第14話 地球最後の英雄
「……!到着したか?」
ロケットに残って通信の留守番役を担っていたママードは、湖畔の小屋を監視する遠隔操作カメラに写し出された宇宙服らしき足を確認していた。
パッチ隊長とホワーンに間違いない。
「ホワーン、周囲を見張ってくれ」
パッチ隊長はホワーンに命令すると、先程まで熊が顔を擦り付けていた地面を自ら調査する。
(……何か白い粉の様な物が撒かれているな。塩か?砂糖か?熊が小屋に侵入して何か食糧を荒らしていたとすれば、ここを舐めていても納得が行くが……)
パッチ隊長は念の為、爪先で土を深く蹴り込み、白い粉を土ごと空気に舞わせて重さを確認した。
土とともに空気に舞った白い粉は、大地に落ちる事無く空気に紛れて散らばっていく。
この粉は塩ではない。砂糖でもない。
「……まさか……」
人類が惑星Zに移住した時点に於いて、嗜好品としてのアルコール、ニコチン、カフェインの製造は許可を得て継続されたが、人類の退廃に最も顕著な影響を及ぼす麻薬は、医療用の大麻やモルヒネを除いて全ての製造が禁止された。
コカインやヘロイン等の薬物中毒を抱えたまま惑星Zに移住した少数の人間は、どうにかして麻薬を隠して運び出したものの、その麻薬が切れると新たな製造と入手は不可能となり、過酷なリハビリに耐えられない者は死んでいく。
現在でも大麻やモルヒネの中毒患者がいない訳ではないが、こうして悪質な薬物が駆逐された事は、地球を捨てた人類唯一の功績と言って良いだろう。
人口増加と資源の探求に制限のある惑星Zの政府には、薬物依存者を増やして地下経済が発展する事にそもそものメリットが無いからだ。
同時に警察や防衛隊には麻薬知識の教育が施され、大麻やモルヒネを土台に悪質な薬物を製造しようとするテロリストをこれまで容赦なく検挙している。
そんな現場で活動してきたパッチ隊長が、眉間に皺を寄せながら導き出した結論。
この白い粉は麻薬だ。
「ホワーン!小屋を調査するぞ!徹底的にな!」
その頃、教会に到着した撫子達は、昨日あらかじめ用意していた通路からたぬきの群れが侵入し、彼女達人間が教会に入っても逃げ出す様子も無く、奥の聖堂に寄り添って暮らしている現実を目の当たりにしていた。
更に注目すべき点は、たぬきの数が増えている事。
まさにこの地域のたぬきが一堂に会したコミュニティを形成しており、交代制で収集に走ったのか、木の実や果物も大量に運び込まれている。
「……凄えな、こいつら人間に慣れ過ぎじゃないか?」
大和はたぬき達の様子を撮影しながら、互いに初対面であるはずの彼等が人間を前にしても大人しく、寧ろ時折近寄ってじゃれてくる様子に驚きを隠せない。
宇宙服を着込んだ大和は、彼等が恐れる熊と大差の無い体格をしているのにもかかわらず、である。
この光景は彼等がかつて人間と接触し、何らかの恩恵を受けていたであろう事を物語っていた。
「……お兄ちゃん!あそこに人がいる!隊長達じゃない、神父さんみたいな人だわ!」
教会ロビーに突如響き渡る撫子の大声に、大和とベッピーンも窓に駆け付ける。
撫子の指差す先には、教会から調達したと思われる神父の衣装を身に纏った初老の男が、右足を引きずりながら通りを歩く姿があった。
いや、伸び放題の白髪と髭のせいで初老に見えるが、実際にはもう少し若いかも知れない。
手には使い古された鞄を抱えており、左側の腰のベルトには、鮮明ではないが小銃の様な武器も見える。
「……あの方が、ドーデッシュ社長のお兄様ですの?」
「分からないな。でも、腰に付いている物が銃なら湖畔の小屋に出入りしている人間だろう。間違いない」
ベッピーンと大和のやり取りを横目に男を注視していた撫子は、彼の進路に確信を得て更に叫んだ。
「こっちに来るわ!カーテンに隠れましょう!」
「ベッピーン、麻酔銃を持て、俺が出てくるまでは隠れてろ!」
大和は撫子の言葉に反応した後、ベッピーンに指示を出してカーテンに隠れる。
「オッケーですわ!」
ベッピーンはリュックから麻酔銃を取り出し、撫子とともに自らも手近なカーテンに隠れた。
「ん?何だこの細工は?まさかたぬきが置いた訳じゃないだろうな?」
神父姿の男は見慣れない入り口の通路を怪しみながらも、鞄から木の実を取り出してたぬきの待つ聖堂に歩みを進めていく。
「お前達も運んで来たのか、これだけあれば暫くここで暮らせそうだな。よしよし」
男は慣れた手つきでたぬきをあやし、鞄を聖堂の椅子に置いてうしろを振り返った。
「ちょっと留守番してろよ。今から小屋に俺のご馳走を取ってくるからな」
男はたぬきにそう言い残し、教会の入り口に向かって再び歩き出す。
その姿を確認した大和はカーテンの中で大きく深呼吸し、決意を固めて小銃片手に飛び出して行く。
「動くな!惑星Zの環境調査隊だ!銃を捨てて手を挙げろ!」
大和の後を追って、ベッピーンも男に麻酔銃を向ける。
「2対1ですわ。大人しくなさって」
神父姿の男は大和達の存在に一瞬驚きの表情を見せたものの、昨日ロケットの着水があった事は認識しており、銃を腰に付けたまま両手を挙げ、取りあえず敵意の無い素振りを見せていた。
「私達は地球の環境調査と、コンパニマル社のダンゴー・ドーデッシュ社長の要請で来ている者です。貴方はドーデッシュ社長のお兄様ですか?」
撫子は大和から預かったカメラを神父姿の男に向けながら、ゆっくりと尋問を始める。
「……何だ、あいつが何か喋ったのか?今更遅えよ。そうだ、俺はあいつの兄、スイヨー・ドーデッシュだ。はるばる30年振りに何の用だ?」
やはり、この男がドーデッシュ社長の兄であった。
年齢的には60歳くらいだが、伸び放題の白髪と髭、過酷なサバイバル環境で曲がった背中と引きずった右足で、70歳くらいの初老に見える。
「惑星Z政府とドーデッシュ社長との交渉で、貴方の武器密輸の容疑は時効となる方針です。ドーデッシュ社長は、貴方を惑星Zに連れて帰りたい意向を持っています。貴方が湖畔の小屋について詳しく供述していただけるのであれば、私達は貴方を救出出来ます。如何でしょう?」
撫子は大学のレポートを読む様に、冷静に言葉を一言一言ゆっくりと発した。
「救出だと?ふざけんな!おい、カメラに録ってんだろ?言ってやるよ!あいつが俺を救出したいのは、自分の悪事を俺と一緒に揉み消したいからだよ!俺は地球に残る。こいつらを守って地球最後の英雄になるんだ!」
スイヨーは血相を変えて捲し立てた挙げ句、たぬき達を指差して己の生き様を語り、大和達の間を強行突破しようと試みる。
「……きゃっ!」
スイヨーは強行突破しやすいベッピーンに体当たりし、大和が彼女に気を取られている隙に撫子を振り切り逃走した。
「畜生!待てっ!」
頭に血が登った大和はスイヨーを追跡するべく駆け出すも、撫子のタックルによって阻止されてしまう。
「……おい!何すんだよ?」
「私達の任務はここを調査する事でしょ?スイヨーさんは小屋に行くんだろうから、パッチ隊長とホワーンさんに任せればいいのよ!」
撫子は大和をなだめ、ロケットで待機するママードに緊急連絡を入れた。
「ママードさん!ドーデッシュ社長のお兄様が見つかりました!今、湖畔の小屋に向かっています!小銃を持っているので、パッチ隊長とホワーンさんに警戒を呼び掛けて下さい!」




