【番外編】ノアと速水のいぶんかコミュニケーション① 次回にもちこし!
「秋、秋、秋…と飽きてきた…」
今日もノアが漢字の書き取りをしている。
テーブルの上に、ノートを広げて。
速水はそれを右側の椅子に座って眺めていた。
カァカァ、カラスは今日も鳴いている。
「…」
今日は一羽じゃないな。
カァー。カァー。カァー。
一羽、二羽、三羽。
四…あれ?
ちょっと増えてきたな。
俺が数えてるからか?調子に乗ってるのか?
五、六。七、八、きゅう。
まだいる。よくいる、きっと、もっとたくさんいる。
「もっと増えたら…どうなるのかな」
速水は苦笑する。俺がどうなるんだろ。
「?」
ノアは首を傾げた。
「…カラスが鳴いたら帰りましょう」
速水はテーブルに右肘を突いた。ノアの方を見るとも無しに呟く。
「何ソレ?」
ノアは首を傾げた。
「え、いや?別に…」
速水は大した事じゃないのでそう言った。
「その歌、よく君がハミングしてる…。何ソレ?」
ユーと久しぶりに言われた気がする。ノアのユー、脳内翻訳は君。
「…えっと、これは子守歌?」
「子守歌」
ノアが反芻する。
「母さんが考えた歌で、一応英語がホント。日本語だとリズムが少し変かな?」
「へえ、歌ってみて」
速水は微妙な顔をした。
「…ノアって素直だったんだな」
速水はスクールで、『無駄にクスクス笑うし、コイツ性格ひねくれてそう』と思っていた。
けれどしばらく過ごす内に。
「なんだよ、それ!」
――とても、単純な奴だと気が付いた。
演技っぽい時もあるが…基本の思考は、素直でひねくれてない。
速水は苦笑する。
「悪い。褒めたんだ。えっと、歌っても良いか?」
「良いけど、あ、どうせなら日本語で歌えよ、書き取るから」
「ん、分かった」
アイシー。
そして速水は日本語で歌った。
『カラスが鳴いたらかえりましょう』『カラスが鳴いたらかえりましょう』
『スズメは鳴いても大丈夫』
「カラスが鳴いたらかえりましょう…×2」「スズメは鳴いてもだいじょぶ…」
ノアはせっせと書き取った。
(何だ、俺日本語もう完璧に出来るぜ!)――なんて若干得意になりつつ。
「あ漢字間違ってる。鳥じゃなくて烏」
「ウルサイ。続き歌えよ」
ノアはむくれ一応消しゴムで消して書き直した。
「続き、――」
すう、と速水が息を深く吸う。本気だ。
《――コシュケイマヒワ、ルリビタキ――》
意外と澄んだ声だった。
(…何だコレ、呪文?いや名詞?)――ノアは戸惑った。
《アイガモ、ハヤブヤ、タンチョウヅル―皆で仲良く遊びましょう――》
(…アイガモ、ってバード?…あ、なるほど)――分かったノアはせっせと紙に書く。
《――ひとはりふたはり、心を込めて、チクチクツツツ》
《――カラスが鳴いたら帰りましょう、アトリの声は心の癒やし――》
《――はたおりはたおり、真心込めて、
――美味しいカフェのできあがり!ららら~》
ノアはそこでペンを止めた。
そしてもう書き取りをあきらめた。
《らららー》
仕方無いので聞き入る。
速水はまだ歌っている。ああ…これから二番か。
下手じゃ無い。歌自体はかなり上手い方だが…
このサイケデリック&イロピーな歌詞は一体何だ?
「なにその超変な歌」
ノアはとても微妙な表情で、朗々とのびやかに歌い切った速水を見た。
「…ふう。だから、これはこういう歌。元々英語だけど、自分で適当に歌詞付けた」
速水はとても満足げに微笑む。どうだ、と言わんばかりだ。
やり遂げた感じで、椅子に座る。
「その歌詞、超センス無いね」
ノアの率直な言葉に、速水は固まった。
そしてガタバタン!と腰を浮かせる。
「!!?―っセ、センス無い…!?…っ、しかも超!!?…ノアが超!?…じゃあ俺は歌の作詞の才能無い?全然ダメ…!??――嘘だろ…!?」
速水は冷や汗をかく勢いだ。最後の嘘だろ!のあたりで頭を抱えた。
『超歌詞センス無い』『超歌詞センス無い』
『超歌詞センス無い』
その言葉は速水的には禁句だった。超が付いた分余計に。
…そうじゃ無いかな、と自分でも薄々思っていただけにきつい。
「俺が…超へた…嘘だ…」
ノアはがっくりと項垂れてしまった速水を見て、不思議そうに首を傾げた。
「何でそんなにうろたえるの。って言うかそれ英語バージョンはもっとマシな歌詞じゃなかった?あ、そうだ、言っとくけど。ハヤミってさー、風呂場でいつも色々歌ってるだろ。あれ地味に迷惑」
「――なっ!?」
速水は、何故それを…外に聞こえない大きさで――ささやかな秘密の楽しみなのに。と言いたげにノアを見た。
「入り口からじゃなくて、壁側。薄いから聞こえる」
「…ッ嘘だ!」
ノアは理解した。
速水は、追い詰められると反論が出来なくなるタイプだ。
なるほどこれはコミュ障っぽい。
「そうか、ハヤミ友達あまりいないんだよな…、あっ!俺が友達になろうか?」
ノアはニヤ、いや優しくニコニコして言った。
そうだ――そう言えば、ノアと速水は実はまだ友達では無い――。
よし、ここまで来たら、隼人を乗り越え一気に親友まで行こう!
ノアは速水の首に、腕をがしっと回した。
「…いい」
ノー、と速水が言った。
「何で!!?」
今度はノアが衝撃を受ける番だった。
(俺、ハヤミに嫌われてる!?そんな馬鹿な―!?)
そんな馬鹿な事はまかり間違っても無いはずなのに!!――たぶん!
レオンよりスゲー点数稼いでるはず!
「何で!!?俺の事、そんなに嫌いなの!?俺何か悪いことした!?ポイントまだ足りないの?!…あ、歌詞下手最悪センス無い微妙むしろあれは無い超ダサって言ったこと…怒ってる?」
「別に嫌いじゃ無い…って言うかそんなにダメなのか…。ポイントはもう足りそう」
…ノアの友情ポイントはかなりたまっている。レオンより凄い。
速水はそう否定し、また落ち込んだ。
『ホントはかいしんのできだと思ってたのに』速水はぽつりと呟く。
「だよね?―じゃあ良いじゃん!それとも俺、…もしかしてウザい?」
ノアはうざかったかな、と反省した。
「うざくない」「え、そうなの?」「ノアはうざくない」
オウム返し。日本語の意味をノアはだいたい正しく理解した。
「じゃあどうして??俺達、そろそろ友達だろ!?」
「無理」
…速水の答えは変わらない。むかつく。
「ムカ!…友達、なろうよ!」
それでもノアは必死になった。ああ、俺って素直なんだ。自分でそう自覚するくらい。
――だが、ノアに対する速水の答えは、残念だった。
「だって今、友達募集してない」
「募―!?」
ノアは絶句した。
「ああもうベスーーー!!」
素直なノアは、ベスに泣きついた。
(おわり)