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生者はわらう  作者: ペングイン
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理不尽な愛憎 4

 八坂神社にたどり着いたのはもう日が沈もうとしている時間だった。マナーのようなものを考えるのなら、はっきり言って問題外の時間に近いんだろう。


「そうだ、一つ気になっていたんだが、これくらいの時間帯を逢魔時っていうじゃないか。実際にそういうのはいっぱいいるのかい?」

「先輩、たぶんそれって色々混ざってると思いますけど、少なくとも夜になれば出ますね。この時間だから出やすいってわけじゃないです。文字通りの魔に逢う時って感じはしないですね。ずっと丑三つ時とかのほうが多いです」


 出始める時間帯という意味でならあっていると思う。魔に逢い始める時間帯という意味なら合いそうだが、たぶんまた違う意味からの言葉なんだろう。


「なるほど、たぶんだが君のような人が過去にもいたんだろうね。それも多く。だからこそそのようなものを元にした言葉が生まれたんじゃないかって私は思うよ。どこに行っても悪霊だの妖怪だの、そういった話はあるものだからね」

「本当に、跋扈していたと、思っているんですか?」

「さぁ、どこまで行っても、私には見えたことはないし、影響を受けたと自覚できたこともない。他人がそういうものを見たといっても、影響を受けたといっても、私からすればそれを真実だと断定することができるようなものはないんだ」

「じゃあ、俺の妹はただ病気だとかでぶっ倒れて、その時のことを怖がって、そういうことを妄想してしまったとでもいうのか?」

「いやいや、あくまでも断定できないってだけだよ。信じようとは思っているんだけどね。どうにも目の前にそれらしきものがないと……」


 一応いっておくが、この会話を先輩方は急な階段をのぼりながらしている。

 俺は安全のためにかつけられている手すりにつかまり、何とか登っている状態だ。これが体力の差……皆月先輩にすら完敗である。泣きたい。


「お二人とも、体力ありますね……」

「ちょっとペース早かったか?」

「というよりも、犬養君が体力がないだけじゃないかな?」


 グサッときた。泣きたい。


「――おれ、もう少し、鍛えたほうが、いいのかな……?」

「ごめん、思っていたよりも傷つけてしまったみたいだ。単純に私は多少は走り込みとかもしているからだよ」

「俺はもともとサッカー部に入っているからな。今日はちょっとサボらせてもらったけど」


 皆月先輩の多少が本当に多少という範疇なのかはわからないが、とりあえず何もしていない俺よりは体力がありそうだ。体を鍛えてモテたいとかそういうわけではないが、さすがにこの差は心に来る。特に運動部に所属しているわけでもない相手だと。俺も朝とか、ちょっと鍛えよう。夜は悪霊が出るからパス。


 そうこうしているうちに階段を上り終え、少し開けた場所に出た。

 まだ日が沈み切っていないためか、昨日の神社ほど不気味な雰囲気は感じないが、それこそ黄昏時こと誰そ彼時。明るさに目が慣れている中の薄暗闇はあまりにも視認性が悪い。まだ電灯が付いていないこともあるのだろう。

 玉砂利を踏みしめ、先輩方二人の後をついていくと、社務所と思われる場所から男性が一人出てきた。

 その男性は、詳しい名称はわからないが和服を着崩しており、神主らしい雰囲気こそある。ただ、今時和服を常用する人は珍しい。そういう意味ではひどく目立つ人だった。更に特徴を上げるとすれば、遠目からでも、今の時間帯でもはっきりとわかる赤ら顔。この人が酔っていることはすぐに分かった。


「んぁ、なんだこんな時間に。参拝に来るならもっと早い時間にしとけ。盛り付いてるんなら他所いけ他所へ」

「あなたがここの神主さんですか? 神主さんに尋ねたいことがあって来たんです」


 すぐにそう答えたのは松下先輩だった。見るからに酔っ払いである神主らしき男性に全く物怖じした様子もなく自分の要求を突きつけるのはさすがというべきかもしれない。


「はぁ、確かに俺が神主だが……なんだってこんな時間にアポもなしに来てんだよ」

「えっと……」


 明らかに面倒くさそうに対応する神主だが、先輩の説明を聞くにつれて表情が徐々に真剣になっていった。

 今時のイケオジとか言われるかもしれない表情だが、やはり酒の気配がそれを遠ざけている。たぶん真面目に活動していたらもっとかっこよくなっているのではないだろうか。


「色々詳しく聞きてぇが、まずは最初に確認しておくべきことがある」


 そう一つ区切って、会話をしていなかった俺と皆月先輩の方をじっと真剣に、さっきすら感じさせるような目で言った。


「――俺を紹介したのはどんな奴だ?」


 その質問は少々予想外というか、変な感じがした。


「えっと、不審者…じゃなくて、虚無僧?」

「虚無僧ってぇと、深編笠かぶって、尺八ふいているやつか?」


 姿を思い出すが、それらしき音を聞いた覚えも物を見た記憶もない。


「尺八はふいてなかったし、持ってもなかったと思いますよ。ただ、錫杖は持ってたはずです」

「ほーん、まぁいいか。お前は隠し事してなさそうだしな」


 いったい何をそんなに気にしているのかはわからないが、ひとまず納得したようで踵を返すと社務所に戻り始める。


「とりあえずついてこい。詳しい話は中で聞いてやる」

「わかりました」


 答えてついていく。こういう時に特に楽しそうに話し始めそうな皆月先輩がいまだに一言もしゃべっていないのは少し気になった。

 ちらりと見てみると、何か考え事をしているのか中空を見ながらまっすぐついていっている。


「先輩、何か気になることでもあったんですか? 神主が酔っ払いだったこととか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。人としてどうかとは思うが、神主が酒を飲んでいることそのものはあまり気になっているわけじゃない。

 そういうイメージは仏教の方の教えのはずだ。かなりそういうところが緩い宗派もあったと記憶しているしね」

「じゃあ何が気になっているんですか?」

「そりゃああれだろ。虚無僧の格好の話だろ」


 深編傘をかぶっていたから虚無僧だと思ったが、違ったのだろうか?


「いいか、虚無僧ってのは確かに深編傘をかぶっているがな。同時に尺八を吹いて歩くんだ。

 そもそも今時そんな奴こんな町にいねぇし、錫杖まで持つなんて話ほとんど聞かねぇ。時代劇とかなら暗殺者とかが身分を隠したりするために使ったりしているくらいだ。自分のことを知られたくない奴だった。って考えた方がしっくりくるってことだろ」

「く、詳しいですね……」


 なんでここまで詳しいんだ……俺は自分で言うのもあれだけど、深編傘や錫杖の名前がわかっただけでほめられそうなものだと思ったのに。


「そりゃあ、出てきた知らないものを調べる癖をつけておけば徐々にってやつだよ」


 その癖が付けられない人がどれだけいるというのだろうか。

 と、ここで話していても進まないので神主の後を追う。まさかここからまた長くなるということはないと信じたい。やっぱり遅くになるのは嫌なのだ。




「とりあえず、その妹ってのは今も病院にいるんだな? 市民病院か? それとも記念病院の方か?」

「市民病院の方です。ここから近い方ですね」

「それなら話が終わったらぱっぱと終わらせちまうか」


 そういうと、神主は俺たちに椅子に座るように促すと、話を始めた。


「まず、お前が件の悪霊を見たんだったな。そりゃあ気の毒といっておく。昔にそういう被害にあったことでも?」

「え、なかったと思いますけど……?」

「ほーん、そりゃあ珍しいっつうか、なんつうか……」


 ここにきて、初めて神主が言いずらそうにし始めた。


「教えてやるのが優しさか。お前、相当に運が悪い。いや良いのか。時代が時代、家が家なら、今頃屋敷の奥深くに閉じ込められてたぞ」

「えっと、どういうことです?」

「あー、どっから話したほうがいいか。まずはそういう存在に対する人々からか」


 そこからの話は長かった。

 最後にこそ『まあ普通は信じてくれねぇし、特別表社会で通用するような権力者なんていないけどな。表沙汰にこそしないが隠してもいない。口止めはしないが、下手な口外は勧めねぇぞ』とは言われたが、だれがあの話を好き好んでするのか。


 まず、今までのおおよその想像通り、そういう存在がいること、そしてそういう存在を人々から遠ざける人々がいたこと。その名前は陰陽師であったり、僧侶であったりしたが、大枠は同じ。かっこよく言うなら退魔師として活動してきた人がいる。

 彼らは現世を守るために、常世に足を踏み入れる者。いうなれば黄昏の中にある者たちであり、時代や立場、地位こそ違えど同じような役割の人々は多く存在した。俺のような見えぬものを見る者は相応に重宝され、そして忌み嫌われたという。

 今ではそのような知識、技術を持つ者も減り、そして同時にそういったものの存在が表に出てくることもなくなっていったという。この辺りではそういった技術を持つのはこの神主くらいであり、また、関わりやすい人物とはそれなりの知識の共有がされているらしい。

 今回の件で神主まで連絡がされなかったのは担当した医師の問題だと思われるらしい。

 本来なら調査から始まるが、今回は情報も多く、更にはすでに俺たちが行っているため省略できるらしい。俺たちの行った調査でほぼほぼ間違いはないらしく。むしろここまで調査することも少ないらしい。というよりも、ここまで調査できない。

 お祓いをする場合、出会う時とはつまり払う時。だからこそ悪霊本体からの情報収集はできないことが多い。そのため、被害にあった本人が出会った時の情報などを中心に正体を決めていくため、ここまでの調査が不可能となるらしい。より正確に正体を見極めれば、それだけ払うための難易度も下がるため、ここまで情報が集まっているならあとは簡単だとか。


「まぁ必要な説明はこんなとこだろ。じゃあ最後に金の話をすっか」

「あ、そりゃあそうか。慈善事業じゃなさそうだし」


 職業として成り立たせるためにはそりゃあ収入、つまりは支払いが必要だろう。


「理解してるみたいで助かるな。今回の場合、調査に金がかからねぇから……そうだな。負けて10万だな」

「…………」


 たぶん、現状の俺たちの抱いた感情は一つだ。高い。その一言に尽きるだろう。


「――そういう値段設計をしているから、詐欺だなんだと疑われて、信じてもらえないんじゃないか?」

「待った待った、さすがにお前らにそんな支払い能力求めてねぇよ。そもそも請求先すら違う」


 神主はできの悪い生徒に教えるように順に説明を始めた。


「いいか、こういう事態での死亡ってのは医者としちゃあホント―に困る事態なんだよ。なにせ詳しい原因は不明だ。ちょっとつつかれたらボロが出る。それはつまるところ『自分の管理下にありながら、簡単に患者を死なせた藪医者』の称号を張られるわけだ。大体こういう患者が運ばれる病院ってのはでかい所が多いからな。一種の権力争いみたいなのも多いわけよ。

 ――そこでだ。俺たちみたいなのが例え原因不明でも解決してやることで、そいつらのメンツを守ってやってるってわけよ。むしろ、患者が直接払って、俺たちみたいなのが請求なんぞしてみろ。どうなるかなんてわかりきったことだろ?」

「それ、結局病院が患者に支払わせに行くんじゃないか?」

「そんなことしてみろ。請求書の中身つつかれたら面倒になるだろ。だからしないね。どうせ金なんてあるんだ。この程度の支払いを、年に何度もないようなことでごねるにはリスクが高すぎるって話だよ」


 そう偉そうに言うが、やっていることというか、話し方というかで完全にヤのつく方々のやり口に聞こえてくるのはなぜだろうか?

 同様の感想を持ったのか、松下先輩の神主を見る視線もどこか冷たい。そして、全くそんなことには意にも介さずに自分の欲望に忠実な皆月先輩は質問を投げた。


「ふと気になったんだが、そういう払うものがいるということは、憑ける人……呪術師のようなものもいるのか?」

「いるとも。そういうのを倒すのが仕事だって思ってる連中すらいるな。もうちっと言っちまえば降ろす人もいる。そういう意味じゃお前はいろんな意味で利用しやすい人材だからな。気を付けたほうがいいぞ」

「え、見える以上に厄介ごとまであるんですか!?」


 すでにおなかいっぱいである。利点を感じたことはほとんどない癖に、難点ばかり浮かび上がってきている。


「さっきの降ろすタイプなら、降ろす先に利用したり、降ろすための贄にしたりする。憑けるやつならお前を責め続けて殺して、怨霊として利用したりする。俺たちみたいな単純な祓うやつでも、都合のいい探知機だからな。そしてタイプ問わず、黄昏の場所に立つために利用されることは少なくない」

「最後のやつはどういうことなんだい? 依り代にするとか、贄にするとか、悪霊にするとかはわかりやすいが、黄昏の場所に立つためにというのはよくわからない」

「単純な話だ。こういうのには遺伝とか普通にあるからな。全体的に現世に寄っている今なら特に、人でありながら常世に立つ者は常世に干渉する権利を得るために重要なのさ」


 要するに、種馬だとかそういう意味なのだろう。しかし権利と来たか。


「あぁ、そうか。基本的で重要なことを知らないんだったな。

 いいか、魔を払う術は現世の業だ。そして、魔を知るのは常世の業だ。現世に立つ者は、払えるがそれを知覚する術を持たない。常世に立つ者は、それを知覚するが払う術を持たない。それ故に、俺たちは黄昏…どちらでもあり、どちらでもないものでなければならない」

「じゃあ、私は現世の側だろうね。何度もそういう場所に足を運んだことはあるけれど、それらしき気配も何も感じられなかった」


 そんなことしてたのか皆月先輩。実はオカルトマニアでは?


「だろうな。見た目で悪いが、おおよそはあってる。というか、振り切ってるな。こりゃあ。もともと現世側でも霊障によって常世による奴は少なくないが、嬢ちゃんくらい振り切ってるとそもそも干渉すらできねぇだろうよ」

「待ってくれ、そうなると、妹は……」

「聞いてる限りじゃそれなりには常世寄りだったんだろうな。今回の件でそれなり以上に寄っちまったんじゃねぇか?

 ――ああ、安心しろ。特別影響はない。精々そういう場所に行くと見えたり、影響を受けやすかったりするくらいだ。頑張れば黄昏に立つことすらできるかもな」


 そういうと神主は立ち上がり、扉を開ける。

 外はもうすっかり暗くなり、夜の時間…常世の時間が始まろうとしていた。


「そろそろ行くぞ。せっかく楽に終わりそうなんだ。話は後でもできるだろ。とっとと終わらせようぜ」


 すぐさま先輩たちは立ち上がり、神主を追いかける。神主は酒の気配こそするものの、足取りはしっかりとしていた。

 遠くに見える街の明かり。今は見えない幽霊。視界の端で静かに街灯が明滅した。

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