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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
二章 空の下、君と歩くための物語
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六八話:ソレは『そう』在る【存在】

 

「詩織ちゃん!!」


 陽南は壁を駆け、勢いをつけて右足で蹴りかかる。


「分かったわっ」


 詩織はその蹴りに合わせ、掴みかかる。


 総護は左右から迫る攻撃のうち、まず蹴りを掴み自身の反対側へ振り回すという荒技でもって迎撃する。


「痛ぁ!?」

「きゃあ!!」


 バットの如く振り回された陽南は詩織と衝突し転がっていく。


「予測が甘ぇ。あと反撃も常に考えてねぇと咄嗟に動けねぇぞ」


 二人の攻撃に対して指摘をし、「んじゃ次ぃ行くぞ」と今度は総護が攻めに出る。


 ここは総護達の家の下、ドクターが新しく増築したトレーニングルームだ。


「いや〜、相変わらず激しいね」

「そうッスね!!」


 ピー助と共に階段を降りたドクターは激しく動き回っている三人を見ながら思った感想を口にする。

 ピー助にはいつも通りの風景だが、ドクターにはついていけない世界だった。


「ねぇ〝身体強化〟を総護君だけが使ってないんだよね?」

「そうッスよ」

「どうやって見切ってるの?」

「予測と勘ッスね」

「……勘かぁ」

「――いやそれもあるけど、目も鍛えてんだよ」

「ウギュ、そう、だっだッズぅぉおあああぁ!?」


 最近見なかった姿が見えたので総護はドクターの方へ歩いて来る。ちなみに、てきとうなことを言っていたピー助は掴まれ放り投げられた。自業自得だろう。


「んんっ、――久しぶりだね総護君、陽南ちゃん、詩織ちゃん」

「ウッス、久しぶりッスねドクター」

「こ、こんにちはぁ」

「お久し、ぶりです」

「色々と面倒見てもらってごめんね。トラブルとかが重なっちゃって、やっと時間がとれたんだよ。……大丈夫かい?」


 総護は汗が滲む程度だが、肩で息をする陽南と詩織は今にも崩れ落ちそうであった。


「まだ、だい、じょうぶ、ですっ」

「はい。……なんとか」


 どう見てもギリギリなのだが、大丈夫らしい。普段からの鍛え方がドクターとは違うためだろう。


「まぁ、切りもいいし今日はこんなところで上がるか?」


 総護の言葉が聞こえた直後、少女達はへたり込んだ。


「じゃあ、よければ僕の家でお茶にしな――」

「「――行きます」」


 疲れているとは思えない速度で、声が返ってくる。


「そ、そう? 待ってるからゆっくりおいで」

「「はいっ」」

「くくく、ピラニアか――」

「――総ちゃん、何か言った?」

「い、いやぁ、楽しみだなぁ。なぁピー助?」

「そう、ッスね」

「そうよ、楽しみよね」

「っ、つぅわけで、準備しようぜ。準備」


 出ていったドクターを追いかけるようにそそくさと上に向かう総護の背には、明らかに違う汗が流れている。



 自業自得といえた。




 **********



 ドクターの家で菓子やお茶をある程度飲み終わった時。



「――君達は【怪獣】について、どこまで知ってるんだっけ?」


 質問の内容に比べて、ドクターの声は真剣だった。


「超デカくて、アニキの攻撃でも傷一つ付かなくて、とんでもない魔力の塊だったッス!!」

「ピー助、それだとただの感想じゃない」

「でも、間違ってないと思うッスよ?」

「あとは〜、人の魔力が好きで〝転移〟してくるとかもあーよね?」

「そうだね、そこらへんは説明したよね」


 総護達と出会って少し経った時、ドクターは色々と(・・・)確認も兼ねてざっと説明したと記憶している。


「んで、わざわざ呼んだっつぅことは、何かあったんスか?」

「そうなんだよ。ちょっと気になることがあってね」

「『気になること』、ですか?」

「うん、これがけっこう……いやすごく重要なんだけどね」


 ドクターは総護へと真っ直ぐ視線を向ける。


「ねぇ総護君、――『相変わらず、胸糞悪ぃな』って、言ってたよね?」

「……やっぱ最初から見てんじゃねぇッスか」

「ち、違う違う。ちょっとした裏技っていうか『場の記憶』を読み取っただけだから!!」

「おい、サラッととんでもねぇこと言ったぞこの人」


 どうやら訊くと色々と解析していた情報(データ)から総護の独り言に辿り着いたらしい。


 確かに、その独り言には客観的に考えて『以前にも見たことがある』という意味が含まれている。


「だ、だから純粋に教えて欲しいんだ、総護君。君がいた世界にも【怪獣(カイジュウ)】みたいな存在がいたのかな? それとも前に【怪獣】に出会ったことがあるのかな?」


 ドクターからすれば『呼び出すほど重要な内容』だろう。これで事前に連絡も寄越さずに会いに来た理由が判明しわけだった。


「――『アレがなんなのか』っつぅことなら、確かにドクターよりも詳しいと思うッスよ」

「ほ、本当かい!?」


 今にも立ち上がりそうな勢いで反応するドクターとは対象的に、総護の口調は淡々としていた。


「総君、もしかして『裏』絡みの内容かしら?」

「それは、どういうことかな?」

「ウチらの世界でも隠されちょうこととか、普通に生活しちょうだけじゃ分からんことがあるんだわぁ」

「ああ、なるほどね。それで『裏』か」

「いや、『裏』でもほとんど誰も知らねぇと思うけどな。なんせ――存在自体を認識できねぇようにしてあっからな」


 ――当然だとドクターは考えた。

 ――【怪獣】は本来なら関わるべきでは無いような規格外の存在だからだ。



 しかし、



「それで、君達の世界では【怪獣】にどう対処した――」

「――ああ、ドクター。最初に言っとくと【怪獣】なんか俺はこっち来るまで知らなかったっスよ?」

「………え」



 真実は、



「多分、つぅか一〇〇パーこっちの地球にいた烏賊(イカ)に【アイツ】の一部(・・)が取り憑いたのが――【怪獣】ってドクターとかが呼んでる存在に変質したんスよ」

「なん、だって……?」



 男の予想を遥かに超えていく。



「本体は【疫病神】とか【悪魔】なんかが可愛く思えるぐれぇにとびきり厄介な【ヤツ】なんスよ。そうッスね俺が聞いたおとぎ話だと――」




 ――遥か昔。まだ世界がたった一つしか存在していなかった、とても古い時代。


 長い年月をかけて、世界にあらゆる命が誕生する。


 そこには強力な力を持つ存在――いわゆる『神』と呼ばれる存在も含まれていた。


 千差万別の力を持った神々。それぞれが産まれる生命(イノチ)を祝福し、己の力を世界がより豊かになるように使っていた。


 産まれ、成長し、発達した生命は意思を、強い『感情』を持つようになる。



 ――愛、勇気、喜び、楽しい、恋、嬉しい、優しさ、慈しみなどの感情。



 しかし、生きていくうちに他の感情も持ってしまう。



 ――憎悪、臆病、悲しみ、苦しさ、無関心、妬み、冷たさ、殺意などの感情。



 感情や思いは制御できるものではなく、誰しもが持ってしまうもの。


 だが、いわゆる『負の感情』と呼ばれるそれらを忌避すべきものだと、醜いと、古い支配者や神々が決め付けてしまう(・・・・・・・・)


 そして――湧き上がるそれらの『行き先』を創ってしまった(・・・・・・・)



 そう、命あるモノたちの負の感情を受け入れる為の隔絶された『異なる世界』と『構造(メカニズム)』を創り出してしまったのだ。



 あらゆる命の、あらゆる負の感情が、澱みと決め付けたそれらが、その『世界』に流れていった。


 臭いものに、醜いモノに、勝手に蓋をする。それは、傲慢と呼ぶのも烏滸がましい所業だった。




 ――それから長く、とても永い時が過ぎる。




 数々の世界が産まれ、枝分かれしても注ぎ込まれる『世界』は一つ。

 止め処なく注がれても『世界』は一つ。



 ある時――膨大と呼んでも足りない澱みの中で『自我』が芽吹く。



 混沌を煮詰めた『世界』の中で、集い、混ざり、固まり、形を成し――『命』となる。



 ――『世界』は冥闇で満ちていた。だからソレしか知らない、分からない。



 それは、【最古の罪咎】

 ――短絡的な思考の代償は、あまりにも巨大で、残酷に尽きる。



 それは、【無垢なる邪悪】

 ――決め付けた代償は、あまりにも強力で、凶悪だった。



 それは、『善』とは対極に在る存在。




 ――死を祝い、争いを囃し立て、狂を尊び、魔を呼び寄せ、病に歓喜し、滅びを善し(・・)とする。




 ああ、ただ一つ。祝福されない命が産まれた。





 ――――産まれてしまった。





「――そんで俺らは【悪】って呼んでるんスよ。呼び名が他に無いんで便宜上ってやつなんスけどね」



 ドクターも陽南も詩織もピー助すらも、誰も言葉を発すことは無い。


「今はクソ厳重に封印されてるはずなんスけど、力が強すぎて完全には封じきれてないみたいなんスよねぇ」


 総護の声だけが部屋の中に響く。


「まぁ、自分以外と関わりたいだけらしいんで、向こうにゃ悪意やらは皆無らしいんスよ。でもこっちに伝わんのは殺意やら不気味さとかになるし。ほんの少し、欠片以下が取り憑いた結果がアレなんスから、本体がどんだけやべぇかは、理解できるんじゃないッスか?」


 ドクターの思考は理解を放り投げかけていた。


「ハ、ハハッ。楽しい、冗談だねっ」


 だそれも、仕方が無いのかもしれない。

 この星の人類を滅ぼしかけた存在が、大元からすれば大海の一滴ですらないと聞けば、誰だって耳を疑いたくなるだろう。


「残念ながら真実(マジ)ッスよ」


 でも、総護は一切ふざけてなどいない。


「なんて、ことだ……ッ!!」


 ――それが、今のおとぎ話が現実なのだと物語っていた。


「どうにか、できんだ?」

「無理だったんだよ」

「……もしかして、厳爺でもどうにもできなかったの?」

「そうらしいんだよなぁ」

「それマジで言っちょうだ!?」


 二人と一匹にとっては計り知れない衝撃だった。


「……その『ゲンジイ』って人は、誰かな?」

「アニキの師匠でお爺さんッスよっ!! それも【世界最強】って呼ばれてる誰も勝てない怪物中の怪物ッス!! あの【怪獣】くらいなら多分瞬殺できるくらい強い人ッス!!」

「…………えぇ」


 ドクターは大量の情報で頭が痛くなってきた。


「だから言ってんじゃん、ガチでやべぇヤツなんだよ」

「私、初めて聞いたんだけど?」

「自ら進んで関わるようなヤツじゃねぇんだよ。あれだ、『知らない方がいい存在』ってヤツだ。言ったろ? 知ろうと思っても分かんねぇようになってんだって」


 しかし、ピー助が言っていたことが事実であるなら希望がある。これは過去最大の好機と言っても過言ではない。

 あの怪物を倒し得る人物が存在しているのだから。


「総護君、その――」

「――無理ッスよ」


 ドクターの言葉を総護は半ばで斬り捨てた。


「……僕、まだ何も言ってないよ」

「『連れて来て』とか言うつもりだったんスよね?」

「そう、だけど」

「爺ちゃん、『興味無ぇなぁ』って、断りますよ」



「そんなのっ、分からないじゃないかっ!?」



 総護達が聞いたことがない、剣幕だった。



「分かりますよ。だって爺ちゃんには何も関係無いことなんスから」

「……っ!! でも君が説得すればっ、分からないじゃないかっ!?」

「分かりますよ」

「どうしてっ!?」

「――きっと俺が【怪獣】に負けて殺されたとしても、『それはテメェが弱かったからだろぉ』って言うような人だからッスよ」

「そん、……な」


 最上厳十郎とはそういう人だ。それは総護がよく知っている。痛いほどに。


「パパ?」


 ドクターが項垂れると同時に小さな声が聞こえていきた。


「ぁ……ごめん、起こしちゃったね」

「パパ、だいじょうぶ?」

「っ、大丈夫だよっ。それよりまだ眠いんだろう? パパと一緒に二階に戻ろっか」

「……うん」


 アーファを抱き上げた背中がいつもより小さく見えた。


「ちょっと、冷たかったんじゃない?」

「俺だって好きで断ったんじゃねぇよ。ああでも言わねぇと諦めらんねぇだろ」

「そうかもしれないけど……」


 ――人類を救う。


 たった一人にのしかかってきた重さは、いったいどれ程だろうか。少なくとも総護が想像できる程度ではなく、大変な戦いの連続だったはずだ。


「アニキはどうしたいんスか?」

「あぁ? んなもん決まってんだろ」

「そうッスよね……!!」

「だよね〜」

「なら、最初からそう言えばいいのに」

「同じことじゃねぇかよ」


『関わんならぁ、逃げんじゃあねぇぞぉ?』


(そういう約束だかんなぁ)


 たとえ厳十郎は呼べなくとも、総護達は今、ここにいる。なら、やることは一つ――いや二つ。


「そ、総護君。さっきはごめんね? 本当なら君達と出会ってなかったかもしれないのに」

「なぁ、ドクター」

「分かってるよ。僕が悪かったからどうか穏便に――」

「――ドクター、今までたった一人で戦ってきたんだろ? 俺にも手伝わせてくれよ」

「え」


 強いヤツがいる。負けっぱなしじゃいられない。


「そうそう、【怪獣】なんかに負けんぐらい強んなって」

「ドクターとアーファちゃんが地上でいっぱい遊べるように」

「オイラも精一杯頑張るッス!!」


 それに、もう関わってしまったのだ。


「約束するぜ、アーファに本物の空を見せてやらぁ。だからよぉ、途方に暮れんのはもっと後でもいいんじゃね?」


 このままでいいわけがない。だから手伝うと決めた。


「あり、がとうっ。本当に、ありが、どう゛っ!!」

「おいおい、アーファ起きますよ?」

「ざっぎば、ごめんね――」


 ――〝消音(サイレンス)


「――、!! ――っ!!」


 罪悪感か、はたまた純粋な感謝か。どちらにせよイケメンがしていい顔じゃなくなっている。


 とりあえず、アーファが起きないようにしてからドクターの鼻水や涙を服で受け止める総護だった。

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