第15話 たぬきを……守りたい!
「……こりゃ凄え……まるでマフィア組織ですよ!」
小屋の裏口を銃で破壊し、内部へと侵入したパッチ隊長とホワーンを待ち受けていた光景は、整然と並べられた武器の数々と、熊の爪跡を残して破られた巨大な金庫から除く、大量のコカインであった。
周辺に散乱している調理器具、ミコワイキの街から調達したと思われるマッチ棒やライター、僅かな燃料等から判断して、ここの住人は魚や鹿をハンティングしながら食べて生き延びてきたのだろう。
「気になるのはこの金庫だな……。表裏とも、小屋の入り口に大型動物の攻撃の跡は無い。この金庫を開けさせる為に、わざと熊を中に入れた可能性がある、という事か……」
パッチ隊長の推測に反応したホワーンは咄嗟に振り返り、視線を合わせて考察を更に進めてみせた。
「……それじゃあ、ここの住人は武器の隠し場所を宛がわれただけで、コカインの存在は金庫を熊に開けさせてみて初めて知ったと?」
ビビーッ!ビビーッ!
突然、大音を上げる通信機。
ママードからの通信だ。
「パッチ隊長!ママードです。今、撫子から通信がありました!ドーデッシュ社長の兄、スイヨーが教会を訪れ、撫子達の尋問を逃れてそちらへ向かっているそうです!小銃を持っています、気を付けて下さい!」
「……隊長!」
「あれだな」
ママードからの通信が終わるや否や、林の一本道を駆け降りる人影を発見するパッチ隊長。
スイヨーは足の不具合も何のその、大和達から逃げるモチベーションと言うよりは、小屋への警戒心を強めた全力疾走で湖畔へと辿り着く。
「不法侵入!我に撃つ権利あり!」
パアアァン!パアアァン!
スイヨーは何処へともなく構えた小銃で威嚇射撃を繰り返し、銃を持つ2人の調査隊員の存在等全く考慮しない、捨て身の突撃を敢行する。
「おらああぁっ!」
地球人として余り大柄では無いスイヨーは、ホワーンの太く長い両腕に両肩を抑え込まれ、無理矢理ホワーンを狙おうと上から構えた小銃はパッチ隊長の空手式チョップに叩き落とされた。
「大人しくしろっ!」
ホワーンに強烈なボディーブローを喰らったスイヨーは呼吸を詰まらせ、やがて激しくむせ帰りながらその場に崩れ落ちる。
「……てめえら……調査隊だと……?弟に雇われた時点でマフィアだろうが……!」
遥かなる積年の恨みの様なものを滲ませるスイヨーの目を見たパッチ隊長は、ホワーンを彼から遠ざけて自らスイヨーに顔を近付けた。
「……聞きたい事が沢山ある。だからお前も言いたい事を全て話せ……!」
その頃、教会にとどまった撫子達は昨夜からの映像を検証し、たぬき達が木の実や果物を抱えながら規則正しく列を成して入場する瞬間や、大きな物音がする度に群れが奥へ奥へと逃げていく様子を確認していた。
「人間に懐いているみたいだし、食糧も特別な物じゃない。臆病で守って欲しいみたいだし、体型的にもねこに近い。ここがたぬきにとって快適な環境なら別だけど、惑星Zに連れて行った方がいいような気が、俺はするな」
大和は、あくまで自分の意見として、たぬきのペット化に賛成の姿勢を表明している。
「……そうですわね。湖の周りには大きな動物が多いですし、もっと川の上流で生活しているのかと思ったら、拠点を転々としていますわ。失礼ながらこれ、人間に例えたら食事と寝床を与えるべき状況ですもの。ねこが惑星Zに最初に連れて来られたのも、野生で激減する所を見たくないという気持ちがあったからだと、そう感じますわね」
ベッピーンも、コンパニマル社云々を抜きにしてたぬきのペット化を前向きに検討し始めていた。
次回の調査で地球に来た時に、果たして彼等が生き延びているのか、それを不安視していたのである。
「……私も、自分達の事だけを考えるなら、可愛い動物が天敵の少ない環境で種族を維持出来る事に満足すると思う……。でも、彼等は昔からこの環境で知恵を絞ったり、助け合ったり、苦しんだりしながら歴史を作ってきたのよ。やっぱり人間の都合を押し付けてはダメだと思う」
撫子の言葉を最後に、暫し沈黙が続いていた教会内であったが、その内カップルと思われる2匹のたぬきがソワソワと落ち着かない様子となり、やがて教会を飛び出してしまった。
「……待って!何処へ行くの?」
撫子も無意識の内に彼等を追って教会を飛び出し、湖に繋がる細い川の上流方向を目指してともに走り出す。
撫子は流れる景色を横目に、教会にとどまらない人類の歴史が刻まれた建物と、そこに息づく地球に残されて生涯を終えた人々の魂の存在を心に吸い込んでいた。
突然、目の前を走るたぬきのカップルが歩みを止める。
彼等の生活の拠点であったはずの地が、地震や大雨で崩されてしまい、その先が行き止まりになっていたのである。
「……棲み家に帰りたいのね……」
撫子もたぬきに釣られて郷愁に浸りそうになっていた時、たぬきが大きな鳴き声を上げた。
「キイィーッ!」
撫子はその声が向けられた先に、低めの木の上から降りられなくなっていた小さなたぬきを発見する。
このカップルの子どもだろうか?
それとも小柄な友達だろうか?
ただひとつ言える確かな事は、このカップルが撫子の力を借りて目の前のたぬきを助けたいと願っている事だ。
「……分かったわ、任せて!」
幸い、女性としては長身の撫子にとって、この程度の木の高さはさほど恐怖を感じない。
重量挙げの選手だった両親の血を引く彼女である。木登り等した事も無い学術人生だったとは言え、出来ないはずは無い。
「……っと、痛たたた……」
スポーツ万能の大和を呼べば、この事件はすぐに解決するだろう。
だが、自分がやらなければいけないと確信していた。
撫子は限界まで身体を伸ばしてたぬきの背中を掴み、転げ落ちる様に地面に倒れ込む。
撫子に救出されたたぬきは勢い良くカップルのもとに駆け出し、3匹揃って再会を喜び合い、やがて撫子を囲む様に感謝の意を伝えていた。
「良かった……さあ、帰るわよ!」
宇宙服の背中を泥で汚したまま、3匹と1人の仲良しグループは教会への帰路に着く。
(私……やっぱりたぬきを守りたい……!この地球でも、ここではない何処かの星でも……)
撫子は強烈な西陽を全身に浴びながら、自らの見解にひとつの結論を見出だしていた。
ビビーッ!ビビーッ!
「ママードさんだわ!」
感慨に耽る暇も無く、ママードからの通信に応える撫子。
「撫子か?ママードだ。映像と音声に収穫はあったか?パッチ隊長とホワーンが小屋を調査して、スイヨーも捕まえた。今から奴をロケットに招待して詳しい話を聞く。教会のセッティングを昨日と同じにして、大和とベッピーンを連れて早く帰還してくれ!」
「了解です!」
いつもより元気の良い返事をして、撫子はたぬきとともに大和とベッピーンを訪ねる為、知らない内に軽やかに走り出していた。




