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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
二章 空の下、君と歩くための物語
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五七話:大山鳴動

 

 ――ツゥと、背中に冷たいものが流れて行く。



 その山の様に聳え立つ巨躯だけでも圧倒される様な存在感がある。加えて肌を泡立たせる凶悪な気配もヒシヒシと明確に伝わってくる。


 総護の経験上、こんな気配を感じるのは総じて絶対者だ。それも有象無象などでは無い、紛れも無い強者のみ。


 ――すぐ近くにいるのは、正真正銘の『怪物』。


 無意識的に放出しているであろう微力な魔力ですら、総護の魔力量の数倍はある事が分かる。

 それだけでも脅威と断定するには十分なのだが、それだけ(・・・・)ならば詩織も陽南もこんなに青褪める事は無かっただろう。



 ――凍えるような殺意、悍ましい悪意、途方も無い敵意。


 ――加えて感じる、『ようやく見つけた』とでも言わんばかりの捕食者の気配。



 まるで空気が重油に変わったように重く、息苦しくなっていた。汚泥のように身体中に纏わり付き、思うように身動きが取れないと錯覚する程に。

 それらは詩織や陽南の身を竦ませる以外の選択肢を奪っていた。それなりに戦闘経験のあるピー助ですらフルフルと震えている。


(……っ)


 それに、こちらを見ているだけでコレとは、何とも馬鹿げた存在だ。かつて戦った『大王級悪魔』が幼子に感じられる。

 総護ですらも気を抜けば気圧され、怖気付きそうだった。







『――とーちゃんっ!!』







 確かに――知らなければ(・・・・・・)、総護も同じような反応だったかもしれない。







『十手』を腰から抜き――







懐かしいじ(・・・・・)ゃねぇかよ(・・・・・)







 ――不敵に笑う。


「相変わらず、胸糞悪ぃな」


 この反吐が出そうな悪辣な気配。どうやら『因子』を保有しているのだろう、嫌でも昔を思い出していた。


 かつての――何もできずにいた、無力な己の事を。


「もう、昔とは違ぇんだよ」


 重たい空気を跳ね返すように、総護から闘気が溢れ出す。



 ――己の『力』も『強さ』も、今この時の為に。



 総護の闘気を感じたのか、土煙を突き抜けて一本の鉄色の巨大で長大なナニカが、総護達を包む障壁を絡め取る。


「……ア、アニキッ」


 心臓に悪い光景だ。

 途方も無い人外の力が込められている事や、巻き付くソレの桁外れの硬度などが障壁を通じて感覚的に理解できる。


「騒ぐなって、怪力程度じゃ何ともねぇよ」

「……そうだった、ッスね。――ぁ」


 動けるようになったピー助が総護に詰め寄った時、風が吹いた。



 ギョロンと、おそらく胴体であろう部分に無数に存在する眼球が一斉に総護達を捉える。



「……なに、アレ!?」


 それを目の当たりにした詩織の口から疑問が零れ落ちる。


 陽の光を反射する滑らかな灰色の肌。

 ひび割れたビー玉の様な大きな白黒(モノクロ)の眼球。

 蠢く無数の巨大な触手。


「さぁな、見た目は烏賊っぽいが、どう考えても大王烏賊どころじゃねぇだろうな」


 ――総護達は巨大な陥没(クレーター)の中心に佇む、烏賊のような存在の触手に絡め取られていた。


「の、呑気に見とる場合じゃないがんっ」

「そうッスよ、ヤバいッス!!」


 その全容が明瞭になった事で危機感が跳ね上がったのか、動けるようになった陽南達が慌て始める。


「だから『逃げる準備しとけ』って言ってんじゃねぇか。殿は俺が受け持つからよ、三つ数えたら向こうに全力で走れ。あとピー助、回収頼む。いいか、いくぞ?」

「ウ、ウッス」

「ちょっと、そんな状態でど――」

「――三」


 詩織の声を遮りながら、総護は障壁を強引に押し広げていく。


「ああ、もうっ!! 陽南ちゃん、準備してっ」

「でも――」

「――私達じゃ足手まといにしかならないわっ」

「〜〜っ、そう、だね」


 詩織と陽南は〝身体強化〟を発動し、駆け出す準備を始める。ピー助は陽南の右腕に蔓を絡め、自分の身体を固定していた。


「――二」


 逃がすまいとしているのだろう。二本、三本と障壁に伸びる触手が増えていく。しかし、その程度では障壁を抑え込むには力不足だ。


「――一」


 総護は力を勢いよく込め、直径二〇メートル程度まで瞬間的に巨大化させると、


「――走れっ!!」


 ――解除する。


 同時に少女達は駆け出す。

 皮肉にも烏賊擬きが出現した事によって周囲の木々が吹き飛んでいたので、それなりに走りやすくなっていた。

 数瞬で陥没を駆け抜けると、森林へと飛び込んで行った。




 **********




 瞬く間に森の中へと消えていった少女達を眺める烏賊擬きはゆっくりと動き出す。


 一本の触手を地面からスレスレの位置へと移動させ、その触手を押し潰すように縮めていく。

 狙いは総護の背後、少女達が逃げていった方向だ。


 そして縮めた事によって異様な形となった触手を―――超高速で突き出した。


 容易く音の壁を突き破った巨腕は、衝撃波を発生させながら進行方向の周辺の一切合切を吹き飛ばしていく。

 このまま何も無ければコンマ何秒と経たずに総護達は挽肉へとその姿を変えるだろう。


 ――だがその超高速の攻撃も総護の手前で展開された巨大な障壁に轟音を立て衝突、停止する。


 ギョロロン。


 総護()ではなく、総護()その異形の巨眼が向けられる。どこか苛立っている様な雰囲気も一緒に。


(……初っ端から『蚊』とか『蝿』になった気分が味わえるとは思わねぇだろ)


 実際に『烏賊』と『蚊』のサイズ比だろう。

 行動の邪魔をする『蚊』を叩き潰すように総護を目掛けて無造作に振り上げられた巨腕を眺めながら、何気なくそんな事を考えていた。


 直後、地響きを立てて触手が地面にめり込む。


 立ち込める土煙の中、少しの間だけ叩きつけた触手を動かし総護を探していた烏賊擬き。

 しかし見つからなかったのか、微かに残念そうに目を細めるとまた触手を縮め始める。


 ミチミチと人外の怪力によって再び押し縮められていく伸縮自在の触手。その、今まさに解き放たれようとしている触手の上に――


「おい、てめぇの相手は俺だろぉが?」


 ――総護は立っていた。


 だが烏賊擬きは総護の存在など全く意に介しておらず、変わらず力を溜めている。


「……無視、か。なんだよ、ツレねぇなぁ」


 ――カキキン。


「知ってっか? ――『蚊』だろぅが刺される場所によっちゃ、めちゃくちゃ痛ぇんだぞ?」


 淡い銀光を纏う『大剣』を刃を顔の横で寝かせるように構え――


「目ん玉からぁ、いってみっ、か!!」


 ――淡い銀の残像を残しながら、目標(・・)に向かって静かに超速で疾走する。


 瞬く間に触手を踏み越え、胴体部分を駆け上がり、


「ッラァ!!」


 一番近かった眼球へと、その鋭利な切っ先を全力で突き出した。


 ――カッ。


 返ってきたのは生物らしさを感じさせない想定通り――いや、想定以上に硬過ぎる手応え。


(っ、やっぱりか――!?)


 鉄板を紙の様に貫く刺突を受けたにも関わらず――眼球は無傷だった。

 動揺する間も無く、総護を影が覆う。鞭の如く撓る巨腕がすぐそこまで迫っていた。それも一本では無く、四本。


 初撃、胴体を蹴って躱す。

 二〜三撃、足元に極小の障壁を足元に展開して跳躍。

 四撃、叩き落とされる触手に『大剣』を合わせ地面へと激しい音を立てて着地。


 必然的に双方の距離が空き、その数秒にも満たない時間で総護は自身の思考を整理する。それは、悟る(・・)には十分過ぎる時間だった。


「……ちょっと、やべぇな」


 ――圧倒的に(・・・・)分が悪いという事に。


 現状、総護の攻撃手段は物理攻撃しか無い。だが、対する烏賊擬きは総護の攻撃が無意味と思われる程に硬い(・・)


 それに烏賊擬きの攻撃はまだ届いてはいないが、そのどれもが総護にとって即死級のものばかり。

 魔術が使えればかなりマシなのだろうが、無い物強請りをしていても現状は変わらない。


 それに、状況は悪化するばかりだ。


(――ここで、時間切れ、かよ)


 今までなんとか維持していた〝魔気合一〟が解けてしまう。だが、休んでいる暇など無い。


 挟み込むように飛来する触手が二本、打ち下ろされる五本の触手が総護の視界を埋め尽くす。


 ――〝身体強化・迅烈(じんれつ)

 ――〝気鎧〟


 再び襲いかかる魔力切れの不調を気合いで抑え込み、全力で駆け出そうとした総護の真横で、魔力が弾けた。



「アニ――グヒュッ!?」



 咄嗟に出てきた毛玉を片手で掴み、総護は全速力で駆ける。


 触手を避け、砕け飛び散る岩石と爆風を耐え、土砂を回避しながら懐に毛玉――もといピー助をしまいながら叫ぶように喋りかける。


「ばっか、お前まだ早ぇよ!!」

「マジッスかぁ!?」


 総護の〝魔気合一〟が解けた事である程度の片が付いたと判断したのか、ピー助がノコノコと来てしまった。


「おいピー助、気張れっ!! あと『トリシル』いけるか!?」

「うぅ〜、了解ッスぅ〜」


 確かにピー助が来たのは予想外だった。

 ――だが、これで今の総護には足りない魔術(一手)が打てるようになった。


 ――〝風の子の悪戯トリック・オブ・シルフ


 その瞬間、総護から空気抵抗が消失。同時に動きのキレと速度が急激にが増していく。


「二人は!?」


 回避に多少の余裕が生まれた事で、総護は自分以外も気にする事ができるようになった。


「多分大丈夫ッス!!」

「つまり、後は俺らだけだな!?」

「そうッス!!」


 ピー助が来た事から予想はできていたが、多少は安全地帯まで逃げる事ができたようだった。


 つまり、後は総護がピー助の〝転移〟で逃げれば殿の役目は終わるのだが――『このまま逃げる』という選択は総護には無い。


「ピー助、後ろ取ったら(ランス)系全ブッパすんぞっ」

「うぇ!? に、逃げないんスか!?」

「――ったりめぇだろ、やられっぱなしで終われっか!!」


 怒涛の攻撃を躱しきった総護は、そのまま烏賊擬きの正面へと殺気を放ちながら堂々と躍り出る。


「どうしたぁ? 俺はこ――」


 ――轟音に総護の声が掻き消される。

 その小さな身体を叩き潰すように触手が殺到したからだ。


 烏賊擬きはゆっくりと触手を退けていき、凄惨な状態になっているであろう総護を確認するように視線を向ける。


 しかし不思議なことに潰れた身体も、血溜まりも何も無く、ただ荒れ果てた大地があるのみ。



 ――その時、烏賊擬きは自身の背後に軽い衝撃を感じる。



「ア、アニキッ、全然効いて無いッスよ!? ――って、アニキ!? あわわわわっ、逃げるが勝ちッスぅ!!」


 そんな騒がしい声を残して、総護とピー助の姿は消え去った。

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