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とある冒険者たちのありふれた日常  作者: 案山子
第一章 登録番号・FL22667-D2 ガナット・レティー 21才 9年目 男 ヒューマン
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ガナット・レティー 3

 いまだって、オルトの言ってることは嘘じゃない。


 明水露鉱石がよく取れるこの辺りには、たまに危険な魔物も出没する。そため、今回俺たちが受けた依頼の受注可能ランクは高めに設定されている。

 だがポイントさえ外さなければ、採掘自体はひたすら岩を砕いてまわるとういう単純作業の繰り返しなのだ。


 そんなわけで、基本的に作業の間は暇だったりする。


 実際、怒気を放つナチの横でバドも控えめに頷いていた。しかしナチは納得できないのか、さらに鋭い視線をオルトに向ける。


「そんなに暇ならこっち手伝ってよ」

「いやいや、なに言ってんだ。俺はずっと周囲の警戒してるんだからな? ちょっとは余計なこと考える余裕もあるけど、さすがにつるはし振りながらは無理だ。考えたら分かるだろ?」


 そう言ってオルトがバカにしたように笑うと、ナチは苦虫を嚙み潰したような表情で言葉を詰まらせてしまった。


 またわざと挑発している感があるが、これも本当だから質が悪い。


 オルトはうちのパーティーで唯一の魔導特化だ。

 つるはし地獄を免除した代わりに、岩を掘り始めてからの七日間、ひたすらサーチの魔法で周囲の警戒を続けてもらっている。


 こういった人の手によって整備されてない洞窟内での採掘では、落盤やガスの発生に魔物からの襲撃と、警戒しなければいけないことが沢山ある。


 この水牢洞窟はもともと硬い岩盤のうえ、それほど派手に掘り進めたりはしないから落盤の心配はほとんどない。ガス発生の報告も聞いたことはないから、それほど問題はないだろう。


 そうなってくると、この水牢洞窟で一番警戒しなくてはいけないのは魔物からの襲撃だ。採掘中はどうしても大きな音がしてしまうし、いつも以上に注意する必要がある。


 索敵なら普段はナチの担当なのだが、より広範囲を高い精度でとなるとオルトのサーチには敵わない。

 なにより、ひ弱なオルトにつるはしを振らせても半日ともたないだろう。


 そんな理由から、この採掘中の索敵はオルトに任せきりなのだ。

 ナチだってそのことは当然承知している。だからこそ、なにも言い返すことが出来ないのだろう。


 素手の殴り合いなら間違いなくナチの方が強いのだが、口喧嘩では毎回オルトが圧勝している。

 こうやってオルトに言い負かされたナチが、ぷりぷりしながら引き下がって俺かバドに八つ当たりをする。それがいつもの光景だ。


 それならなんの問題もない。

 しかし、今日は少し違っていた。


 挑発的な笑みを浮かべるオルトを無言で睨みつけていたナチが、ちっと舌打ちをしてつるはしを肩から下ろす。


「はぁ……、むかつく」


 ぼそりと呟くナチに、オルトは薄笑いを浮かべたまま口元をピクリと動かした。


 普段のオルトならナチがどんなに怒りを露わにしても、余裕の笑みを浮かべて軽く受け流すだろう。

 そして、そんな態度に苛ついたナチがさらに食ってかかるのだ。


 いつもの喧嘩にはそんなお決まりの流れがあって、どちらも本気でやり合うわけじゃない。


 しかし、いまのオルトの笑みには苛立ちが混ざっているように思える。

 まさに一触即発、どうにも不味い雰囲気だ。


 おそらくこの状態は、一向に成果の上がらない採掘への不満が引き金になっているのだろう。

 いつもならすぐに二人の喧嘩を止めに入るバドも、不安げな表情を浮かべたまま動けずにいる。


 ここはあえて喧嘩をさせて、一度すっきりしてもらうのも一つの手かもしれない。だが、こんな狭い洞窟内で口喧嘩以上に発展したら大問題だ。


 二人の喧嘩を止めに入るといつも巻き込まれるから、できれば傍観していたい。とはいえ、さすがにそんなことを言っている場合じゃなさそうだ。


 正直あまり気は乗らないが、早めに止めた方がいいだろう。


「ナチ、こいつを折檻するのは後にしてくれないか? さっきから、ずっと手が止まってるぞ」


 俺が顔を向けできるだけ刺激しないように作業の再開を促すと、ナチはあからさまに不満げな顔をする。


「は? なんでわたしが――」

「分かってるよ」


 俺はナチの言葉をさえぎりつつオルトに横目を向ける。


「……はぁー、分かったよ」


 すると、ナチは大きく息を吐きだしてから、渋々といった感じで作業を再開した。


 俺はそれを確認すると、今度はオルトに声をかける。


「オルトもいい加減いしろよ、もっとサーチに集中してくれ。余計なことに頭を使うのは……、ほどほどで頼むよ」

「あー、はいはい、分かってるって」


 俺がわざとらしく疲れを滲ませながら言うと、オルトはそれにひらひらと手を振って応えた。

 これまた適当な感じはするが、本人はいたって真面目なつもりなのだろう。


 実際、採掘を始めてから八回魔物に襲われたが、その全てを事前に察知し万全の態勢で迎え撃つことができている。


 むしろ襲われる前にしっかり備えることができていたお陰で、魔物との戦闘が丁度いい息抜きになっていた。

 魔物に襲われるたび、誰が対処するかちょっと取り合いになるくらいだ。個人的には、もっと襲撃回数が増えてもいいなとすら思っている。


 もちろんそれは、しっかりと対応できるのならという前提付きだけど。


 サーチは大して難しい魔法じゃないらしいし、俺だって普段ならそれほど心配はしない。だけど、広範囲を高い精度で長時間となれば、だいぶ疲労がたまるし集中力も切れてくるだろう。


 しかも、採掘班はみんな頭部の防具や外套がいとうを外していて、武器も地面に置いているような状態だ。

 こんな状況で、いきなり魔物に挟み撃ちなんてことは避けたい。この辺の魔物ならそれでも問題なく対処できるとは思うが、リスクは少ない方がいい。


 そんなわけで、オルトにはナチに喧嘩なんて売ってないで、しっかりと集中してもらう必要があるのだ。


 俺は鼻歌交じりに周囲を見渡すオルトに向けて、精一杯の圧力を無言で送る。するとそれに気付いたオルトが、やれやれといった感じで肩をすくめてから静かに目をつぶった。


 その態度に俺も若干イラっとしたが、さすがにここで俺が喧嘩を購入するわけにはいかない。


 俺はぐっと堪えて、目の前の無機質な岩盤を睨みつけたのだった。

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