ガナット・レティー 13
「しょうがないかぁ、つるはしは普通ので我慢するよ」
「ぜひそうしてくれ」
肩を落とししょんぼりするナチを横目に、俺は今日何度目かのため息をつく。
ナチに魔導つるはしの購入を断念させられたのは良かったが、いま頭を悩ませるべきはそこじゃない。
こんな話になったそもそもの原因は、もっと効率よく採掘を進めるにはどうすればいいのかという問題からだ。
ナチが魔導つるはしの購入を決意しようとしまいと、現状の採掘効率にはまったく影響がない。
「しかし、本当にどうしたもんかな。もっとペースを上げたいところだけど、実際問題難しいよな」
「ですね、闘気をうまく利用できればいいんですが…」
俺が悩みを言葉にすると、バドも自分のつるはしを眺めながらぽつりと言う。
一般的に体外に放出して使用する魔素を魔力と呼び、体内で使用する魔素を闘気と呼ぶ。
これは今でこそ常識だが、ほんの五十年ほど前まで、魔力と闘気は別物だと思われていた。
近年の研究で二つが同一のものだと確認されたが、闘気を使用した戦闘技術は数百年前から研鑽が積まれ、今でも体内で使用する魔素は闘気と呼ばれている。
そもそも『魔素とは何か?』という話になるとかなり難解で、生き物だけでなくこの世界に存在する全てのものが、さらに言えば世界そのものが保有しているエネルギーである――らしい。
以前、ギルドの講義で詳しい説明を聞いたことはあるのだが、一晩寝たらほとんど忘れてしまっていた。
「闘気か。やっぱり、つるはし新調するより今はそこだよな」
「そんなこと言っても、すぐどうにかできることじゃないでしょ?」
俺がバドに同調すると、ナチが不満げな顔を向けてくる。
「現実的に考えて他に手はないだろ?」
「は? いまから闘気の扱い鍛え直す方が現実的じゃないでしょ」
「いやいや、鍛え直すってことじゃなくてさ、もっと効率的な使い方はないかってことだよ」
「そんなのもう何度も話し合ったじゃん」
「だからって、考えることをやめたら――」
俺とナチのやり取りが少し熱を帯びてくると、バドがすかさず苦笑いを浮かべながら割り込んでくる。
「僕がもう少し、攻撃系統が得意なら良かったんですが…」
「あー……、その辺は俺たちにも言えることだからな」
俺はそう答えると、浅く深呼吸をして熱くなりかけていた頭を冷やす。
考えることをやめるのは駄目だが、熱くなった頭ではまともな考えなんて生まれてこないだろう。
俺は頭と気持ちを落ち着けると、自分のつるはしに目を向ける。
「否定したばかりでなんだけど、一本くらい持ってきてもよかったかもな」
「魔導つるはし? そっか、交代で使うだけで結構楽になるかもね」
「だよな、考えが足りなかった」
過去三回が上手く行き過ぎたせいで、そんなこと考えもしなかった。成功体験は自信をつけるが、逆に慢心を招くことにもなるわけだ。
そんなの分かっていたはずなに、本当には理解していなかったのだろう。
初の自分専用魔導武具がつるはしになるのは断固として拒否したいが、それもパーティーで所有すると考えれば許容範囲だ。
「次は一本持ってこようよ」
「そうだな、それは賛成だ。だけど……」
「問題は、いまですよね」
バドの言葉で三人同時にため息をつく。
次回以降の方針を決めたところで、現在進行形の問題はなにも解決されていない。
「せめて、一本だけでも用意できればな」
「いまから買いに行くのは……、きついですよね」
「それはちょっとムリじゃない?」
ここから一番近いカナンという町は、長距離移動を行う商人などが中継地点として利用する宿場町だ。
狭い土地に宿屋や飲食店ばかり立ち並び、魔導つるはしなんて専門的な商品を売っている店があるかは怪しい。
一番近いと言っても往復で丸一日はかかるし、行ってみたけどありませんでしたじゃ洒落にならない。
確実に売っていて一番近いのはレーテルだが、いまから戻っていたら採掘の時間はほとんど残らないだろう。
「やっぱり、闘気の使いかたを変えるしかないですかね?」
「んー、具体的には? ローテーションとかもダメだったじゃん」
そんなナチの問いに、全員黙り込んでしまう。
実のところ、魔導武具を使わなくても同じような効果を得ることはできる。
一つは魔導による一時的な付与をおこなう方法と、もう一つは闘気を利用した『闘気戦闘技法』という技術で、通常は略して『闘法』と呼ばれている。
闘法のもっとも基本的な技術は、闘気による身体強化だ。
その強化範囲や強度は幅広く、単純な身体能力の向上や身体硬化だけじゃない。鍛錬を積めば身体機能の一部、視覚や聴覚だけに特化した強化や回復能力の向上、さらには薬物耐性などを高めることも可能になる。
闘気による身体強化は基本中の基本だが、それと同時に、闘法を極めるうえでの終着点ともいえる技術なのだ。
その次に習得するのが、武器や防具を己の肉体の一部に見立てて強化する技術になる。この技術を習得していなければ、どんなに強力な武具を身につけてもあまり意味がない。
逆にその技術を身につければ、通常の武具でも魔導武具と同等の性能を発揮することが可能になるのだ。
しかし、それはそう簡単な話じゃない。




