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第10羽 追徴 ②ダンスパーティ /全員美形

「あれ?」


速水はそちらを見た。


年が明けて四日目。今宵もまたパーティパーティ。

速水はまたうんざりして、何処かの空き部屋にでも避難しようとしていた所だ。


そもそも今日は完全にサボろうと思っていたのだ。

しかしレオンに、『俺だって退屈なんだ!お前、昨日勝手に抜け出して海見に行っただろ、せこいぞ!』などと言われ、彼は渋々参加した。


今日の舞台は金持ちの俳優、アランの邸宅。

日が暮れ、そろそろ終わり掛け。面倒事はレオンに任せ、速水は顔見せ程度で、それにも飽きて、外の空気でも吸うかとレオンを残し玄関に続く、長すぎる廊下へと出て来た。


…速水はサロンに対する興味をすっかり無くしていた。

初めから興味を持ってもいなかったが…。

そろそろホームに帰っても良いんじゃ無いかと思う。


クリスマス。ウルフレッドが追加で衣装を持って来たのには腹が立った。

折角来たのだから、暫く観光すると言い出したときはもっと腹が立った。


今日の正装は、すっかりおなじみの黒タキシードに白いシャツ。

蝶ネクタイでなく、黒い長いネクタイ。まともだ。変な色あわせの物を速水が着ないせいでもあるが。初日に比べやや格式は落としてある…。


そんな速水は、目に留めた人物に声を掛けた。


「ウィル!」


無駄に豪華な廊下の端で…、今到着したばかりらしい。

襟足が長い銀髪。ブルーが入ったダークグレーの正装。

後ろ姿だが、見間違える訳が無い。


「ん?…!!っハヤミか!」

その人物は白い柱の前で振り返り、シャンデリアの下の速水を見て目を見開いた。

年は確か四十三。鋭い紫の目。

かなり整った顔立ち。実際よりかなり若く見える。


「ああ、久しぶり!」

速水は笑って近づいた。本当に久しぶりだ。

「ハヤミ、無事で良かった!お前!心配してたんだぞ?またでかくなったな!」

ウィルと呼ばれた男が破顔する。額に掛かった前髪が揺れた。


「身長はもう打ち止めかな。ウィルは…やっぱり俺の事知ってたのか?」

速水は尋ねた。

噂になっていたらしいとレオンから聞いたし、自分でも少し調べた。

そうしたら、様々な憶測が出て来た。中にはかなり当たっている物もあった。


「ああ。奴らに連れ去られたって、噂で聞いて…しまったって何度思ったか。フランスで引き留めておけば良かったって思った──とにかく、無事で良かった…」

ウィルは涙ぐんで速水の両肩を叩いた。軽くハグする。


「ありがとう。俺は無事だったけど…。ウィルはやっぱりネットワークに詳しいのか?」

速水は無事だったが、ベスは死んでしまった。

それを話しても大丈夫だろうか?


「ああ。俺もジャックも反活動家。どっちかって言うとサロンとは別で、自由にやってる方だ」

ウィルの言葉を聞いて、速水はほっとした。


「やっぱりそうだったんだな。…出る時、仲間が死んだんだ」

速水はウィルに打ち明けた。

「そうか…。奴ら、やっぱり最悪だな」

ウィルが舌打ちした。


「ウィル、行こう。アランと知り合いだったのか?」「ああ」

速水は話題を変える為に長い廊下を歩き出し、ウィルとたわいも無い会話を始める。


その後、年末からホテル泊まりで夜会の連続、退屈だと言ったら、だったら俺の別荘にしばらく来ないか、と言われた。


「別荘?」

「ああ。このすぐ近くにあるし、後でどうだ?ダンスホールもあるし踊れる。今日は一人で来たのか?」


速水は今日はガードマンを付けていない。レオンが運転手として片方連れている。

もう一人は犬の散歩がてら観光だ。ボスに手土産を買う気らしい…。


「いや、仲間と一緒だ。奥の部屋にいる」

仲間というのはもちろんレオンの事。

レオンは役に立たない速水の代わりに頑張ってくれている。


「そうか、じゃあ一緒に連れ泊まればいい。どんな奴か興味あるしな。そいつも踊るんだろ?」

「ああ。レオンは凄い。けどいいのか?あ、アランに挨拶して来いよ。先に行ってる」

丁度アランとルイーズが出て来たので、速水は促した。

「ああ」

ウィルが片手を上げる。速水は笑った。


そして速水はウィルと別れた。



■ ■ ■



「レオン、知り合いがいた」

速水はレオンに言いに行った。

レオンは男二名、女性一名と、テーブルの近くで何やら真剣に情報交換をしていた。


レオンと話していた黒髪青目の、凄い黒付け睫毛の少女は、確かアビー。

長い黒髪をツインテールにして、赤、白、青のトリコロールのミニハット。

彼女はアメリカ出身で歌手。まだ十代後半らしい。


この格好はゴスロリ?しかし微妙にアメリカナイズされている。

黒い短めの広がったスカートに網タイツ、やたら高い靴。


そして左手におそろいの服を着た白いウサギのぬいぐるみを抱いている。


元々身長が高いので、厚底靴を履くとレオン達とギリギリ目線が合う。

アビーの後ろの男性二名は、ベイジルとクリフと言ったか…。ごく普通の黒いタキシード。


この三人はアンダー出身者だと言う。──ダンスでは無く、歌の方だ。

アビーはボーカル&ギター、ベイジルがベース、クリフはドラム。


「…へえ」

知り合いがいた、と言う速水の言葉にレオンは疑わしげだった。


「知り合いって、知り合いかー?」

レオンは机にもたれ、ワインの入ったグラスをかかげ、だるそうに言った。

「?意味がよく分からない」

速水は聞き返した。


レオンはグラスを白いテーブルクロスに置いた。苦笑する。

「お前に知り合いがいたのかって事だよ。ここに来てるなら、歌手か?」


今日のパーティは、この邸宅の主である俳優のアランと、その友人のルイーズが集めたメンバーが主だ。

この頃になるとレオンも速水も、顔見知りが何人かいる。


しかし速水はワルツ以外では無愛想で通していた。あくまで顔見知りだ。


目つきが悪い。怒っている?近寄ったら殴られそう…。


レオンはそれを見て、ああ、こいつはやっぱり友達居なかったんだなと再認識していたのだが…。


「歌手じゃ無い。それで、この後踊らないかって誘われた。レオンも来い。今日一日くらいすっぽかしても、もう良いだろ」

この後も、実はまだ夜会が控えている。


「まあ、そうだが…」

レオンは少し考えた。確かに、頃合いではあるが…。

「せっかくこの街にダンサーが集まってるんだ。踊らないと損だ。俺はホテルも引き払って、向こうに行こうかな」

速水は呟いた。


「──って、おい、ちょっと待て。そんなに親しい知り合いか?誰だ?隼人か!?」

「…お前、馬鹿だろ。何で隼人がいるんだ?」

速水はお決まりの返しに笑った。


周りにいたアビー達が少し驚いている。こいつ今笑ったぞ。と言わんばかりだ。


「あなた笑うのね。ご一緒してもいい?」

アビーはいきなりそう言った。

「アビー、いきなり失礼だ」

ベイジルが理性的な、無機質な声で止めた。

「あら笑うってことは、恐い人じゃ無いんでしょう?」

アビーは一つずれた美しい声で言った。


レオンは速水を見た。

レオンの今日の目的は、アビー達に会ってほぼ終わった。

どこのダンスコミュニティと手を組むか考えていたが、この家では歌手コミュニティとの繋がりしか取れなさそうだ。それでもそこそこ十分な収穫ではある…。


「別にこれから抜けても良いが、紹介しろ。と言うか泊まりはどうなんだ?お前またすっぽかしするつもりか?」

レオンは言った。速水はこのまま放っておいたら、残りの日程を確実にばっくれる。

「どうって。近くに別荘があるらしいから、レオンもそこから行けばいいって」


「別荘?ここらの金持ちか」

「…ああ。ここらの金持ちだ」

と、声がしてレオンが振り返ると。そこには男がいた。


「──まあ、ヒルトン!?」

アビーが驚いた。


「君は?」

姓を呼ばれ、男がアビーを見た。

「私、歌手のアビゲイルです。ミスターヒルトン、あなたの曲にお歌をつけましょうか?」

「アビー、失礼だ」「あら、そうかしら。クリフ?」「失礼だよ」「あらそうかしら」

アビー達は延々と繰り返し始めた。


「って、まさか、W・Jヒルトン!?──あ!そうか、お前」

レオンが驚いて、速水を見て納得した。

そう言えば知り合いのPVに出たと言っていた。名前も聞いた。

W・J・ヒルトン。彼はEDM系の曲を手がける超有名なクラブのDJだ。


「ああ。前、…ヒルトンのブレイクビーツのPVに出た。ウィル、そう言えばあれってもう発売したのか?」

速水はウィルに尋ねた。

「ん?ああ、出てる。もう一年以上前だが。何なら見るか?」

「ならいい。今更見てもな」

速水は言った。

スクール、アンダーを経て自分のダンスはかなり変わったと思う。

あの時のダンスが悪かったと言う訳でも無いが、今はまだ見る気になれない…。


「それでレオンどうする?」

「じゃあ、皆で行きましょう」

レオンの代わりにアビーが答えた。

「アビー」

ベイジルが窘めた。


「いいかしら。笑うジャック?」

言われた速水は驚いた。スマイルジャックって。


「…、オーケー」

咄嗟に気の利いた言葉も浮かばないので、速水はそう答えた。


■ ■ ■


「俺は良いとして、レオンと、皆は今夜どうする?ウィルは大丈夫か?」

そのままアビーが移動しはじめたので、車寄せで話し合う。


「俺の家は広いから、お前等全員泊まっても平気だぜ」

ウィルは苦笑した。


「じゃあ、迷惑でなきゃ俺も泊らせてもらうかな…。悪いな」

レオンはそう言った。速水がばっくれないか見張る気だろう。

「ああ。是非来てくれ。歓迎する!君達もどうだ?ジャックの知り合いだろ」

ウィルはアビー達を見て言った。


「ええ。ミスターヒルトン。私達も折角だし泊まりたいわ。クラブDJ、W・Jヒルトンの『ダンスパーティ』を心ゆくまで楽しみたいの。いいかしら?」

アビーはウィルに聞いた。

「ああ。もちろん良いぜ」

ウィルは答えた。


「ありがとう。ベイジル?」

アビーが目線と共にベイジルに確認する。

「仕方無い」

ベイジルが言った。

「珍しいスマイルジャックが居るしな」

クリフは少し苦笑気味だ。速水を見て何か言いたげに肩をすくめた。

要するに彼は先程自己紹介で速水に握手を求め、完璧に無視されたのだ。


「…」

「キレるなよ」

スマイルジャックと言われ黙った速水に、レオンが言った。

「キレないって。別に良い。クリフだっけ。さっきは無視して悪かった。反省してる」

「あれ?」

クリフは拍子抜けしたようだ。

速水から普通の表情でごく自然に手を差し出され、クリフは何となく握手をする。


…速水は、どうせ縁も無いだろうと適当に接してしまった事を反省していた。

人生何があるか分からない。

速水は友人を増やそうとしていた事を久しぶりに思い出した。

だが隼人と、圭二郎だけじゃ足りないのだろうか?


「お前、ちょっと丸くなったか?」

レオンそう言った時、今日は濃いグリーンのドレス着たルイーズがこちらに来た。


後ろに二名、ラフなスーツ姿の若者が居る。

この二人は確か初日にトランプで速水達に席を譲った…。


「キースとイアンも連れて行って。二人もダンサーなの。ねえウィル、良かったら私も後で行って良い?」

ルイーズが紹介をする。そして彼女も行く気らしい。


キースは黒人で、ドレッド状の黒髪を短く刈り込んだ青年。二十代半ば?

イアンは浅黒い肌に真ん中分けの、短い黒髪──彼はどう見てもアラブ・中東系。

格好は二人とも正装。

窮屈そうなキースと違って、イアンは育ちが良さそうだ。いかにも着慣れた、金持ち特有の雰囲気がある。

イアンの年はおそらく速水と同じくらいか少し下。…確かトランプでは若い彼が負けていた。

イアンはなぜか速水の方を睨むような感じだ。


「どんどん増えるな」

レオンが言った。

「ゴメンね、キング。ウィル、後でアランは直接行くって」

「いいさ。もうまとめてみんな来い!」

ウィルが快活に笑って言った。


「おい、今日泊まりなら、荷物はどうする?取りに帰るか?」

レオンが聞く。

一日くらいなら借りれば良いが、速水はしばらくウィルの別荘にいるつもりに違いない。

「いや。犬に持って来て貰えば良い。ここからならすぐだし──。ホテルは別にそのままでも…」


「まあ!犬を飼ってるの?犬種は?」

「えっ」

アビーに言われ、速水は硬直した。


そうして各々、車で着いた別荘は、海のすぐ近くだった。

速水はアビーと一緒に車に乗った。むしろアビーが勝手に乗って来た。


「ドックってその人の名前なの?」

「…まあ、そう言う」

精一杯濁したが…車から降りた速水は久しぶりに罪悪感を感じていた。



■ ■ ■



「凄いな…!」

速水は驚いた。その別荘はかなりの豪邸だった。

サンフランシスコ湾を望む三階建て。広さで言えばアランの家の方が若干広いが…。


一階のフロアには大勢の人がいて、まるでダンスクラブだ。

音響が整い、音楽が流れ、皆が好きに踊っている。

DJはもちろんウィル。


相変わらずの金持ちだって言うのは良く分かった。


「踊るか?」

レオンが笑った。


「…、踊って来いよ、俺はここで見てる」

速水は言って、壁にもたれる。

「お前、やっぱり具合悪いのか?」

「いいや。大丈夫だけど、こういう風に大勢で踊るの、実は苦手なんだ」

速水は苦笑した。


そのうちにレオンは誘われ、皆の輪の中に消えていく──。


「笑ってないジャック。一緒に、お外に出ましょう。もっとお話がしたいわ」

アビーが話しかけて来た。

速水は苦笑した。

「…じゃあ、誰か連れて行こう。あ、クリフ」

速水は丁度近くにいたクリフを連れ、三人でフロアの外に出た。



ライトアップされた庭には、当然のように酒を運ぶ給仕がいて、長いテーブルがあり、白いテーブルクロスの上に軽食が並んでいる。

ここも賑わっていて、ダンスに疲れた各々が自由に軽食を取ったり、酒を飲んだりしている。

庭の片隅にはステージが、簡易的な、おそらくいつでも出しっぱなしの──があり、舞台の隅で、派手な服装の女性DJが音楽を奏でている。

ステージ上には何人か踊っている人達がいる。どうやら誰でも上がって良いようだ。

今またステージ中央の、三段ほどのステップから数名の男女が舞台に上がっていった。


ステージには背景があって、ストリートっぽい派手な絵が書かれている。

その向こうには暗い海が青く見える。これは舞台を照らすライトのおかげだ。

観客席はそれほど多くなく、横二列。縦は三、三で六列。三列目と四列目の間に若干のスペースがある。皆、ドリンク片手にダンスを見たり、あまり見ずに談笑したりしている。


「クリフ。それにしても、広いお家ね」

白い軒下でアビーが言った。丁度、白いベンチがある。

彼女はそのベンチの上にまずウサギを置き、その隣に腰を下ろした。


「ホントそうだな。プールが普通にある。俺の家にもあったけど、荒れてた」

壁を背に、プールを眺めクリフが答える。クリフは美青年だ。

髪は速水と同じくらいの長さで、髪質は柔らかく、薄茶に近い金髪。

細身で、身長は速水より少しだけ高い。

彼は幾つくらいだろうか?


「スマイルジャック、君は幾つ?」

速水がそう思って見ていると、クリフに年を聞かれた。

「十九になった」

速水は答えた。

「あ、同い年か。…へえ」

「クリフ。私、彼とお話ししたいんだけど…」

アビーが言った。

「ああ。ゴメンゴメン」


「アビー、何か話があるのか?」

速水は尋ねた。

「ええ。私達のジャックを思い出していたの。…私達は一昨年こちらに戻って来たんだけど…良かったら、力を貸してくれないかしら?」

アビーはいきなり流暢に言った。


普通に話され速水は面食らった。

アビー、彼女は車中でも個性的な話し方をしていた。


彼女の外れた話し方は、演技だったのだろうか?


「キング…レオンにはもう言った。俺たちと手を組まないかってな」

クリフが補足した。

アビーが隣のウサギをなでる。

「…仲間を集めて、知名度を上げる。それがエンペラーに会う近道なの。キングはあなたをだしにして返事を保留にしたから、私、あなたと直接話したかったの」


クリフが壁から離れ、速水に向き合う。

「面倒だけど、エンペラーは正体が分からない。正直に言うと、俺達はマフィアの『キング』と違って、サロンにほとんどツテが無いんだ。キングはエンペラーの正体は謎だって言ってたけど」


「…代わりに、歌手のコミュニティとつなぎは取れるわ」

アビーが引き継ぎ言った。


「キングは君次第って言ってた。我が儘だから何て言うか分からないって。一応、先代ジャックの仇なんだろ?…あっと、悪い、キングから聞いた。と言うか、君が地下にいる間に、噂になってたんだ。二代目ジャックが姿を消して、今は地下に居る──、姿を消した理由、それはジャックを殺した仇を探すためだ、ってね。実際に君の契約はそれだったんだろ?」

クリフが言った。レオンが話したらしい。

「ああ…、でも…?」


契約…?


速水は、はっとした。


「?どうしたの、スマイルジャック」

アビーが首を傾げた。


「そうか!それが引っかかってたんだ!!」

速水は言った。


結局、ジャックを殺した犯人は、誰だったんだ?

速水はその情報を受け取っていない。

だから何かが続いている、ずっとそんないやな感じがしていたのだ。


契約。ネットワークはやたらとそれにこだわっていた。

レオンに聞いたが、絵札の内一人が死ぬと言う事は、レオンがスクールに入った当初から契約で決まっていたらしい。レオンがアンダーに移ったとき、別室で同じ契約の引き継ぎを確認されたと言っていた。

スクール、アンダーと長い契約は続いていた?


契約はベスの死によって履行された。

レオンは当初の契約通り、兄の消息を知らされた。ノアは父親の正体。ベスは…分からないが…彼女も含めた三人は同じ内容の契約を共有していた。


だが、速水ははじめからそこに入っていなかった。

だから別室に隔離されたのだ。

…そんな事、レオン達が口止めされていた時点で気が付くべきだった!


その時聞いた、外に出た後は、『ひとまず関与しない』と言うジョーカーの言葉。

外へ出て知った、サロンイコール、裏ネットワークの存在。

…つまり外もネットワークの力の範囲内と言う事だ。


まだ何かが起きようとしている?

ウルフレッドは飼い犬では無いし、エリックは心配だ。

つまりどちらも怪しい。


だが──まさか、そんなにしつこいってあるのか…!?



速水はエリックの言葉を思い出す。

『…計画については、継続中なので…お話出来ないんです』

そうだ、彼は精一杯、何かを伝えようとしていた…!


「くそ。エリックに会わないと。サラはどこに居る!?アビー、クリフ、悪い、返事は保留で!」

速水はその場を立ち去った。


廊下を駆け出す。

さっぱり働いてなかった思考が動き始める。


…ノアがジョーカーの息子なら、多少なりとも特別待遇だったはず。

レオンがキングで俺がジャックなら、俺たちは集められた?──ノアの為に?


下手したら、ウルフレッドもノアのため?サラも、エリックも?


早くノアを探さなければ…。ノアはこちらの切り札だった。

ジョーカーになり得る絵札、いや、次の…特別なジョーカー…!


「くそ…」

速水は自分の情けなさに歯がみする思いだった。



俺はベスの死を悼みすぎてた。馬鹿だ──嫌な事は、もう繰り返したくない!!



誰かが死ぬのは、もう嫌だ!!


速水はホールの扉を押し開けた。



「レオン!!」

丁度その時、曲のつなぎ目だった。

その声はフロアに良く響いた。


「何だ?」「誰」「…ジャックだ!」「うそ」

「レオン何処だ!?」

速水は人の間を縫って、レオンを呼んだ。


「どうした?」

「レオン、帰るぞ!」

速水はレオンを見つけ彼の手を引いた。

「何だ?何かあったのか?」


「何も分からない!けど、とりあえず帰る!」

「な、おい?何言ってる?」

速水はレオンを引きずるようにして、ダンスホールを後にした。


■ ■ ■


「おい、いきなり何だ?非常識だぞ!」

レオンは速水の隣を歩いていた。

速水は手を放し、先を行く。


―。

丁度その時、庭からウルフレッドの声が聞こえ、速水は姿を探した。

「ご主人様は何処かしら。あら、美味しそう。まあ!何て素敵なご趣味のお嬢さん!」

そして速水は庭にいる彼を見つけた。


「ウフルレッド!!帰るぞ!車持って来い!!!」

速水は良く通る声で、率直な号令をかけた。その声は庭に響き渡った。


「!!!!!サー!イエス、サー!!仰せのままに!」

ウルフレッドは一瞬硬直し、はじかれたように走り出した。

「馬鹿!!ハヤミ!!やばいぞ!」

隣でレオンが慌てて叫んだ。


「―しまった!!待て!!」

速水も大声で叫んだ。

キャイン!と言う声がして壁を越えようとしていたウルフレッドは立ち止まった。と言うか顔面からぶつかった。


「車は良いから、そのまま待て!!!動くな!」

「サーイエス!サー!!仰せのままに!」

ウルフレッドは直立不動の敬礼した。もちろん植え込みの中だ。


「ぐっ!?」

衝撃を感じ、速水は右頰を押さえた。

ものすごい音がした。速水が椅子をはじき倒れた音だ。

「ハヤミ!お前学習しろ!アイツ、マジで持ってくるぞ!それか突っ込んでくる!あとお前、ちょっと落ち着け!」

レオンは速水に怒鳴った。

「あ。……、…悪い」

レオンに全力で殴られ、彼はようやく冷静に──。


速水が周囲を見ると、皆が色々な物を落としていた。



■ ■ ■



大失態を演じた速水は、ひたすら落ち込んでいた。


「お前は変わってないな。安心したぜ!」

豪邸の二階の一室で、ウィルは大笑いしつつ速水の頭をなで回していた。


あの後。

『ザッドッーグ!!!!もしかして、あれがあなたの飼い犬かしら!?』

と言う調子外れなアビーの声が庭に響き渡ってしまったのだ。

アビーはさすが本職歌手。速水など及ばない素晴らしい声量だった。


その後、ウルフレッドを回収した時の周囲の速水を見る目と来たら。

速水はあれほどいたたまれなかったことは無い。ヒソヒソと噂もされた。


…速水の乱入の後、ダンスパーティはあまり盛り上がらず、終わり掛けだったので結局そのままお開きになってしまった。

彼はダンサーでありながら、ダンスパーティに水を差すと言うありえない所行をしてしまったのだ。落ち込みもする。


「はぁ…」

速水はテーブルに突っ伏した。


…皆にどう謝れば良いのだろう…。

と言うか、大半がもう会う事も無い人々だ。

それはそれで余計にキツイ。変な噂になったらどうしよう。

死んだジャックに顔向け出来ない…。


速水は頭を抱えた。ウィルがまだバシバシ叩いてくる。

「…叩くなよ。ウィル…悪かった…」

速水はウィルの手をうっとうしそうに払った後、ちゃんと謝った。


「いいさ。日本じゃ、ジャックと色々、笑わせてくれたよな!あの大会の時とか、ダッグのネーミングセンスとか…くっ。ぶはははっ」

まだ彼は笑っている。

それを速水は無視した。ウィルは見た目は格好良いが、昔からこういう奴だ。


部屋の入り口に目をやる。

アビーがウルフレッドの手当をしていて、ちょうど終わった所だ。


「…犬。レスト。今日はもう休んで良い。庭には出るな」

けだるげに言って、速水はウルフレッドを休ませた。

「はい!ご主人様!!」

レスト。この号令でウルフレッドはややまともになる。

彼は部屋を出て行った。アビーは名残惜しそうに見ていた。


「何だ、ハヤミ。ウィルとは結構前からの知り合いか?ほら、これで少し冷やせ。悪いな。つい殴っちまった」

レオンがタオルと氷を渡して言った。

「ああ。十五くらいから。あの頃、ウィルもジャックと一緒に日本にいたんだ」

速水は左頰の真ん中に当てた。幸い、大した腫れでは無い。

骨に当たらなくて良かった。


「へえ、そうか。それで何だってあんな焦ってたんだ?」

「後で話す…」

速水は部屋にいるメンバーを見て言った。

サラの行方はおそらく結論の出ない込み入った話だし、ノアのことはとりあえず伏せておこう。


遅れて来たアランとルイーズは苦笑しながら二人仲良く帰って行ったので…今ここに居るのは泊まる者だけだ。速水とレオン。そしてアビー達と、ダンサーのキースとイアン。


ワインを軽く飲んでいたベイジルが、壁の時計を見て、ソファーから立ち上がる。

「…アビー、そろそろ俺たちは休もう」

アビーに声をかけた。

「ベイジル、まだ眠くないわ」

「また明日もある。アビー、眠いだろ。今日は休もう」「クリフ…まだ眠くないわ…眠いかしら?」

クリフにも言われアビーは眠い気がしてきたらしい。

「足りない物があったらルーク達に言えばいい」

ウィルが言った。ルークと言うのは彼のマネージャーだ。

「はい。ありがとうございます」

「じゃあお休みなさいスマイルジャック」


「ベイジル、私あの犬が欲しいわ」「アビー、それは失礼だ」「そうかしら―」「―」

そしてアビー達はまたくるくる話しながら去って行った。


「…じゃあ。俺たちも休むか。ジャック、明日ダンスしようぜ」

キースが声をかけて無言のイアンと出て行く。


「さて、俺たちも休むか」

レオンが言った。速水も立ち上がろうとした。

「あ、そうだハヤミ。お前にちょっと話があるんだ」

ウィルが速水を引き留めた。

「今からか?」

速水は首を傾げた。


「ああ。悪いなミスター、次の仕事の話だから、先に休んでてくれ」

「ん?ああ分かった」

レオンは部屋を出た。


■ ■ ■


翌朝、レオンが起き、三階の客室から窓の外を見ると、速水が野外ステージで踊っていた。

「ん?」

遠目で見てレオンは首を傾げた。どう見てもブレイクでは無い。


リズミカルな足裁き、足を引きずり、流れ、止まるような動きが入る。

ヒップホップダンスだ。


ステージの上で振りを考えながら踊っている様子だ。

イヤホンで音楽を聴いているらしい。


「ああ。おはようレオンさん」

一階に降り、ガラス扉を押して開けると、軒下にいたクリフが声を掛けてきた。

どうやら遠巻きに見学していたらしい。


「俺が起きた時にはもう踊ってたよ。多分邪魔しちゃ悪いと思って。向こうに行こうか?」

クリフは言った。

「そうだな」

レオンとクリフは庭を少し歩き、ステージの側に来た。

観客席に座る。この野外ステージと席は普段もこのままらしい。


「ジャックって、確かB-BOYじゃ?」

クリフが聞いた。

「ああ。が、色々かじってるからな…。君はダンスはするか?」

「あー…俺はいまいち。ベイジルとアビーはそこそこ上手い。あなたは?」

「俺はクランプ専門。ブレイクも他のもやるが…クランプって知ってるか?」

「ええと…聞いた事くらいしか…また後で見せて下さい」

「まあ、見てもよく分からんと思うが、それで良ければ…。そろそろ朝飯か?」

「そうですね…」


レオンとクリフが話している間に、ウィルが起きだしてきた。

ウィルはなにやら慌てている様子で、こちらへ来た。


「──げっ!」

ウィルは踊る速水を見てそう言った。

「何だ?」

レオンはウィルを見た。

「またやってる。おい!ハヤミ!昨日寝たか!」

ウィルは舞台に上がって、速水の腕を引っ張って止めた。

「ジャック!邪魔するなよ!」

振り返った速水は、イヤホンを取って怒った。

「ジャックじゃ無い!」

「え?…あ。ウィルか。ゴメン。寝られなくて。ヒップホップ久しぶりだから、ちょっと軽く」

「…しまったな。大分まともになってたから、忘れてたぜ。お前相変わらずなんだな…」

ウィルが頭を押さえた。


「悪い。ちょうどここにステージがあったから」

速水はダンサーの鏡のような事を言って苦笑した。


「…全く、ダンサーのお手本だなお前は。飯食えよ」

そのやり取りを見ていたレオンは呆れて言った。だが、ようやく調子を取り戻して来たのかと、ホッとした。

そうだ、これが速水だ。馬鹿みたいにダンスが好きで。

馬鹿みたいなダンス馬鹿で。


馬鹿みたいに、悲しそうに踊る…。


「行くぞ」

レオンは先に歩き出した。

ああ、と聞こえ、速水は舞台からストンと降りて歩き出した。

ウィルとクリフ、実は舞台の側にいたウルフレッドも適当に続いた。


…他の皆も起き出したようだ。

アビーとベイジル、イアンが室内からこちらをのぞいている。


「ヒップホップか。…お前やっぱり振り付けは得意そうだな。振りを決めた方が踊りやすいのか?」

レオンは少し後ろに目をやり聞いた。

「ああ。実は即興とか、バトルとか苦手で…」

「苦手であんなに踊るなよ。全くムカツク」

レオンは言って速水の背中を叩いた。そして笑い合う。


「レオンさんは見る目があるな。俺もそう思って、今度の仕事をオファーしたんだ」

ウィルが言った。

「じゃあウィル、俺は汗流してくる。朝食、その後でも良いか?」

速水は去って行った。まさしくいつも通り。これだ、とレオンは思った。

「ああ」

ウィルが返事をした。

「仕事―?」

レオンはウィルを見た。昨日言っていた物か。


「丁度いい、皆にも聞いてもらいたい。俺の新曲をな!」



■ ■ ■



速水が戻ってきて、やたら豪華な朝食が終わった。


そして取り出されたのはデモテープ。といってもCDだ。

二階のウィルの私室で、無駄にでかい音響システムに入れる。


新曲に全員が聴き入る。


…速水は昨日もここでじっくり聞いた。

夜は騒音なのでヘッドフォンを付けた。

その後、久々に踊りたくなって、外に出た。

カモメが鳴いていた…。


レオン、アビー、ベイジル、クリフ、キース、イアン。

ウルフレッドは部屋の外だ。

「へえ、格好良い曲だな!」

皆が言う。


「…相変わらず、イタい曲だな…ふあ」

速水は眠そうに目を擦った。


「お前徹夜したんだっけな」

レオンが言った。

「ああ。…色々考えてて」

速水はそう答えた。


「少し寝たらどうだ?っと、キース達はもう帰るか?」

レオンはキースに聞いた。

「いや、じゃあ俺たちも夕方まで居るかな。レオンさん。今からホールで少し踊ろう」

キースがレオンに言った。

「ああ」

レオンは答えた。


「俺たちは少し見たら帰るかな」「ああ。今回はこのくらいで…」

クリフとベイジルは帰るつもりらしい。

「いいえ、夜まで居ましょう。私あの犬と仲良くなりたいわ。ジャック、彼に餌をあげても良い?」

アビーが言った。ウルフレッドは庭にいる。


速水は少し考えた。


「ああ、仲良くしてやってくれ。俺は少し寝て、適当に起きてくる」

微笑んで客室へ上がった。



■ ■ ■



三階の客室へ入った速水は、飛び込んで来た景観の良さに目を細めた。

この別荘からは空も海も本当によく見える。


角部屋で三方が窓。…海がパノラマに見える、ホテルのような寝室だ。

ゴールデンゲートブリッジも、天気が良いので右側、やや遠くに見える。


白い木の床。オフホワイトのベッド、黄色のシーツ、ベッドの周りには絨毯。

その脇にベッドと同色のソファー&テーブル。白い扉のクローゼット…。

窓の脇には明るいブラウンの、書き物用机に椅子。天井には大きな照明。


速水はセミダブルのベッドに横になる前に、窓際の書き物用の机に座ってノートパソコンを開いた。

エリックにどう打つか考えて、結局、寿にメールした。


時差もあるし電話は夜だな。

それまでにどう切り出すか考えよう…。その前に寝よう…。


速水が起きたのは午後二時を回った頃だった。

セットしたタイマー通りに目が覚めた。


リビングに降りる。


今速水が降りてきたのは部屋の端にある踏み板の白い階段で、金属の棒で出来た手すりはやはり白。

正面は全面ガラスになっていて、庭が見える。

右手の白いソファーの方を見ると、ウィルが居た。どうやら仕事をしているらしい。

ウィルはカウンターキッチンを背に座っている。


「やっと起きたかハヤミ。皆は踊ってる。歌ってもいたな。こっちに座れ」

ウイルが速水に声を掛けた。


使用人兼マネージャーのルークは速水を見て席を外してしまった。

キッチンの奥へ行き、食事に火を入れ始めた。目が合った速水は笑って会釈した。もちろん彼とも顔見知りだ。


広いリビングの中央には、天板の白いテーブルが二つ横に並んでいる。

席は片側に六つずつ。つまり十二人が一度に座る事が出来る。

今朝はこのテーブルで食事を取った。


「…今度は全米ツアーか?」

速水はウィルの向かいに座り、彼が押さえるつもりの会場を見て言った。

食事中に汚したらいけないので、目の前の書類を崩さないようにそっとよける。


速水の右手側には開けっ放しの分厚い両開き扉があり、廊下。

その向こうはダンスホールになっている。

レオン達はそちらにいるらしいが…今は扉が開いていても音楽は聞こえない。


カモメや色々な鳥の声が聞こえる。

ロスと違って、ここでは海猫は鳴かない。


冬だがやはり寒くは感じない。空調は少し効いているのだろうか?

季候おだやかなサンフランシスコの、おだやかな昼下がりだ。


速水は見るとも無しに書類を眺める。

「これも退けるぞ」

「―ああ。と言ってもこれは来年の予定だ。今年のは半年くらい先で、夏から四カ所か。ブラジルにも行く。見たいならチケット送るぜ。ん?そうだいっそゲストで出るか」

「ゲストって…。俺がDJのライブに出てどうするんだよ…誰も喜ばないだろ。観客でいい」

速水は苦笑した。

「お前分かって無いな。今度の仕事でお前はスターになるんだぞ」

ウィルが呆れた。

「だからって…。一応、反ネットワーク活動家だし…大会も、ジャックはWBKの方は出るなって言った。多分ネットワークが締めてたんだ。ウィルは大丈夫なのか?」


速水は資料をパラパラとめくる。大きい会場ばかりだ。


「まあ、俺は。…だが歌にせよ、ダンスにせよ、DJにせよ。駆け出しのアーティストはかなりキツイらしい。俺も長くやって。ようやくここまで来たんだ。初めは会場一つ取るのにも苦労したな…。全部奴らが先に押さえてるんだ。けど要は実力。本物ならネットから抜け出せる」


ウィルは上手いことを言った気らしい。得意そうにした。


「どうぞ」「ありがとう」

ルークが簡単な食事を運んで来た。と言ってもスープも付き、さらにちょっとしたステーキ。付け合わせ、サラダ、ライス。それなりに豪勢だ。箸があるのはやはりありがたい。

「面倒な感じだな」

速水は他人事のように言った。箸があるのでまず手を合わせ、箸を取り。食べ始める。

「お前、他人事じゃないぞ?これからも踊るんだろ。それとも、このまま地下で反ネットワークの旗印を目指すか?」

ウィルは速水を見て言う。


「ウィルはいちいち大げさだな。トレードマークって」

速水は苦笑した。そして少し手を止めた。


「そう言う派手な役割とか、俺には向いてない…」

溜息をついた。

「そんな事は無いぜ。お前、ホントに昔から、どうしてそんな自信ないんだ?そりゃ死にたいくらい大変なのは知ってる──。けどお前以外にだれがいるって言うんだ。キングもダンスは凄いらしいが、クランプはマイナーすぎる。彼に活動を任せて、お前は知名度。それが良いと思う」

ウィルはさらに続ける。

「二代目ジャック。お前、その名前の意味分かってるか?お前はジャックの志を継ぐんだ。──『世界は、自由だって、ダンスで伝える』ジョンはその為に頑張ってたんだ。そりゃ、お前と組むって聞いた時は気が触れたのかと思ったが…。あいつは正しかったんだ。くそ…どうして死にやがった…」


「…ウィル…」

速水はくやしそうにするウィルを見た。ウィルは拳を固く握りしめていた。


「お前は俺が踊ったら、嬉しいか?」

速水は尋ねた。

「え?…ああ、もちろん!!お前のダンスは──」「俺は」

ウィルはその先を言おうとしたが、速水の言葉がかぶった。


「俺はジャックにはなれないって思ってた。ジョンの代わりなんて出来ないって。今でもそう思う『JACK+』は…ジャックのおまけ。俺が適当に考えた名前で…今もその通りだ」


いつになく、速水は真剣な様子だった。

ウィルは無言で先をうながした。


「ウィル…俺は、ずっと迷ってた」

「ああ。旗印として立つって事か?」


「あ、いや―、俺は二代目『ジャック』になろうと思う」

速水は言い切った。


「―は?」

「皆、気が早すぎ。俺、別にジャックになるなんて言った覚えないし。旗印だってもっと他にいいやつが居るし──ああ、ウィルはノアって知らないよな。地下の仲間だったんだけど、そいつが凄い奴で、綺麗な、超格好いいダンスするんだ!俺はあんな風に踊りたいっていつも思ってたから、ウィルのアイコンも──?」

速水の語尾が上がった。


「…ハ・ヤ・ミ?」

涼しい気がして、速水が右横を見ると、レオンが青筋を立てていた。

他の皆は目を丸くしている。


「正座しろぉ!!!!!」

「!」

速水は慌ててソファーから降りて正座した。逆らったら不味い気がする。


「お前この後に及んでどうもやる気なさげだと思ったら──!!この馬鹿タレ!!今更それか!!?」


馬鹿かおまえ馬鹿なのか!!?


そしてレオンはひたすら速水をどつきながら説教を続けた。

スクール時代に始まり、アンダー、外に出てから。日頃の恨み辛み。

ついでにちょっとの感謝。イヤ違うむしろ俺にもっと感謝しろ―!!

「ぶわっくはは!!」

ウィルが吹き出し笑い転げている。


小一時間ほど後、速水はレオンに土下座した。


「…すみませんでした。俺、これから頑張ります…」

ぐうの音も出ない。

…レオン様のおかげで、今まで速水は無事にやってこられたのだ。


「ほら、ちゃんと二代目って宣言しろ。ここにいる皆に挨拶しろ!!気まぐれで撤回すんなよ!!」

レオンは念を押させる気らしい。速水の肩を蹴飛ばした。


「皆さんもよろしくお願いします…俺が二代目ジャックです…」

皆にも挨拶した。


『アビーが絶句したの初めて見た』

後にクリフはそう言った。


■ ■ ■


もちろんその後にクリフは笑い転げ、キースもアビーも笑った。

ベイジルまで苦笑していた。唯一、イアンは思考が追いついていない様子で呆然としていた。


そして今。場所をテーブルに移し、速水がアビーの提案で新しいサインを考えている。

レオンはその端で溜息をついた。

「そうだよ…。コイツ、サインに『サク・ハヤミ』って…」

レオンの向かいではイアンがなぜかどっぷり落ち込んでいる。


そう言えば速水は、サロンでファンらしい女性達にサインを求められた時、名前をローマ字でそのまま書いていた。

その女性達は喜んではいたが、多少あっけにとられていた。

それでも営業スマイルで、…対応だけは華麗だった。

そこでレオンは気が付くべきだった。

だがレオンも流れて来た女性達のサイン攻撃に遭っていて、それどころでは無かったのだ。


速水はサインペンを握って、途方に暮れている。

「サインとか…どうすれば良いんだ…」

ウィルにどっさり貰った色紙の余り、その下書き練習用の適当な紙も白紙のままだ。

「JACK2って大きく書いて、トレードマーク、そうね、ウサギとか書けば良いわ!」

アビーは言った。

「ウサギはアビーのだろう。失礼…っ」

ベイジルが苦笑している。彼的には爆笑らしい。

「他に何か無いのか?好きなものとか。字下手クソだしJACKだとサインが短いからな…」

クリフが聞いた。


「歌は好きだけど。音符描くか?」

速水は言った。

「何言ってんだ。おまえダンサーだろ」

キースが呆れて言った。

「あ!スマイル―、ジャックベアってあったじゃない」

アビーが言った。

『スマイルジャックベア』は先代ジャックのマスコットだ。

「ああ…」

速水は思いだした。そう言えばそんなのあったな…。

悪魔の羽が生えた、フォーク?を持ったクマ。舌を出して牙を剥いた人相の悪い…。


「けど、ジャック、君は絵心ある?無いなら悲惨だし止めとけよ」

クリフが言った。

「少しは。ラテアート用に練習した。えっと確か…」

速水はサラサラと色紙に描いた。羽を大きめに描けば、バランス取れるだろう。

その中にJACK2ndと入れて、端っこに名前?


「おっ、上手いな」

キースが言った。

「…うーん…、今ひとつだな」

速水は無駄に凝り出した。紙に練習する。

しかしなぜか描く度に熊の相が凶悪になっていく。

「もうこれで決まりだ。全く」

レオンは適当に一枚取り、ほら、コレと同じの人数分描け。日付も入れろ。

で、ここに居る皆様にお配りしろ。そう言った。


「分かった…」

速水はせっせと色紙に描き出した。

ふとペンを止め。


「レオンって、やっぱり頼りになるな」

なんて事をほざいたので、もちろんレオンにどつかれた。



■ ■ ■



その後連絡先を交換し、一足先にアビー達は帰って行った。

アビーはまだ居たいと言っていたが、やはり予定があるらしい。


意外にもウルフレッドが名残惜しそうにしていた。

「愛って大切よね…」

なんてまともに呟いていたので、速水は一応同意した。



「じゃあ、明日踊りに来いよ」

「ああ」

軽い感じのキースが言って、無口なイアンと共に帰って行った。


「さて、お次はパーティか…。もう良いって気もするが、一応準備して行くか…」

速水とレオンは準備することにして、三階に上がった。

速水はウィルも行くかと尋ねたが、今日は忙しいらしい。

ルークに捕まっていたウィルに出来上がったサインを見せたら、『このクマ、二、三十人は人喰ってそうだな!』と言われ余計笑われた。



「なあ、レオン。エンペラーって、ちゃんとサロンを監視してるのか?」

レオンの客室で速水は聞いた。


「そりゃ、してるって噂だ。ミスターの言葉じゃ一応、七日までにつなぎ役が来なきゃ、今回は空振りだろうってさ。お前がサボった日に聞いた。キースとかイアンとかいかにもそれっぽいのがそれだと助かるんだが」

レオンは答えた。


Mr.ジミー曰く、今はサロン期間中にコンタクトが取れなければ脈なし、と言うシステムらしい。

「ああ、あの日か…」

速水は一度行った場所だったので、その日は海へ夜景を見に行ってサボっていた。

レオンと、海へ行った速水はジミーのお眼鏡には適ったらしい…。レオンは対人交渉が上手いので速水としてはとても助かっている。


「そう言えば…レオン、お前なんて言って回ってるんだ?」

そんな感じで、速水は全て丸投げしていたのでレオンがどう言ってエンペラーに会おうとしているのかさえ知らない。

「お前な…。まあ、大した事じゃ無い。これから反ネットワーク活動をするからエンペラーに挨拶したい、後は『二代目になりたてのジャック』がいれば大分違うとかだな」

レオンは『二代目』の辺りはやや棘のある口調で言った。


「なんにせよ、まずはエンペラーに会ってみないとな…、と。そうだ。お前に一つ言っとくんだった」

ベッドに腰掛けてレオンが言った。

「何だ?」

また説教か?速水は座ろうとした。

「…そのままで良い。俺もお前も、正直、好き勝手にそれぞれやってた訳だが…いい加減この辺りで、方針のすりあわせをしとこう」

「今更な気もするけどな」

速水は言った。


だが、そう言えばそんな事を一度たりともしてない。

地下から出て以来のレオンと速水の関係は『適当につるんでいた』…まさしくそれだ。


「レオンはエンペラーに会えたらどうする気だ?」

速水は聞いた。


レオンが珍しい表情をした。

「実はな。…今更言いにくいんだが」

「何だ?」


「実は俺はサロンを説得はするつもりだが、その力を借りる気は毛頭無い。どうにも、このネットワークっぽい、お堅い、お高い感じが性に合わなくてな…」


レオンは頭を掻いて言った。

そして笑う。いつもの不敵な笑みだ。

「俺はエンペラーに会ったら、俺たちの活動に手を出すなって言う気でいる。…条件を向こうが呑むかは知らないが…。要は、ワルツなんかやってふんぞり返ってる金持ちはすっこんでろって話だ。別にワルツが悪いわけじゃ無いが、俺はKRUMP派なんだよ」


速水も笑い返す。やはりレオンとは意外に気が合う。


だから代替策を考えてくれ、レオンは速水にそう言った。

「今までサボってたんだ。それくらいしろよ」


「…わかった。頑張る」

肩を叩かれ、速水はようやく二代目ジャックの自覚が出て来た。


「じゃあ、ここにいる奴らと組んで、反ネットワーク活動やってくのか?俺をダシに断ってるみたいだけど…誰か良さそうなのはいたか?」

速水はたずねてみた。

コミュ障気味の速水から見ると、組みたいと思うほどの相手は特にいない。

だが社交的なレオンの意見は違うかも知れない…?


「いや…個人で付き合うならって奴は居るが、本気でやるとなると、どれも危ない橋だ。向こうがそこまで本気かって見極めには時間がかかるし、所詮サロンはネットワークの一部だしな…金持ちのスポンサーも、下手に貰うと動きにくくなるだけだ」


ここのダンサー連中は地下で何処に繋がってるか分からないし、サロンに出入りするお高い金持ちの活動は、主に資金援助。

別に資金はあっても良いが、無くても同じだ。


「スパイとか普通に居そうだよな…」

速水は頷いた。レオンの言うことはもっともだ。


「ああ。と言うか…ダンスはそもそもが、それぞれマイナージャンルだから、歌手ほど目立ったのがいない。だから俺程度でも寄って来るんだ」

レオンは苦笑した。


「レオン…。映画三本出ててそう言うか?お前、ほとんどど俳優だろ…」

速水は呆れた。

レオンが出たのは有名なクランプダンスの映画、『ブラザー』一本だと思ったら、そんな事は無かった。

…レオンはかつて、泣く子も笑う美少年で通っていたらしい。

活動したのは十三歳から十七歳、スクールに来る前の短い間らしいが…。


「どれも端役だったし、『ジャック』程じゃ無い。大分容姿も変わったしな…」

レオンは言った。

レオンは今も美形だが、ぱっと見では彼がその子供と分からないだろう。

実際速水もホームに放置してあったDVDのパッケージをなんとなく見て、レオンの仲間に『その端っこの子供、若旦那だぜ』と言われて目を疑ったのだ。…思わずレオンを二度見した。


映画はひとまず置いておくとして、ダンスのジャンルの細分化、各々の知名度の無さ、それが活動しにくい理由にもなっている。

その点で行くと、速水はかなりアドバンテージがある。

ブレイクは世界四大ダンスと言われるほどメジャーだし、『ジャック』の名前は普段ダンスに興味の無い一般人にもかなり知られている。

「ジャックに感謝しないとな」

速水は言った。

「ああ。お前も、これから毎回名乗って、実績を積むんだな。っと時間か…お前も準備しろ」


話し込んでしまった。

「レオン、そうだ…結局、アビー達はどうする」

速水はふと呟いた。


「ん?ああ。どうするかな…曲はいいが…決め手に欠けるし、メンバー一人欠けてるし、向こう側じゃ無いとは言い切れない。お前は組みたいのか?」


アビーは今はボーカル&ギターだが、本来ギターはジャックがやっていたらしい。

昨日会ったばかりだし、その辺りの事はまだ詳しくは聞いていない。


「いや。あ。そうだ…レオン。ウルフレッドに任せてみようか」

思いついて速水は言った。

それなら仮にハズレでも、害はまだ少ない。


まだ完璧な飼い犬では無いが、いずれ飼い犬になったら色々世話をしないといけない。

…彼をあんな風にしてしまったのは速水なので、ちゃんと責任は取るつもりだった。


「なるほど。それが良いかもな」

速水の考えが伝わったらしく、レオンは苦笑する。

「メールくらいから許可しようか…あ。そうだ」




「あの野郎…」

レオンは忌々しげに呟いた。

結局、速水は『サロンの要らない策』を考えると言う理由で留守番を買って出た。


今夜のサロンでは特に収穫も無かった。

年が明けて五日目。

アビー達を初め、収穫済みまたは脈無しと判断した連中はさすがに引き上げ始めている。


「まあ、もう皆引き上げてるな…ふぁ…」

…金持ちは飽きるという事を知らないらしい。

レオンはさすがに飽きてきた。あくびをする。一応運転手兼ボディガードも連れて来たが、彼も退屈そうだ。


「ん?」

その時、携帯が揺れた。


「何だ?──」


相手は速水。

犬の散歩がてら海へ行きたい。早く帰ってこい、彼はそう言った。

…お前は何様だ。

「はぁ?今からか?ああ、はぁ…分かった。もう帰るとこだから拾ってやる」

『あまり早くてもな。別にレオン達が着替えてからで良い。十一時頃出かけよう』

速水に言われ、レオンは文句を言いながら会場を後にした。


…レオンが去った後も、煌びやかなパーティは続いていた。



〈おわり〉

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