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第1話 神国兄妹、決意の入隊。


 「みゃあ〜、みゃあ〜」


 朝日と馴染みの愛らしい鳴き声に肌を撫でられた大学生、神国撫子(しんごくなでしこ)はベッドの中で目を覚まし、自らに近付いてきた小さな同居者と朝の抱擁を交わす。


 「みゃ〜ちゃん、おはよう!」


 彼女がおでこを突っつくと、不安定な掛け布団の上に乗っていたみゃ〜ちゃんはバランスを崩して天地逆転してしまう。


 サイコロの様なキューブ体型のみゃ〜ちゃんは、足をバタつかせたまま自分の力で起き上がる事が出来ず、その可愛らしさに撫子は満面の笑みを浮かべてみゃ〜ちゃんを元の姿勢に戻すのであった。


 撫子は通学までの時間を逆算して食事の準備を始め、風呂場にお湯を張る。

 

 アパートの隣の部屋に暮らしている兄、神国大和(しんごくやまと)が新しい職場の研修で暫く戻らない事もあり、彼に食事を提供する職務から解放された彼女は、みゃ〜ちゃんと思う存分自分の人生を満喫出来るはずだったのだが……。

 

 トゥルルル……


 携帯電話のベルに風呂場への進路を妨害された撫子は電話に視線を送り、それが兄の大和からだと判明すると、少々憤慨気味に電話を取った。


 「お兄ちゃん!こんな朝早くから何?」


 両親を交通事故で失なった撫子にとって、大和は唯一の家族であり、彼のプロサッカー選手時代の契約金の貯金と、自らの奨学金を合わせて獣医学を学ぶ事が出来ている現状に、彼女は勿論感謝はしている。


 だが、大和はがむしゃらに仕事に打ち込むだけの脳筋人間で、一切の家事を撫子に押し付けていたのだ。ようやく彼から解放された直後の電話に撫子が憤慨するのも無理はない。


 「……え?何?私を……調査隊に?」



 西暦2222年、環境汚染により数を減らした人類は、遂に地球を捨てて別の惑星へと移住した。


 先代から受け継いだ科学技術、生命のコントロールすら可能となったクローン技術を活かせるだけの新天地として、地球に極めて近い環境の惑星Z(ズィー)を発見したのは2150年。

 

 その後70余年もの時を重ね、次世代の幸せを願う人類のロマンを叶える人類移住計画にあたり、食糧として飼育される家畜とは別の、愛玩動物として唯一人間以外に宇宙へ移住する事を許された生命体は、人間に最も愛された猫であった。


 人間と猫の繁栄を願い、西暦2222(にゃーにゃーにゃーにゃー)年、環境が万全に整備された惑星Zに移住第1班が着陸した時、連合国の代表、イヨツ・アンターガ大統領は、事前の調査結果と実際の環境の違いに気付く。


 「確かに地球にそっくりな環境だ。だが、重力が少しだけ強い……」


 新宇宙世紀29年(西暦2250年相当)、老衰でこの世を去ったイヨツ・アンターガ前大統領の後を継いでいたコノツ・ニクイヨー大統領は、強めの重力でずんぐりむっくりな親方体型へと進化した人類を「Z星人宣言」で強引にひとつにまとめ、同じく重力で立方体に近いキューブ型体型へと進化した猫を「ねこキューブ」と命名する。


 惑星Zに人類と猫が移住しておよそ30年、クローン技術で人口とねこキューブの頭数は調整され、人々は互いへの感情の不足をねこキューブへの愛情で補うライフスタイルに、妥協しながらも馴らされていくのであった。


 そして新宇宙世紀31年には、惑星Z政府から環境調査隊が定期的に地球へと派遣される様になり、遂に驚くべきデータを収集する。


 地球におけるガン細胞であった人類がいなくなるや否や、地球環境は目まぐるしいスピードで改善され、野生の動物達が肉体的・知能的に飛躍的な進化を遂げていると言うのだ。


 惑星Z政府は、元惑星Z防衛隊のドン・パッチ中尉を隊長とした環境調査隊を強化すべく、重量挙げ選手の家系で重力に強く、惑星Zでもスリムな長身を保っていた元サッカー選手の神国大和をスカウトした。


 調査隊には更に、エリート学者のワガ・ママード、温厚で動物と相性の良いメカニック、マシン・ホワーン、コノツ・ニクイヨー大統領の孫娘、ベッピーン・ニクイヨーが在籍し、次なる調査に備えて、隊員達の研修とトレーニングが行われていたのである。


 

 「撫子、学長が呼んでたよ!」


 大学に登校するや否や、クラスメートに声をかけられた撫子は授業もままならずに学長室に呼び出される。

 

 恐らく、調査隊のスカウトの件に違いない。


 「まあ、そこに座りたまえ」


 学長はいつに無くにこやかに撫子を案内し、テーブルに用意されているお茶菓子のレベルも上がっている様に見えた。

 大学にとって千載一遇のチャンスを迎えている期待感が、彼女にも伝わってくる。


 「大和君から聞いたとは思うが、君は環境調査隊のメンバーとしてスカウトされた。スカウトされた理由は、君が獣医の卵であるという事と、大和君同様に環境の変化に強い肉体の持ち主であると言う事。更には現在ベッピーン隊員しか在籍していない、女性隊員の権利向上のシンボルとしての意味が含まれていると思う」


 学長の誇らしげな笑顔と、女性として調査隊に必要とされている現実を、本来ならば喜ばないといけないのかも知れない。


 しかし、ただでさえ惑星Zでは目立つ長身とスタイルの良さで様々な愛憎を受けてきた彼女にとっては、目立つ事無くみゃ〜ちゃんと暮らす今の生活を維持する方が幸せを感じられる。


 「あの〜、学長。そのお話、断る事は出来るんでしょうか……?」


 撫子の言葉に学長はやや表情を曇らせたが、努めて平静に答えを返す。


 「勿論、君が望むならば仕方がない。ただ、月給200万CPの収入を調査隊で得られれば君の将来にもプラスになるし、本学の経営と卒業生の進路にも政府レベルの援助が期待出来る。君がねこキューブを飼っている事も知っておるよ。動物用シェルターでねこキューブの健康を害さず、相棒を地球に連れて行く事も出来るんだ。もう少し、考えてくれんか?」


 「はあ……」


 曖昧な返事でその場を凌いだ撫子は、結局その日の授業は殆ど頭に入らなかった。


 「みゃう〜」


 部屋に帰ると、尻尾を振りながら駆け寄って来るみゃ〜ちゃんに迎えられ、撫子は心の平穏を取り戻す。


 獣医を目指す撫子は、当然無類の動物好きだ。

 

 部屋にも可愛らしい動物のポスターが貼られているが、惑星Zで見る事の出来る動物は、突然の来訪者を警戒して姿を消したのか、ねこキューブを含めて家畜用の牛や豚等、人間が地球から連れて来た種族しかいない。


 もっとも惑星Zの北部は、人間が生活するには低温である為にまだ未開発で、どんな生物が住んでいるのかは謎に満ちている。


 しかし、調査隊として地球に行けば、図鑑の中だけで憧れていた動物にも、いち早く会えるかも知れない。


 みゃ〜ちゃんを連れて行く事が出来て、将来の開業資金も貯められる……そう考えると、厳しい訓練や少々の危険にも耐えられそうな気分になった撫子は、意を決して学長に電話を入れるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 圧倒的な読み易さよ! ※某作品との比較です(笑) [気になる点] 某大作との、余りのテイストの違いにシサマさん自身が書き手として困惑しなかったのかなぁと、変な事が気になりました。 [一言]…
2020/03/14 22:55 退会済み
管理
[良い点] にゃーにゃーにゃーにゃー [一言] 相変わらず鬼才ですね。どのような話になるのかが 現状ではまったく予想できません。
2020/01/31 22:42 退会済み
管理
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