幼馴染
どうしてこうなった その2
朝食を終えた宗也は速球に二階の自室に戻り、登校の準備を行う。その理由はもちろん美舟雪である。
普段であれば時間ギリギリまで家にいるのであるが、今日この日は厄介な少女が自宅にいる。下手に時間を与えれば何をされるか分からない。
現時点でも両親に取り入って外堀を埋めようとしているのが丸わかりである。過去から現在まで他人と関わって碌な経験をしていない宗也にとって、あの少女は今後発生するであろう面倒ごとの要因、あるいは原因になると直感的に感じている。
ならば、素早くあの少女と離れるのが良い。されに言うならば、今後一切接触してこないようにするのが一番良いと考える。
しかし、しかしだ。あの少女は教えてもいない自宅に上がり込むという行動をしている。自宅の場所を何故知っているのかは気になるところであるが、その行動力を見るに無理やり自分から引きはがすことは不可能に近いのではないか?と考えてしまう。
(面倒だ、非常に、とても)
準備の手を止めてしまうほどにこの状況、状態に嫌気が差してしまう。なんとか脱却できないか頭を働かせるが案は出てこない。普通の人間であれば、自身が行った過去の所業を知れば勝手に離れていくはずであり、この威圧的な容姿だ。人が寄ってくるはずがないと自己で断定する。
過去のことはともかくとして、そんな自分に寄ってくるのだ、そう簡単に離れていく訳がないと予想してしまう。
「宗也くーん、まだですかー?」
そんな事を延々と考えていると、階下から雪の自分を呼ぶ声がする。どうやら呼び声の主はほんの少しの時間でも待つことができなようであった。
「はぁ」とため息を一つ付き、作業を終わらせて一階に向かう。元々、準備は使う道具の確認のみであったため、特に問題はない。
一階に降りると、雪がニコニコほほ笑みながら待っていた。そしてその手には大きめの弁当袋が握られていた。
「はい、宗也君のお弁当よ。今日はあなたがどれくらい食べるか分からなかったから私お手製のお弁当ではなくお義母さまのお弁当だけれども、明日からは私がたくさん食べれるお弁当を作ってあげるわ!」
「なんでそうなる」
「もちろん!現彼女候補かつ未来のあなたのお嫁さんなんですから」
「意味が分からない」
登校前だというのに一日を終えたのと同じ疲労を感じてしまう。何度目か分からないため息をつきながら雪から素直に弁当袋を受け取る。変にツッコむと余計に疲れが溜まると判断したからである。
「あら?今日は早いのね」
「これのせいでな。下手に時間を与えるとろくでもないことされそうだしな」
「む、酷くないかしら宗也君」
「事実だ」
「あらあら、仲が良いわねぇ」
「…このやり取りでどこの部分で仲が良いと判断したのかは理解不明だけど、とても遺憾だ」
「ふふふ、じゃあもっと仲良くなりましょ?」
「…」
「もう、照れ屋さんなんだから♪」
「…」
返答が面倒になったひたすらに雪の発言をスルーする。雪は「そんなところも可愛い」と宗也からすれば意味不明なことを言い、ニコニコとその可愛らしい顔で微笑んでいる。
「はぁ、もういい、行ってくる」
「そう、いってらっしゃい。二人とも気を付けてね」
「へいへい」
「はーい、行ってきます!お義母さま!」
「…」
対照的な返事をした宗也と雪は嘉山家の外に出る。外の天気は快晴であり、雲一つない青空である。宗也は本日二度目の外であるが、太陽の光が忌々しいと感じてしまった。なにせ今日この後のことを思うととても憂鬱になるのだが、太陽はそんなことを知らず、さんさんと照り付けているのだから。
雪はそんな宗也とは違い、ウキウキとしている。どうやら宗也と登校できるのが楽しみであり、嬉しいようであった。
「さっそく登校デートね」
「俺は面倒な憑きものと登校している気分だけどな」
「素直じゃないわね。こんな美少女と一緒に学校に行けるのよ。ご褒美じゃない?」
「自分で美少女とか言うのかよ…はぁ、面倒だ…ん?」
「?どうしたの、宗也君?」
「いや、いつものことだ」
不自然な反応を示した宗也を訝しむ雪であったが、当の本人は自宅の向かいの家を一瞥をしたのみで、視線はすぐに学校への道を見ていた。
雪も宗也が見た方向にある一軒家を見る、そして…
「へぇ」
ニヤリと歪んだ笑みを浮かべる。
/
(あの娘…誰?)
宗也に視線を向けていた主、今崎皐は自室のベットの上で布団に包まっていた。彼女の家は嘉山家の向かいにあり、皐は宗也の幼馴染の一人である。
彼女は現在、不登校であり、自室に小さく引きこもっている。これは中学3年の半ばから続いており、高校自体は宗也と同じではあるが、入学当初からオンラインで授業を受け続けている状況である。
そもそもの引きこもりの原因は宗也にある。
皐は宗也に片思いをしていた。その想いは幼少期からずっと胸の奥に潜めていた。そして中学3年の文化祭の際に宗也に告白しようとしたが、それは叶わなかった。
告白できなかった理由は二つある。一つは宗也と悪友らが巻き込まれいた虐め騒動を一般人が多く来るであろう文化祭を利用した虐め加害者らの公開処刑を行い、学校内はそれどころではなくなったからだ。そしてもう一つは宗也には既に他校の彼女が居ることを知ってしまったからだ。
いや、以前からそんな気がしていたのだ。他校の彼女というのは宗也と同じ部活をしており、その繋がりは小学生の頃かだと言う。皐は宗也が所属していた部活のマネージャーをしていた。理由は勿論、宗也の近くに少しでも長く傍にいるためであった。
しかし、当の本人は皐に対してはいつも通りに、仲の良い幼馴染としてしか扱ってこない。そして皐には他校との練習や大会などで見る宗也が例の彼女と話す姿は自分や他の幼馴染らと話す様子と違って見えてしまっていた。勘違いだと、気のせいだと、そんなことがあるはずないと自分に言い聞かせた。そう、気のせいだ!気のせいだ!…何度も繰り返して…
だが現実は非情であった。それは宗也が夕方の誰もいない教室で一人、携帯電話で通話をしている様子を覗いてしまったからだ
「なんだ?智紗…ああ、こっちの文化祭に来たかった?ははっ!残念ながら潰れちまったよ…なんでだって?なんでだろうな、それは秘密だ…意地悪だって?知っての通り俺は意地悪だからな…なんだよ拗ねるなよ、可愛い奴め」
(え?なに…これ?)
皐が聞いたことのない、明るい甘い声。そして見たことがない愛おしいものを見るように微笑む顔と幸せなオーラを放つ姿。
皐は目の前の事象が理解できなかった。いや、理解を拒んでいた。
これだけでは宗也に彼女が居るとは断定できなかった。そんなはずはないと。こんなことはありえないと!…しかし、そんな皐に追い打ちをかける。
ふと、階下から人が階段を上がる音がした。皐のいる場所は三階の廊下であるため、このままだと階段を上がってきた人物と鉢合わせる可能性がある。そしてそのまま宗也に見つかると思った皐は宗也のいる教室とは違う、となりの教室に反射的に入り、隠れた。
その判断は正しかったらしく、階段を上がってきたのは宗也の数少ない友人、いや「悪友」、宗也からは「共犯者」と言われている高山廉であった。廉はそのまま宗也のいる教室に入っていった。
「おーい嘉山ー、面倒ごとは粗方片付けてやったぞー感謝しろー…ん?」
「ちっ…ああ、高山のバカが来ただけだ。うん、じゃあな…ったく、タイミング最悪だなお前は」
「ほほー、愛しの彼女とお通話ですかー。いやー仲がよろしくておじさん嬉しいぞ!」
「気持ち悪、誰目線だよ」
「そりゃあ!俺目線さ!!」
「うざ」
2人の会話で確定してしまった。そう宗也には彼女がいることが…
「つか、お前彼女がいること他の奴に話してないの?」
「必要あるか?他校だから関わりないだろ」
「えぇ…まぁ面倒ごとにならないと良いけど…お前のことだから絶対面倒なことになるぞ!特にお前の幼馴染周り!」
「何?預言者気どり?」
「いや!事実だ!俺はそうなったら助けないからな!俺はそういうのは傍から見てるくらいがちょうどいいの!」
「屑かよ」
「それは俺にとって最高の褒め言葉さ!」
しかも宗也は自分どころか、他の幼馴染らにも話してない。知っているのはこの場にいる皐を除いた2人と彼女のみというではないか。
“裏切られた”
その言葉が皐の中で浮かび、そう確証付ける。
自分は裏切られたのだ!ずっと一緒にいた幼馴染に!恋した人に!愛した人に!!
皐の心はどうしようもなくぐちゃぐちゃで、どうしようもなくボロボロで、破けて、崩れて、はじけ飛びそうであった。
彼らの会話はまだ続いている。だがそんなことは関係ない。だって聞き取れないのだから。
彼らはまだ教室にいる。だがそんなことは関係ない。だって何もかもどうでよくなったのだから。
皐はその場から全速力で離れた。大きな音をたてても、その姿を見られても構わない。今はただ、この場から離れたかったのだから…
/
以来、皐は宗也に会うことはなかった。学校には行かずに家に一人、自室に閉じこもった。辛うじて、中学を卒業し、宗也と同じ高校に入学はしている。それは宗也の近くに居たいという願望ゆえであった。
しかし、彼女は今も自室から出られないでいる。現在、宗也には彼女がいないことは知っている。それでも自室を出られないのは、宗也に“裏切られた”と思ったからであり、自分は見向きもされないのではないか?また自分は傷つくのか?と、自分自身の心が傷つくのを恐れているからである。
そして今日も皐は一方的に宗也を見ている。見ているだけなら傷つくことはないから。見ているだけで安心できるから…今はそれで満足できるから。
だが、今日はいつもと様相が違った。宗也が日課のランニングに出かけて30分後、見たことのない少女が宗也に家に入っていった。服装を見るに同じ高校であるのが分かる。
宗也がランニングから帰宅してから30分後、宗也と少女が2人で家から出てきた。
(誰なの?私知らない…もしかして…)
その少女はべたべたと宗也にスキンシップをしており、宗也は嫌がっているようであったが、少女はそんなこと気にも留めずに続ける。それは傍から見ればカップルに見える。
(うっ)
何も入っていないはずの胃がこみ上げる。口の中が不快なもので満たされかける。
それでもと、外の様子を見ると…少女と目が合った、気がした。
少女はその可憐な姿から想像できない、歪んだ笑みを、獲物を見つけた猛獣のような笑みを浮かべた。