第2話 調査隊キャラ濃すぎ
環境調査隊からのスカウトを承諾した撫子は、兄の大和を始めとする隊員と同じ政府のトレーニングセンターに入居し、毎日の家事から完全に解放される事となる。
惑星Z最難関の医科大学に、奨学金を貰う程の成績で合格した撫子にとって学科の講習は朝飯前で、体力勝負の実技トレーニングも、重量挙げ選手の両親から譲り受けた身体能力で大和共々好成績を叩き出していた。
神国兄妹のスカウトに熱心だったドン・パッチ隊長は目を細め、彼等が調査隊に馴染むのに時間がかからないであろう事を確信している。
32歳のパッチ隊長は元軍人だけに基本脳筋だが、セレブの立場を利用して地球観光を目論んでいたベッピーンに、隊員と同じレベルの体力テストを受けさせる等、目先の欲にブレる事の無い確固たる信念で隊員の信頼を集めていた。
そんなパッチ隊長が熱心にスカウトした大和は、182㎝の長身を活かして高校卒業後に大好きなサッカーを仕事に選ぶ。
重力に適応する為に小柄にならざるを得ないZ星人の中で大和の高さは抜きん出ており、必然的にヘディングでゴールを量産する花形選手に成長するが、重力で重くなったクロスボールをヘディングする事によって脳にダメージを受け続けた結果、大和は脳筋的な発言が目立つ様になり、イタリア系監督の緻密な守備戦術が理解出来なくなってしまうのだ。
ドクターからの忠告もあり、ヘディングから逃れられないサッカー選手を7年で引退し、パッチ隊長のスカウトを承諾して現在に至っている。
「くっ……!はあ……はあ……」
Z星人としては破格の身体能力とスタミナを持つ神国兄妹も、地球に合わせた重力トレーニングだけは他の隊員に遅れをとっていた。
重力で圧縮されていたZ星人が地球の重力に身体を委ねる事は、当然一定期間の違和感や体調不良を呼ぶ事はあるが、これは元来自然な環境へ回帰する事を意味する。
だが、Z星でも地球人体型を維持していた神国兄妹は、地球の重力下では身体を引きちぎられる様な痛みに襲われるのである。
「隊長、この状態じゃ訓練続行は無理だ。少し休ませましょう」
訓練で汗にまみれた顔を拭いながら重力装置から降りてきた細身の男は、銀縁の眼鏡をかけ直して神国兄妹を見下ろした。
「……そうだな。30分休憩しよう。30分後に大和と撫子は重力トレーニングの続きを、ホワーンは長距離走、ベッピーンとママードは筋力トレーニングを継続する」
パッチ隊長は隊員にそう命令すると、彼等に代わって筋力トレーニングルームへと消えていった。
「助かった……ママード、ありがとよ」
ようやく喋る気力を取り戻した大和は、自らの目前に仁王立ちする銀髪のエリート学者、ワガ・ママードに感謝を示す。
「……フン、どんな奴等かと思ったら、一番重要な重力順応がこのレベルとはな」
ママードは感情を押し殺した表情のまま冷徹に二人を突き放し、シャワーを浴びに一人でトレーニングルームを後にした。
ママードはZ星人の中では特に珍しくはない「クローン・ベイビー」なのだが、両親の遺伝子が全く含まれていない、天才の遺伝子を金で買った人造エリートである。
溢れる才能を持て余しながら、レベルの違う両親とのコミュニケーションに失望した彼は人間を忌み嫌って家を飛び出し、特待生として大学を飛び級で卒業、人間以外の動物の研究に自らの人生を見出だすのであった。
「撫子さん、みゃ〜ちゃん連れてきたよ!」
180㎝を超える大和程ではないが、Z星人としては大柄な青年、マシン・ホワーンは柔和な笑みを浮かべながらみゃ〜ちゃんを優しく抱き抱え、疲労困憊な撫子の傍へみゃ〜ちゃんを放流する。
「みゃう〜」
みゃ〜ちゃんはそのキューブ体型を揺らしながら撫子の元へと駆け寄り、撫子も笑顔を取り戻してみゃ〜ちゃんを両手で抱き締めた。
「ホワーンさん、ありがとう!」
撫子の感謝に少々照れ臭そうな様子を浮かべたホワーンは、豪快なお腹の鳴りとともに今日何度目か分からない食事を取りに立ち去って行く。
ホワーンは気は優しくて力持ちの典型的タイプで、動物との相性も良い。
しかし気の弱さとスローな動作が原因で学校ではいじめを受け、自分を変える為に入隊した防衛隊で当時中尉だったパッチ隊長の部隊のメカニックとなる。
危険と隣り合わせのプロ集団にこそ、優しさが必要と考えるパッチ隊長の信念に応える形でホワーンは調査隊に入隊、早速神国兄妹の相談役に収まった。
「……貴女のねこキューブ、田舎臭い顔だけど、元気で可愛いですわね」
ブロンドの長髪にブルーの瞳、女優の様な美しい顔立ち……だがずんぐりむっくりな親方体型が残念なベッピーンは、撫子に初めて出会ってからと言うもの、執拗に彼女の全身を舐め回す様に見上げている。
「貴女が地球の重力に耐えられなかった時は、わたくしが貴女の首から下をいただきますわ。ご安心して下さいませ」
冗談なのか本気なのか分からない脅しを浴びせるベッピーンに、撫子は返す言葉を失っていたが、Z星人の女性としては目立ち過ぎる170㎝の長身のせいで経験した嫉妬やいじめにはもう慣れていた。
ベッピーンは大統領の孫という立場故に苦労というものを知らず、おまけに美人とあって、ほぼ思い通りの人生を歩んできている。
調査隊へ接近したのも、地球に興味を持って観光したいという安易な理由からだ。
だが、最低限重力に適応しない限り地球に行く事は出来ない。
パッチ隊長は門戸を解放してトレーニングを課したが、彼女は生まれて初めての苦労でその条件を見事クリアした。
ベッピーンはその生い立ちから庶民を見下す傾向はあるものの、素顔の彼女はねこキューブを愛する普通の女の子なのである。
「みゃみゃみゃ、みゃっ!」
飼い主のベッピーンを追いかけて来た黒いねこキューブ、ジェニファーが駆け足でトレーニングルームに侵入する。
遺伝子的にキューブ体型になり辛いと言われる、稀少な黒猫のねこキューブを財力で買い取ったベッピーンだが、彼女と性格的にもシンクロしたジェニファーは、今や彼女と一心同体だ。
「みゃあ〜、みゃあ〜」
人懐っこく物怖じしない性格のみゃ〜ちゃんは、初めて見るジェニファーにもフレンドリーに接近するも、ジェニファーの体当たりを受けてまたしても天地逆転してしまう。
「みゃああぁ〜!」
足をバタつかせて足掻くみゃ〜ちゃん。
トレーニングルームに一瞬気まずい空気が流れる。
「……みゃみゃっ!」
見かねたジェニファーはもう一度軽くみゃ〜ちゃんに体当たりし、みゃ〜ちゃんを元の体勢に戻すと、仲直りした二匹は互いに身体を密着させてじゃれ始めた。
「……あら、仲の良いこと。わたくしと貴女も、こうあるとよろしいですわね」
撫子を見下したままのベッピーンだったが、仲睦まじいみゃ〜ちゃんとジェニファーを横目に、軽く微笑みをたたえながらシャワールームへと姿を消して行く。