第19話 残された者達
調査隊ロケットがたぬきのサンプルを乗せてシニャルドビイ湖を発ってから3日。
現地に残された大和とスイヨーは特にトラブルに遭遇する事も無く、スイヨーがハンティングした動物の肉や、流出したコカインの影響を避けて中流の河川から釣り上げた魚を食べて生活していた。
そんな中彼等は、たぬきとともに生活の拠点となっていた教会を一時施錠して外出し、ミコワイキの街の外れを探索しながら生活物資の収集を行う事となる。
「すげ〜!まだ缶詰とかあるじゃん!」
歓声を上げる大和がスイヨーと訪れたのは観光地の外れに立つ、かつての大型スーパーマーケット。
30年の月日が経過しているとは言え、缶詰やワイン等の中にはまだ口に出来る物があるかも知れない。
スイヨーがハンティングする鹿の肉を食べる事を楽しみにしていた大和であったが、洗練された暮らしに慣れていた彼にとって鹿肉は癖が強く、香辛料が必要だと、人目を避けて生活していたスイヨーが訪れた事の無い商店跡へ繰り出した事がきっかけとなったのだ。
「表ではたぬきを守りたいと言いながら、裏では自分達が生きる為に鹿を殺せる……俺達人間って何なんだろうな?」
スイヨーの、やや自嘲気味の皮肉に言葉を失う大和。
「……だが、ここに残された奴等は最後には自然に還っていった。なあ大和、今でこそここは綺麗さっぱり無人だが、人間が惑星Zに移住してからの半年間は地獄だったんだぜ」
人類の移住後も地球に残された人間は、スイヨーの様な自暴自棄な犯罪者を除けば、高齢や病気で宇宙空間での移動に耐えられない者、或いは惑星Zでの生活を信じる事の出来ない、精神的なハンディキャップを背負った者ばかりであった。
スイヨーはマフィア組織からの復讐を恐れて昼間の外出は控えていたが、衰弱死した高齢者や病人を野生動物が食べる姿や、精神に異常をきたして互いに殴り合う人間の姿を陰から見つめる事しか出来なかった半年間が、彼の人生観を一変させる。
「……本来なら、元気で武器もある俺が残された人間を団結させるリーダーになるべきだったんだろうが……恐くて出来なかったな」
ミコワイキ周辺に残された人間達は、周囲からの移住の勧めを最後まで断り続けた人間達だ。
彼等は荒れる事もあったが、自らの死期を予感すると皆教会へと入り、天からの迎えの時を待っていたと言う。
「……神なんて、人間が作った物だ。貧しい奴、弱い奴を押さえつける為に権力者が作った物だろ?そんな物に、最後は身分を超えて皆がすがるなんて、馬鹿馬鹿しいと思ったよ」
スイヨーはスーパーに残された、30年前の人間が着ていたと思わしき衣類の切れ端を見付け、無念を振り払う様に思い切り蹴り上げた。
「……だが、今の俺は何故か分からねえが、教会にいると安心する……可愛がっているたぬきがいるからかも知れねえが、安心する……」
大和は風味にさほど異常を感じない瓶詰めの香辛料と魚や果物の缶詰、最後にギャンブルで高級そうなワインを赤白2本選んでスイヨーと戦利品を競い合う。
「まだスーパーに物が少し残っていたって事は、ここに残された人達は少しでも長生きする為に足掻こうとはしなかったのかな……?」
大和はダメもとで訪れたスーパーに、30年後も口に出来そうな食糧が残されていた事に驚きながら、世界中で地球に残された人間達の最後に悲痛な想いを馳せていた。
「ここには俺みたいなろくでなしがいなかったからだろうよ。貧乏人向きじゃない、田舎のお上品な観光地だからな」
大都市に残った人間達は、想像を絶する奪い合いや殺し合いの後、果たして何かを掴んだのだろうか?
「……結局、人間も動物も、1人じゃ生きて行けねえんだ。俺はこの30年、人間には殆ど関わらなかったが、今はたぬきの世話をする事で心の隙間を埋めているのさ」
誰とも関わらなくても肉と魚が捕れ、弱い動物の世話も出来る環境に置かれたスイヨーは、この地で最後まで残されただけの事はある、幸せな人間だったとも言えるだろう。
バシャアアァッ……
「……何だ?」
突然、バケツをひっくり返した様な水飛沫を連想させる大音が、澄んだ空気を伝わってミコワイキの街に響き渡る。
シニャルドビイ湖に何かが着水したであろう事は確かだ。
「……おい大和、惑星Zと地球はこんなに近いのか?」
「……いや!早過ぎる。撫子達じゃないよ!」
大和はスイヨーからの問い掛けを即座に否定し、ママードが警戒していたコンパニマル社からの刺客の可能性を疑っている。
「スイヨー!一旦教会に戻って武器を取って来よう!コンパニマル社からの刺客だったら、都合の悪い証拠を消そうとして、湖畔の小屋を爆破するかも知れない!」
「……何だと!くそっ、あいつ……1発ブン殴ってやる!」
スイヨーは自らの弟であるドーデッシュ社長に怒り心頭だが、彼は現在、たぬきのサンプル調査に心血を注いでいる頃だ。
恐らく、現在シニャルドビイ湖に着水したロケットに乗っているのは副社長のギゼーンか、ドーデッシュ社長の命令を受けた工作員達である可能性が高い。
「うえぇ〜!気持ち悪い。私は吐きそうだよマルハン君!」
「YES!ギゼーン副社長!すでにヘルメットに吐いちゃってますぅ!」
着水したロケットの重力差に耐え切れずに嘔吐し酩酊してしまったコンパニマル社副社長、ナカヨック・ギゼーンは、女流パイロットのパッツィー・マルハンにすがり付こうとして裏拳ビンタを喰らっていた。
「……ちっ、これだから背広組は……」
コンパニマル社の下請け社員で爆破と恫喝を担当するムーニー・スズキ、射撃と融資貸し剥がしを担当するキンリー・ニッチギンの2人は顔色ひとつ変える事無く、お手上げポーズを作って会社役員のひ弱さを嘆く。
「……おおぅ、これがシニャルドビイ湖か!美しい。この美しさを汚す爆破の炎はなるべく上げたくないものだな。スズキ君、ニッチギン君、準備を頼むよ!」
会社ではドーデッシュ社長の腰巾着にならざるを得ないギゼーン副社長は、自らの指示でプロジェクトが動く事への喜びを噛み締めながらヘルメットのゲロを洗浄した。
教会に戻った大和とスイヨーは、着水音にざわついていたたぬき達を落ち着かせ、小銃、ホワーンが仕掛けた鍵、更に大和の遠隔攻撃用サッカーボールと装備を整えて湖畔の小屋へと向かう。
「……まあ、もう証拠の類いは全てデータ化しているし、教会にも武器は置いてあるから、万が一小屋が破壊されても特に問題は無いけどな」
大和はこの数日で土地勘を叩き込んだ、湖畔の安全地帯の把握には既に余念が無い。
「馬鹿野郎!お前は良くても、俺にとっては30年間が凝縮された我が家なんだよ!絶対守り通して見せる」
スイヨーは余裕が過ぎる大和を一喝し、今一度気を引き締めた2人は小屋の裏口から20メートル程離れた、岩のある草むらに身を隠した。
「……おい大和、あれを見ろ!」
スイヨーが指差したその先には、調査隊のロケットより更にひと回り大きく、それでいてねこキューブを模した曲線主体のフォルムで仕上げられた、無駄に可愛いロケットがのんびりと水辺を漂っている。
「畜生……自分達のロケットだけ無駄に可愛くしやがって……」
大和は自らの怒りの理由を正しく説明する事は出来なかったが、とにかく凄く悔しかった。




