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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
二章 空の下、君と歩くための物語
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六六話:鍛錬

 

(……砂しか見えねぇな)


 少し歩き、荷物が入った鞄を地面に下ろした総護は改めて周りに目を向ける。


 場所からして当たり前のことだが、周りは砂と、砂山しか存在していない。遠くには砂嵐が見えたが、遠すぎて迫力に欠けていた。


(はぁ~、ちったぁ期待したんだがなぁ)


 試しに現実逃避じみた思考をしても落ち込んだ気分は回復することは無く、ため息しか出てこない。

 突き抜けるような快晴とは裏腹に、総護の心境は今にも雨が降りそうな曇天だった。


 総護がこうなっている理由は単純。


 大きな見た目に凶悪そうな雰囲気。

 『魔獣』という特異な進化の先で得たそれなりの魔力。

 魔力を抑え込んだ総護へと嬉々として襲いかかる凶暴性。


 ――そこまでは良かったのだ。


(【怪獣(アイツ)】レベルの強敵(ヤツ)なんざ今は望んでねぇけどよぉ、それにしても歯応え無さすぎんだろ)


 『見かけ倒し』。


 ――それが、実際に戦ってみた総護の最終的な感想だった。


(これじゃ一人でやってんのと変わんねぇよ。……はぁ、次は海にでも行ってみっかなぁ)


 最初は森、次は山、今回が砂漠。そのどこにも苦戦するような魔獣はいなかった。


(マジで【怪獣】の一強すぎだろ。もしかしてある程度強ぇ奴らはあらかた殺られちまったのかぁ? ……否定できねぇのがやべぇな)


 総護の思考の隅にに『あり得なくもない』という考えが過る。【怪獣】の強大さは実際に相対した総護から見ても計り知れないものだったのだから。


(そういやこっちにゃ『箱庭(ガーデン)』的なモンとかあんのか? なんにせよ、ドクターに改めて聞いてみねぇと分かんねぇか)


 そんなことを考えながら迎えを待っていた総護。


「――、?」


 その総護の感覚に、何かが軽く引っかかる。


「――おぉ?」


 次いで感じたのは、足裏の微弱な振動。


「――っは」


 同時にハッキリとこちらに接近してくる、気配が一つ。


『総護君、準備でき――』


 ――ドクターの声を遮るように、総護の近くの砂が轟音を立てて盛大に吹き飛んだ。


 飛び出してきたのは――砂色の大蛇。


 巨大さや長大さを感じさせない軽快な動きで上半身を立ち上げ、コブラの如く顔から下を平たく伸ばして総護を威嚇する。


『総護君!? 大丈夫!?』

「大丈夫ッスから、んな大声で叫ばなくても聞こえてますって。んじゃあ、俺ぁいつも通りにいくんでよろしくお願いしますよ」

『ちょ、それでいいの!?』

「じゃねぇとこっち来た意味が無ぇじゃねぇッスか」


 ドクターの声に応えつつ相手の出方を見ていた時、砂色の尾が高速で総護へと迫ってくる。


 それなりに速くはある。でも総護からすれば余裕をもって回避できる速さだ。

 だから叩きつけられた尾を横目に駆け出し、そのまま長大な胴体を駆け抜ける。


(コイツ、魔力で防御力上げてんな)


 砂まみれの大蛇の体表から感じる魔力と踏みしめた足裏の鉄のような感触から、総護は突然現れた大蛇が今までの魔獣とは一線を画すると感じた。


 それでも総護の行動に迷いは無い。生き物の共通の弱点部位である頭部へと狙いを定め、最短距離を走る。


(おいおい長すぎんだろ。どんだけ下から出てくんだよ)


 チラリと背後に目を向ければ、まだ地面から体が出ている。全長が何メートルになるのか想像できないほどの長さだ。


 そんな時間にすればほんの数秒、思考へと意識を割いた時、


「――ッ、お!?」



 ――踏み込んだ左足が突如として沈む。



 凹んだわけでも、めり込んだわけでもない。突然、足首までが飲み込まれるように沈み込んだのだ。


 迎撃されることは予想できていた総護だったが、走っている場所が場所なのだ。有り体に言えば、不意を突かれた。


「っくぉ!? ぉおおおぉぉおおおっ!?」


 体勢を崩したものの反射的に鍛え上げた体幹とバランス感覚をフル稼働させなんとか踏ん張ろうとしたが、その行動が仇となる。左足の拘束が解けたと思うと、そのまま上空へと突き上げられた。


『そ―――』


 ドクターが総護の名前を呼ぶよりも速く、大蛇から飛び出したナニカも総護を追うように大空へと飛翔する(・・・・)


『――う――』


 名前の二文字目を発する頃には、総護が身に付けていた小型カメラのレンズに今にも掴みかからんとする砂色の巨鳥と鋭爪が映し出されていた。


 掴まれれば最期、人体がバラバラになることは傍目から見ても必至である。その凶爪を――



「――オ、ラァッ!!」



 ジャリィィィンッ。



 ――甲高い金属質な音を響かせながら不安定な空中で受け流し、総護はしばらく高速で回転した後、大地に降り立つ。


「……そういうことかよ。クソッ、ヤられたなぁ」


 俯きながらもポツリと、怒りが滲んだ声が零れる。ユラリと、殺気が溢れ出す。




(勝手に期待して、勝手に見限ってんじゃねぇよクソ野郎)




 ――見落とした己が腹立たしい。




(ナメてんじゃねぇよ、気ぃ抜いてんじゃねぇよ、弛んでんじゃねぇよ)




 ――格下だと決めつけ。その上反応もできず。あまつさえ、まんまと隙を晒した己に殺意が湧く。




(テメェごときが、偉そうにできる立場じゃねぇだろぉがっ!!)




 ――もし己の遥か格上であれば、すでに一回殺されていたかもしれないというのに。




 そんな一見、棒立ちで無防備に見える総護から巨鳥も大蛇も距離を置き、様子を見るように周囲をグルグルと移動するだけにとどまっていた。


 何故か?


 それは学習できる知性を持ち、勝ち続けたからこそ持つ『警戒心』が告げているからだった。

 それは野生に生き、この地に敵は無く、『(ヌシ)』と呼べる存在に成長したはずなのに『本能』が高らかに叫んでいるからだった。



 ――不用意に攻めれば、終わると。



 ――バチィン!!


 その均衡を突き破ったのは乾いた破裂音。


『そ、総護君……?』

「大丈夫ッスよ、ちっと気合い入れただけなんで。そんで、ちょい頼みがあるんスけど、いいッスか?」

『うん? 何かな?』

「集中するんで、ちぃっとばかし黙っててもらっていいッスか」

『え、ちょ――』


 ヒリヒリと痛む頬とドクターの返答を意識の外に追いやりながら、総護は動き出す。


 予想外、情報不足など当たり前だ。相手の全てを知った上で戦えることなどあるわけが無いのだから。


 だからこそ、真剣に挑まなければならなかったはずだ。

 だからこそ、敬意を払わなければならなかったはずだ。


 だから総護は、遅まきながらも戦士としての己を開放する。



 ――〝身体強化・迅烈(じんれつ)



 超速でもって大地を駆け、砂を吹き飛ばす勢いで総護は自分を挟むように位置どっていた左側の巨鳥へと飛びかかる。


 警戒していたであろう巨鳥もあまりの速度差に回避が遅ていた。大蛇も総護が飛びかかってから弾かれたように動き出したが――既に遅かった。


 ――〝気剣〟


「ッシィ!!」


 巨鳥へと接近すると鋭い声と共に淡く光る刀身を閃かせ、首と片翼を根本から切断。

 そして巨鳥を蹴り飛ばした反動で総護へと向かってきていた大蛇へと方向転換し、返す刀で大口を頭部もろとも縦に両断する。


 一匹は地面へと墜落。

 一匹は力無く倒れ伏す。

 一人は砂煙を上げながら着地。


 総護が動き出してからの、ほんの一瞬。呆気ないと言えるほどの瞬殺劇だ。


 しかし、総護に油断はもう無かった。構えずとも〝気剣〟と〝身体強化〟を維持しつつ、その視線は数メートル先で動かなくなった二匹を射抜き続けている。



 そう――まだ終わっていない。



 視線の先、魔獣達の体がサラサラと崩れていく(・・・・・)。そうして原型が跡形もなく消え去った時、突風が吹き荒れる。


「コイツぁ魔獣っつーか、いかにも魔物って感じだなぁ?」


 総護の前に現れたのは――質量を持った砂色で小型の竜巻。


 ドクターが【砂の魔霊(サンド・ゴースト)】と名付けた魔力生物だった。


砂だから(・・・・)見た目を自由自在に操れる。いくら斬ろうが無傷(ノーダメ)ってかぁ? 絶対ぇ物理()より魔術の方が効くヤツだろ、これ)


 轟々と風を従えながら回転する竜巻を見て、総護は仮説を立てていく。


(この場合はぁ体ん中のどっかに『核』があんのか、そもそも魔術使わねぇと駄目ってところか。なるべく魔術は使いたかねぇんだけどなぁ)


 総護が魔術を使いたがらないのには二つの理由がある。


 一つ目は【怪獣】の存在。

 魔術を発動させるには当たり前だが魔力を消費する。どんなに小規模な魔術であろうとも、そこは変わることは無い。

 それに【怪獣】は人の魔力を異常と言っていいほどに好む。だから総護が魔術を発動すれば【怪獣】が跳んで来る可能性が非常に高いのだ。そうなると鍛錬どころか総護の命も危なくなってしまう。


 二つ目は鍛錬の目的が剣技を含めた技術の向上を目的としていること。

 確かに総護は魔術師でもあるが、その前に戦士であり剣士なのだ。だから魔術の腕よりも剣技などを主に磨きたいと思っている。

 その上、総護の切り札とも言える〝魔気合一〟を扱うときは『結界』と『刀剣』の二種類が主体なので、剣技などを磨くことは必須だった。


(とりあえず斬った反応見てからきめるかぁ。俺は触れねえモンは斬れねぇし)


 【砂の魔霊】をどう攻略するかある程度の方向が決まったその時、総護をめがけて握り拳ほどの塊が射出される。


「っと、危ねぇ――」


 顔面をめがけて放たれたそれを頭を傾けて避けた総護だったが、直後に表情が驚愕に染まる。


「――なぁっ!?」


 一つ二つ程度ならなんら問題無かっただろうが、弾幕のように数え切れぬほど飛来するなら話が変わってくる。

 ――迫る砂弾が魔力で強化済みであるなら、なおのこと。


 さながら大きな散弾を機関銃で連射されているようなものだ。


「こ、のっ」


 ――〝身体硬化〟


 流石にこの数を刀だけで捌くことは総護には不可能だ。守りを固めつつ拳足も使いながら的確に処理していく。


 仮に〝纏鎧(てんがい)〟を使えば無傷で済むのだろう。だが無傷と引き換えに押し返されることが明白だった。

 まだ総護の〝纏鎧〟は完成形と呼べる代物ではなく、本当の鎧のように動きを阻害してしまうのだから。


 対する砂弾は速く、多く、重い。その攻撃の前に〝纏鎧〟など格好の的になるだろう。

 故にかすり傷を負いながらも防御は〝身体硬化〟にとどめ、その距離をジリジリと詰めていた。


 【砂の魔霊】が何を考えているなど総護には分からない。それでも何を考えているのか予想することはできる。


(うざってぇだろぉよ、お構いなしに堂々と近寄ってくんだからなぁ)


 そこらの魔獣ならとうの昔に蜂の巣になっているはずの凶弾を受けながらも前進する敵。人間でもこの状態からとれる行動は大まかに二つ。

 ――下がって距離を取るのか、より強い攻撃を加えるのか。


 【砂の魔霊】は後者を選択した。


 砂弾の連射をやめると総護の真正面に砂の巨大な蛇の頭を創り出し、ガバリと大口で喰らいつく。

 魔獣すら飲み込み、押し砕く一撃が口を閉じる時、



 ――〝(ひらめき)



 ――不可視の刃が大地を奔る。



 【砂の魔霊】が気付いた時には蛇の頭は二つに分かたれ、その身を守る荒ぶる砂も斬り裂かれていた。


 ――ヒュゴッ、ヒュゴゴゴッ。


 すぐに砂の竜巻は元通りとなったが、一定だった回転にノイズのような震えが混じりはじめる。


「見えたぜ、テメェの『(弱点)』がよぉ」


 ハッキリと感じた魔力にニヤリと笑った総護。その笑みを見た【砂の魔霊】から初めて、明確な怒気が叩きつけられた。

 直後、牽制するように砂弾を掃射すると――


「随分と殺意の高ぇ動物園じゃねぇのっ!!」


 ――蠍、鳥、蛇、駱駝、象、蜥蜴などなど、夥しい数の魔獣が乾いた大地から飛び出し、掃射を避けるため後退した総護に殺到する。


 ようやく本気で総護を排除しにかかってきたのだろう。つまりここからが本番。駆け出した総護は、そう感じていた。


(にしても意外と器用だなコイツ)


 何体か砂の魔獣を斬り倒しながら、総護は感心せざるを得なかった。


 どう見ても模倣(コピー)だが、サイズを感じさせない俊敏な動きは脅威であり、大量に存在するにも関わらず連携のとれた動きをしていることやその身が全て砂で構成されているのも厄介だ。

 もし魔術師であったならば天才と称賛される魔力操作である。


 この状況で魔術が使えないのは、確かに不利と言えるだろう。数も劣っているのだから、ドクターもきっとハラハラしていると思われる。



「っは、上等だよっ!!」



 だがこの程度の相手、切り抜けられなければ到底、――【怪獣】と戦うなど、斃すなど夢のまた夢でしかない。


 殴り砕き、蹴り飛ばし、斬り落とし、投げ当て、踏み潰す。


 突き進む総護の気分は百『人』組手ならぬ百『獣』組手。それ程までの物量が眼前に広がっていた。


 そうして進みながら竜巻を視界に捉えつつ総護が三二体目の魔獣を砂に還した時、竜巻が魔獣達を飲み込むように巨大化し始める。


 巻き込まれぬように距離をとった総護は、その光景に既視感を感じた。


(なんか見たことある気がすんなぁ。なんだっけか?)


 総護の場違いな思考をよそに――竜巻の中で、影が立ち上がる(・・・・・)



「――なるほどなぁ。俺を真似た(・・・)っつぅことかぁ?」



 現れたのは『砂の巨人』。


「       」


 無音ではあったが総護は確かに感じていた、自身へと向けられている敵意と殺意を。


「殺る気は十分みてぇだな」


 返答は、鋭利な剣となった右腕の振り下ろしで返ってくる。

 約一〇メートルの巨体から繰り出されるその攻撃は爆発と見紛うほどの威力であり、凄まじい衝撃を撒き散らす。いくら強化していようが直撃すれば即死の威力だ。


 そんな凶悪な振り下ろしを繰り出した【砂の魔霊】は、右腕を持ち上げると小さな敵の姿を探し始める。

 しかし、周囲のどこにも総護の死体は転がっていない。


「ゲホッ、ペっ。うぇ、ここまで飛んで来んのかよ吸い込んじまったじゃねぇかよ」


 平然と巨人の右肩で咳き込む総護。そこをめがけて左手が振るわれるのは、巨体にしてはかなり速い平手打ち。


「ほっと」


 総護は肩から飛び降りながら両膝と両足首を斜めに斬り裂く。

 ズルリと達磨落としのように背丈が縮んだがそれでも腰から上は健在で、巨人はまたも右腕を振るう。今度は横薙ぎの軌道だ。


 総護に対して【砂の魔霊】は明らかな悪手を打ち続けていた。


 砂弾の連射をやめたこと。

 物量で攻めることをやめたこと。

 そして、巨大化(的を大きく)したこと。


 巨人の緩慢な動きよりも、総護の方が圧倒的に疾い。


「――ッ!!」


 (またたき)。たったそれだけの間に、目にもとまらぬ動きで刀を振るう。



 最上流――〝濤乱(とうらん)



 砂の巨人に押し寄せる刃の(なみ)、合計――二四。これが総護の今の限界。

 師の〝千刃〟など、まだまだ遠く。それでも、相手をバラバラに斬り崩すには十分だった。


「【砂王】の爺さんと()ってなけりゃあ、もうちょい苦戦したんだろぉなぁ」


 崩れ落ちても動く砂山の中。ひときわ魔力を感じる場所に向かって総護が刀を振り下ろす。


 最上流――〝閃〟


 ――カッ。


 前方の数メートル離れた場所で小気味よい音が鳴り、集まっていた魔力が霧散していく。


「ドクター、コレっていります?」


 総護は砂の中に手を突っ込み、二つに別れた水晶のような球体を拾い上げる。


『――も、もしかして、【砂の魔霊】の(コア)かい?』

「じゃないッスか?」

『……あったんだ。ッ、そうだねっ、持って帰ってくれると嬉しいかな!?』

「了解ッス」

『それじゃあもうちょっと待ってて。すぐっ、今すぐっ、迎えに行くから!!』

「うッス」


 そこで興奮気味のドクターとの通信が再度途切れる。


「――あ、荷物吹っ飛んでんじゃねぇか」


 戦闘よりも吹き飛ばされた荷物を探す方が大変だったと、後に総護は語っていた。

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