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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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五二話:スタートライン

 

 詩織と陽南の前、厳十郎に立ち塞がる様に現れた総護はそのまま前に数歩進み、崩れ落ちた。


 両腕で自分の身体を抱く総護はとても苦しそうで、言葉にならない苦悶の声が漏れガタガタと身体が震えていた。


『黙って見てろぉ』


 厳十郎はそう言うが、何かを喋りかける度に総護の様子は悪化していく様に見えた。



「―――安心しろぉ、後でお嬢ちゃん達も、ちゃあんと送ってやらぁ」



 厳十郎の声が聞こえた直後、ソレは起きた。



 咄嗟に誠一と剛が詩織と陽南を庇っていなければ、吹き飛ばされる程の威力がある風圧や衝撃。




 ―――それは『爆発』だった。




「―――ッ、今度はなんだ!?」


 剛が驚くのも無理は無い。


 その『爆発』によって総護が振り撒いたのは、





 ―――【龍殺者(ドラゴンスレイヤー)】と呼ばれる誠一と剛ですら、その身を竦ませる程の莫大なエネルギーだった。






 **********




(傷が、塞がってるの?)


 巻き上がった砂塵でよく見えないが、詩織の背中にあった刺し傷が塞がっている様に見えた。

 それに手足の火傷や全身の腫れた様な赤みも、少し治っている様にも見える。


 風が砂塵を散らし、総護の姿がハッキリと見えた。


 白いシャツは大半が燃えて裾の一部しか残っておらず、ジャージも膝から下が焼失していた。


「総、ちゃん? だ、大丈夫だ……?」


 手を伸ばせば触れられる距離に総護が立っている。


「まぁ、何とか、な」


 詩織も陽南も久しく声を聞いていなかった様な気分だった。


「んな顔すんなよ。大丈夫だっつってんだろ?」


 きっと心情が顔に出ていたのだろう。総護は一瞬だけ振り返り、笑って見せた。



「安心しろって―――」



 それから総護はまた、厳十郎の前に立ち塞がる。





「―――俺が、『護る』からよぉ」





 それはきっと、彼の心からの『本音』なのだろう。


(………総、ちゃん)


 陽南には想像もできない程、重く硬い『覚悟』と『決意』が総護の中に在る事はもう理解していたはずだった。


 『嬉しい』と思う自分も確かに、いる。



 ―――が、『それでいいのか?』と思う自分もいた。



(厳爺が言っとった意味が、よーやくわかったわ)


 ついさっき、厳十郎が陽南と詩織に伝えた言葉の意味がようやく分かった。




『―――お嬢ちゃん達がこのままならぁ、あいつもずっとこの(・・・・・)ままだぜぇ(・・・・・)?』




 これから一緒に隣を歩けると思っていた背中が、陽南にはとても遠くに感じる。




 そのまま見えなくなってしまうかの様に、遠く。






 **********





(だよなぁ)


 こちらを睨む総護を見ながら、厳十郎は内心で喜んでいた。


(惚れた女がぁ、危ねぇんだ)


 苦節一〇年。ようやく弟子が独り立ちしかけている事に、ただ一人喜びを噛み締めていた。


(立てねぇなんざぁ、てめぇは許さねぇよなぁ?)


 どうやら、『誘導』は上手くいったようだ。


 それに、少女たちも先程言った言葉の意味が分かったのか総護を見つめる視線に少しだけ変化が見える。


(分かってくれてよかったぜぇ。それ(・・)ばっかはぁ、儂じゃあどぉしよぉもねぇからなぁ。ま、それよかぁこっちが先だよなぁ)


 気を抜くにはまだ早い、と自分を引き締める



「『護る』だぁ? そいつぁ笑えねぇ冗談だなぁ」



 もう少し、引き出してやらねばいけないのだから。



「あのザマでよぉ、誰かを『護れる』とでも思ってんのかぁ?」



 だから、



「諦めちまえやぁ。てめぇにゃあ荷が重すぎんだよぉ」



 ―――まだ、悪役(ヒール)に徹する必要がある。



「後で絶望するぐれぇならぁ、ここらで止めてやんのもぉ、『優しさ』ってもんだたぁ思わねぇかぁ?」



 『越えろ』と言ったり、『止めてやる』と言ったり、我ながら支離滅裂だと厳十郎は思う。


(まぁ、なんでもいいんだけどよぉ)


 適当この上ないが、それでも言っている事は両方とも嘘では無い。


 越えて行くなら上々で、できなければ考える。それを判断する意味も含んでいるのだ。



「突っ立てるだけならぁ、こっちから行くぜぇ」



 『調整』の上限には全然届いていない、この現状。



(『護る』つったなぁ?)



 冷めた鉄仮面の下で、厳十郎は問いかける。



(さぁ、どうすんだぁ?)






 **********






 少年は無言で背後に〝結界〟を展開する。


 この〝結界〟に名称は無く鳴子が創った世界の中でならば、総護や厳十郎でも自由に展開する事ができるもので、それなりの強度がある。



 しかし残念な事に―――厳十郎が放った数え切れない斬撃(・・・・・・・・)を完全に遮断する性能を持ち合わせていない事を、鳴子は知っている。



 では、総護はどうするのか?





「―――――ッ!!」





 総護は右手に持っていた、身長と同程度の長さの『棒』を両手で握ると、


 打ち返し、

 叩き落とし、

 払い除け、

 捌き続ける。


 総護は迫り来る『斬撃』のうち〝結界〟に直撃するであろうものだけを、的確に処理していく。


 ―――そう、単純な事だ。


 防御力がどうであれ――――当たらなければ何も問題は無いのだから。




(総ちゃん……?)

(何が、起きてるの?)

(アニキッ)




 ―――陽南と詩織、そしてピー助は目で追う事すらできないので、状況が理解できず。




(本当に、何なの、この『(チカラ)』は!?)

(……ジュニア)

(総護君、君は一体何を……!?)




 ―――マーシー、剛と誠一は見えているが故に、感じ取る事ができるが故に、状況が理解できず。




「……まさか、自力で辿り着く(・・・・・・・)、なんて……!!」

「そういう事、だったんですねぇ」




 ―――ユランの中の『仮定』は『確信』に変わり、鳴子はようやく厳十郎の思惑の全てを理解することができた。




「―――『辿り着く』? ユラン、何か、知っているの?」


 マーシーが感じている『力』は『魔力』や『気力』とは違った。

 かつて観測された【龍】の『力』でもない。


 人間と比べ長い時を生きるマーシーにとっても総護から感じる『力』は全くの未知であった。


「総護君は、『魔力』と『気力』を混ぜ合わせたんですよ」

「有り、得ないわ、冗談でしょう? ―――ほ、本気で言っているの!?」


 驚愕、と言うより動揺が勝った様なマーシーの反応。


「信じられないのも無理はありません。私も……以前はそうでしたから」


 その『当然』とも言える反応に少しだけ懐かしさを感じたユランは、かつて自分が言われた言葉をマーシーへ伝える。


「『世の中にぁあ、「例外」があんだよぉ』と言う事です」

「なんて、こと……っ」


 動揺の余り煙管(キセル)すら落とした事に、マーシーは気づかなかった。


「―――あ、あの、何が、どうなってるんですか?」


 思考の海に沈みかけたユランに詩織が尋ねるのと同時、



 ―――キィン。



 厳十郎から飛来する斬撃、その最後の一撃を弾いた総護。


「―――おい、クソジジイ」


 小さな声とは裏腹に、総護から発せられる『力』が怒気と共に、


「いい加減に、しろや、ボケが」


 ―――更に増大する。


 地面を砕く勢いで踏み込んだ総護は、倒れる前よりも更に速く厳十郎へと接近し突きを放つ。


 捻りを加えられより貫通力が増した突きは、惜しくも厳十郎の顔の左側の空間を打ち抜いた。


 続けて絶え間なく繰り出される攻撃を避けながら、厳十郎は総護の操っている『棒』に注目していた。


 鈍く輝く鋼色。

 片側の端には黒色の布が巻いてあり、持ち手の部分だと思われる。

 見る方向によれば確かに『棒』に見えるだろうソレには、一つだけ特徴的な部分が存在していた。


 持ち手の少し上の部分から先端に向かって突き出ている―――『L字の鉤』。



(―――でけぇ『十手』たぁ、なかなかおもしれぇもん出すじゃねぇかよぉ。分類的にゃあ『馬上十手』になんのかぁ?)



 総護は通常の物より遥かに長大な『十手』を『棒』の様に使用し、連撃を繰り出していた。


(ちっと予想外だなぁこりゃ。ユラン連れて来て正解だったぜぇ)


 『十手』のような武具を総護が表に出すと予想していなかったので、厳十郎は素直にユランを頼る事にした。


『おいユラン、お前にゃあどう視えてんだぁ?』


 徐々に速くなっていく総護の攻撃を躱しながらユランへと問う。


『……まさか、この為に私を連れて来たんですか?』

『適材適所ってやつだぁ』

『はぁ、私に聞かなくても、だいたいの見当はついてるのではないですか?』

『もしかしたらぁ、見当違いかもしれねぇだろぉが。んでぇ、どぉ視えてんだぁ?』


 二人とも〝伝心〟を使用しているにも関わらず全員に伝わる様にしているのは意図的だと、鳴子は思う。多分、説明も兼ねているのだろう、と。


『―――開花寸前、といったところでしょうか』

『成程なぁ。つまり予定通りぃ、スタートライン(・・・・・・・)にぁあ立てたわけだぁ』

『いえ、まだ―――』

『―――分かってらぁ。もうちょいつつかねぇとぉ、起きねぇみてぇだからなぁ』


 厳十郎はそう言い残すと、何も言わなくなってしまった。


「とりあえず、ゲンの代わりに私達が説明しましょうか?」

「……そうだねぇ。それがいいかもしれないねぇ」


 二人の言葉で他の全員の視線が集中する。


「今の総護君の状態ですが、私達は『魔気合一(まきごういつ)』と呼んでいます」



 『魔気合一』―――それは『魔力』と『気力』を混ぜ合わせ、新たな一つの『力』とする技術だと、ユランは説明する。


「すごく簡単に説明すると『風』と『水』を一つに合わせたって事だよ。ここまで言えば詩織ちゃんと陽南ちゃんなら、なんとなく分かるんじゃないかねぇ」


 鳴子の補足があって詩織と陽南は少しだけだが、総護がどんな事をやってのけたのか理解することができた。

 そして、マーシーが『有り得ない』と言った意味も理解できる。


 ―――『風』と『水』は同時に存在できても、一つになる事は無いのだから。


「いつから、なの?」

「ゲンがまだ十代だった頃ですから、私達からすればちょっと前になりますね」


 これまで数多くの魔術師達が議論し、最終的に『不可能』と結論づけられた理論であり、当然、マーシーも知っていた。


「―――そう、………だいたい理解できたわ」


 しかし、これまでが『不可能(そう)』であったとしても、目の前の事実から目を逸らしてまで『不可能(そう)』だと信じ続ける事を、マーシーは良しとはしない。


「『気力』と同様に身体能力の強化が可能。でも、他にあるん(・・・・・)でしょう(・・・・)? なにしろ『開花寸前』ですものね?」


 それに魔術師とは言い換えれば探求者でもあり、研究者でもある。


 ユラン程では無くともマーシーも魔術師の端くれ、


「さぁ、今すぐご教授願おうかしら?」


 ―――落ち着さえすれば、旺盛な知識欲が溢れ出すだけだった。


 まるで獲物を前にした様に瞳をギラつかせるマーシーに、若干気圧された様なユランだったが、一つ咳払いをしてから説明を始めた。


「コホン。『魔気合一』には二つの特性があります」


 ユランは右手の人差し指と中指を立てる。


「一つは、マーシーが言った様に身体能力の強化ですね。ちなみに、細胞も活性化するので怪我も少しは癒えます」


 どうやら総護の傷が癒えた様に見えたのは、詩織の見間違いではなかったらしい。


「そして『気力』による〝身体強化〟よりも、桁違いの出力となります。総護君の動きが速くなったのも、そのためです」

(……なるほどな、そういう事か)


 剛や誠一と戦った時と比べ、格段に速くなった理由がそれだった。


「そして、もう一つは―――」

『―――お前らぁ、ちっと真ん中ぁ空けといてくれやぁ』

「「っ!?」」


 唐突な厳十郎の声と同時に、誠一と剛は反射的に動く。


 剛は陽南と詩織、そしてマーシーを、

 誠一はユランと鳴子、そしてピー助を、それぞれ反対側へと引き寄せる。


 誠一の視線の先には、総護の隙を突いてこちらに向かって腕を振り切った厳十郎の姿がある。


 ―――厳十郎は先程よりも遥かに鋭利な斬撃を放っていた。


 如何に総護がこちらに手を伸ばそうが、もう間に合わない。


 直後、斬撃が〝結界〟の中央部分に激突。


 残ったのは綺麗に両断された〝結界〟が残るだけ―――



「これ、はっ!?」



 ―――とはならなかった。


 淡い銀色の(・・・・・)光に包まれた(・・・・・・)〝結界〟は無傷だ。少しも揺らいですらいない。



 ―――その結果が示すものは一つだけ。



「マーシー。【夜を歩く者達(ナイト・ウォーカー)】本部の城壁がどれ程の性能を持っているか、以前説明したことがありましたね?」



 ―――ユランでも鳴子ではなく、マーシーやピー助、剛と誠一でもなく、もちろん詩織や陽南でもない。

 ―――当然の事ながら、厳十郎でもない。



「え? ええ、そうね。そんな事も、あったわね」

「今まさに、軽々と追い抜かれて(・・・・・・)しまいました(・・・・・・)

「――――――は?」



 ―――残るは、ただ一人。



「視えます、視えますよ。途轍もない『(想い)』が」




『ゲン。総護君は、貴方の―――対極(・・)です』

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