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3/6

邪魔

 何だかんだで午後の授業は淡々と過ぎていった。


 その間に女子からの呼び出しやら教師からの呼び出しなどがあったが、さしていつもの日常と何ら変わりない午後の風景であった。



 そして授業が終わり、放課後。


 宗也は普段放課後には必ず本屋に寄って帰宅している。本屋に行く理由はもちろん新しい本を探すためだ。


 お金に関しては、親から支給される小遣いや正月のお年玉などを遣り繰りしている。バイトをしてお金を稼がないのか?だって? そんなことを他人が嫌いな宗也がするわけがない。

  

 そんな訳で学校を去ろうとする宗也。だが、そんな下校するべく生徒玄関にいる宗也を呼び止める存在がいた。



「あら? 宗也君、また会ったわね」


「⋯⋯⋯ちっ、てめぇか。美舟」



 そう宗也が答えると雪は、「おおぉ」と感嘆の声を上げる。


「なんだよ」


「ふふふ、おかしいかしら?」


「ああ」


「だって、私の名前を憶えてくれたもの」


「さっき会ったばかりだろ。つか俺を下の名前で呼ぶな」


「いいじゃない。だって私とあなたの仲じゃない」


「知らん。そんな関係になった覚えはない」


「ふふ、しょうがないわね。特別な関係については今は諦めてあげる。けれども下の名前で呼ぶことは止めないわ」



 宗也は雪の「今は」という言葉に眉を寄せ、下の名前呼びを止めないという宣言に苛立ちを覚えるが、この少女に何を言っても無駄だと感じこれ以上事を掘り下げるのを諦めた。



「まあいい、俺は帰る」


「あら? もう帰るの?」


「てめぇには関係ない。じゃあな」



 すたこらサッサと逃げるように生徒玄関から勢い良く飛び出した宗也。最短ルートで本屋に向かうルートを慣れたように歩いていく。どんな新しい本があるのか、どんな本を買おうか想像していた⋯⋯⋯が、



「なんでてめぇが付いて来てるんだよ?」


「ん?」



 宗也の後ろには先ほどの少女がピッタリと付いて来ていた。あまりにも付いて来ていたので、“付いて来る”と言うより、“憑いて来る”だった。さらに付け加えると少女、雪は何処で買ったかは分からないがハムハムとクレープを頬張っていた。



「ん?」


「『ん?』じゃねーよ! てめぇ、いつから付いて来てた!? つかそのクレープ何処で買った!? というかいつまでクレープ食ってんだよ!!?」



 流石に総スルーするのが困難、もとい突っ込まずにはいられなくなった宗也は声を荒げてしまう。


 一方、雪は雪で黙々とクレープを胃の中に収めていった。



「ムグムグムグ⋯⋯⋯ゴックン。ふう、突然質問攻めされても困るわよ。宗也君」


「知らねぇよ! そんなことより質問に答えろよ!」


「そんなに急かさなくても良いじゃない。⋯⋯⋯もしかして、宗也君ってそうr」


「黙れよ!!」



 宗也は雪の言葉をすかさず遮る。雪はそれにクスクスと笑う。宗也はそれによって毒気が抜かれてしまい大きく溜息をつく。



「そんな大きな溜息をつくと幸せが逃げていくわよ?」


「その溜息の原因が何を言うんだよ⋯⋯⋯で、何の用だよ?」


「用なんてないわよ。私は、ただ単にあなたに付いてきただけよ」



 雪は、さも当然のように答えた。宗也はそれを聞き、また大きく溜息をついた。



「まあいい、俺は行くとこがあるから⋯⋯⋯」


「そうなの? じゃあ、私も行こうかしら」


「なんでお前が⋯⋯⋯もういい。勝手にしろ」



 宗也は雪を諦めさせるのを諦めた。雪はそんな宗也を見て、面白そうにクスクスと笑い、彼の隣に並び立つ。


 そして宗也は本日三度目の溜息を盛大に付いた。



/



 そんなこんなで宗也と雪は、はたから見たら二人仲良く見えるように歩いている。


 ⋯⋯⋯見えているだけであることを彼のために明言しよう。



「ところで宗也君、今からどこに行くの?⋯⋯⋯まあ、宗也君のことだからまた本屋に行くのよね?」


「分かってんなら聞くなよ。つか、なんで⋯⋯⋯いや、いい」



 碌な答えは返ってこない。と、察した宗也は言及するのを止めた。雪はそれに、「あら、分かっているじゃない」と言い、またクスクスと笑った。


 正直言って、彼女が何を考えて、何に対して面白がっているのかが宗也には分からなかった。いや、後者については彼女が自分をからかっているということは宗也にも理解できた。しかしながら、何故自分に付きまとっているのかが本当に分からなかった。


 

「ねぇ、宗也君。あなたはいつもどんな本を読むのかしら? そして今日はどんな本を買うのかしら?」


「⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」



 雪はジッと宗也の横顔を見つめている。それに宗也はスルーを決め込む。



「どうして答えてくれないのよ?」


「⋯⋯⋯」


「そう、答えてくれないのね⋯⋯⋯なら、この手段を使うしかないわ」


「⋯⋯⋯?」



 宗也は雪の言葉にはてなのマークを浮かべ、キョトンとしたような顔をする。そんな宗也の反応に少し嬉しく思った雪は、見た目の容姿には似合わない妖艶な笑みを浮かべる。



「⋯⋯⋯わよ」


「は?」

















「泣くわよ?」


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ?」



 見た目幼い少女(失礼)の謎の宣言に宗也は固まる。そんな宗也を雪は気にせずに言葉を続ける。 



「恥も外聞も関係なく人通りの多い道で大声で泣き叫ぶわよ?『この人が私の話を聞いてくれないの!!』とか『この浮気者!』とか言って泣くわよ」


「おまっ、それは⋯⋯⋯」


「昼下がりに集まっている奥様方に後ろ指を指されたり、そこらの下校中の学生に写真撮られたりしたり。それに宗也は背が高くて目付きが悪いから警察のお世話になるかもよ」


「お前ほんとに捨て身だな!?」


「だって、被害を被るのは私じゃなくて貴方だし。そもそも、私の質問に答えてくれない宗也が悪いのよ?」



 宗也は想像した。雪が大声で泣き喚き、あらゆる人間に蔑みの意味を持った視線を四方八方から浴び、大量に後ろ指を指され、四面楚歌になる自分自身を。


 

「⋯⋯⋯」


「で、どうなの? 宗也君」



 宗也はこれを打開する案がないか思考した。しかし、そんな名案は一切浮かび上がらず、俗に将棋でいう「詰み」だ。


 よって、宗也にできることは何一つなく、只々この小さな少女に従うしかないのである。





 とても屈辱的ではあるが。





「あーもう! 分かった! 分かったから面倒なこと起こすな!」


「ふふ、それは良かったわ。それじゃあ、私の質問に答えてね」



 宗也にはこの少女が悪魔に見えてしかたがないのである。



/



—————本屋。と思わせてある喫茶店。


 もちろん、本屋には行った。


 本屋に着いた宗也は雪に連れ回されながらも新作の本を無事購入していった。雪は宗也を連れ回して満足したのかとても上機嫌だった。反対に宗也は宗也で疲労困憊でかなり疲れていた。そこで、



「疲れたの? じゃあ喫茶店にでも行きましょうか」


 

 雪はくすくすと笑いながらそう提案した。


 結果、宗也は雪に連れられ喫茶店に入っていった。



「くっそ⋯⋯⋯疲れた」


「こんな程度で疲れるなんてだらしないわね」


「うるせぇ⋯⋯⋯俺は本を買いに行っただけなのに、なんでこんなに疲れなきゃいけないんだよ」


「ところで今日はどんな本を買ったのかしら?」


「お前、見てただろ」


「いいから答えなさいよ、そういう約束でしょ」



 そんな約束を確約した覚えがないと内心愚痴りながら、鞄に入れた買った本をガサゴソと取り出し始める。

 宗也が取り出した本は3冊のライトノベル、そしてどれも一巻目である。


 雪が「なんで一巻目ばかりなの?」とこてんと首を傾げながら聞く。それに宗也は「面白そうだったから」と運ばれたミルクティーに角砂糖を三つ入れながら答える。

 


「単純な答えね(砂糖入れすぎじゃない?)」 


「そんなものだろ。面白くなかったら続きを買わなきゃ良いだけだし」


「ふーん⋯⋯⋯じゃあ、一巻目で買わなくなった作品でどれくらいあるの?」


「さぁ?20くらいから数えてない」


「えー⋯⋯⋯」



 呆れたような声と顔をしながら足をばたつかせる雪。テーブル下の空間は狭いためか、ばたつかせた雪の足先が何度も宗也の膝を蹴る。

 初めのうちは当の本人は無視していたが、雪がそれに味を占めたのか何度も蹴りつけてきた。流石の宗也も苛ついたのかカップに入っていた甘ったるいミルクティーを一気に飲み込んだ。そしてその勢いのまま席から立ちあがった。



けぇる(帰る)



 と言い放ち、さくっと会計を済まして(二人分)ぽかんと阿呆な顔をする雪を置いて颯爽と喫茶店から出て行った。


/



「ふふふ⋯⋯⋯」



 一人喫茶店に残された雪はクスクス笑った。



やっぱり(・・・・)、すぐ怒るんだから⋯⋯⋯短気だなぁ宗也君は」



 少女の呟きは誰にも聞かれことなく空に消え去った。

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