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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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四六話:無情な刃

 



「「…………」」




 ガラガラという音を聞くようになった、と陽南は思う。もちろん、『常識』が崩れる音だ。


 たった、数秒。

 それだけの僅かな時間で、景色が激変(・・)してしまった。


 ―――不吉な程に黒い雲からは土砂降りの様に、絶え間なく轟音を奏でながら雷が降り注いでいる。


 ―――赤茶けた大地はその面影が消え去り、火と、火柱と、煮え滾る溶岩に支配されている。


 そこにはもう乾いた荒野は存在していなかった。

 これでは、本当に――




世界の終わり(ワールドエンド)……っ)




 ―――この世の終わりではないか、と詩織は思う。


 これは人が―――いや、生物が生きていける環境ではない。

 周りを覆っている〝結界〟がなければ、灰すら残らず燃え尽きていると思われる。


 この変化がたった一人によって生み出されたものだと言われても、実際に目撃していなければ誰も信じることはできないはずだ。


 ―――そんな超常的な変化があったにも関わらず、どういう訳か平然と立っている総護と厳十郎。


 互いに距離を置き、始まりの時と同じ睨み合いの様な形となっていた。


 本当に同じ人種なのかと疑いたくなった詩織と陽南。


 そして、この光景を見て驚いたのはなにも少女達だけではない。


「……これは、想像以上ね」


 マーシーはまず(・・)、その規模に、


また(・・)、似たようなものを見ることになるとはね」

「ああ、もう見ることはないと思ってたんだがな」


 誠一と剛は、眼前の光景そのものに驚かざるを得なかった。


「―――やはり、似ている(・・・・)んですね?」


 そう、ユランは確信していた。

 先程視えた術のイメージ、それは―――


「ええ、そっくりですよ。―――昔、僕らが戦った『【龍】の世界』と」



雷雨(らいう)』。

 それは、狂乱の絶叫(サケビ)。―――(まさ)しく『(カミナリ)(アメ)』。


炎海(えんかい)』。

 それは、噴出する赫怒(イカリ)。―――(まさ)しく『ホノオ(ウミ)』。



 ―――そう、この光景は『【龍】の暴威を具現化させた世界』であるということ。



 そして、マーシーが驚いた理由の二つ目。


「はぁ、頭が痛くなってきたわ……」

「……マーシー、貴女の気持ちも分りますよ。私も、魔術師ですから」


 浮遊する煙の椅子に座り、右前足で頭を押さえるマーシーの頭を優しく撫でるユラン。


「まぁ、それが普通の反応よねぇ」


 鳴子の言葉通り、マーシーとユランの反応は『魔術師・魔法使い』であるならば当然の反応と言える。


「なんなの―――あの『魔力制御』は?」


 それは総護が魔術を展開する過程(・・)にあった。


「分かりやすく例えるなら、アニキは雨の中ペッてツバを吐いたんス。それで吐いたツバが落ちた水溜まりとか、水溜まりに触れた雨を『吐いたツバは俺のもんだから、お前らも俺のもんだ』って感じで自分のものにしちゃったんスよ」


 おそらくそれは、魔術についてなんの知識も持ち合わせてない詩織と陽南に向けての説明だと思われる。

 とても自信満々に、誇らしげに語るピー助。


「………ピー助、その説明で分かるわけないじゃない」

「全然言っちょう意味がわからんわ〜」


 だが悲しいかな。ピー助に説明力は無かった。


「なんでッスか!? メチャクチャ分かりやすく説明したッスよ!!」

「……説明が汚いわ」

「流石にその説明で理解しろと言うのは……ちょっと無理だと思いますよ?」

「まぁ、うん、分からなくもない、かな?」

「すごいな誠一。俺にはサッパリだ」


 非難の嵐だ。


「代わりに私が説明するわ。つまり【正体不明(アンノウン)】は―――」


 見かねたマーシーの説明を要約するならば、総護は自分で放った〝炎弾(ファイヤー・バレット)〟と〝雷弾(サンダー・バレット)〟を利用したらしい。


 つまり―――『放った魔術(魔力)を媒介として、周囲の魔力を操作した』とう言うこと。


 言葉で表せば、ただそれだけの事。



 しかし、言うは易く行うは―――想像を絶する程に(・・・・・・・・)、『難し』である。



『超絶技巧』、『桁外れ』と言ってもまったく過言ではない。

 ―――『異常』、と言えるのかもしれない。


 マーシーの記憶が正しければ【夜を歩く者達(ナイト・ウォーカー)】に所属する魔術師・魔法使いですら、ここまでの領域に足を踏み入れているのはほんの一握りだ。


 そして最後の一つ。


「先程の詠唱、既存の魔術に(・・・・・・)はありません(・・・・・)。おそらく、この魔術は―――」


 魔術師・魔法使いを束ねるユラン()の言葉から導かれる答え。


「―――そうッス、〝厄龍再臨・(ワールドエンド・)天地塵灰の破滅あれファイナル・グローリー〟は、ほぼ総護(アニキ)が創った魔術ッス」


『総護が創り上げた』と、ピー助がユランの言葉の続きを答えた。


 それらだけでも十分驚嘆に値するのだが、



「―――でもこれは不完全(・・・)ッス。出力不足ッスから、短時間の『場』の展開しかできないと思うっス」


「―――アニキが万全か、もう少し誠一さんと剛さんが〝龍殺の栄冠(ドラゴン・ギフト)〟を解放してたら『術式龍』まで出てたはずッスよ?」


「―――だからアニキは『武器』の方に意識を向けてるみたいッスね」



 ―――さらに驚く事になるとは、マーシーは思っていなかった。



(これで『不完全』、ですって……? いいえ……そもそも、この魔術に完全なんて有り得るのかしら(・・・・・・・・)?)


 そう、〝厄龍再臨・(ワールドエンド・)天地塵灰の破滅あれファイナル・グローリー〟は欠陥だらけの魔術だ。


 術者に要求される技量が高すぎる上に、【龍殺者(ドラゴンスレイヤー)】が揃って力を使っていなければ唱えたところで不発となる。今回の様な状況になる事、それ自体が稀だろう。


「『術式龍』? それは一体どんなものですか?」

「『自立行動型実体魔術陣』を使った、大きめの亀と海月ッス」

「そ、そんなものまで組み込んだんですか!?」

「アニキと一緒に三徹したんで、そこそこの出来栄えだと―――」



 ―――その時、再度両者が動き出す。



(……さっきよりも、速い?)

(ん~、よく見えんけど、持っちょう武器変わった?)


 相変わらず、詩織と陽南には二人の動きは見えないが、内に秘めたる原石(才能)は総護と厳十郎の変化を感じ取っていた。



 ―――左手に握るのは、赫く煌々と燃える溶岩の剣。


 ―――右手に握るのは、白く放電する灼雷の剣。



「――アニキはここで決めるつもりッスね」


 ソレは〝付与(エンチャント)〟では無い。


 暴れ狂う魔力を卓越した魔力制御によって強引に武器としての形に押し留め、さらに〝物体強化〟によりその性質を大幅に強化した不安定な代物だ。


(これは……炎と雷を、両手に集めてるの?)


 空から総護めがけ落ちる凶悪な雷は右手へと、

 足元の獰猛な炎と溶岩は左手へと、


 総護から逸れる様に、離れる様に、そして吸い込まれる様に両手へと導かれていく。


(なるほど。周囲の環境と武器の属性が同じならば、自身に迫る『害』すらも武器を強化し続ける『利』となる、という事ですか)


 総護は残り少ないであろう魔力を武器の集束・強化のみに絞っていた。言うなれば―――『成長し続ける双剣』だ。


 その双剣は一時的にだが、―――『魔剣』や『聖剣』に近い存在となっていた。


(―――『魔気並操(まきへいそう)』。確かに【正体不明】の十八番(オハコ)でしたね)


 総護の『魔力』と『気』の同時操作はユランから見ても一級品だ。


(技術を磨く覚悟が違えば、輝きにも差が生じるのは当たり前でしたね。だから【正体不明】の技術はどれも尋常ではない、というわけですか。なるほど、納得です)


鳴子の話を聞いて色々と腑に落ちたユラン。だが、その表情は優れない。


あれ程の『力』の塊を完全に制御する事は、やはりまだ総護には難しいようだ。四肢が雷炎によって焼けてしまっている。


そして、


(しかし、このままでは―――)



「―――ねぇ二人とも、ちょっといい?」


 見えないながらも、総護と厳十郎がいるであろ場所を見ていた詩織と陽南に鳴子が声をかける。


「……うん?」

「なんですか?」

「今からでも、お家へ帰る気はない?」


 ―――何故か、とても嫌な予感がした。


「いえ、大丈夫です。ここで待ちますから」

「ウチも。それに、なんか帰っちゃいけん気がするし」

「……、そう」











 ―――どうして今更になって、そんな事を聞くのだろうか?


 ―――どうして鳴子は、そんなに悲しそうな顔をしているのだろうか?











「……なら、先に言っておくよ。―――あの子が帰って来なかったら、あの子が存在した(・・・・・・・・)証を全て消すよ(・・・・・・・)












 ―――詩織と陽南は、鳴子の言っている言葉の意味が分からなかった。



「やっぱり、分かってたんですかっ!?」



 怒号に近い誠一の声が、鳴子へと向けられた。


「っ、お父、さん? どうした―――」

「―――今の総護君では厳十郎さんに届かない(・・・・)事をっ、分った上で止めなかったんですかッ!?」


 マーシーはどこか『やはり』といった表情だった。

 ピー助は動じる事も無く、戦い続ける二人へと向き直る。

 ユランも何か気づいていた様子だ。

 剛は静かに腕を組み、目を閉じた。


 そして詩織と陽南は、



「「――――――、ぇ?」」



 誠一の言葉を理解する事を、心が拒んでいた。


「それが、あの子が選んだ道だからねぇ」




 『届かない』


 『全て消す』




 しかしどれだけ拒もうが、


「ねぇ、なに、言っとる―――」

「―――おい、誠一。いけるか?」

「……うん。今の厳十郎さんなら、僕らでも十分対処できると思うし。それに―――」



 それらの言葉は否応なしに現実を突きつけてくる。










「―――娘の彼氏を、殺させるわけには(・・・・・・・・)いかないからね(・・・・・・・)










 最上総護の―――――『死』を。










 外へと歩き出そうとした誠一と剛の前に、


「だめだよ」


 ―――鳴子は立つ。



「な、何を言ってるのナルコ!? このままでは【正体不明】は本当に―――」

「―――そうかもしてないねぇ。でもだめだよ、行かせない(・・・・・)



 全てを理解した上で、鳴子は立ち塞がる。



「今のジュニアは二歩……いや三歩は足りてない。それを理解した上で、俺達を止めるんですか?」

「そうだよ」

「鳴子さん、自分が何を言ってるのか、本当に理解していますか?」

「分ってるよ」

「っ、あなたは―――」








「―――なに、を、言ってるんです、か?」








 細く、弱々しく、震える小さな声。








「―――ウチら、『約束』、した、けんね? 帰って、くるって、言っとった、よ……?」








 それは、誰の胸にもどうしようも無く、突き刺さる声だった。








 ―――そしてまた、世界が変わる。








 タイムリミット、だったのだろう。

 空は灰色へ、地は赤茶色へと。元の荒野へと戻っていく。



 ―――あと少し遅ければ、雷光に紛れて見えなかったはずだ。

 ―――あと少し遅ければ、炎熱が遮り見えなかったはずだ。



 視界を遮るものが無くなってしまったから、それだけは嫌にハッキリと見えた。










 ―――見えてしまった。










 二度、閃く〝気剣〟の軌跡と、―――










「イヤ、嫌だよっ、総君―――ッ!!」

「総ちゃんっ、そう、ちゃんッ!!!!!」










 ―――傷口から血を吹き、崩れ落ちる総護の姿が。

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