四八話:腹を割って謝りましょう
「―――どっこらしょっとぉ」
気の抜けた声と共に、厳十郎は〝結界〟のすぐ側に木刀を置き、自身も腰を下ろした。
「……な、な、……はぁ…?」
恐らくマーシーの反応こそが、ほぼ全員の心情を代弁したものだろう。
―――即ち、『意味が分らない』だ。
「かかかっ、なんつぅ声出してんだよマーシー。臣下に聞かれりゃぁ幻滅されんぞぉ?」
禍々しく、凶悪的だった殺気も、
冷徹で、無感情だった表情も、
―――呆気ない程に一瞬で霧散してしまった。
今目の前で胡座をかいて座り、カラカラと笑っているのは詩織と陽南がよく知る好々爺だ。
そのあまりの落差に、ほとんど誰も付いていけていなかった。
「―――説明してくれるんですよねぇ、お爺さん?」
鳴子だけは、そこまで動揺はしていなかった様だ。
「おう、あったりめぇ―――ッ!?」
そう、動揺はしていなかった。
「―――詩織ちゃんと陽南ちゃんにまで怖い思いをさせたんですからねぇ。今すぐ然るべき謝罪の言葉が必要だと思うんですけどねぇ。どうしてこんな馬鹿げた事をしたのかもちゃんと説明があるんですよねぇ? まさか何も考えて無かったとか言わないですよねぇ? どうなんですか? ねぇ、お爺さん?」
笑顔だ。紛れもなく、ニコニコと笑っている。
―――が、これは絶対に笑っていない。
何故なら、笑顔というものはこんなに『凄味』や『怒気』を兼ね備えているわけがないからだ。
(ヒョエ~、鳴子さんがガチで怒ってるッス!! マジギレッスよぉ……)
鳴子の背後に般若が見えた。
ピー助は知っている、この笑顔は鳴子が本気で怒った時の笑顔だと。
体毛が鳴子から漏れた微弱な雷によって逆立った事や、詩織と陽南ですら少し怖気付いている事からその怒りの度合いが推し量れる。
鳴子の言葉に少し顔を引き攣らせていた厳十郎だったが、行動は素早かった。
「―――悪かった」
足を揃えて両手を地面につけ、深く頭を下げる。
「何の説明も無しに巻き込んですまねぇな。こんな老いぼれが頭下げた程度で許されるたぁ思ってねぇが、それでも謝らせてくれぇ」
それはいわゆる、土下座と呼ばれる体勢。
「儂にできる事なら何だってするつもりだぜぇ。だから何でも言ってくれやぁ」
それも額を地面に擦り付ける程のもの。
「「――――――――――」」
しかし、詩織と陽南には厳十郎の土下座など、正直どうでもよかった。
誠一や剛はきっと手加減があったはずだ。理由も少しは理解できなくもない。
でも、『昇格試験』は話が別だ。
総護の想いは理解できる。だから、一応は納得したつもりだった。
でも、それを見てしまったら、やはり納得できるものではなかった。
だって、そうだろう?
―――恋人を殺そうとしている人間に『怒り』以外の何を向ければいい?
頭を下げられた程度で、許せる訳が無い。
―――絶対に、許さない。
―――そう、絶対に。
(―――当たり前だわなぁ)
ポロポロと涙を流し、自身を睨みつける気配を厳十郎は感じていた。
謝った程度で少女達の気持ちが収まらない事など理解しているし、もし自分が同じ立場なら問答無用で殺しているだろう。
でも、『昇格試験』を辞めるつもりは無かった。
例え恨まれようが、後で殺されようが、―――『師匠』としてやらねばならないのだから。
それに少女達の協力がどうしても必要なのだ。
(やるかぁ)
―――頭は下げた。
「儂をぶっ殺してぇ気持ちはよぉくわかるぜぇ。なんならぁ後でいくらでも殺されてやらぁ」
―――それでも気が済まないと言うのなら、後は誠意を見せるだけ。
「でもよぉ、こいつぁ馬鹿弟子のためだからよぉ」
ゆっくりと体を起こし、おもむろに上半身を露出させ、
「――――――ッ!! 〜〜〜ッグ、ォ」
―――右脇腹に光る木刀を突き刺し、左方向に押し斬った。
『今は、これ、でっ、勘弁し、てくれ、やぁ』
噴き出す、夥しい量の赤。
生々しく、噎せ返る程に濃い鉄の臭い。
厳十郎が―――切腹した。
それは詩織と陽南の怒りが吹き飛ぶには十分な情報だった。厳十郎が完全な〝伝心〟を使い直接話しかけている事など当然気付くわけもない。
「何してんだアンタは!?」
『腹ぁ、掻っ捌いて、んだよぉ』
「……いや、なんでそうなったのか意味が分からないんですが?」
その予想外の行動に剛も誠一も困惑するしかなかった。
『お嬢ちゃん、達じゃあ、儂を、どうこう、できねぇだろぉ? っ、だから代わりに、やってやったん、だよぉ』
「…………アナタ馬鹿でしょ?」
『マーシー。言葉より、行動で、示したほうが、いい時も、あんだぜぇ?』
「相手を選びなさいよ、ゲンジュウロウ。可哀想に、二人とも真っ青じゃない」
マーシーの言う通り、詩織も陽南も血の気が引いていた。まぁ、どう考えてもショッキング映像なのだから無理もない。
「ゲン、その傷と出血では、あとちょっとで死んでしまいますよ?」
『そいつぁ、困る。まだ、やる事が、あっから、なぁ』
止めどなく流れ出る血。右手で傷口を握っていなければ、とっくに腸が顔を覗かせているだろう。
『―――頼む。どうか儂の、話を、っ゛、聞いちゃあ、くれねぇか?』
バチャッ。
腹に木刀が刺さっていようが、下が血溜まりだろうがお構いなしに、厳十郎は頭を下げた。
―――〝回帰〟
「―――お?」
血が戻り、木刀が抜け、傷が消える。
それは久しぶりに感じる、全てが元通りになる感覚。
「マーシーが言ったように相手を考えて下さいよ。二人ともまだ一五歳の女の子なんですからね?」
見かねた鳴子は厳十郎の負傷を元に戻した。あの姿は詩織と陽南の精神衛生上よろしくない、と判断したからだ。
「ビックリしましたね。ですがもう大丈夫ですから」
「あの、もう大丈夫です、からっ」
「ふふ、嘘はいけませんよ? まだ鼓動が安定していないんですから」
「それは、ユランさんが近いけん……」
「もしかして、恥ずかしがってるんですか? ああっ、本当に可愛いですね。マーシーもそう思いませんか?」
「今更気が付いたの? 私は初めからそう思ってたわよ。あと……ピー助、といったかしら? アナタもこっちへ来なさい」
「は、はいッス!!」
ユランが詩織と陽南に抱き着く気配を感じた厳十郎。どうやらマーシーとピー助も動員して二人の精神を落ち着かせている様だ。
『精神を少し強化しておきました。はぁ、もっと早く手を打つべきでしたね。反省です』
詩織と陽南に抱きつき、頬ずりをしながら二人以外に向けてユランはそう言った。
ユラン達によって詩織も陽南もかなり落ち着いた様に感じられる。もっとも、今は違う意味で動揺している様だが。
「あ〜。お嬢ちゃん達に、一つ言い忘れてたんだがよぉ」
少女達ともある程度会話ができる様になった今、厳十郎は頃合いだと判断した。
「儂ぁ別に―――」
話す為に頭を上げようとして、
「まさか、誠一ちゃんと剛ちゃんには何もないんですか?」
―――全てを問答無用で平伏させる神の声が聞こえた。
「―――剛、誠一。すまん、悪かった。娘さんを巻き込んで、本っ当に悪かったぁ」
超高速で元の状態へと戻った。
「……アンタ、本当に殺されても文句言えないぞ?」
「おう、そんなんで気が済むんならぁ、いくらでも殺されてやらぁ」
「へぇ、じゃあ僕は今日から『飲酒禁止』を命じますね。無期限で」
「っ!? そ、そいつぁ勘べ―――」
「―――当たり前ですけど、『嫌だ』なんて言うわけないですよねぇ?」
「……っ!? ………………………ぉ………………………………………っ!! ……分かった。今日から、断酒、するぜぇ」
『自業自得』、『因果応報』とはまさしく、今の厳十郎の状態を指すのだろう。
「ねぇユラン、後で少し手伝って欲しい事があるんだけど、いいかい?」
「いいですよ。もう二度とこんな事をしないように、しっかりとお灸を据えてあげないといけませんから」
「……ハ、ハハ。お手柔らかになぁ」
詩織も陽南も同情の気持ちなど今回ばかりは一切湧いてこなかった。そんな事より総護の事が心配で気になって仕方が無いのだから。
「ねぇ厳爺。それより総ちゃんは―――」
「―――生きてるぜぇ。ま、死にかけちゃあいるがなぁ」
―――生きている。
まずは一安心―――かと思いきや。
―――死にかけている。
そんな場合でもない様だ。
『やはりどうしても総護を殺すつもりなのか?』
少女達がそう問いかけようとした時、
「―――つってもよぉ、馬鹿弟子を殺す気なんざぁ無ぇよ。これっぽっちもなぁ」
正反対の言葉が、頭を下げたままの老爺から伝えられた。
本日、幾度目の衝撃だろうか?
厳十郎の言葉は、その場の全員を驚愕させるのに十分な威力を秘めていた。
「だからよぉ、まずは儂の話を聞いちゃあくれねぇかぁ?」
頭を上げながら、真剣な表情で厳十郎は説明し始めた。
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