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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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五四話:蕾の覚悟

 


「―――悪ぃなぁ。そのまま食らってやってもよかったんだがぁ、あの向きだと〝結界〟突き抜けてぇ純一さんとこの畑がぁ吹っ飛んじまうからよぉ」



 厳十郎は、立っていた。



 負傷と呼べるのは、総護の暴走した『大光刃』を受け止めた(・・・・・)左腕。

 ズタズタに斬り裂かれた様になってはいるが、それでも程度。総護や厳十郎からすれば軽傷の部類。


 元に戻った『十手』を杖がわりにしなければ、立っている事すらできない総護とは大違いだった。



(……クソが)



 総護の最後の一撃。おそらく厳十郎は左腕で受け止め―――



(斬り刻み、やがった……!!)



 ―――跡形もなく、斬り散らした(・・・・・・)



(意味、分かんねぇよ)



 まだまだ遠く、まだまだ高く。その背は、遥か彼方だ。



 ―――そんな老爺が、スタスタ歩み寄って来る。



 心身ともに消耗が激しく満身創痍の総護には、もう戦う術が無い。


「っ」


 睨みつけるしか、今の総護にはできなかった。


 もっとも、命を捨て(・・・・)るならば(・・・・)方法はあるが、




「―――おいおい、『合格』つったのがぁ聞こえなかったのかぁ? ()る気込めて睨んでんじゃあねぇよ」




 ―――どうやら、今回は必要なさそうだ。


「―――は?」

「『は?』じゃあねぇよ。これで『昇格試験』はぁ終いだぁ」

「――――――――はぁ!?」


 総護は耳を疑うしかなかった。


「アレのどこが『昇格試験』だよっ!? 詩織と陽南まで巻き込んでんだぞ!?」

「かかか。すげぇだろぉ儂の演技力はぁ」

「演技じゃなくてマジだったろ!!」


 これまでの全部が『昇格試験』の範疇だった事が総護としては信じられない。

 それに『昇格試験』の事などすっかり頭から抜け落ちていた。


「喚くんじゃあねぇよ。文句はぁ後で聞いてやらぁ」

「いや、今聞けや。つーかぶん殴らせろクソジジイ。つかやっぱ今すぐ死ねよ」

「だぁから後でなぁ。今ぐれぇは休めぇ」


 そんな総護の言葉を全て無視した厳十郎は、すれ違いざまに厳十郎は『十手』を足で小突く。


 普段ならばなんの問題もなかっただろうが、今の総護は自力で立っている事すらできない程に消耗している。



「おまっ―――」



 不意打ちに反応できるわけもなく、必然的に総護は支えを失った様に倒れる。



「総君っ」

「総ちゃん!!」



 ―――しかし、地面よりも先に、柔らかい感触に左右から抱き止められた。



 詩織と陽南がいつの間にか駆け寄っていたらしい。


「……よぉ、ただいま」

「おか、えりなさ、い……!!」

「よかったぁ〜」

「ちょ、苦しい、っつの」


 よほど不安だったのだろう。涙を浮かべながら抱きしめる強さが、それを物語っていた。



「……なぁ、今度さ―――」



 彼女達の温もりを感じた総護から、



「―――デートとか、行こうぜ?」



 ほとんど無意識にそんな言葉が出ていた。


 無意識だから、そんなに深い意味は無い。



「そんぐらいの、ご褒美、あってもいいだろ?」



 ―――泣くより笑っていて欲しい。



 ただ純粋に、総護はそう思ったから。


「いい、わよ」

「うん、行こっ」


 戸惑う素振りも無く、即答で応じる二人。


「……よっ、しゃ……ぁ」


 限界だったのか、だんだんと総護の意識は薄れていく。


「―――君!? ――丈夫――!?」

「鳴―――、はや―――!!」


 慌てる少女達の腕に抱かれ、意識を失った総護。





 ―――総護が再び目を覚ましたのは、それから四日後のことだった。





 **********





「―――気を失ってるだけだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。何日かすれば目が覚めるよ」


 二階から降りてきた鳴子によって、朗報がリビングへと届く。


「よかったぁ」

「そうね。本当に……」


 いきなりぐったりした総護の姿に心底焦った詩織と陽南だったが、鳴子の言葉で一安心。二人は向かい合って座っている椅子に脱力した様にもたれ掛かる。


 現在、〝簡易世界〟にいた陽南と詩織は最上家へと移動していた。


「あの、ピー助はどうしてるんですか?」

「どうせ離れないからねぇ、看病を任せてるよ」


 ピー助は総護が気を失ってから、一切離れようとしなかった。


「私はまだやる事があるから、帰りたかったらいつでも帰っていいからねぇ」

「は〜い」

「そうします」


 鳴子はそう言うと、また総護の部屋に戻って行った。


 コッ、コッ、と時計の秒針の音だけが異様に大きく聞こえる。


 再び静寂に包まれたリビングで陽南と詩織は一言も発せずにいた。


 誠一と剛、厳十郎と鳴子とユラン、マーシーとピー助。そして総護。


 誘拐されてから立て続けに、本当に色々な事が起こったのだから無理もない。容易く言語化できない程の、衝撃の事実がてんこ盛りだ。


(―――ぁ)


『昇格試験』が終了し、総護も無事だと分かって、これからに意識を割いた詩織の脳裏に総護が言っていた言葉が浮かぶ。


「―――『武者修行』」

「っ!?」


 詩織の声に陽南もガバッと顔を上げた。


「わ、忘れとったわ〜」


 重要な事ではあったのだが、それ以外のインパクトが強烈であった事も重なり彼女達の中で埋もれかけていた。


「出発っていつだぁか〜?」

「流石に今すぐって事は無い、と思いたいわね」

「総ちゃん、一人で行くつもりだぁか?」

「……その可能性は、高いわね」



 ―――だって、何もできないから。



 詩織は言葉にしなかったが、陽南にはそんな声が聞こえた。それに否定できない確かな事実だ。


「……ねぇ、詩織ちゃん。ウチね―――」

「―――ええ、分かってるわ。私も決めたから(・・・・・・・)


 彼女達の視線が合った時、ガラガラと玄関の扉が手荒く開かれる。


「終わったぞぉ」


 厳十郎達が戻ってきた様だ。


「ゲン、総護君の部屋はどこですか?」

「二階の奥だぁ」

「そうですか。ではマーシー、行きますよ」

「気合を入れるのはいいけど、入れ過ぎて【正体不明(アンノウン)】を爆発させないでよ?」

「―――させませんよ!!」


 階段を上るユランとマーシーの声が響く。ついさっきまでの静けさが嘘の様だ。


「はぁ、腰が痛てぇぜぇ、ったくよぉ」

「原因はアンタだからな?」


 いつもの甚平に着替え、腰を撫でる厳十郎達が遅れて帰ってきたのには理由があった。


「分かってらぁ。だがなぁ、そんでも愚痴りたくなんのがぁ人ってもんだろぉがぁ」

「とても煽った張本人のセリフとは思えませんね」

「だぁから、〝結界〟ぶった斬って塀まで壊すたぁ予想してなかったんだよぉ」


 総護の最後の攻撃が予想外の被害を出していたのだ。


「ユラン達とお前らがいてよかったぜぇ。ある程度片付けてから〝復元〟かけた方が早ぇからなぁ」

「俺達にとっても予想外の重労働だったんだがな」

「さも『頑張った感』を出してますけど、片付けたのほぼ僕らですよ?」

「お前らぁ、年上を気づかうって事ぉ知らねぇのかぁ?」


 詩織と陽南はどんな状態だったのかは見ていないが、三人の疲れ具合からしてかなり悲惨な事になっていたのだろうと思われた。


「お嬢ちゃん達、すまねぇがぁ茶ぁくれねぇかぁ?」

「う、うん、今出すね〜」


 彼女達にとっては自宅の次に把握している最上家のリビングだ。迷う事も無く、自然に手際良く、新たに椅子に腰掛けた三人分のお茶を準備する。



「―――どぉやらぁ、お前さん達に言うことがあるみてぇだぜぇ?」



 なんの脈絡もなくニヤリと笑いながら、厳十郎は誠一と剛へ向け声をかけた。


「……何となく予想はついてるけど、言ってごらん?」


 どうやら見透かされているらしい。


「ウチね、強くなろうと、思うんだけど」

「理由は、なんだ?」

「『守られてるだけ』なんて……、『後ろにいるだけ』なんて、嫌だからよ」

「………そっか」


 しん、と再び静まり返るリビング。



「―――ちなみに、儂ぁお嬢ちゃん達の味方だぜぇ?」



 その静寂を破ったのは厳十郎だった。


「分かってるたぁ思うがぁ、お嬢ちゃん達にも自衛の手段は必要だろぉ? 半端(・・)じゃなくて、ちゃんとしたやつがなぁ」

「それは、そうなんだが……」


 誠一も剛も、頭では必要な事だと理解している。だが、どうしても『親としての気持ち』も出てきてしまうのだ。

 進んで娘に茨の道を進ませたい親など、いるわけが無い。


「―――そぉいやぁ昔ぃ、惚れた女の安全を守る為に『龍』を死にかけながらぁぶっ倒した奴らがいた気がすんなぁ?」

「「っ」」

「つまりよぉ、そぉいう事(・・・・・)だわなぁ」


 しかし、かつての死闘を引き合いに出されては反論などできるはずも無かった。


「経緯や理由はどぉであれぇ『強くなる』っつぅ事にぁ男も女も、餓鬼も年寄りも関係無ぇしなぁ」


 厳十郎の視線が少女達へと向けられる。


「お嬢ちゃん達が死ぬ気(・・・)でやりゃあ、四年ぐれぇでそこそこまでいけんだろぉ。『理由』があんならぁ、多少の無茶や無謀ぐれぇどぅってこたぁ無ぇだろぉ?」


 その笑みに背筋が冷えるが、ここで引くなど有り得ない。


「ウチ、めっちゃ頑張るけん。お願いパパっ」

「お願い、お父さん。私も、諦めないから」


 精一杯の想いを込めて、陽南と詩織は頭を下げる。


「……先ずは、ママの説得からだな」

「香澄さん達は、僕らより手強いと思うよ?」


 それは、つまり―――


「いい、だ?」

「だから、続きはママが『いい』って言ってからだぞ?」

「僕らだけで決められないからね」


 ―――剛と誠一は反対では無い、という事だ。


「やった!!」

「ありがとう、お父さん」


 第一関門を無事突破する事に成功した陽南と詩織は、笑顔でハイタッチを交わす。


「かかかっ、よかったなぁ」


 厳十郎としても誠一と剛がもう少し渋るかと思っていたが、予想よりもすんなりと許可が出て拍子抜けだった。


「ほれぇ、親父達の気が変わらねぇうちにぃ、家に帰って母ちゃん説得してきなぁ。コップとかはぁそのままでいいぜぇ、洗っとくからよぉ」


 これで終わったと判断した厳十郎が席を立とうとする。


「厳爺、一つ聞きたい事があるんだけど、いい?」

「あぁ?」


 が、詩織に呼び止められてしまった。


「なんでぇ、まぁだ聞きてぇ事でもあんのかぁ?」

「……総君の事なんだけど」

「おう、総護がぁ、どぉしたぁ?」

「―――『武者修行』には、いつ出るの?」


 詩織の質問に厳十郎の身体が一瞬、ピタリと止まる。


「か、かかかかっ。なるほど、なるほどなぁ。そぉいう事かよぉ」


 厳十郎は詩織の質問の意味を理解する。


「〝魔気合一〟ってなぁそこそこ(・・・・)扱いが難しいからなぁ。かかって二、三年ってところだろぉなぁ。―――間に合わせるつもりかぁ?」

「うん」

「はい」


 そして陽南と詩織は厳十郎の問いに、間を空けずに答える。


(いい『目』じゃあねぇか。肚ぁ括ったみてぇだなぁ)


 陽南も詩織も、『覚悟』を秘めた『目』をしていた。


「どぉやらぁ、揃いも揃ってお嬢ちゃん達を舐めてたみてぇだなぁ」


 誠一も剛も、娘達と厳十郎の会話の意味が分からない。


「なんの、話ですか?」

「『武者修行』……だと?」


 しかし、ただならぬ気配を誠一も剛も感じていた。


「分かったぁ、儂も手伝ってやらぁ。そこまでの『覚悟』があんならぁ、鳴子もユランも手伝ってくれると思うぜぇ?」

「ちょっと待って下さいよっ。一体、なんの話をしてるんですか!?」

「どうして、アンタや鳴子さん達が出てくるんだ?」


 何故かは分からないが、厳十郎が『やる気』になっているのは十分すぎる程に分かってしまう。


「『なんの話』だぁ? なぁに簡単な事だぁ。つまりお嬢ちゃん達ぁ―――」


 厳十郎は『意気やよし』と言わんばかりに笑いながら、告げる。





 ―――『地獄』をお望みらしいぜぇ?





 それから、三日後。



 木乃町陽南と幸原詩織の激闘と飛躍が、始まる。



 そして―――。

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