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とある冒険者たちのありふれた日常  作者: 案山子
第一章 登録番号・FL22667-D2 ガナット・レティー 21才 9年目 男 ヒューマン
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ガナット・レティー 1

「ふー……、こんなはずじゃなかったのにな」


 うす暗い洞窟のなか無心でつるはし振りながら、俺はぼそりと呟いた。

 一瞬の間を置き、ふいに漏れ出てしまった自分の言葉にはっとして、こっそりと周囲に目を向ける。


 俺の両隣ではパーティーメンバーの二人が、呪いにでもかかったような表情でつるはしを振っていた。

 二人とも酷い顔をしているが、こっちを気にする様子はない。どうやらさっきの言葉は聞かれていなかったらしい。


 パーティーリーダーとして、弱音を聞かれるのはよろしくないだろう。俺は少しほっとしながら、またつるはしを振りかぶったのだった。


 


 俺たちが暮らす王都レーテルから北西に進路を取り、一日半ほど歩いた場所に広がる巨大な湖、ダハバラナ湖。

 この湖は国内で二番目の大きさを誇り、周囲をぐるりと囲う山脈には大小様々な洞窟が点在している。


 洞窟の入り口は実に千カ所以上も存在しているが、その大部分が内部で複雑に繋がっているらしい。

 めちゃくちゃに入り組んだ構造で内部の探索は非常に困難になっており、不用意に侵入した者を洞窟内に閉じ込めてしまう。


 ゆえにいつしか水牢洞窟と呼ばれ、恐れられるようになっている。

 その構造が明らかになってから百年以上が経つが、未だに全容が明らかになっていない難所の一つだ。


 そんな超が付くほどの難所である水牢洞窟に、俺もパーティーメンバーの三人と共に訪れていた。

 もっとも俺たちのパーティーは、その難所と呼ばれるような洞窟の深い場所に用があるわけじゃない。


 洞窟内部の調査依頼は度々出されているが、とてもじゃないがいまの俺たちに受注できる代物じゃないのだ。

 水牢洞窟の探査依頼を受注できるランクに上がるまで、順調にいってもあと十年はかかるだろう。


 目標の一つではあるが、まだまだ先の話だ。


 俺たちが今回受けた依頼は、もっと簡単なものだった。

 そう、簡単な依頼のはずだったんだ。


 数ある入り口から一つを選び洞窟内部へと侵入した俺たちは、50メートルほど奥へ進んだ場所で三人横に並び、つるはしを岩肌に叩きつけていた。


 この水牢洞窟へ訪れてから、すでに七日が過ぎていた。

 今日も日の出と共に洞窟に入ってから、途中一度の休憩を挟みあとはひたすら岩を砕き続けている。


 だいぶ日が傾いてきているのだろう。入り口から差し込む陽射しが反射して、入り口付近の岩肌がキラキラとまぶしく輝いていた。


 ようするに、だ。

 俺たちはもう、半日近くこうして岩壁と格闘していることになる。


 洞窟内には「ガキーンッ、ガキーンッ」という規則的な音だけが虚しく響き渡っていた。遠くで輝く岩肌とは対照的に、我々を包む空気はどんよりと重く暗いものになっている。


 そんな中、パーティーで唯一の女性冒険者であるナチが、振っていたつるはしを肩に担いで弱々しく口を開いた。


「はぁ~、ぜんぜん出ないね……、なんで? ねぇなんで?」


 ナチは明るい栗色の髪を短く切り揃え、クリっとした大きな瞳は活発な少年のような印象がある。細く見えるが鍛え抜かれた肉体を持ち、敏捷性はパーティーメンバーでトップだ。


 感覚が鋭く目端も利くナチは、その身軽な身のこなしや鋭い感覚を活かし、主に罠探査や索敵などを担当している。

 仕事モードの時には素晴らしい集中力を発揮して頼りになる存在なのだが、その実、素の彼女は短気で堪え性がなかったりする。こういった持久戦の時に、最初にギブアップするのは決まってナチだ。


 容姿のせいで幼くみられることが多いが、一応うちのパーティーでは最年長なんだし、もうちょっと頼りがいのあるところを見せて欲しいと思ってしまう。


 とくに、うちのパーティーはリーダーが頼りないし。

 まぁ、リーダーは俺なんだけど。


 もっともこんな状況では、ナチじゃなくても多少の愚痴は仕方がないかもしれない。ほかのメンバーも口にこそださないけど、ナチと同じような考えに囚われているのが手に取るようにわかる。


 なにせ俺自身もここ数日、全く同じ疑問を抱えているのだから。


 そんな皆の想いを代表したかのようなナチの質問に、メンバー最年少のバドがぐったりしながら苦笑いを浮かべる。


「ナチルナさん、その質問今日だけで34回目ですよ……」


 体格のわりに気の弱いバドが、直接本人にこうした指摘をするのは珍しい。それだけ心身ともに疲労しているということだろう。


 心なしか、がっしりとした大きな身体が一回り縮んで見えてしまう。

 子供の頃リトルジャイアントという、大きいのか小さいのかよく分からないあだ名で呼ばれていたバドは、うちのパーティーでもっとも体格に恵まれている。


 俺もそこそこ身長はある方だけど、バドはさらに頭一つ分ほど背が高い。

 昔はオークのような脂肪分多めの体型だったが、ここ二、三年でオーガのような筋骨隆々とした体つきになっている。


 普段から後衛壁役として頼りになる存在で、力仕事を任せることも多い。

 今回の採掘作業でも、序盤から中盤まではその肉体をフル活用して派手に岩を砕いていたのだが、昨日あたりからその迫力が成りを潜めていた。


「しょうがないでしょ~、ホント意味わかんないんだもん。バドだってさ、なんでだって思わない?」

「いえ、まぁその、とにかく作業を進めるしかないですし……」

「そういうことじゃなくてさ、なんで出ないのか知りたくないの?」

「それは、まぁ…。その、いまはそこを気にしてる時ではないといいますか…」


 ナチに詰め寄られバドはもごもごと口ごもる。その様子から察するに、やはりバドも同じ気持ちなのだろう。

 それでもわざわざ口にださないのはバドらしいといえる。


 バドはいつだって、文句一つ言わず面倒な仕事を請け負ってくれる。

 今回の採掘作業だってナチは何度も自主的に休憩をしているが、バドは俺が指示を出すまで一度も手を止めていない。


 バドは俺にとって、このパーティーで唯一の癒しだ。

 身長2メートル越えの大男だろうと、その事実は揺るがない。


 しかし、そのバドもさすがに疲れを隠し切れなくなっている。それはバドだけじゃなく、俺をふくめた採掘班の全員にいえることだった。

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