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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
二章 空の下、君と歩くための物語
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七〇話:叩けよ、さらば開かれん(下)

 

 陽南と詩織が動けるまで待ち、それから行動を開始する。


「そこ、落とし穴隠してあっから踏むなよ?」

 ――巧妙に隠してある落とし穴の横を通り抜けたり。



「ちょいストップ。あれ見ろ、このまま行ったら天井が落ちてくんぞ。……利用すっか」

 ――落ちる天井を先に落として進んだり。



「あ〜、壁が来てんなぁ。しゃあねぇ、床ぶち抜くか」

 ――両側から迫る壁は床を破壊し近道(ショートカット)したり。



「逃げんぞ、鉄砲水だ。走れ走れっ」

 ――大量の水を背に全力疾走したり。



「危ねぇっ、矢が降ってくんぞ!!」

 ――〝結界〟で防ぎなから矢の雨の中を歩いたり。



 総護達は仕掛け(ギミック)(トラップ)だらけの空間を進んでいた。



「つ、疲れたぁ。総ちゃん〜、そろそろタバコしよぉや〜」


 大きな十字路を通り抜けた時、陽南からそんな声がかかる。


「んじゃ、休憩すっか。ここら辺は罠っぽい反応無ぇしよ」


 一時間と三二分。それが総護達が進み続けた時間だった。


「どうだ? 初迷宮攻略(ダンジョン・アタック)の感想は?」

「めっちゃ疲れるわ〜」

「正直、かなりしんどいわね」


 薄暗い中で、総護はウエストバッグから小型のランタンと飲み物、食料を取り出す。


「だろうな。普通の魔術師ですらもっと初心者向けの、それこそ簡単な迷路っぽいヤツから始めっからな」

「ップハ。やっぱりドクターの説明とは違ぁよね?」

「そうね、こんな場所を無傷でやり過ごすのは普通は無理よ。私達も総君がいるからなんとか生きていられるんだもの」


 ギロチン、回転刃、一本橋、火炎放射、槍衾、幻影壁床などなど、帰す気が無い罠の数々を素人が無傷で切り抜けられるわけが無い。


「んじゃあ、どういった可能性が考えられると思う?」

「これまでとは違う場所に出てきた、とか?」

「今までの全員が記憶の操作されとったとか?」

「それか、死にかけたら治して記憶引っこ抜いて強制的に戻されるとかも、あるかもなぁ」


 ――そのどれもを否定できる要素がここには無い、つまり有り得るかもしれないのだ。


「どうする? 帰るか?」


 総護は再度、二人へと問う。


 適度な緊張感があるのは問題無い。しかし、恐怖や怯えに支配され正常な判断を下せない状況であるならこれ以上進むのは命取りだ。


 その自己判断ができているかどうかの確認の為に、総護はあえて陽南や詩織に訊いていた。


 幸いにもこれまでの罠などなら二人を補助しながら進めるので、このまま進んでも総護としては問題無かった。


「ウチは、もうちょっと進んでみたいかな?」

「私もまだいけるわ」

「んじゃ、もうちょい休憩してから進むか」


 それから少しばかり休憩をとって、再び三人は進み始める。


「余裕が無くて訊いてなかったけど、目星は付いてるのよね?」

「おう、一個だけ罠じゃねぇ反応があってなぁ。入ってきたドアと同じっぽいんだよ」

「そこまで、あとどんくらいだぁ?」

「あと……三分ぐらいじゃね」

「めっちゃ近いがん!?」


 雑談を交えながら少し歩くと、小部屋ような場所に見覚えのあるドアが見えた。


『――貴方達の可能性を信じています』


「あったな、準備はいいかぁ?」


 二人が頷くのを確認した総護はドアを開き中へと入る。


 今度は洞窟の内部のような見た目だった。薄暗さは変わらないようだったが。


「――っお」

「魔力が」

「落ち着いた、わね」


 その次の瞬間、明らかな変化が三人を襲う。


「っ、マジかっ!?」


 今度ばかりは総護も動揺を隠せなかった。



「――今度は『気』かよっ!?」



 総護も体内の気力をここまで大きく、激しく乱される経験は初めてだった。


 身体の内側をかき混ぜられているような、何かが這いずり回っているような、なんとも言い表しづらい強烈な不快感が吐き気を誘う。


 魔力の時は耐えられたが、今度ばかりは無理だったらしい。


 少しふらついた総護の左右で、水音が響く。


「こいつは、しゃあねぇ。俺もけっこうきてっからな。だから、あんま気にすんな。な?」


 吐き気と不快感からか陽南も詩織も、喋る余裕が無いようだ。


 気は魔力よりも身体に与える影響が遥かに大きい。耐えられなかったのも無理はない。


 総護は急いで自身の気の巡りを整える。


 予想外の事態だったため少し反応が遅れたが、いつも総護が行っている自己鍛錬の限界操作に比べれば戻すことは造作もない。


 以前、彼女達の父親(師匠)に鍛錬の内容を訊かれた時、総護が何気なく答えたら本気で心配されたことがあった。

 詳しく聞いてみると、通常の気の鍛錬では『〝身体強化〟を維持しながら動き回り、気をギリギリまで消費して解除する』という一連の過程を繰り返すだけらしいのだ。

 端的に言えば総護が厳十郎から教わったやり方は危険極まりないらしい。



『へぇ、そうだったんスね』

『……よく今まで無事だったね』

『今は慣れたんで何ともないッスけど、昔は色々と爆発してましたよ? 内蔵とか』

『……よく、生きてたなジュニア』

『婆ちゃんおかげッスね』



 だから、陽南や詩織にとってこの状況は拷問に近いのかもしれない。


 かつての会話が脳裏をよぎった総護は二人の背中に手を当てながら〝回復(リカバリー)〟を発動させ、同時にいくつかの経穴を押し、気の動きを落ち着かせる。



(ッチ、今度はこの状況で戦えってか?)



 魔術を使わずとも大きな生物の気配を多数感じる。つまり戦闘になる可能性が高いということ。詩織と陽南の状態では無理だろう。


(ひとまず、ここまでだな)


 既にある程度の情報は収集できている。あとは『記憶を持ったまま戻れるのか』という問題だが、こればかりは実際に帰ってみないことには分からない。


 なので総護は前と同じように、『帰りたい』ということを強く思った。


 ……。


 …………。


 ………………。



「――んなとこでフェイントかけてくんじゃねぇよ、クソがッ……!!」



 数十秒、数分と待ってもドアが現れることは無かった。



 ――〝魔響探査〟



 確認してみると先程と同じく、遠くにドアような反応がある。



 ――〝転移〟



(やっぱできねぇか、クソがッ)


 ポケットから取りだした呪符は正常に発動したが、どこにも繋がることなく魔力が霧散する。


(行くしか、ねぇか)


 何が起こるか分からないため総護が先行し周囲や通り道の安全を確保した後を、陽南と詩織が付かず離れずの距離からついてくる方法で進むことにした。



(邪魔っ)

 ――虫のような生き物の集団を焼き払い。



(邪魔ッ)

 ――猿のような魔獣を雷の矢で射抜き。



(邪魔ァ!!)

 ――熊のような魔獣を風の刃で両断する。



 戦闘自体は終始総護の圧勝で、一切問題は無い。

 それよりも激しい不快感と吐き気により徐々に消耗していく陽南と詩織がいつまで持つか(・・・)、ということが最大の問題だった。


(――クソッ、ミスったなマジで)


 明らかに総護達は罠に嵌まっていた。


「ちょい休憩するか」

「……ごめんね、総ちゃん」


 いつもとは比べられないほど弱々しい陽南の声に、焦燥や不安が加速する。


「謝んなって。むしろ悪ぃのは……判断ミスった俺なんだからよ」

「それは、違うと――」

「――違わねぇだろ……っ!!」


 つい、総護の口調が荒くなってしまう。


「っ、ごめん、なさい」

「ぁ、いや、――悪ぃ……」


 以降、誰も言葉を発することが無くなった。


 総護は喋ろうにもうまく言葉が纏まらず、陽南と詩織は余裕が無く喋れなかった。


 その後、何度か休息を挟みながら進み続けようやく目当ての扉を発見する。



『――貴方達の可能性を信じています』



 帰れるか、帰れないか。



(頼むぜっ)



 後者であることを祈りつつ、ドアノブに手をかけた総護は警戒しながら中へと入っる。





 ――そこは、





(――眩しっ!?)





 ――暖かな陽光、そして草木と土の匂いに満ちていた。


「外、……森、か?」


 鬱蒼と茂る木々の中に総護達は出てきたようだ。

 ――同時に乱れていた気が急激に落ち着いていく。


「はぁ〜、しんどかったぁ」

「そうね。できれば、もう体験したくないわ」


 力なくその場に寝転ぶ陽南と汗を手で拭う詩織。楽になったなことで喋る余裕が出てきたようだ。


「……ほい」


 そんな二人総護はスポーツドリンクを手渡す。ばつが悪そうな表情の理由は、色々とあるのだろう。


「ねぇ、総く――」

「――初めまして」


 いきなり男の声が聞こえた。


「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが警戒し―――」



 ――〝四神結界〟



「――この状況で警戒すんなっつぅのは、虫が良すぎだと思わねぇか?」


 どこか既視感のある状況。

 陽南と詩織を結界で包み、現れた相手に十手を突きつけながら総護は周囲を警戒する。


 一八〇センチ近い身長と、場違いな濃紺のビジネススーツに革靴で着飾った男。

 背後が透けて見える青髪の美丈夫がいつの間にか現れる。


「それに謝んならぁ、隠れてねぇで(・・・・・・)出てこいやコラ」


 いかに幻像(・・)が言葉を尽くそうとも、今感じるのは怪しさ以外の何物でもない。


「なるほど、それもそうですね。では自己紹介から始めましょう」


 納得したような表情の男は身なりを整えるような動きをする。


「ですがその前に、後ろのお嬢様方――」

「――オイてめぇ、陽南と詩織に手ぇ出してみろ、許さねぇぞ。絶対ぇに(・・・・)

「〜〜っ!?」


 静かな言葉とは対象的に総護から溢れた殺気は嵐の如く荒々しく、触れるものを全て切り裂くような鋭さを秘めていた。


「……いえお嬢様方にはこのまま帰っていただきます。残念ではありますが、まだその時(・・・)ではないようなので」

「あぁ?」


 総護には男の言っている意味が分からない。


「しかし貴方には、このまま残っていただきたい」


 だが男は何も気にせずに恭しく頭を下げ、


「その身に秘める可能性」






 ――告げる。






「――試させていただきます」

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