七二話:人類〇〇計画
「……ん」
明るい日差しで総護の意識は浮上する。
「……ダル。………何時だぁ?」
壁に掛けてある時計の示す時刻は午前九時四六分。普段ならとっくに起きている時間だった。
「……家、か。……ぁ、家っ!?」
寝ぼけていた総護だったがあやふやな記憶に触れると、電流が駆け巡るように全てを思い出す。
「あいつらはっ!?」
下着姿のまま布団から飛び出すと十手を握りしめて総護はリビングへと走った。――そこには、
「皿はそっちで、箸とかはここにはいっちょうけんね〜」
「はい」
「タオルはそこの棚にあるから」
「はい」
「水が欲しいッス」
「はい、こちらを」
「ふぃ〜、生き返るッス〜」
――あの青髪の男が何故か見守られながら家事をしていた。しかも、執事服で。
「あ、総ちゃん。おはよ〜」
「おはよう、体調はどう?」
「おはようッス、アニキ!!」
「……、……」
いったい総護が寝ていた間に何があったのか。予想外の光景に少し固まっていたら、男が声をかける。
「おはようございます、総護様。ご気分はいかがですか?」
「……あぁ、最高だよ。んで、てめぇは何してんだ?」
「はい、皆様が使用する物の位置や調理器具などの場所を把握している途中でございます」
「……そうかよ」
本当に、何故そんなことを把握しようとしているのか総護には分からなかった。
――グゥ〜。
「……とりあえず、何か食いもんくれ」
「アニキ、その格好で食うんスか?」
「……服、取ってくるわ」
「では、準備いたしますね」
「…………おう」
分からなかったが、腹部から悲鳴が聞こえたので総護は考えることをやめた。
これ以上考えても、腹が減るだけだと思ったからだ。
**********
「それで? 何で【彼方の賢者】はうちにいんだ?」
十手を背負ったまま食事を終えた総護は、そう切り出した。
「ご迷惑でしたでしょうか? 確かに今のこの身体はただの機械に過ぎないのでお役に立てる場面は限られますが……」
「いやそういう問題じゃねぇんだけどよ」
「えっと〜、その人? は、総ちゃんに興味があるらしいんだわぁ」
「俺? あぁ、そういや何か言ってたな」
男は立ったまま総護へと向き直る。
「はい。総護様が【怪獣】の模倣と戦った状態、私はあの『力』を知りたいのです」
「知ってどうすんだよ?」
「『【怪獣】を倒す』、その目的のためには総護様が使われた『力』を多数の人類が使えるようにならなければなりません。あの『力』こそ、人類が持つ可能性だと私は判断いたしました」
男の言葉を聞いた総護は、罠や魔獣だらけだった迷宮が存在した意味をなんとなく察する。
(なるほどなぁ。つまりあのドアの先は『篩』ってことかよ)
「総護様。どうか人類のためにあの『力』を使えるようになった経緯を、方法を、どうかお教えくださいませ」
男は深々と頭を下げる。
「……いいぜ、別に隠すようなモンでもねぇし」
「っ、ありがとうございます」
男は総護の言葉に安堵の表情を浮かべる。
『いいだ? そんな簡単に教えても?』
〝伝心〟を用いて陽南は率直な疑問をぶつけた。
『すぐどうこうできるモンじゃねぇからな。まぁ、問題無ぇだろ』
『まぁって。もう、てきとうなんだから』
呆れる詩織をスルーして総護はピー助に指示を飛ばした。
「つぅわけで。ピー助、ドクター呼んでこい」
「え、なんでッスか?」
「そりゃ、ドクターも知りてぇだろ、研究者だしよ」
「そうッスね、分かったッス!!」
「あいつが帰って来るまで、ちと待ってろ」
「かしこまりました。ではその間に、お飲み物の準備をいたしましょう」
「お、おう」
まるで以前から住んでいたような、迷いのない動きでコップなどを準備し始める【彼方の賢者】と呼ばれる存在に、総護は違和感しか感じなかった。
「総ちゃん総ちゃん。ウチらちょっと買い物行ってくぅけど、いい?」
手待ちになった総護が男をじっと観察していると、外出の準備を整えた陽南と詩織から声がかかる。
「何か買ってきて欲しいものとかあるかしら?」
「俺は、特に無ぇな」
「分かったわ」
「行ってきま〜す」
「おう、気ぃ付けてな」
二人が出ていった数分後、ドクター(本物)がやって来た。
「来たよ総護く――ア、【彼方の賢者】!?」
「ご無沙汰しております――ブレイブ」
「……今は『ドクター』って、名乗ってるんだ」
『ブレイブ』と呼ばれた時、ドクターが一瞬だけ寂しそうな顔をしたのを総護は見逃さなかった。
「そうでしたか。それは失礼いたしました」
「いいよいいよ。それで君はようやく動けるようになった、のかな?」
「ええ、まだ完全にとは言えませんが。時間がかかってしまい申し訳ありません」
ドクターと【彼方の賢者】は知り合いだったらしい。それもそこそこ近しい間柄だと思われる。
「もしかして顔見知り、だったんスか?」
「うん、彼と最初に出会ったのはサラ――僕の妻だったんだ」
「へぇ、そうだったんスね」
総護達はサラと呼ばれる女性に会ったことは一度も無い。
(ま、誰にも事情や都合。言えねぇこともあるわなぁ)
気にはなるがデリケートな気配を感じたので、総護はあまり興味が無いフリをする。
「それで、僕を呼んだ理由は彼かな?」
「いや、違いますよ。俺の全力についてッスね」
「い、いいのかい!?」
「まぁ、隠すようなことでもないんで。つか、ピー助はどうしたんスか?」
「ピー助は、アーファのおままごとに付き合ってくれてるよ」
「あぁ、なるほどッスね。とりあえず、座ってもらえます?」
各々が椅子に座り、飲み物を青髪の執事が配り終えたタイミングで総護は説明を始めた。
「俺が使った『力』の正式名称は〝魔気合一〟っつぅんですよ。どうすれば使えるかってのは、魔力と気を混ぜるだけな――」
「――ちょ、ちょっとストップ!!」
早々にドクターからストップがかかる。
「なんスかドクター。俺、まだ説明の途中なんスけど?」
総護にはこの後ドクターが言う台詞を何となく想像できていた。
「冗談だよね……?」
「これが冗談じゃないんすよねぇ」
――『魔力』と『気力』を理解しているのなら、誰もがドクターと同じ台詞を言うのだから。
「私も、不可能だったと記憶しています。かつての実験でも成功したことは一度もありませんでした」
総護もかつては『不可能』だと知識として知ってはいたし、そう思っていた。無謀と呼ばれた挑戦の先にどんな悲惨な結末が待っているのか、有名だったのだから。
「俺も昔はそう思ってたけどな。コレが意外とできんだわ、めちゃムズいけどな」
「そう、ですか」
「そんで? 納得、できそうか?」
「……はい」
「どういうこと、かな?」
「それはッスねぇ――」
総護は【彼方の賢者】がここにいる理由と、たった今落ち込んでいる理由をドクターに説明した。
「――なるほどね。確かに〝魔気合一〟を使える人が増えれば僕らの勝率は上がるかもしれないけど、ちょっと現実的じゃないね」
「……こう言っちゃ明らかに語弊があるんスけど、ドクターが頑張ってるせいでまともに戦える人間が少ねぇんスよねぇ」
確かに【魔導師】は多数存在しているし、軍用の近接格闘術や古武術、武器術を使える人もそれなりにいる。
――だが、『【怪獣】に立ち向かえるか』と質問されれば、NOと答えざるを得ない。
以前に総護はドクターに頼んでこの世界の実力者と実戦的な試し合いを行ったことがある。
「そ、それは、僕がいるから大丈――」
「――大丈夫なわけあるかよ。それはアンタが一番分かってんじゃないッスか?」
「っ、いや、…………うん、そうなんだよ」
――その結果は総護の圧勝。実力者と呼ばれた誰もが、信じられないほどに弱かった。
「ドクターがいたからここまで生活が豊かになって、人の数も増えたんでしょうよ。でも、これからも危険なことから遠ざけておんぶに抱っこっで行くつもりッスか?」
【怪獣】や愚かな人々の行動によって絶滅の危機にあった人類を救ったドクターの行動は素晴らしいもので、英雄と呼ばれ褒め称えられるべきものだ。
しかしいくら英雄が存在し、その複製が多数存在したとしても――それに依存し続けることを、果たして『生きている』と呼べるのだろうか。
「分かっては、いたんだよ。それを理解しながらも人々の生活を安定させて人口を増やすことを、僕は優先し続けたんだ。……その結果が今なんだよねぇ」
「――そう思ってんなら、こっから始めようぜ?」
「え?」
後悔しているドクターに総護は以前から温めていた考えを伝える。
「ドクターがいる、俺らもいる、そんで【彼方の賢者】も復活しかけてるとなりゃあ、いけんだろ」
予想外の来客もあるが、それは総護としても嬉しい誤算と言えた。
「言ったろ? 『俺も手伝う』ってよぉ。そいつは別に【怪獣】と戦うだけのつもりは無ぇッスよ」
世界が『総護と【怪獣】だけ』で完結しているのならば、それだけで十分だっただろう。
「『いつか戦わにゃあならねぇ時がくる、逃げれねぇ時がある。そん時ぃ、てめぇはどうすんだぁ?』って昔、師匠に訊かれたことがあんスよ」
しかし、当然だがこの世界にも数多くの人々が生活している。
「俺は『勝てばいいじゃん』って答えましたよ。なぁドクター、その選択肢は、あったほうがいいと思いません?」
そんなに単純なことではないかもしれない。
だが、少なくともドクターのように『抗う』という選択を選べるようになることは小さくない意味を持つはずだ。
「……ありがとう。君達には本当に感謝しかないよ」
「んじゃ、明日から『人類強化計画』スタートッスね」
「それは、ちょっと急じゃないかな? ほら、みんなにも予定とかあるだろうし」
「善は急げッスよ、ドクター」
「そう、だね。うん、分かったよ。それじゃあ、日程の調整とかを始めるよ」
そう言ったドクターは椅子から立ち上がり、複製に指示を飛ばし始めた。
「そんじゃ、次は俺が訊いていいか?」
同時に総護は、途中から沈黙を続けている来客へと声をかける。
「結局、お前は何なんだ? どっから来て、どうして【怪獣】と戦った? どうして人を強くしようと思った? んで、これからどうしたい?」




