五三話:大輪開花
新年明けましておめでとうございます。
〝結界〟が斬撃を防いだ事を確認した総護は、より苛烈に厳十郎へと攻撃を繰り出す。
その攻撃を捌きながら厳十郎は総護を観察する。
意図的に会話から除外しているが、仮に〝伝心〟の範囲内にいたとしても、きっと聞こえないはずだ。
見えているのは厳十郎と己と〝結界〟内部だけだろう。
普段の厳十郎なら『どぉこ見てんだてめぇはぁ』と言って滅多斬りにするだろうが、今回はこれでよかった。
何故ならば、総護は今―――学習している真っ最中なのだから。
(いい集中だなぁ)
少し遅いが、最初にしては上出来だ。
(なんにせよぉ、よぉやくお目覚めらしいなぁ)
―――対極、とユランは言った。
確かにコレは、能力的には厳十郎と正反対だ。
(ただ、なぁんか引っかかんだよなぁ)
だが厳十郎には、まだ何かがあるように思えてならない。
(まぁ、予定通りぃ戦りゃあ分かるかぁ。そろそろぉ、時間も無ぇみてぇだからなぁ)
そう―――本当の意味で、今回の『昇格試験』はここから始まるのだから。
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「退けやぁ」
「―――ガハッ!?」
厳十郎は総護の猛攻を潜り抜け遠くへ蹴り飛ばした。
それはユランが〝伝心〟を使用すのるのと、殆ど同時だった。
総護を除いた全員に、ユランのイメージが伝播する。
『形象は存在せず、曖昧で、陽炎の様な存在』
―――それは酷くあやふやで、不確かな存在。
『形象無き故に、欠ける事を知らず、砕ける事を知らず、壊れる事を知らない、不滅の存在』
―――だからこそあらゆる脅威を阻み、拒絶する。
『形象無き故に、誰よりも大きく、何よりも巨きく、無限さえも包み込む存在』
―――全貌を見ることは不可能な程に、巨大。
確かに、ユランのイメージは寸分違わずに伝わった。
しかし、
『コレは、なんだ?』
ほぼ全員、分からなかった。
まずソレを、知らない。
ソレに類似するものさえ、分からない。
ソレを形容する言葉さえ、浮かばない。
『……本当に、あの子らしいねぇ』
『そうですね。でも、総護君なら納得です』
例外は二人だけ。
『今視えたのはねぇ、概念なんだよ』
かつて、神だったモノと、
『物体として存在してるわけではないので、本来なら視認する事はできません。あくまでも私という『カメラ』を通して観測されたイメージ、でしかないんですから』
【最古の魔女】である識者のみ。
『視えたモノを、私が感じたものも含め言い表すとすれば―――』
顎に手を当て、少しだけ悩んだユランは、
『―――如何なる状況にも対応しうる『姿無き盾』、でしょうか?』
と言った。
ユランですら疑問符があるのは、『盾』という枠組みからあまりにもかけ離れ過ぎているからだ。
『視えたモノを説明するのは難しいかも知れないけど、その概念にはちゃんとした名前がるんだよ。そっちはみんな聞いた事があるんじゃないかねぇ』
未だに腑に落ちていない面々に対して、ユランに代わり鳴子は説明する。
『―――『守護』って言うんだよ』
それは簡潔で、しかしこれ以上ない程に分かり易かった。
「……つまり、この光っとるのは、『盾』ってことだ?」
「その通りです。この〝結界〟も含め私達は『守護』されているんです。もし、総護君が全力で『力』を使用したのなら私達では、いえ―――」
ユランは厳十郎に視線を向け、
『―――ゲン、全力の貴方でさえ容易く斬る事はできないはずですよ?』
そう告げる。
『ああ、とても興味深いですね。それにとても喜ばしいです。自力で辿り着いたのは、これで三人目なんですから』
『……めでてぇし、儂としちゃあ予想通りなんだがよぉ』
駆け戻った総護と再び戦いながらも、何かが引っかかっているような言い方だった。
『何か気になる事でもあるんですか?』
『『十手』の理由が分からねぇんだがよぉ?』
どうやら厳十郎は総護が握っている『十手』に違和感がある様だった。
『〝魔気合一〟ってなぁそいつの肚ん中にある、何があろぉが譲れねぇもんだったりよぉ、曲げらんねぇ芯の発露だろぉ? 儂の『刀』みてぇによぉ』
『そうですね。本人の願望や渇望、信念や想いが構成要素の根幹にあるのは間違いありません』
『ならよぉ、なぁんで『盾』とかじゃあねぇんだぁ?』
要約すると、『根幹にあるのが『守護』の力なのに、『十手』の様な物が出てくるのはおかしいのでは?』という事だった。
『簡単な話ですよ』
『あぁ?』
しかし、鳴子には理由が分かっている様だった。
『『十手』はきっと、『戦う力』なんじゃないですかねぇ。だってあの子は『護る』為に『強くなる』と決めたんですから。ただ『護る』だけを良しとする子じゃ無い事を、知らないとは言いませんよねぇ?』
『守護』だけならば、確かに『牙』は不要だろう。
―――しかし、敵を排除する為には『牙』が必要だ。
『攻守二つ揃って一つの『力』っつぅことかぁ。まぁコレならぁ生かすも殺すも自由だわなぁ、っとぉ』
納得した厳十郎の鳩尾と股間に高速の二連撃が襲いかかるが、ヒラリと躱す。
(―――限界が、近いねぇ)
ボロボロで心身ともに消耗し、〝魔気合一〟が徐々に不安定になってきた総護を視て、鳴子はそう判断した。
『……お爺さん、もういいんじゃないですか?』
鳴子は厳十郎へと問いかける。
『『基礎』と言うなら〝魔気合一〟まで辿り着けば、もう十分なんじゃないですか?』
それは、ユランも思っていた。
『ゲン、これ以上総護君を追い込んでも、逆効果になりますよ』
―――総護が〝魔気合一〟の会得に至った。
鳴子が言う様に、もう十分と言える成果だ。
これ以上厳十郎と総護が戦っても何も得られないと鳴子もユランも考えていた。
『あぁ? なぁに言ってんだぁ? こっからがぁ、本番じゃねぇかぁ』
―――ギャリィィィィン。
同時に厳十郎は力任せに木刀を振り抜き総護を弾き飛ばすと、木刀を捨てる。
―――〝魔気合一〟
少し前の総護同様に吹き荒れる爆風と、―――総護を軽く上回る、エネルギー。
『―――だってよぉ、こいつぁまだぁ、儂を越えてねぇぜぇ?』
刃渡りおよそ二尺と少しの『黒刀』を握る厳十郎がいた。
『お爺さん……!?』
『ゲン、正気ですか!? もしも総護君に掠りでもしたら、どうなるか理解しているんですかっ!?』
厳十郎の『力』を理解しているが故に、鳴子もユランもその慌てぶりは尋常ではなかった。
『分かってらぁ。つってもこれでよぉやくぅ、どっこいどっこいじゃあねぇかぁ』
―――そう、〝魔気合一〟こそが今回想定した『調整』の上限。
「来いやぁ、馬鹿弟子ぃ」
厳十郎は肩に『黒刀』を担ぎながら、着地する総護に視線を向ける。
―――カキン。
金属が軽くぶつかる様な、硬質な音が響く。
「―――だ、よ」
音の発生源は総護の右手。
『十手』の鉤状の部分。その中央に『十手』の持ち手が、移動した音。
総護は右手で持ち手を握り、鉤状の部分と持ち手の境目に左手を添え、
「上等、だよ、クソジジイッ」
―――抜刀するかの様に、左手を先端に向かい振り切った。
『……コレがあいつの『牙』ってわけだぁ』
持ち手はそのままだが、―――銀色の淡い光を放つ、緩く反った『光の刀身』が現れる。
『銀の大刀』がそこにはあった。
『……つぅかぁ、儂ぁ『変形機能』なんざぁ知らねぇぞぉ?』
眉をひそめる厳十郎をよそに、左下から右上めがけ総護は全力で『大刀』を振り上げる。
厳十郎と総護の距離―――約一五メートル。
地面を斬り裂きながら、真っ直ぐ厳十郎を目掛けて、
(っ、もう飲み込みやがったのかぁ)
―――高速で斬撃が奔る。
刹那の動揺。しかし、厳十郎の身体は的確に動いていた。
自身へと迫る斬撃を補足し、迎え撃たんと『黒刀』を両手で振り上げる。
これまで如何なる存在をも斬ってきた厳十郎にとって、飛んでくる斬撃などなんら問題は無い。
―――左上から斬り裂いて、接近。
既に厳十郎の思考は次の行動を見据えていた。
が、―――
(っお!?)
―――クン、と斬撃が厳十郎の直前で時計回りに、回った。
(こいつっ)
ギャリギャリと金属質な音を立て、厳十郎の刀が滑る。
(やるじゃねぇかぁ!!)
それは総護が見て、考え、剣を振り続けた結果、偶然編み出した技。
名を、―――〝廻閃〟と呼ぶ。
進行方向はそのままに、左右どちらかに回転する斬撃だ。
それに加えて、斬撃自体が異常に硬かったのだ。
予想外の一撃によって、左方向へと飛ばざるを得なくなった厳十郎。
ここで『昇格試験』が始まって初めて、厳十郎の体制が不安定なものとなる。
―――カキキィン。
再度、硬質な音が連続して響く。
(逃が、す、かっ!!)
無論、総護がこんな絶好の機会を逃す訳がなかった。
元の『十手』へと戻った瞬間、鉤状の部分が左右へと分離、先端へと向けて『光刃』が形成されていく。
―――現れたのは、今にも暴走するかのような不安定な『銀光の大剣』。
「オ、ラァァァッ!!」
『力』を全て解放し、斬り上げから返す動きで、暴走し始めた『大剣』を右上から左下へ振り抜く。
正真正銘、全力を込めた最後の攻撃。
対する厳十郎の視界は、銀色の光で埋め尽くされていた。
―――今の厳十郎には、到底防ぐ事ができない一撃。
それはつまり――
「―――合格だぁ。強くなったじゃあねぇかぁ、総護」
―――『昇格試験』の終了を意味していた。
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