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これは守護者の物語  作者: 橋 八四
一章 はじまりの物語
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四三話︰ワガママを貫く為に

 

 つい先程まで完全に『蚊帳の外』であった詩織と陽南は、総護に連れられるまま透明な〝結界〟へと足を踏み入れた。


 総護の説明によればこの〝結界〟は外からは内部が見えず、臭いなどの要素も完全に遮断するものらしい。

 どうやら先程の鳴子とユランも同じものを使用していたらしい。


「ん~、こんなもんでいいか。ほれ、座っていいぞ」


 ウエストバッグから厚めのシートと人数分のクッションを出すと素早く三角形に並べ、詩織と陽南に座るよう促した。


(意外と広いわね)

(風が()んけん不思議な感じだわ~)


 視覚的にどこまでが〝結界〟なのか詩織と陽南には分らないので、少しだけ違和感があった。


「喉渇いてねぇか? 麦茶なら出せるぞ、ペットボトルだけどよ」


 詩織と陽南と向かい合う様に胡座をかいて座っていた総護は、おもむろにウエストバッグに手を入れ三本のペットボトルを取り出し各々へと配る。


「ありが――冷たあっ!?」

「っ、ありがとう」


 配るといっても半ば投げ渡される形でペットボトルを受け取った陽南と詩織。

 しかし冷えていたのが予想外だったのか、陽南にいたっては危うく落としかけていた。


「さっき『時間』は操れないって言ってたわよね?」

「言ったな」

「じゃあなんで、こんなにキンキンに冷たいわけ?」


 これは詩織の素朴な疑問だった。

 ウエストバッグ内部の時間が止まっていないのなら、どうやって冷やしているというのか。


「そりゃ今さっき中の冷蔵庫(・・・)から出したからな」


 そんな詩織の質問に総護は、ごく一般的な回答でもって答える。


「れ、冷蔵庫入っとるだっ……!?」

「小せぇやつだけどな」


 二人の想像以上に、本当に色々な物が入っている様だ。


 ……というか冷蔵庫など、どうやってウエストバッグに入れたのか。


「電源はどうしてるの?」

「俺特製のいい感じに調整した《電源》に繋いでんだよ。まぁアレだ電池っつーか、発電機の魔術バージョンだな」


 総護曰く、週一回の頻度で魔力を蓄積(チャージ)すればいいらしい。


「『使えるモンは何でも使う』って事だな。別に全部魔術なんかで解決する必要もねぇし」


 そう言うと、総護は麦茶を一気に飲み始める。


 同じ様に詩織と陽南も蓋を捻り麦茶を飲む。

 どうやら思っていた以上に体が水分を欲していた様で三回、四回と喉を鳴らす勢いで飲み込んで行く。


「そんで、あ~、正直に言うけどよ――」


 先に中身を飲み干した総護が意を決した様に口を開く。









「――俺、もしかしたら死(・・・・・・・)ぬかもしれねぇ(・・・・・・・)









 少女達がその言葉の意味を解するまで、少し時間が必要だった。


「……は?」

「え? どういう、ことだ?」


 それは困惑するなというのが無理な話。

 持っているペットボトルを落とさず、口から麦茶が噴出しなかったのは、ほとんど偶然だった。


「もしかしたら、な」


 冗談なら、随分とタチの悪い冗談だ。

 ――しかし残念な事に、その声音には冗談の気配は一切含まれていなかった。


「俺さ、これから『師匠』と一対一で本気(ガチ)の『殺し合い』すんだよ」


 冗談では無いからこそ、詩織と陽南は余計に意味が分らなかった。



 ――これから殺し合う? 祖父と? 本気で?



 ――なんで? どうして? 何の為に?



 次々とわき上がる疑問、そして混乱。


 少女達の乱れた思考では上手く言葉を纏める事ができない。

 だから言葉を発そうとして口を開くも、パクパクと動くのみでなにも出ては来ない。


 総護はそんな少女達を見て、苦笑いを浮かべていた。


「いや、『殺し合い』ってのは違ぇか、死ぬ可能性があるのは多分俺だけだし。つっても他に言い方が――」

「――待って!!」


 総護が詩織と陽南の状態を無視して喋り続けていると、声が響いた。


「ちょっと、待って……っ!!」


 陽南の声は、震えていた。


「ねぇ総ちゃん。なに、言っちょうだ? 『殺し合い』って、どういうことだ?」

「そのまんまの意味なんだけ――」

「――だけん!! それが分からんって言っちょーがんっ!!」

「っ」


 陽南の叫びに総護の視線が、揺らぐ。


「ねぇ…総君?」

「お、おう」

「分かりやすく、説明してくれない? 陽南ちゃんも落ち着いて? ね?」

「……うん」


 陽南の叫びを聞いて詩織は少しだけ、冷静になる事ができた。陽南も一度叫んで少しだけ落ち着いた様だ。


 そして、総護は改めて口を開く。



「これから始まんのは――『昇格試験』なんだよ」





 ―――『昇格試験』





 首を傾げる少女達へそれがこれから始まる今回で三度目(・・・・・・)の『殺し合い』の名前だと、総護は言う。


「ルールは簡単でな。俺が今の(・・)師匠を越えりゃ勝ち、めでたく合格。んで、逆に俺が死んだらお終い、不合格」


 厳十郎の全身黒づくしは『死んだ瞬間から喪に服す』という意味を持っていた。



『死ねばそれまで』

『蘇生は無い』



 それは限りなく実戦に近い――いや、本当に実戦なのだろう。


 総護は『試験』と言っていたが、説明を聞いた詩織と陽南にはどうにも『試練』としか思えなかった。


 その理由として、『総護が今使える全てを使えば、ギリギリ勝てる程度に師である厳十郎は調整(・・)をしている』という説明。



 死線を踏み越え、死闘を制す。



 これはまるで『人為的な試練』ではないか。




 ――ふざけてる。




 それが総護の言葉を聞いて詩織と陽南が改めて思った感想だった。


「待てっつの。説明はまだ続くんだから、んな顔すんじゃねぇよ」


 どうやらしっかりと顔に出ていたようだ。


「ほら、前にも言ったと思うんだけどよぉ――俺は『強く』なりてぇんだ」

「それは、この前も聞いたし、一応分かってはいるつもりなんだけど……」


 それは少し前に聞いた内容だ。

 総護が父親と交わした『強くなる』という、約束。


 総護の過去の出来事(エピソード)を知った後である今なら、その『約束』の重さが分ってしまう。


 だが、しかし。


 総護は先程、【龍殺者(ドラゴンスレイヤー)】と呼ばれる誠一と剛の二人を相手に善戦していたはずだ。


 つまり――


「……総ちゃんって、もうけっこう『強い』がん」


 ――『最上総護は、もう十分強いのでは(・・・・・・・・・)?』


 少女達がその結論に到達するのに、さほど時間はかからなかった。


「まぁ、陽南や詩織から見りゃそうだろうけどよ」


 陽南の言葉を聞いて、



「――まだまだ、全っ然、足りねぇんだよ」



 視線を下げた総護が口を開く。


「この前も俺がもっと強けりゃ、お前らがあの【魂喰い(クソ野郎)】に喰われかける事なんざ無かっただろうよ」


 無意識だろうか、総護がゆっくりと右手を閉じる。


「俺が魔術師としてもっと強けりゃ〝転移〟で魔力欠乏(息切れ)なんざ起こらなかったし、そもそも〝結界〟が壊れる事態にもなってねぇよ。つーか、ことが起こる前に防げてたかもな」


 小刻みに震える程に強く、拳を握り締める。


「俺がもっと強けりゃ、戦って負ける事なんざ無かったんだよ。お前らにも心配かけずに済んだはずだしな」


 そこで言葉を切ると、総護が視線を上げる。


「だから俺は、『強く』なりてぇんだ」


 その黒い双眼に詩織と陽南の姿が映る。


「『世界中の人間を守る』なんてこたぁ出来ねぇし、最初(ハナ)から言うつもりもねぇ、でもな――」


 向けられた、射貫く様な鋭い視線。


 それだけでも、詩織と陽南の鼓動は少し加速していくのに、







「――『どっかの誰か』じゃなくて、俺は『俺の好きな人』を護りてぇんだ」







 ドクン、と。

 鼓動が大きく、跳ね上がる。


「……俺は弱ぇから、家族とかダチとかも、喪うなんざ耐えられねぇ」


 ただ、真剣で。


「もし、自分の意思(・・・・・)で傷付く事を選ぶってんなら、俺はどうこう言うつもりは無ぇよ。覚悟があんなら、そりゃ本人の自由だからな」


 ただ、純粋に。


「でも、理不尽とか不条理とかはダメだ、許せねぇ」


 そしてきっと、本心なのだろう。


「だから、『強くなる』ってのは俺の為でもあんだよ。あれだ、俺は―――俺の周りの平穏を護りてぇんだ」


 総護の言葉からは並々ならぬ決意が感じられた。


「つまり、どんな状況になろうが笑って『安心しろ』って言えるぐれぇになりてぇんだよ、俺は。まぁ単なる我儘(ワガママ)だわなぁ」


 そう言って少しだけ笑う総護。


 二人は総護の言葉を聞いて思ってしまう。

 ――決意も、覚悟も、何もかもが、平和な人生を歩んできた自分達とは違いすぎる。


 以前、鳴子は言っていた。

『死に物狂いであの子は強くなった』と。


 つまり――これまでもそうなら(・・・・・・・・・)、きっと、これからもそ(・・・・・・)うなのだろう(・・・・・・)


 彼は『俺の好きな人を護りたい』といった。



 ならば、だ。



 加速していく鼓動と揺れる思考の中で、詩織と陽南はほぼ同時に思い至る。





 ――最上総護が危機的状況に陥ったのならば、一体誰が護(・・・・・)るというのか(・・・・・・)





「オーイ、大丈夫か?」


 気が付いたら総護の顔がすぐそこまで近づいていた。


「「~~っ!?」」

「……なにもそんなに驚くこたぁねぇだろぅよ」

「そ、総君が急に顔を近づけるからでしょ?」

「あ~、びっくりしたぁ」


 思考に意識を裂いていただけに、少し周りが見えていなかったようだ。


「顔がちっと赤かったからなぁ、熱中症でボ~っとしてんのかと思ったんだよ。ココは少し暑ぃからな。ま、その感じじゃ違ぇみてぇだがな」

「それは総ちゃんが――っ」


『好きな人とか言うけんだがん!!』という後に続く言葉を咄嗟に飲み込んだ陽南。

 別に言っても問題無いのだが、正直に言うのは少し恥ずかしかった。


「俺がどうしたって?」

「なんでも、なんでもないから。ね、陽南ちゃん?」

「う、んうん。なんでもないけんねっ」

「おう、ならいいけどよぉ」


 詩織のフォローもあり、総護も興味を無くしたように見えた。


「――俺の言葉で多少でも『ドキッ』としてくれたんならぁ、男冥利に尽きるってもんだったんだがなぁ?」


 いや、見えただけだった。というかバレバレだった。


「「総(君)(ちゃん)!?」」

「クハハハハッ」


 再度顔を赤らめる二人を前に、楽しそうに総護は笑った。


「ほら、アレだ。言葉にしなきゃ伝わんねぇ事もあんだろ?」

「そうだけど、ちょっと納得いかないわよ」

「そうそう、総ちゃんばっかりズルイがん」

「いや、ズルかねぇだろーーっと、そろそろか」


 会話の途中で総護は誰かに呼ばれたかのように、急に背後を振り返る。


「――ったく、急かすんじゃねぇっつの」


 それはポツリと、消え入る様な声だった。


 そして再び詩織と陽南へと視線を戻す。


「なぁ、ちっと俺の『やる気』の補充を手伝ってくれねぇか?」

「別にいいけど、何するつもり?」

「なぁに、大したことじゃねぇよ」


 言い終わると同時に右手で詩織の手を、左手で陽南の手を総護は握った。温もりを確かめるように、しっかりと。


「ちっとだけ、このままでいさせてくれ」


 その手は、少しだけ震えていた。


「総ちゃん」

「ん?」

「帰ってきてね?」

「おう」

約束よ(・・・)?」

「っ、そいつは守らねぇといけねぇなぁ」


 その後、すぐに総護の手は二人から離れていった。

 ――総護の手の震えも、もう止まっていた。





 **********





 少しの距離を空け、向かい合う二人。


「『挨拶』は済んだかぁ?」

「……おう」

「なら、今の儂(・・・)を越えてみせろぉ」

「……ああ」


 一人は飄々と。

 一人は決意を胸に。




「せいぜい死なねぇよう気張れやぁ、馬鹿弟子ぃ」




 此処に、死闘の幕が切って落とされた。

よろしけば感想などお願いいたします。

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