ガナット・レティー 15
オルトは俺を含めたほかのメンバーと殴り合ったら、圧倒的に最下位だ。そのくせ断トツで気が短く、喧嘩っ早い性格をしている。
自分より高ランクの冒険者に喧嘩を売って、連帯責任の名のもと俺も一緒にボコられたことは一度や二度じゃない。
さらに厄介なのは、毎回一方的にボコられている訳じゃなく、むしろトータルでいえば勝ち越してしまっていることだ。
自分は強いと自信をつけているのか、全く自重する気配がない。
早いところ、そこそこやばい目にあって大人しくなればいいのになと思っているが、その時はやっぱり俺も巻き込まれそうだ。
「で、付与はどのくらいいけそうなんだ?」
「ん? まぁ、やってみないと分からねぇな」
「そうか、了解。やりながら調整しよう」
そんな会話をしながら、なんとかこいつだけ痛い目に合う方法はないかな――なんて考えていると、オルトが細い目をこっちに向けてくる。
一瞬考えが読まれたのかと思ったが、そういうことじゃないようだった。
「んで、どうする?」
どうする? とは、今日はもうここで切り上げるのか、まだ続けるのかということだろう。
ようやく今後の方針が決まった所ではあるが、正直、今日はもう採掘を続けるようなテンションじゃない。
身体が冷えたことで全身のだるさが最高潮に達している。
休憩が必要なのは分かっているが、これが嫌だからあまり休みたくないというのもあるのだ。
できることならこのまま岩に張り付いていたい。とはいえ、その欲求こそ口にだすわけにはいかないだろう。
俺は「そうだな」と呟き思案する。
今回の明水露鉱石採取の依頼は、指定の期間が十五日間だ。
依頼を受けた翌日にレテールを出発し、途中ジノリプトス大量討伐の依頼をこなしながら、二日半でこの辺りまで到着していた。
だけど、採掘開始の前日は近くの街で宿を取ることにしていたため、作業を始めたのは四日目の昼からだった。
それから七日間が過ぎて成果なし。
休まず歩けば一日でレーテルまで帰れるが、不測の事態を考慮して二日は残しておきたい。
そうすると、採掘に当てられるのはあと二日ほど、限界まで粘っても三日というところだ。
俺は「んー」と唸りながら、自分の袋から簡素な造りの丸い時計を取りだした。
この時計は、俺がDランクに上がった記念で買ったものだ。安物ではあるが、それでもかなり奮発して購入したものだった。
二枚貝のような構造の蓋を開くと、くすんだ文字盤に視線を落とす。時計の針は五時過ぎを指し示していた。
今日の日の入りは六時半くらいだったはずだ。今から採掘場所に戻っても、まだ一時間は猶予がある。
「……日が完全に沈むまでは粘ろう」
俺の判断に、三人がため息と共に小さく頷く。
愚痴はいくら言っても構わないが、リーダーである俺の判断には従う。それがうちのパーティーの数少ない決まり事の一つだ。
これは俺が決めたわけじゃない。パーティーを組む時リーダーを嫌がる俺に対する妥協案として、ナチとオルトが言いだしたことだった。
この決まりのおかげか、うちのパーティーはこれまで大した問題もなく円滑に回っている。
ただ、今日ばかりは反対勢力の出現に少し期待していた。
しかし、俺の期待とは裏腹に、そんな勢力は現れなかった。
なんだかんだで決まりを守るやつばっかりだ。いや、いいことではあるけど。
「よし、それじゃ再開するか」
そう言いながらオルトが岩から腰を上げる。
その姿に俺もどうにか気合を入れ直し立ち上がると、バドとナチが後に続き洞窟に向かって歩き始めた。
真夏は過ぎ日が暮れると涼しい日も増えてはきたが、日中はまだまだ暑い日が続いている。
森林内部は背の高い木々で光が遮られているが、その分風が抜けず湿気が凄いことになっていた。
「はぁ……、せめてこのジメジメがどうにかなってくれればなぁ」
「ですね。プレートアーマーも蒸れますけど、僕としてはレザーの張り付く感じの方が嫌なんですよ」
バドの言葉が本心からなのかは分からないが、ナチはその言葉を素直に受け取り激しく頷いた。
「そうそう、レザーは蒸れると気持ち悪いんだよ。いいよね、ガナは涼しそうで」
「涼しいってほどじゃないけど、まぁ、二人よりはマシだろうな」
俺が愛用するスケイル系の素材には、大きく分けて二種類の使い方がある。
鱗の一つ一つが小さかったり、それほど強度が高くない場合は、皮ごと剥がしそのまま使用する。この場合加工の方法や用途はレザー系の素材に近く、比較的安価なものが多い。
一方で鱗が大きく強度が高いものは、一枚ずつ個別で加工を施して使用するのが一般的だ。
この加工方法には職人に多くの手間と高い技術が必要とされ、素材自体の価値も影響し価格がぐっと跳ね上がるのだ。
一般的に前者はハーフレザーやカバースケイル系、後者を単にスケイル系素材と呼び明確に差別化されている。
俺がここ最近愛用している防具は、後者のスケイル系だ。
今の防具を揃える時にはその値段になかなか踏ん切りがつかす、ずいぶんオルトに馬鹿にされたものだった。




