痛い
あえて言おう、どうしてこうなった
浴室でシャワーを浴びる宗也。ランニングでかいた汗をいつも通りに流していく。
(あー、朝から面倒な奴が来たもんだ…朝っぱらから騒がしいのは…小学生以来か?)
一昔前の騒がしい日々を思い出す。当時はまだ自分と他人に極端に分け、嫌ってはいなかったと記憶している。四人の幼馴染らが朝から勝手に家に入ってきてはバカ騒ぎをしていた。その騒ぎを両親は許容しており、朝から元気がでると言っていた。
…宗也と朝が弱い姉は定期的にその騒音にキレていたが。
なんとなく、「楽しかった」と感じるのはその騒がしい環境を嫌っていなかったからだと宗也は考える。だが、いつからかその騒がしさは段々となりを潜め、朝は両親と姉、そして自分だけになっていった。加えて言うならば、2つ年上の姉は他県の大学に行っているために昨年からは朝は3人のみになっている。
と、いっても我が子を弄るのが好きな両親だ。朝から煩いのあまり変わらないのだが。
しかしながらこうも騒がしいのは久しぶりだと感じてしまっている。なにせ嘉山宗也は中学3年から去年の高校1年にかけて、非常に不安定で荒れていた時期であった。高校受験はもちろん、様々な問題が同時に多発し、肉体的にはともかく、精神が摩耗していった。
結果、最近の冬終わりの時期までは遅刻ギリギリまで惰眠を貪り、食欲旺盛な男子高校生にして、朝食抜きをして登校をしていた。再び朝に3人がそろって朝食を採るのは最近の出来事なのである。
ランニングについては運動不足を自覚しており、それを改善するために行っているだけである。
昔のことを柄にもなく思い出しながら、宗也は未だシャワーを浴びながら晩から朝にかけて伸びた髭を剃る。この時間に剃らなければ夕方にはまた伸びてしまうからだ。
勝手に親のシェービング剤と髭剃りを使い、今はまだ柔らかい髭をそぎ落とす。鏡を確認せずに手の感覚のみを頼りに剃っていく。
「いった」
刃がボロボロだったのか、何かに引っかかったのか、一瞬のことで半ば正確には理解していないが、事実としては皮膚が切れたということだ。傷は小さくも大きくもない、微妙な大きさ。肌は痛いし切り傷だからか出血は止まらない。そして髭剃りを確認すると白い泡と細かい髭の破片と共に赤く目立つ自らの血液が付着していた。
その痛みは不快であり、出血を止めるのも面倒だと感じた。そのまま血を垂れ流しながら呆然とシャワーヘッドから水圧で押し出される温められてた水を浴びていた。
頭から浴びていたためか、顔に残った泡も器用に落ちていった。もちろん、鉄錆の匂いのする液体も一緒に。
「上がるか」
そう、一言。ハッとしたように一人呟き、残っていると思われる泡を落とし浴室を後にする。
「っつぅ…昨日から肩が痛い…嫌な予感がする…」
宗也は左の肩を摩りながら呟く。浴室の鏡からは左肩に痛々しく刻まれている一直線の切り傷の痕が覗いていた。
/
浴室を出て、手早く着替えを済ませた宗也は真っ白なタオルを犠牲に出血を止めながらリビングに入る。髪は乾かしておらず、適当に拭いただけで湿っている。またシャワーを浴びて溜まった熱を放出するためか学ランを着ずに、ワイシャツの袖を捲っていた。
「お袋、絆創膏くれ。切った」
「あら?大丈夫?」
「軽く切っただけだ。絆創膏貼れば大丈夫だろ」
「そう、はい絆創膏」
「ん」
母親から受け取った絆創膏を傷に貼り付けようとする。しかし、目視で確認できないために上手く貼ることができない。もたもたしている間にも血は少しであるが流れ続けている。
そんな宗也に雪はニヤニヤとしながら近づく。
「宗也君、私が絆創膏貼ってあげるわよ?」
「は?なんでだよ」
「だって絆創膏貼るの手こずってるじゃない。それにそう何回も貼ってたら粘着力がなくなるわよ」
「…」
「せっかくだから貼ってもらったら?こんな可愛い子に貼ってもらえるのよ、ご褒美じゃない。お母さん、朝ごはんの準備で忙しいし」
テキパキと朝食をテーブルに置きながらそう言う母。父はというとニヤニヤと煩い笑みを浮かべながら二人の様子を見ていた。親は一切動くつもりがないのが丸わかりである。
雪は「どうするの?」と上目使いで見つめる、否、圧をかけてくる。
「…頼む」
「ふふ、貼ってあげるわ」
雪は嬉しそうに受け取った絆創膏を宗也の顔の切り傷に貼ろうとする。しかし身長差もあって手を伸ばしても雪は貼りにくそうにしてる。それを察した宗也は仕方なくしゃがみ込んだ。
「ほら、これでいいだろ」
「ありがとう、宗也君」
宗也の顔を触り、傷の場所を確認する。もちろん目視でも確認はできるが、無駄に顔をべたべたと触りながら絆創膏を貼る。宗也は雪のその様子に顔を歪める。
雪は絆創膏を貼ったあとも顔を触るのを止めない。頬はもちろん、耳や鼻を触り続ける。それが嫌になった宗也は「やめろ」と声を出し、立ち上がる。
「むぅ、もう少し触ってもいいじゃない?」
「男の顔なんざべたべた触るもんじゃないだろ」
「私は触りたいの。でも宗也君、肌荒れ過ぎじゃない?それに目の隈も酷いわ。ちゃんと食事と睡眠はとっているのかしら?まぁ、食事はともかく睡眠はちゃんととってないと思うけど」
「別に良いだろ、特に不都合はないし…それにお前に関係ないだろ」
「いいえ、大いに関係あるわ。なにせあなたは私とずっと、ずぅっと一緒にいるのだから。その肌も、髪もちゃんと愛してあげるわよ」
「重い、とてつもなく重い。あとそんな未来はありえない」
「ふふ、今に見てるといいわ。その言葉後悔させてあげる」
「俺からは一切関わらないけどな」
「大丈夫、私がずっと憑いてあげるわ」
「…なんで俺に付きまとうかが分からない」
「それは秘密よ。ちゃーんと考えて思い出して答えを当てて見せて?そうしたら私は優しいからキチンと答え合わせをしてあげるわよ」
「めんど」
「ぶー、なら答えを出してくれるまでずっと傍にいるわ」
「…」
重い想いを受けた宗也はとても、とても嫌なものを、汚物を見るような顔をした。目の前にいる長く細部まで手が加えられたであろう黒髪を持つ小柄な少女は世間一般的には美少女であり、そのような人物に好かれれば普通は喜ぶであろう。しかしながら宗也は他人とは一切関わりを持とうとは思わない。そのため、自分の周りをウロチョロしようとするこの少女は夏に纏わりつく蚊と同等としか思えない。
加えて、他人を拒絶する宗也から見ても彼女は「異常」であった。表面的な発言だけでもなんとも粘着性のある、ドロドロとした感情を宗也に向けているのを感じていた。またその奥には非常に強い「独占」という欲が垣間見える。この非常に人間味のある欲望を感じた宗也は生理的に嫌悪するであろう生物と遭遇したような、ぐちゃぐちゃにされた嫌悪を抱く食品だったものを見るような感覚を覚える。
(母さんや、うちの愚息はやっぱり重い娘に魅かれるようだ)
(そうね、お父さん。お姉ちゃんとは逆みたいね…血は争えないわね)
「何話してんのそこ」
「いや?なんでもないが?」
「そうよ、ほら朝ごはんの支度ができたから食べましょう。雪ちゃんもね♪」
「ありがとうございます!いただきます」
「…なんかごまかされた感じがする。それとやっぱり食べるのかよ」
「当り前じゃない、宗也君。こんな暖かい美味しい食事をいただけるのよ、最高よ」
「あっそ」
そっけない返事をしながら渋々と椅子に座る宗也と他三人。そして息を揃えたように「いただきます」と言い、食事を始める。
食事は表面上は和やかに、平和に進んでいった。
おかしいな、砂糖を吐くために自給自足でラブコメを書こうとしてのに、なんか重くなったぞ???