第12話 10億人リミット計画
未だ夜明けを待ち続ける美しい湖と大地を背中に、ママードは自らの過去を語り続けていた。
「俺の元になった遺伝子は、有名な学者と一代で事業を成功させた女社長のもの。どちらも自分の成功の為には他人や家庭を顧みない人種だったんだ。両親も、理由もなく優秀な息子が欲しかったんだろうし、実際俺は学門では何の苦も無くのし上がれたよ。両親と会話するなんて時間の無駄だったから、暇さえあれば勉強していたしな。幸いあいつらも金はあるし、俺が独り立ちしてからは全くの放任主義さ。ありがたいね」
そう淡々と語るママードの横顔に、憎しみや悲しみは些かも感じられず、彼は彼で自分の納得する人生を送れてはいるのだろう。
「俺は結婚とか、子育てとかには何の興味も無い。そんな人間としては作られていないからな。だが、歴史や過ちを知れば知るほど人間が終わっている事は痛感させられるね。だから人間以外の生き物を探究したいのさ」
西暦2222年、人類は惑星Zに移住を成功させたものの、地球の環境汚染や自然災害、各地の内戦等で人口は減り続けており、惑星Zに移住した人間はおよそ9億人にとどまった。
惑星Zの北部には、未だ未開の土地が広大に残されているが、ポーランド出身のドーデッシュ社長が新種生物の調査を断念する程の寒冷地帯である為、人類の居住区拡大は頭打ちとなる。
そして惑星Z政府は「人口10億人リミット計画」を掲げ、無用な人口増加を防ぎつつ、人口のピラミッドが正常な形となる様に、「クローン技術」を家畜やねこキューブだけでなく、人間にも適用するのであった。
クローン遺伝子は自由競争であり、当然産業や学門、スポーツ等に優れた者の遺伝子に人気が集まる。
しかし一方で、育ての親と解離した人格と能力を持つ子ども達が幸せな人生を送れる保証はない。
現在はまだクローン・ベイビー達は30歳以下であるが、彼等がいずれ人の上に立って社会を動かす立場になれば、優秀な人材が果たして人類の進化に繋がるのかどうかを疑問視する声も上がるだろう。
ママードもまた、政策の犠牲者と言えるのだ。
「撫子、もう起きていたのか?この時間は俺が見張りをする。お前もママードも朝食まで休んでおけ」
パッチ隊長が首のこりをほぐしながらコックピットに現れ、撫子とママードに就寝を勧める。
話を中断せざるを得なくなり、一礼してコックピットを去ろうとしたママードを、パッチ隊長は思い出した様に引き留めた。
「ママード、今日のお前はロケットで留守番をしていてくれ。小屋の調査には俺とホワーン、教会の調査には大和と撫子、ベッピーンを担当させる」
「……俺が留守番……?」
ママードの表情は明らかに不満気だったが、パッチ隊長は恐らく2人の話を聞いていたのであろう。声のトーンを下げ、ママードを諭す様に言葉を選びながら口を開く。
「教会の調査に関しては、撫子が認めるまではたぬきをコンパニマル社に渡す訳には行かないだろう。色々と自分で判断して貰う機会が必要だ。そして小屋の調査だが、不審者がいたとしても1人だろう。しかしながら武器を持っている可能性がある。軍の経験がある俺達に任せろ。悪党を前にして、冷静さを失われても困るからな」
「……了解しました」
眉間にしわを寄せたママードは納得こそしていないものの、やむ無く自分に言い聞かせる様に眼鏡を外し、銀髪を掻き上げてコックピットを後にした。
翌朝、朝食を終えて集合した調査隊のメンバーは小屋の見張りの情報をまとめ、正午からの行動に備える。
教会の調査を担当するメンバーの内、撫子には通信機が与えられ、大和とベッピーンにはそれぞれ小銃と麻酔銃が与えられた。
撫子はママードから通信機の使い方を、大和とベッピーンはホワーンから銃の使い方をレクチャーされ、パッチ隊長からはウイルス抗剤の服用を勧められる。
リスやたぬきのレベルであれば問題は少ないが、熊や鹿と接触すると宇宙服が破れ、危険なウイルスが侵入する恐れがあるからである。
「みゃう〜!」
「みゃみゃみゃっ!」
地球の重力に慣れた撫子達はロケット内で重力慣らしをする必要が無くなり、その恩恵を受けてロケット内をストレス無く散歩出来るみゃ〜ちゃんとジェニファーに、暫しの別れを告げて搭乗ハッチへと向かった。
「……ホワーン、何ですの?その無精髭。剃りなさいよ。似合わないですわよ」
搭乗ハッチ前でホワーンと隣り合わせになったベッピーンは、前々から気になっていた彼の無精髭に言及する。
ホワーンはZ星人としては大柄で小太りだが、穏やかな表情と性格で近寄り難いイメージは無い。ベッピーンのセンスからして見れば、彼の無精髭がどうにも許せない様子だ。
「……こいつかい?言わばゲン担ぎだな。防衛隊で新米だった頃、小綺麗な顔で出陣したら流れ弾に当たっちまってな。それ以来、この顔で出陣してからは怪我をしていないんだ。ま、気にしないでくれ」
ベッピーンは両手を広げて「お手上げ」ポーズを取った後、微笑みを浮かべて仲間達と片手でハイタッチを交わす。
「いいか、定期報告の午後4時までには帰還しろ!緊急連絡先はママードだ、俺じゃない!分かったな!」
「了解!」
パッチ隊長との呼応を終え、快晴に恵まれた湖水地方を一望するパノラマが開かれ、調査隊メンバーはそれぞれの任務へと出発して行くのであった。
 




