四四話︰道は未だ険しく
―――ミシ―――
『圧』を、感じる。
―――ミシリ―――
軋む様な、気配も。
〝結界〟の中にいる六人と二匹からそれなりに離れた場所で向かい合う、少年と老爺。
―――ギシ―――
『圧』の発生源は、そこだ。
少年と老爺は触れ合える様な距離では無い。しかし両者の間で本当に巨大な何かが、
―――メギィッ―――
――互いを圧潰せんと、鬩ぎ合っていた。
彼等から撒き散らされる『重圧』の余波で、世界が哭き叫んでいる。
そんな『重圧』が振り撒かれる直前、男が二人――木乃町 剛と幸原 誠一は、少女達の前へと一歩進み出た。
それは少女達を庇うかの様な動き。
何故ならば、
「なんて、馬鹿げた殺気かしら……!!」
――離れた位置にいる少年と老爺からは、常人が受けたならば卒倒するレベルの『殺気』が放たれていたからだ。
空中で煙の椅子に腰掛けている白猫は戦慄していた。
【魔煙王妃】の名で呼ばれ、二〇〇年と少し生きてきたマーシーですらここまで濃密な『殺気』を浴びたのは久しぶりだった。
しかも、こちらに届いているのは『余波』。
これで単なる睨み合いだと言うのだから、驚愕を禁じ得ない。
詩織と陽南は、生まれて初めて『本物の殺気』を肌で感じた。
父親に遮られる前に一瞬だけ、真冬の様な冷たい風を。
でも、それは焦げるように熱くもあって。
――桁外れに凶悪で、混じり気のない『殺気』を。
「……鳴子」
ユランに名を呼ばれるが、口を固く結んだ鳴子は何も応えない。
ただ、先へと視線を向けていた。
「――動くぞ」
剛の言葉と同時に、少年と老爺の姿が霞む。
一瞬の交錯。閃く気刃。
まるでそれが開始の合図だったかの様に二人は動き始める。
淡い軌跡を残し交わる両者の剣。
誠一や剛とは違い、動きが速すぎるため詩織と陽南は『動いている』としか認識出来なかった。
「『鉄の双剣』に〝気剣〟かぁ。総護君、本当に殺す気みたいだね」
「厳さんもな」
しかし、【龍殺者】と呼ばれる誠一と剛の瞳は、高速で動き続ける師――最上 厳十郎と弟子――最上 総護の姿をハッキリと捉えていた。
総護が両手に持つのは魔術によって地中の砂鉄から形を成したであろう『鉄の双剣』。
その双剣は『気』を流す事で鋼鉄を軽く凌駕する程の硬度まで硬化されている。
そして流し込んだ『気』が多量・高密度であった為に刀身から溢れるが、その溢れた『気』すら制御下に置いている為に物質化した『気』が剣身を覆っている。
〝物体強化〟派生技―――〝気剣〟
つまり〝気剣〟とは、如何な鈍な刀剣であろうとも――ましてやそれが非刀剣類であったとしても――その存在を大業物へと昇華させる技術。
厳十郎と総護が行っているのは、高難易度の『気』の運用法である。
『――つまり、だぁ。お前さん達にゃあ『見届け人』をやってもらいてぇ』
戦いが始まる前、ごく簡単な説明の後に厳十郎はさも当然の様に剛と誠一にそう言った。
『アンタ、正気か?』
剛が怪訝な表情でたずねる。
当たり前だ、いくら師弟と言えども実の祖父と孫。そんな彼等が殺し合いをするなどと聞いて耳を疑わない方がどうかしている。
『おう、正気だぜぇ』
『……出来れば冗談と言って欲しかったんですけどね』
『残念だったなぁ、大真面目だぜぇ。なんせこいつぁ、馬鹿弟子のためだからよぉ』
『だからって、そこまでするか?』
剛の疑問に、厳十郎はやはり当然の様に答える。
『――ったりめぇだろぅが。弟子の願いの手助けをすんのが、師匠ってもんだろぅ?』
しかし。
(……コレが、本当にジュニアのためだと?)
厳十郎が木刀を振う度に、総護の体から少量の鮮血が吹き出す。
――ギリギリだ。
総護は刃を交えながら、紙一重で致命傷を避けている。
それはつまり、一切の躊躇が無いということ。
そして総護が一度でも避け損なえば――瞬時に『死』が訪れるということ。
感情を感じさせない顔で剣を振う厳十郎の姿も合わさり、先程まで『弟子のため』と言っていたとは到底思えなかった。
それに、未だ厳十郎は無傷。まだまだ余力を残しているように見える。
(総護君が勝てる程度に『調整』してるって言ってたけど、本当に――)
――ドパァン!!
誠一が思考に意識を割いていた時、突然〝結界〟のすぐ近くに小ぶりな炎の弾が着弾し爆発した。飛んでくるのに気が付いていなかった詩織と陽南は短く悲鳴を上げる。
「……総護君は、魔力の温存をやめたようですね」
ユランの言葉と同時に複数の場所からも爆発音が聞こえ始め、次々に炎と雷の華が咲く。
「――も、もしかしてアニキと厳さんが戦ってるんスか!?」
不意に六人の後ろから驚く声が聞こえた。
「まさか『昇格試験』ッスか!? 早すぎッスよ!! 厳さんが『調整』に出て行ってからちょっとしか経ってないんスよ!? しかもアニキさっきまで【龍殺者】と戦ってたんスよ!? 無茶ッスよ!! 準備不足ッスよ!! なんでこんな事になってるんスか!?」
浮遊する緑色の毛玉――ピー助はさっきまで気絶していたとは思えない勢いで喋り出す。
「説明して欲しいッス――」
「――総護ちゃんが望んだからだよ、ピー助」
「っ、そんな!?」
けたたましいピー助の声を遮ったのは、鳴子の声。
「どうしてあの子は、こんなに険しい道を望むんだろうねぇ」
「……鳴子」
ユランの横から聞こえてきたのは、今まさに傷つき足掻いている総護を眺める鳴子の、胸を締め付ける様な声。
「あの子に『素質』があれば、こんなに苦しまずにすんだろうにねぇ」
「『素質があれば』? それは、つまり総護君に『素質』が無いって言ってるんですか?」
一五歳という年齢を考慮するならば、総護の『強さ』は確実に飛び抜けている。
誠一や剛ですら一五歳の時は、今の総護ほど『強く』はなかった。
『素質』が無いのなら、どうやってここまで『強く』なったというのか?
「そうだよ。総護ちゃんには剣術や体術、魔術の『素質』なんて全然無かったねぇ。詩織ちゃんや陽南ちゃんの方が『素質』があるよ」
戦っている二人を見据える鳴子のその言葉に、ピー助以外の全員が驚く事となる。
「……だからあの子は、時間を削る事を選んだんだよ」
剣を振うも上手くいかず。
魔術を唱えても発動せず。
幼いながらに、どうすればいいのか必死に考えたのだろう。
まず総護は睡眠時間を三〇分とした。
入学してからは年相応の娯楽の情報は全て学校で集め、宿題は学校で終わらせた。
どうしても最上総護が必要な時は、代わりに影武者を使用した。
生きる為に最低限必要な時間以外を削り、空いた時間の全てを鍛錬に費やした。
練習し、実践し、反復する。
実戦に臨み、考え、改善し、自身へ最適化させていく。
泣き言を言わず、どんな怪我をしようが止まらず。どれだけ転んでも、諦めず。
唯々、『強くなりたい』という、思い。
どこまでも『強くなりたい』という、願い。
大切な人を護れるほど『強くなりたい』という、狂気的なまでの渇望。
それらを糧に、拷問の様な鍛錬の日々を繰り返すこと約一〇年。
「――それでようやく、ようやくあの子は、ここまで辿り着いたんだよ」
その内容に、誰もが声を出せずにいた。
少年がその人生の六割以上を捧げて得た、確かな『強さ』。
弱冠一五歳でありながら【正体不明】と呼ばれ、強者の一角として数えられる程に『強く』なった壮絶な背景。
さらに続く鳴子の言葉に、ほぼ全員が衝撃を受ける事となる。
「――でもねぇ、あの子は『まだ足りない』って言うんだよ」
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