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とある冒険者たちのありふれた日常  作者: 案山子
第一章 登録番号・FL22667-D2 ガナット・レティー 21才 9年目 男 ヒューマン
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ガナット・レティー 16

 そのオルトは厚く丈夫に仕立てた布の服に、アカフキセンという貴重な精霊樹を使用し、強度と耐熱性向上の付与がされた胸当てを着けている。

 レザーヘルムには額を広く覆う鉢金を付け、レザーのガンドレットとグリーブ、ブーツやグローブもレザー素材だ。


 胸当て以外はそれほど高価に見えないが、左のグローブは人差し指の部分が魔水晶と魔導鉄を使用した、魔力筆記補助の魔道具になっている。

 俺の防具も決して安くはないが、オルトの防具はさらに倍以上の値段がするのだ。


 ただ、後衛でいつもバドに守られているオルトは、防具の整備にあまり金がかからない。

 俺の防具だって後々の整備費を考えたら、Dランクの冒険者であっても簡単に手が出せる代物じゃないはずだ。


 たまに俺より若そうな冒険者がフルスケイル系を装備していて呪いたくなるが、あんなのは実家が富豪とか、特殊な環境の奴だろう。


 少なくとも、己の力だけで勝ち取ったもじゃないはずだ。

 真実は分からないが、そうだと思いたい。


 とにかく、俺としてはかなり思い切った買い物だったわけだ。

 その分スケイル系素材はレザーやハーフレザー系に比べ、軽くて高い強度を誇っている。そのうえ動きやすく、通気性まで兼ね備えているのだ。


 これだけ聞けば、価格面さえ折り合いがつけばスケイル系の防具を選びそうなものだ。ナチだって、購入しようと思えばできるだろう。


 しかし、一つ問題点がある。

 スケイル系素材の多くは、動くとどうしても音がしてしまうのだ。金属系よりはましだが、普段斥候も担当するナチにはあまり向かない素材と言える。


 そんな理由があり、ナチは仕方なくレザー系素材の防具を使い続けているのだ。


「あー、せめて汗流したいなぁ」

「なんだ、やっぱり裸を見られたいのか?」

「汗を流したいって言ったでしょ、馬鹿なの?」


 ナチは軽口をたたくオルトを睨みつけるが、怒る元気もないのかそのまま視線を地面に落とす。


 ナチの言う通り、せっかく湖の近くまで行ったんだし、水浴びでもしてサッパリしたいところではあった。

 しかし、ダハバラナ湖は陸の近くでもすぐ水深が深くなるうえ、危険な水棲魔獣も多く水浴びには適さないのだ。


 そもそも、短い休憩の時間にそんなことをしている余裕はない。


 ほかのパーティーがどうしているかは知らないが、うちの場合、水浴びをするときは基本交代制にしている。


 状況にもよるが、誰かが水浴びをしているときは残りのメンバーで周囲を警戒するのだ。

 だいたい二人ずつで水浴びをするが、どうしても余計に時間がかかってしまう。


 そもそも水浴びに適した川や湖なんてなかなか見つからないので、普段は濡らした布で身体を拭くくらいのものだ。


 どうにか改善したい点ではあるが、なかなか打開策が浮かばずにいるのだ。


「……あ、スライムで水浴びできないかな? あのべたべたも、慣れたら気持ちよさそうな気がする」


 俺がふと思いついたことを口にすると、目の前に三者三様の見たことのない顔が並んだ。


 ナチは汚物を見るような、オルトは害虫を見るような、バドまで可哀そうな生き物を見るような顔をしている。


 意外に名案だと思ったのだが、どうやらみんなの評価は違うらしい。


「いや、冗談だから。そんな顔でこっちを見るな」

「ホントに冗談? なんか素の顔してたよ?」


 そう言いながら、ナチは俺からゆっくりと距離を取る。

 警戒心を露わにするナチに自身の安全性を示そうと、俺は朗らかな笑みを浮かべながら両手を広げた。


「それも含めて冗談だって、本気っぽかっただろ?」

「えー、なんか嘘っぽいなぁ」


 さすがに鋭い。だが、ここで引くわけにはいかない。こういう些細な誤解から、メンバーの信頼を失ったりするのだ。


 別に誤解じゃないのだが、誤解ということにしないといけない。


「いや、本当に冗談だって。場を和ませようとしただけだろ?」

「冗談ねぇ…、まぁそれならいいけど。本気だったら、いきなり全裸になる奴よりヤバいからな?」

「おいおい、俺をそんな奴と一緒にするなよ」

「ですよね? 冗談ですよね? ちょっとびっくりしましたよ」


 ナチとオルトはまだ疑っている様子だが、どうやらバドは信じてくれたらしい。意外とバドが一番疑っていそうな気もするが、ここは信じてくれたと信じよう。


「当たり前だろ、スライムで水浴びなんて想像しただけで気持ち悪いよ」


 とは言ったものの、スライムは本当に色々な種類がいる。


 もし汚れだけを食べてくれるスライムなんてものが発見されれば、スライム浴も現実味を帯びてくるかもしれない。

 きっと初めてスライムを食べた人だって、周りからおかしな目で見られたに違いない。そう考えれば、百年後にはスライム浴が一般に浸透している可能性だって十分にあるだろう――なんてことを割と本気で考えていたが、それは心の奥にしまい込んだのだった。


 やはり俺も、相当疲れがたまっているらしい。


 とにかく、そんな雑談をしながらさっきの入り口まで戻ってくると、俺たちは再び洞窟内部に突入して採掘を再開したのだった。

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