第11話 人類の闇
地球の推定時刻は午後5時、電気の通らない現在の状況では、そろそろ野外活動が困難になる時間帯である。
調査隊はチームワークをフル活用して、湖畔の小屋の監視体制強化に乗り出していた。
「ロケットの現在位置では、小屋の正面入口から右側の壁までをフォローする角度までしかカメラで監視出来ない。後ろめたいブツの倉庫として利用していたとすれば、当然正面入口には強固なロックが施され、岩陰に隠れる背面に裏口があるはずだ。そこを監視出来なければ意味は無いな」
パッチ隊長とともに防衛隊で無数のテロリストを捕獲してきたホワーンは、小屋の周囲を拡大しながら遠隔操作カメラを撃ち込める位置を探る。
「……ダメか。岩しかない。周囲の樹木は余り太くないし、熊の行動範囲に撃ち込むと破壊される可能性も高い。直接行くしかないか……」
ホワーンが諦めかけたその時、パッチ隊長は岩が地続きで段差と繋がっている事を確認した。
「ホワーン、大丈夫だ。岩の中央より下にカメラを撃ち込めば、地続きの段差の強度で岩が崩れる事はない。カメラの角度を遠隔操作すれば下から見上げる形にはなるが、人間か熊かの区別くらいはつく。俺がやる」
「隊長、高価な遠隔操作カメラは2個しかありません。万一壊したら俺達最低賃金ですよ」
ママードはパッチ隊長の腕前を熟知した上で、わざと場を盛り上げる。
「その時は給料を年功序列にするまでだ!」
パッチ隊長は余裕の笑みを浮かべながら急ピッチでカメラ射出の準備を整え、陽が沈む前に小屋の背後にある岩の下部に照準を合わせた。
ガアァン……
「……何だ?」
突然、外部からロケットを叩くような騒音が鳴り響く。
巨大なロケットだけに、生半可な衝撃では大きな揺れは感じないが、集中が必要なこの瞬間には些細な揺れも許されない。
「……わあ!熊だ!熊が俺等に興味津々です!」
突然の熊の襲撃を、大和らしいコミカルな言い回しで表現したセリフにベッピーンは口元を押さえて笑い出し、撫子は対照的に頭を抱えて嘆き出した。
「大和、何とかしろ!時間がないんだ!」
「……そんな!何とかしろって……?」
パッチ隊長からの無茶振りに動揺した大和は、取りあえず再び宇宙服を着込んで身体を大きく見せ、熊に近い側の登場ハッチへと駆け下りる。
熊がハッチを通り過ぎようとしたその瞬間、大和は熊が侵入出来ない程度にハッチを開いて熊を威嚇した。
「があああぁ……!」
元来の長身に加えて宇宙服で恰幅を増した大和は熊と変わらない体格となり、突然の異生物からの威嚇パフォーマンスに度肝を抜かれた熊は全速力で逃げていく。
「やった!お兄ちゃん!」
「お前をスカウトして良かったよ!」
バシュッ……
撫子の歓声を尻目に遠隔操作カメラを発射したパッチ隊長はその弾道を祈る様に眺め、照準から数センチ逸れたものの、カメラは無事に岩に着弾した。
「さっすが隊長!」
ホワーンの一声に艦内は大いに沸き、手拍子と「隊長」コールが巻き起こる。
「ママード、そのキーで角度を!」
「OK!」
ママードはパッチ隊長の手より自らの手に近い、カメラのリモートコントロール・スイッチを操作して、小屋の裏口からの侵入者を確認出来る角度に映像を調節した。
「よし、夕食の時間は俺がカメラの見張りをする。後の時間はそれぞれ見張り役を話し合って決めてくれ。明日の行動も地球時間の正午周辺からだが、明日は小屋の捜索と教会と林の動物調査に別れて行動する。全員、正午までにはまとまった睡眠を取っておけ!」
「了解!」
パッチ隊長を残して隊員は夕食の為に食堂に去り、撫子とベッピーンはみゃ〜ちゃんとジェニファーの食事と運動を兼ねて、夕食後の時間帯の見張りを志願する事となる。
地球時間深夜2時、地球初上陸の緊張と夕食後の見張り、みゃ〜ちゃんとジェニファーとのじゃれ合いですっかり疲れてしまった撫子は早々に熟睡し、目が覚めた後にコックピットへと降りてきた。
「……撫子か?まだ早い。もう少し寝ておけ」
コックピットで小屋の見張りを担当していたのは、ママードだった。
何事も効率にこだわる彼は小屋の見張りをしながらも、自らの研究データの整理に余念が無い。
「いえ、十分寝ましたから大丈夫です。パッチ隊長も後から起きてくると思いますし、私が代わりますよ」
「……そうか、俺も少し眠るか……ところで撫子、お前、ドーデッシュ社長をどう思う?」
突然の質問に硬直する撫子。
とかく外部の人間を信用しない傾向にあるママードだが、敢えてこの話題を撫子に振るという行為から考えると、彼が撫子に一目置いている可能性は高い。
「……そうですね……。私は獣医志望だから、やっぱりペットビジネスを完全に支持は出来ませんね。でも、私やベッピーンさんがそうである様に、惑星Zで生活していくのにねこキューブの存在は大きいですから……。正直、私はたぬきやリスをビジネスに巻き込む事は反対です。人間がいなくても種族を維持しているんですから、惑星Zに連れて行く必要性がありません」
撫子の意見を頷きながら聞いていたママードは、確信に満ちた笑みを浮かべ、言葉を続けた。
「……それを聞けて安心したぜ。惑星Zは地球にそっくりな環境だが、実はかなり閉鎖的な空間だ。意識の高い学者や医者は沢山いるんだが、こうして実際に地球に来ると、余りにも無力な人間を認める事が出来なくなって、自然を支配したがる。自分の好きな動物を守るために、熊や鹿を皆殺しにしようとした学者もいたんだ」
言葉に詰まる撫子。
人類は地球環境を一度は滅ぼし、贖罪の意志のもとで惑星Zに移住していたはずである。
「俺は、ドーデッシュ社長もそんな人間だと疑っている。彼が犯罪に関わっていないなんて信じられない。兄を連れて帰りたい理由は、口封じに消したいからなんだと思っているんだ」
撫子は、初対面から気になっていたママードの心の闇を探る為、勇気を出して彼に問い掛けた。
「……私も、武器の密輸のくだりには釈然としないものを感じます。でも、ママードさんの意見を前提にして皆で行動するのは良くないですし、ママードさん自身も、いつもその考え方では色々と傷付いていく事になるんじゃないでしょうか……?」
ママードは目を閉じて撫子の言葉に頷き、やがてゆっくりと自らの過去を語り始める。
「……前にも言ったかも知れないな。俺には両親がいるが俺はそいつらの子どもじゃない。頭は悪いが努力と幸運で大金を稼いだ両親が、エリート男女の遺伝子を買って作ったクローン人間なんだ。当然、両親には何の共感も出来ないし、愛情の意味も分からない。惑星Zには、人類の進化と地球での過ちを繰り返さないというコンセプトを勘違いして作られたクローン人間が沢山いるが、俺もその一人なんだよ」
夜は、まだまだ明けなかった。




