第17話 ろくでなしの意地
「……俺はガキの頃からのろくでなしで、学校にも行かず悪さをしては家族に迷惑をかけてきた。やがて弟が学問で頭角を現してくると、世間体の為に俺は家族から縁を切られ、マフィア組織の下働きでヤバいブツの運び屋をする事になったのさ」
スイヨーは、自らの過去を臆することなく語り始める。この時点ではまだ、ドーデッシュ社長は優秀な学生に過ぎなかった様だ。
「……だが、環境汚染の改善に目処が立たず、人間の惑星Zへの移住計画が現実のものになると、違法なブツや貨幣の価値はリセットされちまう。俺はそのどさくさに紛れて武器と金を奪い、束の間の贅沢をして死んでやる覚悟を決めていたんだ」
その頃のドーデッシュ社長は、大学在学中から研究していた家畜やねこのクローン技術で結果を出し、人類の移住計画の重要技術者として既に地位を固めていたのである。
「俺が隠居場所を探していた時、自然が好きな弟が釣り小屋として利用するはずだった小屋を宛がわれ、そこに武器と金を隠す様にアドバイスされた。あいつは惑星Zでエリート人生を歩む事が決まっていたから、俺への別れのプレゼントはありがたく受け取ったよ」
ここまでの流れでは、ドーデッシュ社長の罪を問う事は難しい。
コカインの存在を掌握していても、彼がコカインに関わった証拠を提出する事が出来ないからだ。
「……だが、俺は知らなかった。あいつが研究資金を稼ぐ為に、俺の名前を出して人脈を当たり、俺にコカインの運び屋をやらせようと、料金前借りで小屋にコカインを隠していた事をな……」
スイヨーの告白を、調査隊全員が息を潜めて聞き入っていた。
堪らずママードが彼を問い詰める。
「スイヨー、ドーデッシュ社長がコカインに関わっていた証拠を出せるか?小屋の所有権は、建設会社の関係者が1人でも生きていれば立証できる」
ママードの言葉を不敵な笑みを浮かべながら聞いていたスイヨーは、神父衣装のポケットから厳重に包装された名刺ケースを取り出した。
「ああ、あるぜ!この中に折って保存してある。あいつは証拠を残さなかったが、取引相手が痺れを切らして俺を襲撃しに来たのさ!俺はそいつを撃退し、そいつが持っていた鞄の中から、弟のサインもある契約書が出てきたんだ!」
「スイヨー!そいつを画像で保存させてくれ!お前の罪は消せないが、ドーデッシュ社長にも一泡吹かせる事が出来る」
パッチ隊長はスイヨーに詰め寄るも、調査隊への警戒姿勢を緩めない彼はパッチ隊長の手を跳ね退ける。
「……お前ら、弟からも金を貰って働いているんだろ?自分の仕事を失うかも知れない事をする訳ねえよな。俺はお前らを信じる事は出来ねえ!」
頑なな態度を崩さない、スイヨーの気持ちは誰もが理解出来た。
Z星人と彼の30年の人生の重さを比較すれば、誰も彼に無理強いする事など出来ないのだ。
「……スイヨーさん、わたくしは惑星Zの大統領の孫ですの。おじいさまはもう任期最終年で、来年には新しい大統領にその座を明け渡さないといけませんわ。権力に目が眩んで晩節を汚す事は決してさせないと、誓わせていただきます。裏を返せば、ドーデッシュ社長の追求は今年しか出来ませんの」
ベッピーンは冷静にスイヨーを説得するとともに、惑星Zの中枢に根を張ったドーデッシュ社長を弾劾するチャンスが、ニクイヨー大統領の引退を控えた今だけであると強調する。
「……俺も利権が絡んでいる奴を信じる事は出来ない。と言うより、俺自身を含めて人間そのものを信用していない。だが、いつまでも心に壁を作っていたら、やがて誰も傷付いたお前の気持ちを理解しようとしなくなるだろう。弟に対して怒っている事を、身を以て伝えるべきだ」
ママードも身を乗り出してスイヨーの説得に加勢する。
その言葉を発する彼の脳裏には、以前深夜のコックピットで撫子に投げ掛けられた言葉が浮遊し続けていた。
「……スイヨー、俺達は惑星Zの法廷でドーデッシュ社長と争えとは言っていない。あんたが地球に残りたければそれでいいんだ。俺達があんたを捜索中だと通信した理由もそこにある」
ホワーンから地球に残る選択肢を提示され、スイヨーはようやく格好を崩し、名刺ケースをパッチ隊長へと手渡す。
「……ありがとうスイヨー。最後にひとつだけ訊きたい。お前、金庫のコカインには手を付けたか?」
パッチ隊長の最後の質問は、暫しの沈黙を呼んだ。
スイヨーは態度と言葉を選んでは首を振り、結局は観念した様な態度を見せて口を開いた。
「……ああ、手を付けちまった。少しずつしかやってはいないが、虚しい人生に耐えられなくなっちまってな。餌で誘った熊に金庫を開けさせたんだ。だが、熊は何も知らずにコカインを吸っちまったし、地震や大雨で小屋の外や湖にまで溶けて流れ出ちまったよ。すまねえ……」
スイヨーの供述を受けて、パッチ隊長とホワーンは互いに顔を合わせて全ての謎を理解した。
たぬきを襲う程に熊が凶暴化していた背景や、小屋の前の白い粉を熊が舐めていた理由もこれで説明が付く事になる。
「……スイヨーさん、地球に残りたいのは、ここのたぬきを守りたいから?それとも麻薬を……」
撫子は勇気を振り絞ってスイヨーの本意を訊ねた。
仮にたぬきが全て惑星Zへ移住すれば、スイヨーの生きる目的に不安を隠せなくなったからだ。
「……姉ちゃん、厳しい事訊くな……両方だな。今更別の惑星でリハビリなんざやりたくねえし、俺と弟は頭の出来は違っていても、動物が大好きな所だけは兄弟なんだよ……。たぬきに限らず、弱い動物は他にもいる。俺みたいなろくでなしがおこがましいとは思うが、そいつらの絶滅を遅らせる手伝いぐらいは出来ると思っているんだ」
パッチ隊長はこれまでの経緯と発言をママードと検証し、明日の調査隊の行動計画を立て始める。
「よし、皆聞いてくれ!明日の行動が最大のヤマ場だ。まずは午前中に湖畔の小屋の資料を撮影し、武器とコカインを引き揚げる。コカインは一袋だけ残して金庫を閉める。金庫のカギは掛けるな」
パッチ隊長が捲し立てる大量の情報を一度に整理し切れない大和は撫子にすがり付き、後からカンニングの約束を取り付けていた。
「午後からは教会にシェルターを運び、たぬきを数匹サンプルとして運び出す。無理強いはするな!撫子やスイヨーの勧誘でシェルターに入らないたぬきは、彼等の意思を尊重しろ。たぬきをロケットに積んだら定期報告をして、その後惑星Zに一時帰還する。分かったな!」
「了解!」
調査隊の団結力、行動力に感心したスイヨーも、自分の任務に気合いを新たにする。
「お前らが戻って来るまでは、俺がたぬきを守ってやる!安心しな!」
30年間培われた自信満々な態度のスイヨーではあったが、背中は曲がり右足も万全ではない。
大和はそんな彼を横目に、思わぬ提案を申し出た。
「パッチ隊長、俺もスイヨーと残りますよ!だいぶ地球に慣れたし、スイヨー1人よりは安全でしょう!鹿肉ってのも喰ってみたいし」
調査隊は全員、あっけに取られて大和を見つめ、やがて彼の意思を確認する。
「……確かに、デカくて身体が動くお前が残れば頼もしいが、いくら武器とスイヨーの経験があっても安全は保証出来ない。惑星Zとの往復だと最新式システムのロケットでも1週間はかかるしな。大丈夫か?身内の撫子にも訊いてみないと……」
「私は大丈夫です!」
身内の撫子による、ぶっちゃけ突き放した様な即決信頼感に苦笑いしたパッチ隊長は、大和の元へ歩み寄り、肩を叩いてその勇気を讃えた。
「……分かった、大和、宜しく頼んだぞ!」
暮れる夕陽が調査隊員達の頬と広大な湖を染めようとする中、彼等の長い1日が今、ようやく終わろうとしていた。




