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第3話 自決 (前編)

ペナルティシーンが番外編にあります。

『何で、真面目にやらないんだ!』

『かわいそうに』



速水はアラーム音で目を覚ました。

「ハァ」

目が覚めると同時に、溜息を付く。


今日は木曜日だ。


今、この世界が現実。これはこれで気が重たい。

しばらくすると隣のベッドで、レオンが目を覚ました。アラームを止める。


速水はあきらめて起き上がる。薬は抜け、体の調子は良いようだ。

「おはよう。ハヤミ。調子はどうだ?」

レオンはもう着替え始めている。

「普通。そう言えば、着替えってどうしてる?貰えるのか?」

速水は聞き忘れていた事を聞いた。

昨日はとりあえずレオンの服を借りて寝た。

「ああ。そのうち世話役が勝手に見繕って持ってくる。ダンサーがダサくちゃ駄目だって方針みたいだ。踊ってると、ズボンも靴もすぐ悪くなるからな…」


聞きながら、速水はとりあえず昨日の服を着た。


「さあ、行くぞ。初め慣れないと思うが、まあがんばれよ」

そんな会話もそこそこに、二人は部屋を出た。


部屋の外には、白い廊下が続いていた。片側に幾つかの部屋がある。

天井に電灯が埋め込まれていて、窓は無い。

ぞろぞろと、部屋から人が出て来る。

他の部屋は…何故かどこも一人部屋のようだった。危険回避のためだろう。

明らかに、精神的にやばそうな奴が何人かいる。


「あら、新入り?」「キャシー」

速水を見て声を掛けたのは女だった。レオンが答える、愛称はキャシーと言うらしい。


速水は特に言う事もないので一別しただけだった。女性は肩をすくめた。

「人見知りか?」

レオンが言う。

「別に」

速水はそれだけ言った。



角を曲がり、そこにあった階段を上がる。

便宜上の二階は硝子張りの部屋があって、トレーニングジムのような感じだった。

「サク・ハヤミ」

入るなり、名を呼ばれた。

速水はそちらを見て――ぎょっとした。


「エリックと申します。私があなたの世話係です。以後お見知り置きを」

…何でパンストを被っているのだ、この男は!


「エリック、今日もスーツ決まってるな!」

レオンは、やたらガタイの良い男の『スーツ』を褒めたが…、もっと別に言うとがあると思う。それとも慣れか。エリックは元々は端正な顔立ちだとは思うが…金髪がつぶれている。


「ええ。どうも。レオン。ハヤミ。カードをここにかざして下さい」

速水はレオンに言われて持って来ていたカードを、機械にかざした。

これで電源が入る仕組みらしい。

「―走りながら目を通して下さい。今日のあなたのスケジュールです」


仕方無いので言われた通り、速水は走りながら書類に目を通した。

この後の移動経路などが書かれていた。


設定は十キロ、走り出すと数字が減っていく仕組みのようだ。

ランニングマシンは二十ほどあり、マシンの間隔はやや空いている。

隣同士、声を上げて雑談している者もいれば、付属のイヤホンで音楽を聴いている者もいる。


個別ワークと、複数、全体ワーク。

「一つステップが終わるごとに、書かれた番号の部屋へ移動して下さい。食事は一日三回。最上階のカフェテリアで。指定時間が過ぎた場合は片付けられます」

「ん」

朝食は二十分、昼食は三十分。夕食は一時間…。

今日、速水はすべて個別ワークだった。


「各スペースに内線がありますので、ご用の際はそちらを。総合に繋がるのでエリックを出せこの豚野郎と言って下さい」

「わかった」

速水は普通に呼び出すと決めた。

「冗談の通じない方ですね。では私はこれで」

エリックは去って行った。


速水は書類をとりあえずメーターの上に置いて、ひたすら走った。

あまり体力を使うのもどうかと思ったので、ペースは上げない。


「ふう。じゃあお先に行くね」「がんばってね」

ノアとベスが同じタイミングで走り終え。

「まあ、始めだしな。先食ってる」

レオンも去って行った。


「ふう…」

ようやく速水が走り終えた頃、まだ5名が残っていた。

速水よりかなり年下の子供、男性、老人。明らかに様子のおかしい者。女性。

速水はそこを立ち去った。


最上階は、意外にも自然光にあふれた広いスペースだった。

周囲は硝子張りで森の中だ。速水は地上の光を久々に見た。


…この建物はやはり地下がやたら深い。そして横にも広い。

マップを貰って驚いたが、地下五階まである。


一番下、便宜上の一階があのビジネスホテルのような部屋。

その上の二階A室がランニングルーム。隣にはB室と書かれている。

その他の階には残りのCから順にアルファベットがついた小部屋が幾もある。部屋の説明は無い。


が。四階の五つの大小の部屋が、ペナルティルーム…懲罰室だというのはしっかりと書かれている。

そして最も地上に近い階には何も書かれていない。運営のオフィスかもしれない。


「お、来た。どうだった」

レオンが言った。

「疲れた」

エレベーターを降りた速水は正直に言った。

…ジャックに言われてランニングはしていたが、十キロは走らない。

「大丈夫?」「あ、朝食はそこから一つ取って」

ノアとベスに言われ。

「さあ」

とノアに答えながら、速水はトレーを取って、ノア、ベス、レオン。それと少し離れてキャシーが着いた長いテーブルに座った。

テーブルは、二十人掛けが三つ。


「キャシーだっけ。よろしく。―頂きます」

言って、とりあえず時間も無いので、速水は手を合わせてから食べ始めた。

サンドイッチ、ジュース、オレンジ。

「無愛想なのね」

キャシーは苦笑した。

「ほら、日本人だし、シャイなのさ。ああ、スポーツドリンク、毎日一本貰えるから貰って来いよ」

レオンが言う。移動時や、ワーク中の休憩時間なら、飲んでも良いらしい。


「レオン」

速水が立ち上がり、口を開いた。

「ん?」

「先に言っとく。もしペナルティになったらゴメン」

速水は正直危ぶんでいた。

日本人である速水は射撃なんてした事無いし、ダンスレッスンに関しては、未知数。

「まあ…、今日は軽い方だし、いや、うーん、…まあ頑張ってくれ…」

レオンは複雑そうな顔をした。


冷蔵庫からドリンクを取って戻る。良く冷えている。


「メニューにもよるんじゃない?ハヤミちょっと見せて」

ノアが脇に置いてあった書類をめくった。

「この、B-10って何だ?」

読んでも分からなかったので速水は尋ねた。

「うわ。お前そっからか…、やばいな」


レオンが言うには、アルファベットはダンスレッスンの種類で、Bはブレイクダンス。頭文字が合っているのは偶然らしい。

射撃はそのまま英語で書かれ、その後ろに1とある。

1から始まって、レオンが今15。そして15が最高ランク。


「得点が700ポイントでクリア。1000ポイントでランクアップ。クリア出来ないと、ペナルティで、一つランクが下がる」

「あ、そろそろ移動しないと」

ノアとベスが、レオンも席を立つ。


「B-10って事は、あなたプロ?」

キャシーが聞いて来た。

速水は少し考えた。

自分が出た大会と言える物は、ジャックと出た物だけだ。

その翌年、つまり今年四月の同大会ソロでの準優勝は、運が味方したか、お情けか。

PVにも出たが、相手はジャックの友人だし、スポーツメーカーとの契約も、次の仕事の打ち合わせも、誘拐されすっぽかしてしまったし…。

…まだプロと言うほどの活動もしていない。彼はそう思った。


「そのうち、なりたいって思う」

「あら。アマなの?」

速水は勘違いを引き起こし、最上階を後にした。


■ ■ ■


「いいか貴様!!銃口は絶対にこちらに向けるなよ!!!」


このトレーナーは、軍服を着て、強盗よろしく、目出し帽を被っている。

「…イエス、サー」

速水は返事をした。殴られた頰が痛い。

自動拳銃の仕組みと、装弾と構えをスパルタで教わり、言われた通りにヘッドセッドをして安全装置をいじったら、変な方向に弾が飛び出し。いきなり殴られた。


「いいか、打つときは、胸を狙え!外れても致命傷が狙える!」

「…イエス、サー」


ダンサーに拳銃が必要なのだろうか。誰に致命傷を与えるのだろう。


そんな疑問を抱きつつ、速水はひたすら標的の紙人形を撃った。

ポイントは胴体が10、頭が5。その他が2。外れるとゼロ。大雑把な初心者用だった。


「時間だ。止め、…708か。ギリギリだが、良いだろう!」

ばきっと意味なく腹を殴られた。


速水は部屋を出た。

「ハア」

カードをしまい、速水は溜息を付く。15は市街戦でもやらされるのかも知れない。

だがアメリカは銃社会だし、これは覚えて損は無いだろう。

次は問題のダンスだった。


そしてその後、ランニング十キロだ。


■ ■ ■


レオンは走っていた。今日のワークはこれで終わりだ。


平常時ならこの程度だが、大会が近づけば、ステージ用のAワークに切り替わる。

「よし、終わりっと」

十キロを走り終え、フィニッシュカウンターの端末にカードをかざす。

画面にクリアと表示され、チョコレートが下から出て来る。

レオンはチョコを取り出した。

「そういえば、ハヤミは?」「あら?」

少し遅れて走り終えたノアが言った。ベスも気が付く。


「…、やばっ」

すっかり忘れていたレオンは青ざめた。

速水の朝のペースを見ていたが、そろそろ始めないと間に合わない。

それに、どこかで落第を貰っていたら…、即ペナルティだ。

ダンスが出来ても、拳銃とか、日本人は使ったことがないだろう。


「あ、来た!」

ノアが言った。

「ごめん!レオン!!」

入って来るなり、速水は謝った。慌ててカードをかざして走り始める。

レオンは帰るどころでは無い。


「どうだったの?」

ベスが聞いた。

「全然駄目だった。なんだよアレ。…点取れない。ジャッジおかしいだろ」

暗い顔で走りつつ速水は言った。

「お前…!!っ」

レオンが、速水が乗ったランニングマシンの手すりを掴む。


「あーあー、グッドラック。じゃ俺達は行こうか」

「頑張ってってね。ハヤミ」

ノアとベスは去って行った。



「はぁっ…、はぁっ…!…はぁっ…」

速水は何とか時間内に走り終え、マシンの上に膝をついた。

汗だくになっている。


根性はあるようだ。

…レオンは、もう今回は仕方が無いと思った。

「カード。そこのカウンターに」

溜息をついて言った。

「あ、っそうだ…ハァ」

速水は何とか立ち上がり、カードを機械にかざす。


「で、ペナルティか」

ペナルティ、と画面に表示された。

「…覚悟は出来た。…悪い。どこでやるんだ?」

速水の表情は硬い。

「四階のペナルティルーム。九時過ぎたら紙袋が呼びに来る」

レオンは言った。


「お前、何点とった?」

「539。コツが掴めなくて…っていうか、何だよ、あの重り…」


指定された部屋は、床はブレイクダンス仕様、壁はコンクリート打ちっ放しの部屋だった。

トレーナーは居ない。

機械のそばには、年季の入ったグローブと帽子が用意されていた。必要だったら使って良いらしい。

速水はとりあえずカードを通し、機械の音声指示に従って、重りと測定器を身に付けた。

両手両足に五キロずつ。

「こんなんで踊れるのかよ…」

若干、ぶつくさ言いながら。


ワーク『B-10』はパワームーブ。

ブレイクダンスの指定された技を、ひたすら繰り返すと言う物だった。


ヘッドスピン系から始まり。

『次、グライド 次、エッグ、レイダー、コークスクリュー』

淡々と機械が告げる。

速水はその通りに踊る。

『次、ハンドグライダー、タートル、UFO、クリケット、ジャックハンマー』

機械に従い、速水は踊った。

『次、ウインドミル、ノーハンド、カフス。NOもう一度。加点発生。カフス減点』

『次、トリプルへイロー、エルボーエアー…』


いくつかの技を続けて踊ると、機械にOK、NOと言われ、もう一度初めからと言われ、よく分からないまま加点、減点、減点、それを繰り返し。

繰り返し―と言っても、それが半端でない。

一時間、二時間、十分休憩、三時間、四時間。十分休憩、五時間、六時間―。


時間が過ぎ、そして。

539――合格基準に達しません。ペナルティが発生します―そう言われたのだった。

そして時刻は八時。ギリギリだった。

呆然としたが、とにかくその部屋を出た。


「あれは、コツがあるんだよ…、言っとけば良かった」

「半分過ぎたあたりで気づいた。しまった…」

いつもの速さで踊ったが、もっと、技自体をしっかり見せるべきだったのだ。


速水は座り込んでドリンクを飲んみながら、後悔していた。

…超スパルタなジャックの指導であれくらい踊り続ける事はあったし、体力は何とか問題無いはずだった。だがジャッジの癖を読むのに手間取った結果、点数が足りなかった…。

次回はミスらないようにしなければ。次があればだが。


一方レオンは舌打ちした。

「運営の奴ら、何考えてるんだ。トレーナーが居なかった?普通、説明があるはずだし、そもそもいきなり10からとか…。こうなったら、あの手だな」

「あの手?」

レオンは内線を取った。


「おい、エリックを出せこの豚野郎!!」

…こういう時に使うのか。


「エリック、今すぐナイフもって来い!二本だ。ハヤミがペナルティ喰らった」

レオンがそう言って、速水は驚いてそちらを見た。

「―ナイフ?」

「ペナルティの奴らを全員倒せば、とりあえず生き残れる」

「…」

何だ、それ。速水は呆れた。


「…コレ、俺たち四人しか使えない手だから。だから皆、この地位を狙ってる」

「はぁ…。お前、ナイフできるのか?俺は無理」

「…まあ、振り回せば何とか。ワークに銃はあるけど、ナイフは無い。それにしても、連中遅いな。チッ…準備に時間かけてやがる」

レオンは忌々しげだ。

速水は、何の準備か聞きたくなかった。…短い人生だった。


「お持ちいたしました」

エリックが天使に見える。明日からはスーツを褒めよう。

「ありがとう…。助かる」

速水はシースに入ったそれを受け取った。

ダンサーになるには、ナイフも練習しなければいけない。…彼はそう思った。


「来た」

足音が聞こえる。

…、軍服紙袋が二人、…と、意外にも、スーツ姿の女性が一人。

彼女は黒髪を後ろで団子にきっちりと纏め、赤い仮面で目を覆っている。白い肌に赤い口紅が目立つ。


「来い」

軍服紙袋に促され速水は立ち上がった。

「ん?」

同じくなレオンは首を傾げていた。


■ ■ ■


「…あいつら、絶対殺す!!」

部屋に戻った速水は、怒っていた。椅子を思い切り蹴飛ばす。

そしてベッドに倒れ込んで何かうめく。


「あ、お帰り」「…大丈夫だった?」

しばらくして、ノアとベスが入って来た。

そして倒れた椅子を見つけ、速水の唸り声を聞く。

「わぁ、荒れてるね」「でも、意外に早かったじゃない。一晩かかると思ったのに」

時刻は、十半時過ぎ。

「お前等、暇だな。寝なくて良いのか」

レオンが表情を和らげて聞いた。

「そろそろ寝ようかって思ったら、帰って来たから」

この二人は、それなりに速水を心配していたのだろう。


「で、どうだった!?何人にヤられた!?」

――と言う訳でも無かったらしい。ノアが速水に聞いた。

「ノア。お前も殺す」

速水は低い声で宣言した。


「それが、ほぼ裸で」

「レオン。言ったら殺す」

速水がレオンを睨んだ。


「―、裸で?」

ノアが首を傾げる。

「良いじゃ無いか。あれくらいなら。ほら、ナッツクラッカーを―」

「…そこまで馬鹿だと、早死にするぞ」

速水はレオンに唸った。


ノアとベスが、顔を見合わせた。

「あれ…?」「踊っただけ?」

「サラが来たんだ。で契約書に罰則規定が付いてるから、今日は代わりに踊れってさ。俺まで危ないかと思って、…生きた心地がしなかったぜ」

レオンが言った。



懲罰室で―、レオンと速水は、十名ほどの軍服紙袋に取り囲まれていた。

これは、多勢に無勢か―。

と、二人が観念しかけたところ。

レオンがサラと言ったスーツの女性が、罰則規定なる物を読み上げた。

『契約書によりますと、サク・ハヤミに対する性的ペナルティは禁止されています』


大ブーイングだった。


『静粛に!平和的な協議の結果、今回のペナルティは―』



速水はその後を思いだし、悪態を付いた。


「―だから、俺は契約書も何も知らない!来たくて来たわけでも無いんだ!あの====!どもめ!!」

感情のままに言って、さらに酷い悪態を吐いた。

「でもやっぱり、ハヤミの推薦者って、凄い上のメンバーなんだね。うらやましいな…」

それを無視してノアが言った。

「そんな力があるって…誰なのかしら?それに契約書、貰えなかったの?普通コピーが貰えるのに」

ベスは不思議そうだ。

「―俺の推薦者は誰だ、契約書見せろ!!ってコイツが怒ったんだけど、教えるのは禁止されています、だとさ」

レオンが肩をすくめた。


「それで、サラが明日、朝、緊急ミィーテイングを開くってさ。ノアの所のトレーナーもいなかったってのは上が来たからとか?ハヤミを攫った事と言い…連中、そろそろヤバイと思ってるんじゃ無いか?」

「あー、確かに。ダイヤ成績悪いからね。切羽詰まってるのかー」


ドアがノックされる。

「エリックです」


「ああ…。ナイフか。レオン」

そう言えばナイフをまだ返していない。速水はレオンからも受け取る。

速水は重たすぎる体で何とか立ち上がろうとした。

しかしその前にエリックが入って来た。

「失礼致します。遅れましたが。こちら着替え、その他必需品です」

エリックは新品らしい着替えなどを段ボール箱に入れて、紙袋を片手に提げて持って来た。そして手早く開封し、クローゼットに収める。

靴、アクセ、シャツ。ベルト、靴下。サイズは速水に合っていそうだ。

そして黒色で大きめのポーチ。


速水がポーチを開けて見ると―その中にはカミソリや櫛。歯ブラシ、爪切りなどの細々とした物が入っていた。

どうやって調べたのか、勝手に部屋に入ったのか…速水が日本で使っていた物、それらの新品だ。

「足りなくなりましたら、こちらのメモに書いて、カフェテリアの投書箱にお入れ下さい」

メモとペンを渡された。日用品は運営がわざわざ買って来てくれるらしい。


ごそごそと、ポーチの中身を確認した速水は眉を潜めた。

「エリック、ちょっと良いか?レオン。先にシャワー浴びてくれ。ノアとベスはちょっと悪いけど…そのまま動くな」

だるそうに起き上がり、エリックと共に部屋の外へ出た。


ノアとベス、そしてレオンは首を傾げたが、何か足りない物があったのだろうと思い、気にしなかった。


「ねえ、レオン、それより―」

で始まるノア達の会話を速水は聞かなかったし、速水とエリックの会話をノア達は聞かなかった。


「ありがとう、エリック…その、本当に助かる」

五分ほど経って、速水が部屋に戻って来た。


「何話してたんだ?」

風呂に入りそびれたらしいレオンが聞く。

「別に。あーもう、死にそう。汗ベタだ。やっぱり先に入っても良いか?」

速水は存外嬉しそうに伸びをし、明日絶対筋肉痛だよ、等と言っている。


「そう言えば、レオン」

速水はふと首を傾げた。


「いかにも薬やってそうな人が居たけど。何処で手に入れたんだ?そう見えただけか?」

「…」

レオンが眉を潜めた。

「速水って、頭悪いね」

ノアがそう言った。


「興味があるなら止めとけ」

レオンが聞いた。

「いや、そうじゃな…」

速水はさすがに、使う気など無い。


「手っ取り早く自殺して貰うために、運営が用意するんだ」

ノアがそう言った。


「…!」

速水は、ノアを見た。


「ベス、ええと、あの人、昔、ジャックに挑んで負けて…。踊れなくなったんだっけ?」

ノアがベスに聞いている。

「ええ。私は覚えてる」

ベスが頷いた。

「ジャックのせい…?」

速水は動揺した。


「…表では世界平和とか言ってるけど、そんなもの、私達には無意味よ。踊れる、踊れない、ここではそれだけが全て」

ベスの声は沈んでいる。


「と言っても、先々代だから、お前の知ってるジャックじゃ無い。彼を負けさせたジャックも、お前のジャックに負けたし。俺はその時いたから、知ってる。詳しく聞くか?」

レオンが、速水に聞いた。


「止めとく」

速水はそう言った。


それを見たノアは、不満そうだ。

「…この際だから言わせてもらうけど。ハヤミは本当にラッキーだったんだ。ペナルティでしかも、無傷で済むなんて。推薦者に感謝しろよ。今回は、レオンが庇ったって事にしておけば良いけど、他のメンバーにばれたら、殺されるよ?マジで。俺だって、代わりにヤりたいくらいムカついてるもん」


あー、面白い話が聞けると思ったのに。慣れると結構気持ち良いよ。


ノアはそう言い、速水に指を向けてベスによしなさいと窘められた。


「こら、ノア止せよ。まあ…と言っても、俺達はかなり優遇されてて、十番…キャシーとでも大違いなんだけどな」

レオンが明るく、またフォローになっていない馬鹿な事を言った。


そしてわざわざ、丁寧に速水に言って聞かせた。


――エースは例外だが、数字が下になるほど待遇は酷くなる。

そして皆、ワークで上のランクを目指すより、低いレベルで700点をキープする。

なぜならペナルティが恐いからだ。


だが惰性でやってると、いきなり落とされる。

ここにいる者は常に、自分の周囲との差を気にして、訓練に挑んでいる。

それだけ順位の入れ替え――降格が恐いのだ。


「まあ、勝負を挑んで、勝てば上に戻れるんだが―、って速水?」

速水はシャワールームに消えていた。


■ ■ ■


翌朝。

朝食前に、最上階でミーティングが開かれた。

速水もレオン達と共に席に着いた。


カフェテリアには、サラの他に、似たような格好の女性や男性が数名いる。

その周囲には、目出し帽、エリックその他のパンスト、紙袋がそろい踏みしている。


速水は昨日の服が洗濯中なので、エリックが持って来た服、キャップ、靴を身に付けていた。

ボトムも、トップも、靴も。キャップもほぼ真っ黒。あえて言うなら、少しだけ見えるタンクトップが赤。こういうテイストが好きだと思われたらしいが、別に速水は白だってグレーだって着る。


一番前のテーブル。左から、ノア、ベス、レオン、速水の順番だ。別にくっついて座っている訳では無い。

速水とレオンの間はひとつ空いている。また、反対側に三つ離れキャシーがいる。

他の者も適当に一つ目と二つ目のテーブルに分かれて座っている。

席は一つのテーブルで二十あるが、後ろを向くと、正面のホワイトボードが見えないからだ。

ホワイトボードは移動式の物が三台。

昨日は一つだけだったが、速水達が先ほどここに来たときには、すでにあと二台が運び込まれていた。


運営達が慌ただしく、三台のホワイトボードに紙を何枚も貼る。

グラフ、スケジュール表、成績表、etc…。


作業が終わり、サラが代表で口を開く。


「一月後、10月21日、『スペード』との交流戦が決まりました。その後、11月10日には『クラブ』、年明け1月10日には『ハート』と対戦します」

皆が、ざわついた。


『スペード』は、今一番成績の良いファミリーだ。

最下位の『ダイヤ』など歯牙に掛けないほど絶対的に強い。

…一体何故?と皆がささやき合う。


サラがバン!!とホワイトボードを叩く。

「世界平和の為に、我々、『ダイヤ』が覇権を握る必要があります。しかし!!」

別の男が言葉を引き継ぐ。

「しかし!!我々は永らく最下位に甘んじてきました―、これではいけない!!」

そしてまた別の女性が。

「よって、本日より、『フェスティバル』まで、特別ワークとなります。繰り返しますが全ては、世界平和の為に!!」


周囲の覆面、エリックその他の世話役、軍服紙袋を含め―、が世界平和の為に!!

と高らかに叫ぶ。


「ハァ…」

速水は呆れた。とんだカルト団体だ。


「サク・ハヤミ!!」


「!!?」


いきなりサラに指をさされ、速水はびくっとした。

まさか、溜息を付いたのがいけなかったのか?


「あなたには、交流戦までに、栄えある我らの『ジャック』として恥ずかしくない成績になって貰わねばなりません。よって本日から別メニュー、一月後、交流戦までに、四つのワークで、最低レベル7をおさめて下さい。―いいですね?」

「な…、」

速水は面食らった。


「世界平和の為に、やると誓って下さい。もし基準に達しない場合は、三段階降格となります」

「ちょ…」

降格の恐ろしさは、昨日聞いたばかりだ。

「―いいですね?」


いいですね、とさらに大合唱される。


「あちゃー…」

どうにも、逆らえない雰囲気だ、とレオンは思った。連中は本気らしい。

それにしても、入ったばかりの速水に…無茶苦茶な事を言う。

それだけ速水の才能を買っているのだろうが…昨日のワークの様子では厳しい。


そもそも、あの程度の話でひるむ子供には、ジャックの代わりなど出来ないだろう―。


「…。分かった。ただし、条件がある」

隣からひどく低い声が聞こえ、レオンは耳を疑った。


それを聞いた運営がざわつく。条件?

「―なんでしょう。ハヤミ」

サラが代表で聞く。


「俺は、俺をここに勝手に連れて来たお前等を許していない。誘拐、監禁の上に強制労働。これは立派な犯罪だ」


低く静かで、物騒な声だった。



「…だから一月後、俺が基準とやらに達したら、お前等が話せないと言った、俺の推薦者?そいつのフルネームを教えろ」


レオンは背筋がぞくりとした。


速水は推薦者を探し出して――殺す気だ。



「…それは禁止されています」

サラが答えた。

「なら、ニックネームでも構わないし、ヒントでもいい。今すぐ協議する気が無いなら、俺は即降格でいい。―どうなんだ?」

速水はあっさりとそう言った。


「おい!ハヤミ!!そんな事言って、本当に降格されたらどうする!?」

レオンが止めようとした。速水の左肩をつかむ。


「どうって?…、」

――微笑んでいる?いや、しのび笑い?


「…俺、ここが好きじゃない。だから居たって仕方無いだろ?」


「はぁ?」

言われ、レオンは思わず声を上げた。こいつ、狂ってる?


レオンの隣で、ベスがガタンと立ち上がった。

「ハヤミ!!何言ってるの?あなたやっぱり頭悪いの!?英語分かってる?降格しても良いなんて、レオンが説明したでしょ!?ジャックでないと、ここからは出られないのよ!!」

レオンを挟んで座る速水に、彼女らしからぬきつい声で言った。


速水はギロリと彼女を見た。

「ベス。俺は初め、さっさと出たいから、出来る限りのことはするつもりだった」

「…だったら!」

「運営に逆らうな?確かにそうだよな。それは分かってる」

苦笑してそう言った。


彼がうつむくと、キャップに表情が隠れる。

そして彼の目だけがどこかをみる。


「けど、ここじゃ自由に踊れない。それじゃ生きてる意味がない。なら薬漬けでも同じだ。――要するに、ここに嫌気が差したんだ」

「「なっ…」」

ベスとレオンは絶句した。


(嫌気が差した!!?いやお前そんなに居たか!?)

そこにいる全員がそう思った。


「ちょ!おい―ハヤミお前、まだ2日目だぞ!?何言ってんだ!せめて一週間は我慢しろよ!」

レオンは思わずそう言った。


正確に言えば、ワークしたのはたった1日。

彼は見た目こそクールだが、言ってることはただの我が儘だ。


「だって飽きたし、隼人がいつか心配するし。ダンスで世界平和とか、馬鹿だろ」

彼は心底めんどくさそうにそう言った。


隼人って誰だ。いつかって、いつだ!!―レオンは天を仰いだ。


「馬鹿はお前だ!ハヤミ―、もっとよく考えろ!いいか考えるってのはな、状況を良く吟味して冷静な判断を―」

レオンはひたすらなだめたが、速水はレオンを無視した。


「で、どうなんだ?」


サラは黙り込んだ。


…ベスの隣でノアがクツクツと笑っている。


「彼はやっぱりジャックだ」

ノアの声がフロアに響いた。


〈おわり〉

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