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第10話 隠された30年


 「ふぉ〜!俺達やっぱりこの重力に慣れてるんだな!」


 教会からロケットに帰還し、惑星Zと同じ重力に調整された艦内で羽を伸ばす大和。

 地球初体験の3人は短時間の外出とは言え、全身にのし掛かる疲労感の緩和に努めていた。


 「みゃあ〜!」


 教会で互いの距離を縮めた撫子とベッピーンは、久しぶりに艦内を自由に駆け回るみゃ〜ちゃんとジェニファーの姿に癒されながら、帰り道で出会った動物達に想いを馳せる。


 「音声データの分析結果だ。見ろよ、このリスの声紋、撫子とベッピーンに対しては穏やかで、大和に対しては荒々しくなっている。男が嫌いなんだな」


 ママードの研究意欲の高さにも助けられ、野生動物の感情面の研究は進んでいる。

 人類がこの先、野生動物から新しいペットを求めるのであれば、この研究は極めて重要だ。


 「パッチ隊長、皆の帰還前に湖畔の小屋の調査を行いました。異常はありませんでしたが、大和達は詳細を知りませんし、今後の調査と並行して行うつもりであれば、一度ドーデッシュ社長と話してみた方が良いと思いませんか?」


 シートにもたれて休息するパッチ隊長に、ホワーンはひっそりと近付いて耳打ちする。


 「……そうだな、俺から切り出してみよう」


 パッチ隊長は頷きながら立ち上がり、各々のリフレッシュに精を出す隊員達に声を掛けた。


 「皆聞いてくれ、今、地球の時刻は恐らく午後4時辺りだが、ロケット内の時計は午前8時になっている。これは惑星Zの時刻だ。毎日この時刻に俺達は惑星Z政府に定期報告をする事になっているんだ。例え俺が不在でも、ロケットに残った誰かが定期報告はしなくてはならない。今から一部始終を体感して手順を覚えてもらう。分かったな!」


 「はいっ!」


 訓練時代に比べると幾分穏やかになった印象のあるパッチ隊長であったが、やはり基本は軍人。瞬時に場を引き締めるオーラは健在だ。


 通信係としてホワーンを、映像・音声係としてママードを引き連れたパッチ隊長は中央シートに陣取り、マイクとモニターの感度をチェックした後、ホワーンに片手で合図する。


 通信開始だ。


 「こちらは惑星Z、政府通信メインコンピューターです。御用の方は、合言葉をお願いします」


 「……ねこキューブ、にゃ〜にゃ〜」


 果たして合言葉に「にゃ〜にゃ〜」まで必要なのか、ぶっちゃけパッチ隊長に「にゃ〜にゃ〜」言わせたいだけなんじゃないか等、数多の疑惑を醸しながらも精悍な表情を崩さないパッチ隊長の顔認識システムが作動し、スクランブルの晴れた正面の大モニターには一人の女性が映し出される。


 「おはようございます。惑星Z政府広報官のアン・チクショーです。遠く離れた地球での任務、誠にご苦労様です」


 「……アンさん!」


 ベッピーンは思わず声を上げた。

 

 美しい黒髪をポニーテールにまとめ、黒のスーツをスタイリッシュに着こなすモデルの様な、だがずんぐりした体型のチクショー女史は大統領の広報活動も行っており、ベッピーンを幼い頃から可愛がる、彼女にとって姉の様な存在の女性だったのだ。


 「チクショー女史、定期報告を行います。惑星Z時間正午前後に本ロケットはポーランド・マズーリ湖水地方のシニャルドビィ湖に着水しました。隊員とねこキューブに負傷者無し、ミコワイキの教会で調査映像と音声を確認した結果、前回の調査からの間に震度4程度の地震が東ヨーロッパを襲ったと思われます」


 淡々と定期報告を行うパッチ隊長にゆっくりと視線を落とすチクショー女史は、時折コンタクトの具合を気にしながらも、モニター越しにパッチ隊長の報告の録画を確認する。


 「動物に関する発見については、映像と音声を送りますが、人間からの餌を受け付ける銀ギツネ、群れで行動するたぬき、人間に対して友好的なリス、そして凶暴性を見せる熊の姿を確認しています。こちらは継続調査中です。以上」


 パッチ隊長が報告を終えると、チクショー女史は速やかに起立し、調査隊に一礼した。


 「間もなくコンパニマル社のダンゴー・ドーデッシュ隊長が到着致します。そのままお待ち下さい」


 そう言い残すと、チクショー女史の退場と同時にドーデッシュ社長が姿を現す。


 「ずいぶん慌ただしいんだな」


 形式的なやり取り以上のものを感じないお役所対応に、スポーツビジネスの世界で生きてきた大和は納得が行かない様子であったが、ホワーンはそんな彼の心中を察してフォローした。


 「大和、分からないかも知れないが、これだけ長距離の映像付き衛星中継だ。一秒も無駄に出来ない程、政府とコンパニマル社が俺達に莫大な投資をしているのさ」


 「ホワーン君、そこまで気を遣わせてしまって申し訳無い。私と会うのは初めての方もいらっしゃられるね、私がコンパニマル社社長、ダンゴー・ドーデッシュだ。以後宜しく」


 「……お若くお見えになりますね……」


 ドーデッシュ社長は戸籍上58歳だが、整ったイケてるフェイスと白髪ひとつ無いブロンドヘアで、日系人の撫子が想像するアブラギッシュな肥満体という、大企業の社長イメージとは程遠かった。


 「ドーデッシュ社長、改めて映像と音声は送りますが、今回の調査の収穫はリスとたぬきです。小型のリスは惑星Zの重力に耐えられるかどうかは分かりません。しかし初対面の人間にもかなり友好的でした。たぬきはやや臆病で警戒心が強いものの、体格的にねこに近く、人間に慣れさえすれば検討の価値ありと考えます」


 検討段階とは言え、野生の動物を簡単にビジネスの対象にする企業の姿勢にはどうしても馴染めない撫子はママードの報告を聞き流し、コックピットの隅で寝転がるみゃ〜ちゃんとジェニファーを横目で眺める。


 彼等もまた、動物がビジネスに利用されたケースであると言う矛盾を抱えながら……。


 「ありがとうママード君。リスとたぬきの調査を続けてくれたまえ」


 ドーデッシュ社長の言葉が終わらない内にモニターを自らの顔で占拠したパッチ隊長は、一度ロケット内を見渡し、大和、撫子、ベッピーンと視線を合わせた後、ゆっくりとドーデッシュ社長に報告を続けた。


 「ドーデッシュ社長、我々は環境と動物の調査に加えて、御社からの以来で湖畔の小屋を調査しています。我々は依頼主の内情に干渉するつもりはありませんが、政府を通していない現状、環境調査との同時進行には限界があります。宜しければ我々と政府に、目的を詳しく話していただけないでしょうか?」


 ドーデッシュ社長も、いつかはこの時が訪れる事を覚悟していたのか、暫し俯いた後に顔を上げ、モニターを真っ直ぐに見つめて過去を語り始める。


 「……正直に話そう。私の兄はかつて、ミコワイキという教会主体の観光地を隠れ蓑に、違法な商売をしていたんだ。その違法な手段の証拠が、あの湖畔の小屋に残されている。具体的に言えば、武器の密輸だ」


 ドーデッシュ社長の告白に静寂が訪れる。

 ホワーンが疑っていた脱税以上の犯罪記録が、あの小屋に残されていたのだ。


 「私が家畜やペットのビジネスを考えていた頃、地球人が惑星Zに移住する事となった為、私は兄に罪を認めて移住してもらい、5年の刑期を全うしてから惑星Zで一緒に出直そうと誘ったんだ」


 ドーデッシュ社長の話しぶりを見ると、自分は潔白であると主張している。

 ママードはそこに少しばかり胡散臭さを感じていたものの、ひとまず冷静に社長に質問を浴びせる。


 「……それで、お兄さんはどうなったんですか?」


 「……分からない。地球を出発する日にも、姿を見せなかったんだ。地球に、ただ一人元気な姿で残った人類だよ」


 苦虫を噛み潰すドーデッシュ社長をフォローするかの様に、ベッピーンがモニターに身を乗り出した。


 「おじいさまから聞いた事がありますわ。当時はロケットに乗れない重病人や、地球に骨を埋める覚悟の人達をやむ無く置いてきたと。あれから30年、高齢者や重病人は亡くなられていても、現在60歳位で、尚且つ小屋から武器を調達出来る社長のお兄様なら、まだ生きている可能性も捨てきれませんわ」


 小屋の話を初めて聞いた大和や撫子は勿論、任務に当たっていたホワーンやパッチ隊長でさえ驚きを隠さない。

 ドーデッシュ社長は改めてモニターを凝視し、今一度調査隊に調査を依頼した。

 

 「会社が軌道に乗った頃は、兄が地球で何かをやらかす事を恐れていたから、調査隊に裏金を渡して兄を捕まえてもらう様に頼んでいた。でも今は、もし兄が生きていたら惑星Zに連れて帰り、兄弟としてともに暮らしたい。武器は政府と相談して、調査隊に寄付したいと思っている。どうか調査に協力して欲しい」


 ドーデッシュ社長の独白を密かに聞いていたチクショー女史が再びモニターに登場し、大統領の承認を得る為の手続きに備え、社長を連れて調査隊の前から速やかに姿を消していく。


 通信を終えた調査隊メンバーは一斉に湖畔の小屋の捜索に入り、これまでの範囲を大幅に拡大した通路の特定から、人間・動物を問わない生活の証拠を炙り出していた。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] きな臭い話がちらほら出てきましたし、人がいる可能性もあるんですね。 題名からは想像できない話でこれからも楽しみです。 アン・チクショー女史の心はいつもくさくさしてるのか気になります。
2020/03/01 14:30 退会済み
管理
[良い点] 今までなるべく触れないようにしていましたが Z星人のネーミングセンスが面白いですね。 アン・チクショー女史で とうとう我慢できなくなりました(笑) [一言] たぬキューブだけではなくリス…
2020/03/01 10:14 退会済み
管理
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