六九話:叩けよ、さらば開かれん(上)
今はまだ敵わなくとも、未来は誰にも分からない。
いつかの為の、一助とならんことを。
貴方達を信じています。
その――秘めたる可能性を、信じています。
**********
ドクターと約束を交わしてから数ヶ月後のこと。
明るい照明に照らされた一室に総護達はやってきていた。
「めっちゃ広いね〜」
「そうね」
「んでクソ眩しいな」
陽南の感想に総護や詩織も頷いて同意する。『一室』と事前に聞いていたが、そう呼ぶにはいささか広すぎる。
その上かなり証明が強く、明るい部屋だった。
「そこは我慢してね。監視するにはこれくらいがちょうどいい明るさなんだよ」
「こんな場所に監視っているんスか?」
「もちろんだよ。もし【怪獣】がここまで嗅ぎつけたらコトだからね」
「まぁ、あり得なくはねぇ、か?」
【怪獣】が不規則な周期で海と陸を行ったり来たりしているのは周知の事実だ。
〝転移〟すら使いこなしているのだから、いずれココまでやって来てもおかしくはない。
「見た目は……普通ね」
「確かに、こりゃ言われねぇと分かんねぇわな」
総護達の前には、どこにでも有りそうな片開きのドアが佇んでいる。
ウエンジような深い色合いで上品な雰囲気があるものの、ドアノブが安っぽいせいかどこかチグハグな印象を受ける。
そして薄いわりに自立し、ぐらつく気配も無くしっかりと自立している。――広い部屋の中にポツンと、だ。
ドクターから事前に説明を聞いていなければ、芸術品かなにかだと思ったことだろう。
「見て見て、それより外のほうがすごいがんっ。ほらっ」
「いや、外もスゲェんだけどこっちもスゲェんだぞ?」
陽南の指が向いている方向には大きな窓があり、その外はほとんどが闇に包まれている。
だからこそキラキラと光を放つ星々がいつもより輝いて見える。
「――『地球は青かった』たぁよく言ったもんだな。ま、誰がコレを見てもそう思うだろうがなぁ」
「本当に綺ね」
「ね~」
――『月面』から見る地球は、青い宝石のように輝いていた。
「……本当はアーファにも、この景色を見せてあげたいんだけどねぇ」
「終わった後ならぁいくらでも見放題ッスよ、ドクター?」
「そう、だね。よしっ、そろそろ本題に入ろうか?」
「ウッス」
「は〜い」
「分かりました」
こちらに着いた時と同じく、武装を整えた総護達は揃って返事を返す。
『国際月面調査基地』という名称がこの建物の正式名称で、今はある一つの目的の為にドクターが改築、管理していた。
「ピンクなら便利な扉だったんじゃねぇ?」
「一家に一個ほしいわね」
「ん〜、たぶん犯罪にも使われぇと思ぉよ?」
「結局は『使い方次第』ってヤツだなぁ」
そのドアは【彼方の賢者】と呼ばれる存在が【怪獣】と戦い、敗れた後。その姿を消す前に残したらしい。
――貴方達の可能性を信じています。
そのドアが視界に入る度に、そう訴えかけてくる。
(〝伝心〟っぽいけど、なんか違ぇんだよな)
伝わってくる微細な魔力は機械的な感覚で、術式も総護が知る魔術や魔導とは違っている。
「偽物の消滅を確認。対象の行動はB。予測通りだ」
「分かったよ。引き続き監視よろしくね」
「了解、監視を続行するよ」
ドクターは複製に指示を出した後に改めて説明を始める。
「さっきも説明したけど、君達にはこのドアの中を調査してきてほしいんだ」
依頼はいたって単純。
「それだけ聞くと、めっちゃ簡単に聞こえぇよねぇ」
「過去に三四一回挑戦して、一回も成功してねぇってのを除けばなぁ」
――内部構造が一切不明ということを除けば、だが。
「中の情報は全く無いんでしたね?」
「そうなんだよ。誰でも入れるし出てこれるんだけどね、入った以降の記憶が無いんだ。まるで抜き取られたみたいにね」
情報が無いので対策のしようがなく、記憶や機器を魔導で保護して入ってもまるで意味が無かった。
「帰り方はなんとなく分かるし、帰ってきた誰も傷一つ無いから安全なんだと思うんだけど、そこも含めて分からないことだらけなんだよねぇ」
生還率一〇〇%だが、同時に失敗率も一〇〇%
「それに『貴方達の可能性を信じています』というこの言葉が、何を意味するのか分からないままなんだ。僕達が【怪獣】に勝てる可能性なのか、このドアの先を攻略できる可能性なのか、それとも全く違う可能性なのかさえもね」
これから総護達が挑むのは完全な謎だ。
「でも君達なら、『本来ならあり得ない存在』なら――」
「――何かを掴めるかもしれねぇ」
「そう、だからちょっと期待して待ってるよ?」
「程々にしといてくれよ、ドクター」
気を取り直して総護はドアノブを掴む。
「それじゃあレッツゴーっ」
「いや遠足じゃねぇんだぞ?」
「ッフ、相手にとって不足なし。いざ参ろうか、我が奥義が全てを薙ぎ払ってくれる!!」
「……ぶっ壊してどうすんだよ」
陽南も詩織も明らかにテンションが上がっている。
(出んのは鬼か蛇か仏か。欲を言やぁ強ぇヤツがいりゃラッキーなんだが、どうなるか)
総護も期待を込めてドアを開けた。
**********
総護達は内部へと、細い通路のような場所へと出る。
ドアを閉めて消えたのを確認した直後、
「え、な、なにっ、これぇ!?」
「こ、れは……っ!?」
――変化は唐突だった。
「っと、大丈夫か?」
体外、体内を問わずに、存在する魔力が異常に乱れ始める。つまり、
「「気持ち、悪いっ」」
――目眩や吐き気に似た強烈な不快感が三人を襲う。
先程までの楽勝ムードはどこえやら、ついその場に蹲ってしまう。――総護を除いて。
「っ……、なんでそんなに、平気、そうなの……っ!?」
「そりゃ、魔力の乱れを戻してっからなぁ」
さも当然のように総護は言ってのける。
「鍛えられ方が違ぇんだよ」
――対魔術師戦における上級の技術の一つとして、相手の魔力を乱す方法がある。
防御を固めた相手や隙の無い相手に対して強引に隙を生じさせる、力技である。
技術が在るということは対策も当然だが存在する。それは今まさに総護が行っている『自力で魔力の乱れを戻す』方法だ。
『力技』に『力技』で対抗するという魔術師らしからぬやり方ではあるが、これ以上ないほど有効な手段だった。
「うぅ〜、めっちゃグルグルする〜。……吐きそう」
「『こういうのも在る』って婆ちゃん達から聞いてんだろ? ちょうどいいし、ここで練習すりゃいいじゃねぇか」
「急すぎる、のよっ」
「しゃぁねぇだろ? 何があんのか分かんねぇんだからよぉ」
――ォ……。
(……ん?)
ゆっくり体内の魔力の流れを整えていく二人をサポートしていると、何かが聞こえた気がした。
――ォオッ……。
(なんの音――おい、マジかよ)
気のせいかと思ったが、どうやら違ったようで。
――ゴロォォォォオッ!!
猛烈な勢いで通路の向こうから巨大な球体が迫っていた。
「うぇえ!? なになになにぃッ!?」
「な、なんてテンプレな罠っ!!」
通路には避けるような隙間は存在せず、このままでは引かれた蛙ようにペシャンコになってしまう。
「詩織、お前余裕あんだろ?」
焦りや不安など一切感じさせない総護はトン、と床を踏み鳴らす。
すると前方に魔法陣が現れ、球体がその魔法陣に触れると同時に消失。数秒後に通路の遥か後方から盛大に何かが砕け散った音と小さな揺れを感じた。
「慣れりゃ今みてぇに普通に魔術が使えるようになっから、もうちょい頑張れ」
「……は〜い」
「分かった、わ」
まず動けなければ調査どころか何もできないのは確かなので、陽南も詩織も自身の魔力の操作に集中していく。
(しっかし初っ端から即死級の罠たぁ、どうなってんだ?)
先程の罠で『無傷で帰ってきた』という結果に今回はならないことが確定してしまった。
(とりあえず視てみっかぁ)
とりあえず総護は一度、フィンガースナップ。
――〝魔響探知〟
パチンという小気味よい音と共に小さなが魔力を勢いよく拡散、反響する。
「クッソ広ぇな、んで――」
総護達がいる通路は前後にしか道がないが、その先はどちらもかなり広く、そして途方もなく複雑に入り組んでいた。
それだけでも非常に厄介なのだが、それ以上の問題があった。
「――罠だらけじゃねぇか」
把握できる範囲だけでも、即死級から足止め程度のものまで様々な罠が仕掛けられている。
(この状況で『迷宮攻略』は……いけんのか?)
総護一人だったならいくらでも進んでいくだろう。
しかし、陽南と詩織は魔力が乱れている影響を現在モロに受けている。それに二人とも『迷宮攻略』は初めてになるはずだ。
(……確認しとくか)
となれば『帰還』するという方向に舵を切らざるを得ない。
(帰りてぇ)
聞いていた通り、いつの間にか『帰りたいと強く思う』と帰れるということを知っていたので、さっそく総護は試してみる。
するとどうだろう、総護の前に見覚えのある扉が出現しする。
「――で、どうすんだ? 今日はもう帰るかぁ?」
一応、総護は蹲っている二人へと問う。
このまま不調を抱え、思うように動けない詩織と陽南には危険な道のりだ。
「いや、もう少し待ってて。今、戻してるから」
「ウチも、もうちょっとかかるわ〜」
目を瞑り集中する二人。少し前よりも大幅に魔力の乱れが収まりつつあった。
(……相っ変わらず、俺とは大違いなんだよなぁ)
「なら、気ぃ抜かずゆっくり行こうぜ」
二人の状態が普段通りに戻りかけていることを確認した総護は、このまま進むことに決めた。
「もしかすりゃあ、死ぬかもしれねぇんだしよ」




