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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
56/78

五五話:旅立ち

 

 ―――まだ薄暗い夜明けの時刻。


「っ!!」

「おっとぉ」

「はあっ」

「ほいっとぉ」

「「このっ!!」」


 最上家の道場に高速で動く三人と、落ち着きなく見守る二人。合計五人の姿があった。


『陽南ちゃん合わせてっ』

『オッケー!!』


 二人の攻撃をヒラヒラと躱す黒い老爺―――厳十郎をめがけ、少女達は必死に攻め立てる。


 頭の後ろで黒い長髪を纏めた、袴姿の少女―――詩織が一足先に厳十郎へと拳を振るう。


 しかしあっさりと厳十郎に打ち払われ、鋭い蹴りが胴体へ炸裂―――


「っお?」


 ―――する事は無く『白煙』となって詩織の姿が消失、空振りに終わる。

 そして数瞬の間を空けずに『白煙』の向こうから厳十郎の顔面に右飛び蹴りが襲いかかる。


 空手着を身に着けた短い茶髪の少女―――陽南の〝身体強化〟の効果によって殺人的な速度と威力を合わせ持った蹴りを、またもや厳十郎は最低限の動きで避ける。が、―――


「っ!?」


 厳十郎の顔の横を通り過ぎる瞬間、陽南の手から〝閃光(フラッシュ)〟が解き放たれた。


 最低限の動きで避けた事が裏目に出る。厳十郎の視界が白く染まった。


 一瞬の硬直。それが分かれ目だった。


 着地から反転、跳び上がり身体を回転させ右脚を振り上げる陽南。

 陽南と入れ替わる様に厳十郎の前方で距離を置いていた詩織は駆け出し、左手を引く。



 陽南による、岩をも砕く鋭い踵落とし。

 撃真(げきしん)流―――〝重槌(じゅうつい)



 詩織による、内部を壊す軽い掌底。

 幽幻(ゆうげん)流―――〝腐壊(ふかい)




 ―――その二撃が同時に厳十郎へ打ち込まれた。




 必殺とも呼べる二撃を受けた厳十郎の反応は、


「いてぇっ!?」



 ―――多少の痛みを受けた程度。



 しかし、ここで重要なのは『当たった』事である。




「―――この二年、よぉく頑張ったじゃあねぇかぁ」




 頭と胸に〝治癒〟をかけながらさする厳十郎は、息も絶え絶えな様子の詩織と陽南にニヤリと笑顔を向ける。


「『合格』だぁ。これぐらいできりゃあ、なんかあってもぉ尻尾巻いて逃げれんだろぉ。良かったなぁ、間に合ってよぉ」

「はぁ、はぁ。やった、よかった〜」

「ありがとう、ございまし、た」

「そぉいやぁ、今日だろぉ(・・・・・)? さっさと準備しなくていいのかぁ?」

「もう、ほとんどの準備は、終わってる、わ」

「ならぁ、まだ時間もあるしよぉ。帰って風呂入ってぇ、ちっと寝て来いやぁ」

「……は〜い」


 嬉しさよりも疲労が強いのか、歩き始めた彼女の足取りは重く見える。


「はぁ、見てるだけで疲れたよ」

「見てるだけとはいえ、こうも疲れるものなんだな」


 二人が出ていった道場の出入り口を見ながら、溜息をつく誠一と剛。


「意外と、早かったね」

「それはジュニアにも言える事だがな」

「……そうだね」


 この二年間を思い返せば感慨深い瞬間なのだろうが、こちらも精神的な疲労が大きかったのか。喜ぶ余裕はあまり無かった。


「ほらぁ、突っ立ってねぇでお前らも帰れぇ。んでぇ、気持ち切り替えて来いやぁ」


 そう言って厳十郎は誠一と剛を道場から押し出す。




 ―――そう、今日は特別な日。




「笑って送り出すのもぉ、師匠の仕事なんだからよぉ」




 ―――弟子達の旅立ちの日なのだから。




 **********




「―――天気もいい、暦は大安、体調も絶好調。こりゃ最高の出発日だな」

「そうッスね!!」


 空を仰ぎながら総護は大きく伸びをする。今日は八月二日。季節は夏真っ盛りである。


「……でも、いいんスか? 『【正体不明(アンノウン)】セット』持ってかなくて?」

「いらねぇよ。誰も俺を知らねぇんだから、それなりの格好しときゃいいんだよ」

「なるほどッスね!!」


 厚手で灰色のフード付きの上着を羽織り、両腕は肘まで捲り上げている。下半身は黒の長ズボンとコンバットブーツといった格好だ。

 上下共に丈夫で撥水加工が施されており、見た目の割に性能と動きやすい物を選んでいた。

 腰の左側には総護の魔力で編み上げた紐に『十手』が結ばれ、いつでも解き放てる仕組みになっている。

 そして頭にはピー助が乗っていた。今日もとても元気だ。


「今日も暑いッスね〜。………暑くないんスか?」

「〝遮熱〟に〝変温〟その他に色々組み込んでっからな、ちょうどいい体感温度だな」

「流石ッス!!」


 そんなくだらない雑談をピー助としながら総護は周囲をざっと見渡す。現在、自宅の庭先には見知った顔ぶれが溢れていた。


 ―――その顔ぶれの中に詩織と陽南も混じっている。


 総護と同様に、彼女達も上下共に肌の露出が少ない格好だ。それでも総護程に実用性一辺倒ではなく、ファッション性も併せ持っている。



(―――まっさか、着いてくるとはなぁ)



 確かに総護は『武者修行に行く』と話した記憶はある。だが、詩織と陽南が『着いて行く』と言い出すとは思っていなかった。


『待ってて、追いついてみせるから』

『先行ったらダメだけんね?』


『昇格試験』が終わった後。目が覚めてから詩織と陽南が誠一と剛の正式な弟子となったと聞いて、心底驚いた総護。


 それも、驚くべき事ではあったが、そんな事より総護がもっとも驚いたのは―――



(うかうかしてっと、マジで追いつかれそうなんだよなぁ)



 ―――彼女達の成長速度だ。



 約二年という月日は、彼女達を激変させる。

 内に眠れる才能を叩き起こし、必死に磨き続けた結果が、『武者修行の同行』という結果を掴んだのだ。


(……俺も頑張んねぇとな)


 総護は両親を前に真剣に会話をする二人を見て、総護は自分に言い聞かせる。


「――なんだぁ、余裕そぉじゃあねぇかよ?」


 いつの間にか、甚平姿の厳十郎がすぐ横に立っていた。こんな日でも相変わらずの服装だった。


「これぐらいじゃビビらねぇよ、ワクワクはしてるけどな」

「上等だぁ。変に気負うよりゃ全然いいじゃあねぇか」

「―――私としては緩み過ぎだと思いますけどねぇ」


 そんな厳十郎とは対照的に遅れて少し心配そうな顔を覗かせた鳴子は、黄色を基調としたいつもよりも明るい着物を身に纏っていた。


「そうですか? 私は頼もしいと思いますよ」

「……どうであれ、この状況でリラックスできている【正体(アン)―――いえ、ソーゴは大物になれると思うわ」

「オイラは……ちょびっとだけ不安ッス」

「それが普通じゃないかしら?」


 ユランは落ち着いたダークグレーのロングドレスで、マーシーは変わらず黒い魔女帽子(エナン)を被り煙管(キセル)を咥えている。


「ビビって疲れて、判断が遅れるよりゃマシだろ」

「そういうところは、血筋だねぇ」

「いや、どっちかって言やぁ『誰か』に散々な目に遭わされたせいだから」

「ならぁ、その『誰か』に感謝しなくちゃなぁ。おかげでここまでこれたんだからよぉ」

「……あざーっす」

「うっすくて軽ぃなぁ」


 呆れる程にいつも通りの最上家の会話だ。


「さぁて、ぼちぼちいい時間だろぉ。お嬢ちゃん達ぃ、こっち来ぉい」

「はい」

「は〜い」


 パンパン、と手を叩いて厳十郎が集合を促す。


「では総護君、前に教えた術式を展開して下さい」

「……いや、『穴』はどうすんだよ?」

「問題ありません。すぐに解決しますから」

「―――? なら、いいけどよ」


 疑問を残しながらも、



「《界渡(かいわた)り》」



 総護は術式を展開させる。


「うわっ、浮いた!?」

「っ、意外と、眩しくないわね」


 不意に地面から浮き上がったからか、咄嗟に陽南と詩織が総護に抱きつく。


(おまっ!? お、落ち着け。平常心、そう、俺はただの抱き枕っ!!)


 色々と柔らかい感触に内心で動揺しまくっている総護と陽南と詩織を包む様に、夥しい文字列や模様が球形の結界の如く展開される。


「―――ほれぇ、餞別だぁ」

「ちょ、投げんなよ」


 陽南と詩織が離れた瞬間、厳十郎から丸い物が投げ渡される。


「『メダル』ッスか?」


 それは拳大の『鉄製のメダル』だった。

 片面には剣の模様が、もう片面はなんの模様も刻まれていなかった。


「そいつに魔力流してみろぉ、起動するはずだぜぇ」


 厳十郎に言われた通り『メダル』に魔力を流すと、ひとりでに浮かび上がった『メダル』が総護の正面でクルクルと回転し始める。


 どうやらこの『メダル』が最後の欠片だった様だ。


「そいつぁ強ぇヤツらを探す羅針盤(コンパス)みてぇな機能もあんだぁ。行き先の座標は勝手に決めてくれるぜぇ」

「へ〜、便利だな」


 行き先を指定してくれるのは総護にとっても有難い機能だった。自力で探すのは骨が折れる所の話ではないのだから。


 そして『メダル』はその動きを止める。


「どぉやらぁ、行き先がぁ決まったみてぇだなぁ」

「マジで楽だな」


 感覚的なものではあったが、確かに『メダル』が場所を特定したのが分かる。


「先に言っとくがぁ、こいつぁ相手の『強さ』は考えてくれねぇ。だからぁ―――」

「―――『臨機応変に、どうにかしろ』ってか?」

「そぉいうこった」

「……いつもと変わらねぇじゃねぇかよ」

「『修行』ってなぁ、そぉいうもんだぁ」

「わぁったよ」


 それだけ言って、厳十郎は少し下がる。


「うぅ、陽南ぢゃん、ぢゃんど、がえっで、ぎでねっ!!」

「うん、ママも元気でねっ」

「待ってるからな?」

「分かっちょーよ」


 家族に向けて、陽南は涙を滲ませながらも、明るく、


「体に気をつけてね? 帰ったらいっぱい、おみやげ話を聞かせて貰わないといけないから」

「分かってるわ。お母さんもお酒、飲み過ぎないでね?」

「……善処します」

「応援してるよ、頑張ってね」

「ありがとう、お父さん」


 詩織も笑顔で、言葉を交わす。


「総護君、ピー助。沢山の経験を積んで、大きくなって帰って来て下さいね?」

「おう、見上げるぐれぇ、でっかくなってやるよ」

「ウッス、了解ッス!!」

「ふふ、それは楽しみです」


 ユランは優しく、


「できる事を精一杯やって来なさい。手を抜く事は許さないわ」

「肝に銘じておきますよ、王妃」

「頑張るッス!!」

「ええ、死ぬ気で頑張りなさい」


 マーシーは強めに、


「総護ちゃん、ピー助。無茶と無謀は控えめにね?」

「できれば、な」

「はいッス!!」

「……そこはピー助みたいに、素直に『はい』って言ってほしいんだけどねぇ」


 鳴子は呆れながらも、背を押してくれる。


 さて、これで残るはただ一人。全員の視線が自然とその人物の方へと向けられる。


「師匠。弟子の旅立ちですけど、何かありがた〜いお言葉とかないんですか?」

「そんじゃあ傾聴しろぉ、半人前ぇ」


 そう言って厳十郎は一つ咳払いをすると、




「せぇぜぇ苦しめぇ、打ちのめされてぇ絶望してぇ、んでぇ存分に死にかけろぉ」




 そう、宣った。



『『『『………………』』』』



 ほぼ全員ドン引きだ。どう考えても、今言うべき事では無い。鳴子ですら、目を丸くしている。


 「それは流石にあんまりじゃないですか?」とユランが言おうとした時、




「―――そんでぇ全部引っ括めて跳ね返してぇ、良い結果に変えてぇ帰って来いやぁ。儂を驚かせてみやがれぇ」




 総護に向けて、笑いかけた。


「っは、上等だよ」


 そんな厳十郎に総護も挑発的な笑みを返す。


「そんじゃあ、行くか?」

「ウッス」

「そうね」

「オッケー」


 頃合だと判断した総護が確認すると、全員の表情が引き締まる。


「「「「行ってきます『ッス』」」」」




 **********




「……行っちゃいましたねぇ」


 総護達が消えた空間を見つめながら、鳴子がぽつりとつぶやく。


 幸原夫婦と木乃町夫婦は娘達が旅立った後、多少の世間話をしてから帰って行ったため、現在は厳十郎達しか残っていなかった。


「なぁに、どんだけ長かろぉが夏休み中にゃ帰ってくんだからよぉ、儂らからすりゃあっという間だろぉがぁ」

「それは、そうですけどねぇ。心配なものは心配なんですよ」


 厳十郎達からすれば数週間だとしても、総護達にとっては何年、何十年になるのだから、鳴子が心配になるのも仕方がないと言えた。


「ちゃあんと説明してんだからよぉ、信じて待ってやんのがぁ儂らの役割じゃあねぇのかぁ?」

「ねぇ聞いたユラン? ゲンジュウロウがまともな事を言ってるわよ?」

「明日は隕石が降るかもしれませんね」

「……お前らなぁ」


 マーシーの中の厳十郎の評価が伺える冗談だった。


「それよかぁ、総護の『十手』がぁアレから一回も消えなかった事についてはぁ、なんか分かったのかぁ?」


 そんな事は置いておいて、厳十郎は話題を無理やり変える。


「仮説、でも構いませんか?」

「おぅ、分かりやすく頼むわぁ」

「簡潔に説明するなら―――『存在が消える』という状態から『守護』されている、かもしれないと言う事です」

「ほぉ、なるほどなぁ。確かにそれならぁ辻褄は合うかぁ」

「ですが『本人には効果が現れない』という点は、いまだ不明です。とっても不思議です」

「まぁ、そいつぁ総護の問題だと思うがなぁ」


 ピンポーン、と不意に玄関から快音が響く。


「お、着いたみてぇだなぁ」

「意外と早かったですねぇ」


 ユランとマーシーは来客が誰か検討がつかなかったが、厳十郎と鳴子は知っているらしい。


「来客の予定があったんですか?」

「おぅ、少しの間だがぁ儂の『助手』だぁ。おぉいこっちだぁ」

「ハ、ハーイ」

(……女の子、ですか?)


 どうやら来客は少女の様だ。


「儂もぉ色々やる事も問題もあるからなぁ。半人前の心配ばっかりもしてらんねぇんだよぉ」


 確かに、再び現れるかもしれない『災厄』にも備えなければいけない。


「そういえば、『【原初】のメダル』を総護君に渡してしまってもよかったんですか?」

「いいんだよぉ。あいつもどっかのタイミングでぇ辿り着くか、誰かに会うはずだからなぁ。証拠があった方がいいだろぉ? それに儂ぁ使う機会が減ったからなぁ」


 そう言って厳十郎は空を見上げ、澄み渡る青空の下、心の中で厳十郎はエールを送る。



(―――色々あんだろぉがぁ、頑張れよぉ)







 これは守護者の物語。


 第一章『はじまりの物語』―――完―――

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