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第14羽 MD ⑤スプリアス



α、β、θ、Ω、Δ。五つのチームの主要な研究員がエリー湖、ピーリーアイランドに集結していた。

彼らの目的は当然、サク・ハヤミだった。


――自分達の求めていた力を持つ者が目の前にいる。

プロジェクトチームは、またとない機会に沸き立っていた。


今回、速水を担当したのは、Δチームのオルグレン医師だった。

彼はブラウンの髪をきっちり刈り込み、白衣を着てネクタイを締めている。年齢は五十代半ばで、口ひげを生やしている。


…オルグレンは早速、速水を催眠状態にすることにした。

オルグレンはエリックと共にアンダーでも速水を担当していて、副主任のエリックと並び、その道の権威と言われていた。


オルグレンがサク・ハヤミに特殊な薬物を嗅がせて、催眠をかける。

これはアンダーでプロジェクトがイアンの妹、ターヘレフに行った『治療』と同じ方法だ。


「聞こえますか…」

入院着を着た速水はベッドに横たわり、自分に声を掛けるオルグレンを眺めている。


その様子を多数の研究員がマジックミラー越しに、固唾を呑んで見守った。


「ゆっくり体を起こして下さい」

オルグレンに促されて、速水は自ら身を起こした。

オルグレン医師は速水の脈を取って、薬が十分にいきわたったことを確認した。


速水の額には、貼り付けるタイプの脳派測定器がいくつもついている。

ベッド横には計器があって、オルグレン医師にも測定結果が見える。

計器は床下で隣室と配線がつながっていて、数値の変化が同時に見られる仕組みだ。


実験室に置かれた四角いメトロノームが、呼吸より少し早いリズム刻む。

きぃー。きぃー。という音を出す機械がある。


速水がいる部屋の右側の壁は、床上七十センチから上は全面ガラス張りで、マジックミラーになっている。研究室からはこちらが見えるが、もちろん速水のいる実験室からは何も見えない。

隣室側には薄緑色のカーテンがあり、その必要があればガラス張りの窓を目隠しをすることもできるが、今は開いている。

…このカーテンは、研究員のストレスを緩和するための物だ。


奥のデスクでは数値の解析。各チームが連携し、静かに慌ただしく動く。

カメラとマイクで、速水がいる部屋の様子は筒抜けになっている。


メインデスクの液晶は三台。上と横から速水のベッドを映している。残りの一台はオルグレンと計器を映す。メインデスクにはマイクも設置されていて、各チームの研究員が座る。

この場にいるのは各チームの中でも優秀な研究員達で、彼等は世界平和の為にレシピエントの研究を進めている。


一番奥には主任の席があって、その席にもマイクもあるが、今は不在だ。


主任の正体を知っているのは、この中ではオルグレン医師とΩチームの最年長研究員、エイムズだけだった。

エイムズは金髪に青い目、髪は良く整えてある。年齢は六十代だろうか。

若干癖のある顔立ちだが…年齢をプラスしても、まだ十分にハンサムと言える。

彼はメインデスクの中心に座っていた。


「オルグレン医師、何か異常はありますか?」

マイクを使い、エイムズが尋ねる。

実験室のオルグレンにもあらかたの数値は見えるので、何か変化は無いのか、といったニュアンスだった。


『いいや、まだ変化はないな』

隣室にオルグレンの声が響く。


『…B-ノイズは?』「ゼロです。プラスもマイナスも出て無いですね」

オルグレンが尋ね、θチームの研究員が答えた。

「――やはりおかしいな」「まだ力が解放されてないのかもしれませんね」「ああ」

メインデスクを囲んだ研究員同士が頷き合う。


「シャドーと交信している様子は?」

エイムズが言った。

「脳派を見てもありません」「オルグレン、割り込みに注意しろ」

他チームの研究員達が口々に言う。


指示に頷き、オルグレンが速水に呼びかける。

速水はベッドから足を降ろして、オルグレンの方を向いて座っている。

「ご自分が誰かわかりますか?貴方のお名前は?」


「――はやみさく」

問いかけは英語だったが、速水は日本語で答えた。

『英語で言わせろ』

「英語が話せますか?」

指示が来てオルグレンが言った。

「イエス……」

誕生日、年齢、性別、生まれた街の名前。速水は問われるままに、自分の事を喋った。

次第に質問の内容が変わってくる。


「好きな食べ物は?」「嫌いな食べ物は?」

「今までで一番、楽しかったことは?」

「今まで一番、悲しかったことは?」

「今まで一番、腹が立ったことは?」

「今までで一番、」


『――、おい、反応があるぞ!』

途中、実験室屋に研究員の声が響いた。

『割り込みか?』『いや、違う、シャドーからのメッセージだ』

『読み取れたか?』『一瞬で、無理です』

『もう一度頼む』『どれだ?』


オルグレンは質問を繰り返した。

「好きな食べ物は?」「嫌いな食べ物は?」

「今までで一番、楽しかったことは?」

「今まで一番、悲しかったことは?」

「今まで一番、腹が立ったことは?」

「今までで一番……」


問われた速水は思い出していた。


好きな食べ物、嫌いな食べ物、今までで一番楽しかったこと、悲しかったことを訥々と語るが、どこからか「――違う」と言われた。

仕方がないので、話したい事を話しはじめた。

そうだ――どうせ思い出すなら、楽しかった事がいい。


「今までで一番楽しかったのは、隼人と山に鳥を探しに行ったことかな」

「隼人?隼人って言うのは、俺の親友で、命の恩人だ」


「俺が死のうとしたときに、気が付いてくれて、死ぬなって言ってくれた」

「なんだ、聞きたいのか?」


■ ■ ■


速水の声が研究室に響く。


『俺が=のうと思ったのは、ばあちゃんが死んで、音がゆがんで変になって、もう生きてるのが嫌になったから――、たまに自分でも分からないくらいに、気持ちが落ち込む事があって、…「なら、死んだ方が良いな」「お前は死ぬべきだって」って皆に言われて。始めはいつもの幻聴だって思ってたけど、急に分からなくなって。「じゃあ今から死のう」って思って。========っていう、医者で貰った薬を沢山飲んだ』


『あの時、隼人が来たのは、偶々じゃない。その日別れた時の、俺の==がおかしかったのが心配で見に来てくれたんだ。それで、=日くらいして病院で気が付いた後、隼人は、俺に。「==、===、====」って===』


「?――スピーカーの調子が悪いな」

研究員が首を傾げる。音声が途切れ途切れになっている。


『そうか、こっちは=こえる。数値に==は?』

オルグレンが言った。

「数値か?何も変化は無い。続けてくれ。キーワードを引き出すんだ」

研究員が言った。

「手がかりが無いのが……。エリックめ」

エイムズが舌打ちした。


オルグレンはアンダーで速水を担当したが、催眠をかけた後はエリックが引きつぎ、地下の部屋を追い出されたらしい。結果、重要なシーンは見られずじまいだったと言う。

――いつものことだ、と言ってしまえばそれまでだが。

このプロジェクトには、不可解なことが多い。


ハヤミを保護したがるジョーカー、副主任の裏切り者エリック。

主任は指示を出すだけで姿を見せなかったり、伝言役がなぜか皆ガスマスクをかぶっていたり。いつのまにか人数が大幅に増えていたり、減っていたりもする。


『分かった――、詳しく、=かせてくれるかな』

オルグレンに言われ、速水は話し続けた。

『うん……隼人に会ったのは俺が小学四年の頃。隼人が塾の帰りに、ダンス=くールの前に通りかかって、その時ちょっと、===スクールの同じクラスの奴らともめてた=だけど、……それから==日後……、またちょうど帰りに会って』


『そっちじゃ無くて、君が薬を沢山=んだときの事を。もっと聞かせてくれるかい?――声が聞こえたんだね?それは誰の声?何を言われたの?』

オルグレンが言った。


『父さんと、兄貴にダンスなんかやめて=ねって言われて。悲しくて。でも、=んだばあちゃんと、=んだ母さんと==なかった妹はこっちへおいでって笑ってた……だか…ら、そっちへ……行こう、と……』


速水の体がぐらつき始めて、速水は目を閉じ、深くうつむいたまま動かなくなった。

オルグレンが声をかけても返事は無い。


『駄目だな、一旦中止しよう。次は五時間後だ』

オルグレンがため息をついた。


「マイクのチェックをしてくる」「こればっかりは、時間がかかるな。先に飯にするか」「ルークがもっと使えたら、こんな面倒な…」「だからもっと、強硬な姿勢で臨むべきだ」「ねえカーテン閉める?」「その結果が、産廃だろ?これ以上失敗すると、お前のチームは特に不味いぞ」「エイムズ――主任は何処にいるんだ?来てるのか」「カーテン?そのままでいい」「エリックめ」「分かったわ」

「研究が出来るだけマシか」「あ、あ。聞こえるか」「ああマイクに異常は無いな」

「先に休憩するか。夜間はどうする?」


「――主任はまだだ」

エイムズが言った。


■ ■ ■



エイムズが言った時。

主任は広々とした部屋で、ソファーに座って、自分の爪にマニキュアを塗っていた。

主任の背後には何人ものガスマスクがいて、全員武装している。


エイムズは研究員に主人が不在だと伝えたが、彼は主任がここに居て、自分たちを監視している事を知っている。


主任が座るソファーの、テーブルの上にはモニターが二つ。

左のモニターには研究室の様子が、右のモニターには、実験室の速水が映っている。――今はよく眠っているようだ。


「だ、そうよ。あなたたちも休憩したら?のんびり行きましょうよ」

主任は背後のガスマスク達に言ったが、誰も答えなかった。


■ ■ ■


速水は唸った。


頭を押さえて、呻いてから目を開ける。

病室のような部屋だった。全体的に真っ白で、部屋にはベッドと…椅子と、サイドテーブルがあるくらいで、他には何も無い。

左手の壁は窓になっているが、マジックミラーなのか向こうは見えない。


確か――。ノアと引き離されて、この部屋にムリヤリ押し込められて。

たぶん眠らされて……今、ようやく目が覚めた。

…いつのまにか入院着を着ていたが、もはやこれは良くある事だ。


『おはよう、ハヤミ』

ベスの声が部屋に響いて、速水はゆっくりと体を起こした。


「ベスか?」

速水は天井を見て言った。部屋にマイクがあるらしい。

『ええ。朝食は必要かしら?』

「貰えるのか?」

『ええ』

「じゃあ頼む」


起き上がった速水は首をひねった。

――鳥達が静かすぎて気色悪い。


しばらく後、部屋の扉がノックされ、主任の…ベスともう一人、金髪の、白衣の男性が白いトレーを持って入って来た。六十歳くらいだろうか。

ベスがベッドの脇にあったキャスター付きのベッド用テーブルをベッドの上に移動させる。

金髪の男性は助手だろうか?食事をテーブルに置いた後、ベスに促されて出て行った。

ベスは残り、ベット脇の椅子に座る。


出された食事は、ベーコンとスクランブルエッグ、ライスにサラダと、スープと水。どこか懐かしい、……アンダー産の匂いがした。


…和食が良かったけど、飯があるだけましか。

コーヒーも飲みたかったけど、贅沢は言えないな。


そう言えば、この島に連れて来られてから何も口にしていない。

かなり腹が減った。

「食べて良いか?」

速水は手を合わせて、ベスに食べて良いかと訪ねた。


「…何も入って無いよな?」

一応確認する。ベスがクスクスと笑った。

「ええ。どうぞ。食べながらで良いから、少し、お話しましょうか」

「話?」

少し堅めのライスを口に運びながら、速水が言う。一応、暖かい。


「…そう言えば、ノアはどこだ?別の部屋か?」

思い出して速水は言った。

「……」

ベスは答えない。


「……プロジェクトはレシピエント?とかいうのを探してどうするんだ?」

速水は続けた。

ネットワークは速水の何を欲しがっている?

速水が超能力を持っているのなら納得できるが、そんな気配は全く無いのに。


「そもそも俺は二重人格で?本当にレシピエントなのか?ハッキリさせてくれ。二重人格って……あれは一種の病気だろ?」

速水は言った。

シャドーの事はレオンに聞いたが、そもそも『二重人格』という物が実在するのか?あなたはレシピエントだ、と主任に言われたが…。


速水は顔を上げて、小さくため息をついた。

「エリックは嘘ついてるかもしれないし、犬もだいぶ怪しいし、レオンは――、置いといて、ノアはこれからどうなるんだ?」

ノアの安全が最優先だが、レオンの恨みは晴らしたい…。


「君達がノアを解放するなら、多少、協力してもいい」

速水は言った。

速水は今、とても機嫌が良かった。

意外と食事が美味かったというのもあるし、主任の態度がどこか柔らかくなっていたから。交渉できるかもしれない、と思った。

もちろん、そうそう上手く行くはずはない、けれど言っておく。


「……ノアを解放して貰えるなら。………俺は、どうなっても構わない。……あの薬を飲まされても我慢するつもりだ」

速水は言った。

耐えきれなくなって、死亡、または廃人になる可能性が高いが。

キレたりはしないで、大人しく死のう。


ノアが攫われたのは、速水の巻き添えを食ったのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。速水とノアは血縁があると言うから、それ関連か?

あるいはジョーカーが息子として確保したがったのか。

ノアがGANから逃げ切れる事を祈る。


速水は自分がネットワークから逃げ切れるとは思っていなかった。

ジョーカーがウィルなら、おそらくもう無理だ。

どこへ行っても、どこへ逃げても。あいつは追って来る。

…日本にいたときにも、なんとなく、ウィルの執念深さのような物は感じていた。


――いや、あきらめるのはまだ早い。

…ここに、丁度ライスを食べたフォークがある。

これでどうにかベスを人質にして、何とか?

部屋の外には誰かいるだろうし、明らかに無謀だが……やってみる価値はある。

ベスで無くても、食事を下げにまた部下が来るかもしれない。


速水は食べながら、耳を澄ました。

やっぱり……何も聞こえない。


沢山いたはずの鳥が、なぜか今はどこにもいない。

いつもならスズメの声で目が覚めるし、食事をしていると一羽くらいはそばに寄って来るのに。


「残念だけど。ノアは解放されないわ。六月一日までは」

主任が言った。

「?…六月一日?」

具体的な日付を言われ、速水は眉をひそめた。


「あなたにお願いがあるの」


■ ■ ■


Ωチームの研究員、エイムズは隣室でモニターを見ていた。

カーテンは閉められているが、音声と画像は生きている。


研究員ほとんどが辞めてしまった。

当たり前だ。

エイムズが残ったのは、義務感と、狂気に近い好奇心を満たすためだ。


実験室では――魔女と悪魔が取引をしていた。



〈おわり〉

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