他人
何かが降りてきたので書くことにした。後悔も反省も無い。
「ねぇ、あなた。あなたは他人を好きなったことある?」
校舎の屋上で少女が放ったこの言葉が始まりだった。
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春、新しい出会いの季節。
舞台はとある町中の高校。何てことの無い普通の公立高校だ。
今は朝の当校時間。生徒達があらゆる方法で学校に当校してくる時間だ。歩き、自転車、親の車の送迎、バス、電車。人それぞれの手段で学校にやってくる。
「学校なんか面倒くさい」
学校に当校中のある生徒が独り言をぼやく。
ある生徒こと、嘉山宗也は憂鬱な気分になりながら、学校へ重い足取りで向かう。
その最中、生徒同士でキャンキャンと犬ように騒ぐ集団を見かけ、宗也は内心で毒を吐く。
(朝から五月蠅い⋯⋯⋯このゴミ共が)
あからさまに「迷惑です」と顔に出しながら、その集団を抜いていく。
宗也は他人が嫌いだ。
それは原因は色々あるのだが今現在、宗也は他人が大嫌いだ。
「親しい友」と書いて"親友"、という仲の"他人"どころか、ただの"友達"という"他人"すらいない。謂わばひとりぼっちなのだ…まぁ、多少の例外はあるが。
だが、宗也はそんな事は気にはしていない。むしろ、今の状況を好んですらいるのだ。
宗也は基本的に自分から他人には話し掛けない。必要に応じた時に最低限の事柄だけを相手に伝え、最低限の行動だけをして去っていく。それが宗也の日常だ。
指示されたこと。頼まれたこと。言われたこと。等々を必要最低限のコミュニケーションで行い、きちんと結果を出す。なので教師達はそんな彼に文句は無い。文句をつけたら何をされるか分からないともいうが。
中には『ちゃんとコミュニケーションを取ったらどうだ?』と言う教師もいたが、そんな言葉は他人嫌いな宗也には届かなかった。
入学当初はクラスメイトからは『友達にならないか』という体で話し掛けられていたが、宗也はそんなクラスメイトに対し、最低限のコミュニケーションで壁を作り、自然と他人とは関わらないようにする。結果、現在では自分から宗也に話し掛ける人物は殆どもいない。
加えて、彼は昨年やそれ以前に起こしたり巻き込まれたりした問題で腫物扱いを受けている。
噂では喧嘩を売ってきた集団を返り討ちにしたり、いじめの問題に巻き込まれた結果、いじめられっ子と共にターゲットにされたり、男女の問題に巻き込まれたりと碌な目にあっていない。
…その全てを物理的に、もしくは社会的に反撃したことによって触れてはいけない劇物だとされており、教師にですら警戒されている。
生来の鋭い眼光に、寝不足なのか悪い目つきを目立たせる深い目の隈。180㎝を超える高い背丈に他を圧迫する肩幅。現在は運動部ではないが鍛えているのかきちんとその肉体には筋肉が付いており、より威圧感をましている。
そのためか、近所にいるやんちゃな高校生や大学生に喧嘩を売られることがしばしば…
そんなこんなで宗也に近づこうとするものは今となっては用事がある者に限られる。近づこうとしてもあからさまな「近寄るな」という刺々しいオーラを放ち、他者を寄せ付けようとしない。
宗也は他人が嫌いだ。しかしその反面に自分が好きな訳ではない。敢えて言うなら無関心だ。自分自身には殆ど興味はない。
では好きなものは無いのでは? と思う者もいるであろう。勿論宗也にも好きなものはある。それは読書だ。
読書をすることによって現実逃避をする宗也。現実逃避は悪い意味に感じ取ってしまう人が大多数だと思う。しかしそれは時には必要なことである。
どうしても向き合い会えない現実。逃げたしたい出来事。眼を逸らしたい過去。認めたくない真実。それらから逃げ出したいと思うのは人間にあって当たり前な事だ。だが、それらをしっかりと解決しようと行動するか否かは本人次第である。
宗也はそんな現実に対し、"逃避"という選択を取った。唯それだけである。宗也は"他人"がいる"世界"から逃げ出したいと思い、逃げたのだ。
そんな宗也は本の世界にのめり込んだ。古今東西の様々な本を読み漁った。評論、古典、漢文、歴史を元にした物語、恋愛物、学園物、推理物、エッセイ、ホラー、SF、ファンタジー、あらゆる本の物語に見いっていく。そんな毎日を過ごしていた。
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ところ変わって場所は教室。今は午前中の最後の授業の最中だ。ちなみに、教科は現代文だ。
「⋯⋯⋯であるからして~⋯⋯⋯」
と、初老の教師が黒板に板書したことを生徒に説明をしている最中だ。
そんな中、宗也は現代文の教科書を読み耽っていた。
この現代文の授業の時間は宗也にとってはとても楽しみな時間である。なんせ授業中に本を読めるのだから。教科書内の作品に限られるが、それでも本を読むことが出来るのは、とても有り難いことであった。
教師も宗也が授業に関係の無いページを開いて作品を読んでいることは判ってはいる。が、宗也は特に国語の教科に関してはいつも満点近い点数を叩きだし、常に学年の一位二位を争っていることを理解しているため、特に口出ししたりはしない。
(ふう、やっとこの『舞姫』を読み終えた⋯⋯⋯流石に授業中にこの量を読みきるのは骨が折れる)
姉の部屋から勝手に盗った上の学年の教科書に載っている作品の一つを読み終え、息をつく。そして窓際の席に座っている宗也は窓の外を見る。空は晴天。雲一つ無いまっさらなスカイブルーの空が広がっていた。
――キーンコーンカーンコーン
授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。
「それじゃあ、今日の授業はここまで。明日からは新しい単元に入るから、予習をしておくこと。じゃあ、終わろう」
「起りぃつ、礼」
『有り難いございました』
授業終わりの定番の儀式をして、生徒は各々の昼休みに入っていく。そんな中⋯⋯⋯
(⋯⋯⋯さて、屋上に行きますか)
何故屋上に行くか。理由は朝、机の中にある手紙が入っていたからだ。
(『昼、屋上に来なさい』⋯⋯⋯ね。⋯⋯⋯女子とは珍しい)
名前は書いてはいなかったが、文字を見る限りでは女子であろうと判断した。何らかの恨み言を言われるか、喧嘩を吹っ掛けられるか。もしくは集団でリンチにされるか…普通はそんな怪しい手紙は無視するのが妥当ではあるが、ここ最近ずっと毎朝律義に手紙が机が入っているのである。無視しているのにも関わらず、日中は何も接触がないことから、予想しているものとは違うのでないかと考えた。
ずっと無視し続けるのもしゃくなので、気まぐれにその手紙の主に会うことを決めた。
――トントントントン⋯⋯⋯ガチャ⋯⋯⋯
屋上へと続く階段を登り、扉を開く。普通、屋上は立ち入り禁止なのだが、何故かいつも鍵が開けられていて誰でも屋上に出ることが出来るようになっているのだ。
「ああ、やっと来たわね⋯⋯⋯待ちくたびれたわよ、嘉山宗也」
扉を開けた矢先、第一声を放ったのは、こちらに背を向けた黒髪の少女だった。
その少女は肩に掛かるか掛からないか位に伸ばした髪を風に靡かせながら、宗也の方に振り向く。顔立はとても良いものであった。一言で言うなら可憐。背が少々低い点を覗けば、アイドルとかモデルになっていてもおかしくは無い程のものであった。が、上から目線の物言いがそれらを無下にしている。
「⋯⋯⋯ということは俺を呼んだのはあんたか」
「ええ、そうよ」
「ふーん、で? 俺に何の用? 言いたい事があるならささっと⋯⋯⋯」
「言ってくれ」と言葉を続けようとしたが遮られる。少女のある言葉によって。
「ねぇ、あなた。あなたは他人を好きなったことある?」
と、冒頭の場面に戻る。
これは他人嫌いな少年と自分嫌いな少女の物語。二人の物語はこの少女の言葉から始まったようなものである。