「……アンさん!今回の任務は危険です。何処かでみゃ〜ちゃんとジェニファーを預かっていただけませんか?」
2人からの懇願を目の当たりにしたチクショー女史は、まるでこの事態を予測していたかの様に胸のポケットから「ねこ必殺ささみスティック」を取り出し、一気に視線が釘付けとなったみゃ〜ちゃんとジェニファーを誘惑する。
「可愛いわ〜!結局アニマルは、餌をくれたら誰でもいいのよ!」
チクショー女史は「ねこ必殺ささみスティック」にむしゃぶりつく2匹を見下ろし、2人の懇願に親指を立てた余裕の笑顔で応えるのであった。
「最後の勝負だ!行くぞみんな!」
ママードの気合いの咆哮に隊員のベクトルが一致し、カウントダウンとともに眩い光と爆音が夜空を切り裂いていく。
『……ファイブ、フォー、スリー、トゥー、ワーン……テイクオフ!』




