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とある冒険者たちのありふれた日常  作者: 案山子
第一章 登録番号・FL22667-D2 ガナット・レティー 21才 9年目 男 ヒューマン
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ガナット・レティー 10

「こう毎日スライム食べてると、さすがに飽きるよねぇ…」


 その言葉に、俺は思わず「は!?」と大きな声をだしてしまう。予想外の発言すぎて素で驚いてしまった。


「いやいやいや。俺にここまでさせて、よくそんなこと言えるな」

「だから小声で言ったんじゃん」

「声量の問題じゃないんだよ。大体、ナチはいつも勝手がすぎる――って。おいこら、こっち向け」


 俺が説教モードに突入すると、ナチは拗ねたように頬を膨らませぷいっとそっぽを向いてしまう。

 その幼い少女のような仕草に呆れつつ膨らんだ頬の横にスライムを差し出すと、ナチはジト目をこちらに向けてからそれを口に含む。


 そのまま俺がスライムをナチの口に運び続けていると、オルトが見かねた様子で口を開いた。


「おい、なんでまだ続けるんだ? 嫌ならやらなきゃいいだろ、お前はナチを甘やかし過ぎだ」

「あー、いや。まぁ、そうなんだけど……」


 確かにオルトの言う通りだ。少々甘やかしすぎの感は否めないし、嫌ならやらなければいいだけのことだ。


 だがしかし、その前提に問題が発生していた。

 どこが問題なのかというと、嫌々はじめた無償の奉仕だったはずなのに、いざはじめてみたら、意外と悪い気がしないというところだ。どうにもやめ時が見つからない。


 親鳥の気持なんて分からないが、この頼られている感というか、全幅の信頼を置かれている感じは悪くない。


 なんというか、こう、いつも我が儘ばかりのナチがついに素直になってくれたような……。

 いや、そもそもナチの我が儘のせいでこうなっているんだから事実は全く違うんだけど、一見すると従順そうに見えるナチの姿に、なんだかよく分からない妙な達成感があるのだ。


 この感情の動きに自分でも戸惑いがある。


 特におかしな性癖を持っているつもりはなかったが、新たな世界の扉に手をかけているのかもしれない――なんて馬鹿なことを考えながら煮え切らない態度でいると、オルトは呆れた様子で眉を寄せ、苦笑いを浮かべるバドからスライムを受け取った。

 そして少し考える素振りを見せてから「だけど」と続けた。


「俺もナチの意見には賛成だな、結構前から飽きてきてる」

「は? 味なんてないし飽きるとかないだろ?」

「だから、味が欲しいって言ってんだよ」


 ため息混じりにオルトが言うと、ナチが「そうそう!」と激しく同意する。


 飽きないとは言ったものの、二人の言い分もわからなくはない。俺だって本当は、クロフキ亭のスライムマリネードが食べたいと思っている。


 あのアガナの実(オリーブに似た果実)から取った濃厚だけど癖のない油にパルフェ(酸味の強い柑橘類)の果汁を絞った漬け汁は、こんなじめじめしたくそ暑い日には最高なんだ。

 細切りのスライムによく合うほどよい酸味と強めの塩気、そこに数種類のスパイスが効いていてめちゃくちゃ酒が進む。


 今日みたいな夏の夜は、キンキンに冷えたラガーとスライムのマリネードが欠かせないのだ。むしろそれさえあればいい。


 しかし、贅沢を言いはじめたらきりがない。

 特にこういった環境下では、どうしたって我慢しなくちゃいけないことがある。そして我慢しなくちゃいけないことは、口に出してしまうと余計に辛くなってしまうのだ。


 そう、我慢をしなくちゃいけない。我慢、我慢が大切だ。


「あー、くっそ。思い出したら食べたくなってきたな、レーテルに戻ったら絶対最初に食べよう」


 辛くなるとわかっていたのに、俺は我慢ができず欲求をそのまま口に出してしまった。

 すると、隣りでナチが怪訝そうな顔をする。 


「え、なに急に。なんの話?」

「だからスライムだよ」

「は? いまめっちゃ食べてるじゃん」

「これじゃなくて、クロフキ亭のスライムマリネードな」

「あー、あれ美味しいですよねぇ」


 バドは少し興奮した様子で俺とナチの会話に入ってくると、夢見る少年のような面持ちで空中に視線を結ぶ。


 ナチもあの味を思い出したのか、呆けた様子で緩んだ笑みを浮かべた。


「あれか、確かに美味しいよねぇ」

「ですよねぇ……、エールが飲みたくなりますねぇ」

「あー、暑い日に冷えたエールは最高だよねぇ、飲みたいなー」


 その言葉に、俺は「はて?」と首を傾げる。


「エール? 今日みたいな日はラガーの方が美味しくないか?」

「え? あ、いやー。確かに夏場のラガーは美味しいですが、値段がちょっと……。特に今の時期はエールの四倍とか五倍しますし」

「だねぇ、わたしも普段はエールだな。ラガー美味しいけどね」


 幸せそうに夢想していた二人に尋ねると、一瞬にして同時に現実へと帰還してきた。


 どうやら金銭が絡むと、夢は儚く消えるらしい。


 バドが一転して困ったような笑みを浮かべながら頬をかくと、ナチも恨めしそうな顔でため息をつく。


 どちらも同じビールではあるものの、二人の言う通り、ラガーはエールに比べてかなり割高だ。


 詳しい製法を知っているわけじゃないが、夏場のラガーは大型の魔道具で冷やしながら作るらしい。

 ここ数十年で魔道具の普及率は一気に拡大したが、それでもまだ簡単に揃えられる代物じゃない。特に大型の魔道具を使用するとなれば、稼動するだけでも多額の費用がかかる。


 そうなれば、当然価格に与える影響も大きいのだ。

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